軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白金の乙女、灰色のもふもふと。

ラティナに買い出しを頼んだ後、じたばたと嫌がる息子を、ケニスは軽々と抱き上げたままあやす様に揺らす。

赤ん坊の時から、辛抱強く優しい『姉』のポジションにいるラティナの言うことは素直に聞くのに、 父親(じぶん) 相手だと、少し異なるらしい。

そんなラティナの足元には、灰色の『大型犬』が、先の方が黒くなっている尾を振って付き従っている。ラティナ手製の服を着せられたその姿は、この辺りではすっかり見慣れた一種の名物と化している。

一年近く前、この『犬』がクロイツに現れた時は、物凄い騒動だった。

--幻獣が街中に現れたのだ。そりゃあ騒動位にはなるだろう。

門番や見張りはどうしていたと、後日調べれば、街壁のほんの小さな割れ目の隙間から入り込んだらしい。成獣ならば不可能だっただろう。大きな事件がなかったとは言え、修繕予算を後回しにしていたツケが出てきた。緊急で議題に上がったことは致し方ない。

仔狼は、人目の少ない早朝であったとは言え、においをたよりに迷いもせず、表で騒ぎになることもなく『踊る虎猫亭』にたどり着いたのだった。そして、まだ客の少ない時分の店に、ひょっこりと不意討ちで顔を出したのだ。

「どうしたの? こんな所に?」

警戒する冒険者連中を意に介さず、灰色の獣を抱き締めたラティナは、そう言って首を傾げた。

「嬢ちゃん! 離れろ!」

常連の中でも屈指の実力者で、古株のジルヴェスターが悲痛な声をあげたが、ラティナは武器に手を掛ける 冒険者(きゃく) たち相手に首を振る。

「あのね。この仔、私の友だちなの。たぶん、私に会いに来たのっ」

「と……友だちって、嬢ちゃん……」

「ラティナ、ニオイきた」

幻獣から出てきた『看板娘』の名前に、常連連中がぎょっとする。

「ニオイ、おいかけた。ココ、ついた」

「お山から来ちゃたの? 勝手に来たら、心配してると思うよ? 大丈夫?」

--いや、問題はたぶんそこではないぞ。

注目を集めながら、マイペースに会話をするラティナを、客たちはツッコミを堪え、固唾を飲んで見守る。

「へいき。ラティナとこ、いく。いい、いってた」

「そうなの。なら、大丈夫なのかな?」

--大丈夫、じゃないと思うんだがなっ!

だらだらと汗をかく、大の男連中の様子にはラティナは気付いていない。ジルヴェスターは、厨房からようやく顔を出したケニスに渋い表情を向ける。

「ケニス、あれは……」

「そういや、前、デイルから聞いたな。あいつの故郷の近くの『天翔狼』の群れを、ラティナが手なづけたってな……」

「嬢ちゃんはなんてことをしとるんだ!?」

さすがの百戦錬磨の冒険者でも、度肝を抜かれたらしい。声が若干裏返っていた。

「それにしても、天翔狼とは……」

「ああ。不味いな」

ジルヴェスターとケニスは頷き合う。

『天翔狼』は群れで暮らし、仲間意識の強い 幻獣(いきもの) だ。この仔狼一匹なら、なんということはない。だが、下手に手を出せば、群れ総出で報復に来る可能性が否定できなかった。

しかも、この仔狼は『行き先』をしっかり告げているらしい。ラティナのニオイを辿ったなどと、とんでもないことを言っていたが、それは他の『天翔狼』も、同じ手段でここまで来る可能性があるということだ。

「でも、クロイツまで遠かったでしょ?」

「クローツ、とおくない。いちどねて、ついた」

--遠くないらしい。

地上を行くものは大きく迂回し、ひと月近くかかる距離だが、『天』の種族特性を持ち、飛行能力を有している『天翔狼』にとっては、最短の直線では一泊二日で来ることの出来る距離らしい。

しかも、仔狼が、だ。成獣ならばどれだけの時間なのかはかり知れない。

その上、その言葉を信じれば、辿って来た『ニオイ』とは、道々に付いていたものという訳ではないのだろう。魔法的な幻獣の能力の一つかもしれない。

ケニスとジルヴェスターは再び顔を見合せ、黙考する。

「……嬢ちゃんに、完全になついてるっていうのは、本当らしいな」

ぱふぱふと尾を振り、頭をラティナに擦り寄せている姿は、よく飼い慣らされた犬と変わりない。

「デイルにも聞いておくが……『ラティナに預けておく』のが、一番無害かもしれん」

ケニスの言葉に、ジルヴェスターは更に苦い表情になったが、否定はしなかった。

触らぬ神になんとやら、だ。しかもラティナならば、幻獣という『脅威となりうる存在』でも悪用することはないだろう。

「……俺の方で、話は通しておく」

しばらく後、ジルヴェスターが絞り出すようにして口にしたのはそんな台詞だった。

「緊急『総会』を開くっ! 伝達しろ!」

そばにいた冒険者連中にジルヴェスターが声を張ると、それで幾人かは意味を悟ったらしい。数人が『 虎猫亭(みせ) 』を出て行ったのは、その言葉を何処かの誰かに伝えるためのようだ。

一体何の『総会』だ。と、ツッコミは入れてはいけないのだろうか。とケニスは思った。

そんなこんなで、仕事を終え帰宅したデイルの前には、服を着せられた一匹の獣と、可愛い養い子が並んでいたのだった。

「おかえり、デイル」

「わん」

ラティナの笑顔は可愛いが、なんだその、わざとらしい棒読みの「わん」は。

「ラ、ラティナ……?」

「ん?」

「そいつって……」

「あのね。『犬』なんだって。大人の事情だから、『犬』なんだって!」

「わん」

「え、ええと……」

困った顔のまま、デイルが助けを求めるようにケニスを見れば、『兄貴分』も力強く頷いた。

「あれは『犬』ということになった、『犬』だ」

「わん」

「……おい?」

「『犬』ならば、街中で飼われていても不自然はない。だから、『犬』だ」

現実から目を背けそうになる意識の片隅で、「獣呼ばわり」はご立腹だったのに、「犬呼ばわり」は構わないのか? と、デイルは思ったのだった。

居着いた当初こそは大混乱だったが、居着いてしまえば慣れるもので。

その上『幻獣』の名は伊達ではなく、非常に賢い獣だ。

『しつけ』というものは必要なかった。ラティナが幾つか『ルール』を教えたらすんなり覚えていた。寝床と食事の世話はラティナの仕事だったが、逆に言えばそれ以上の世話を必要としない。ブラッシングや撫でるなどのスキンシップは、むしろラティナが嬉々として行っている。

それだけではなく、幼児であるテオの面倒まで見てくれる。群れで暮らす生き物である為、『小さいもの』への面倒見が良いらしい。

そして何より大きな『役割』は、ラティナの『護衛』だ。

ラティナは十四歳になった。

幼い頃から愛らしい少女だったが、それに拍車がかかっていた。

まだ未成熟な肢体は、同じ歳の娘たちと並んでも、少々幼い体型だ。

だからこそとも言えるが、『美少女』という表現にふさわしい外見に育っている。大人には届かないからこその魅力を持っていた。

長く伸ばした髪は腰まで届き、折れた角を隠すために、髪を編み込んだり結い上げることもあるが、目を惹く美しい輝きを放っている。

顔つきも少し大人っぽく成長し、『愛らしい』だけではなく『美しい』容貌になりかけていた。

ラーバンド国での『成人』は、十八歳とされている。だが、貴族社会、もしくは田舎の地区等では、十五を過ぎた娘が嫁入りするのは珍しくもない出来事だ。

クロイツのような都会では、男女ともに適齢期は遅めだが、全くない訳ではない。

そんな意味では、もう充分ラティナは、『そういった』目で見られている年頃なのだ。

だが、この少女は、自分自身に対する危機意識が薄い。

デイルという『親バカ』に、真綿でくるむように守られ、守られまくり。普段過ごす『踊る虎猫亭』でも、ケニスが目を光らせるそばで、冒険者や憲兵隊の大御所どもが睨みを利かしている。

こんな状況で彼女を『口説こう』とする、命知らずはさすがにいなかった。

その為に、自分のことを『美少女』だと思っていない節がある。

「だって、デイル。いつもいっぱい『可愛い』って言ってくれるもの」

そう笑っていたことがある。あまりにも日常会話になりすぎて、事実だと捉えていないのだ。

「友だちとか、男の子の話したりしてるけど。私、そういった風に男の子と仲良くなったこともないし。友だちだけだよ?」

天然であり、鈍感であり。そして若手の冒険者をはじめとする、ラティナに気のある面子は、背後に控える『保護者ども』を恐れるあまり、ぎこちなく雑談を交わせれば御の字だ。

確かに、異性にはっきりと好意を寄せられたこともない。

『もてる』『もてない』で分類すれば、彼女は異性に『もてない』のだ。

高嶺の花として見られているからだという理由に気付かず、その結果だけに意識を向けるラティナは、自分のことを『異性にもてない女の子』だと捉えている。

クロイツの街中のほとんどの範囲をカバーする『保護者ども』の神通力だが、完璧ではない。彼女に何時どのような形で危険な状況になるのか心配で仕方がなかった。

特に『親バカ』は。

「ラティナに万が一のことがあれば、死すら生ぬるい思いを味あわせても足りねぇ」

最近『虎猫亭』を訪れる若手の冒険者たちに、笑顔でそう言って威嚇するのがデイルの日課となっている。だが、それだけでは到底足りない。

「だって、ラティナ、あんなにあんなに、あーっんなに、可愛いんだぞっ! どこぞの悪い虫だとか害虫だとかが寄って来ないか、心配で心配でっ!」

普段はそんなデイルを流すリタもそれには同意する。

「確かにね。ちょっとラティナ……隙があるというか、おっとりしているところがあるから心配ね」

「だろっ! そんなところも可愛いんだがっ!」

『保護者』たちのそんな意見と、一匹の『獣』は志を同じくしていたらしい。

「ラティナ、いっしょ、いく」

「そうなの? いつもありがとう」

荷物持ちなども手伝っているため、ラティナ自身は『彼』をお手伝いしてくれている。という認識で考えている。

けれどラティナ以外の面子にとっての『彼』は、お目付け役であり、ボディガードであるのだった。