軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幼き少女、モフられた。その後。

「や!」

はっきりそう言って、マーヤはぶんぶんと首を振る。

「そんなこと言わず、こっちおいでマーヤ」

「やぁの! あてぃあ、いいの!」

「マーヤ……」

ヨーゼフの三角耳は、もうなんとも言えない情けない形になっている。それに比べてマーヤの方は、なんと言うか臨戦態勢だ。

「あてぃあ、マーヤのっ!」

「ふぁぁああ……」

そしてそんな父子に挟まれたまま、マーヤにがっちりと捕獲されているラティナは、未だ混乱の中にいた。

「ラティナ……モテモテだなぁ……」

デイルは遠い目で、そんな様子を眺めていた。若干現実逃避気味である。ティスロウ滞在中に色々と学んだ。人間諦めることも肝心だ。

「あんまり、罪作りなこと、するなよー……」

現実逃避中だからこそ、出てくるコメントも、今一つ子ども相手にはそぐわないものだ。だが、今のデイルは深く意味など考えていなかった。また言われたラティナも、考えることなど出来ていなかった。

「あてぃあ、マーヤ、いっちょっ!」

「ふぁあ……」

ラティナはおろおろと、所有権を声高く主張するマーヤと抱き合うだけだったのである。

「あら、来てたのかね」

「ウーテさん。すみません、お世話になります」

「ウーテさ……」

「あてぃあ、めっ!」

出かけていて、この騒ぎの最中留守だったヨーゼフの妻のウーテが、デイルとラティナの姿に、驚いた声を出す。デイルが挨拶するのに合わせてお辞儀をしようとしたラティナは、マーヤにそのままぺちょっと潰された。

今の状態では、どうやら他のひとに意識を向けるのすら、嫉妬の対象となるらしい。

「マーヤはどうしたんだい?」

「ああー……ラティナを独占したい? みたいですよ」

「父親が甘いから、甘えん坊に育ってねえ」

マーヤのこの暴走具合を前にしても、ウーテは相変わらず動じないようだった。良くも悪くも懐が深い。

「……ヨーゼフ」

「なんだ?」

ぐったり風味なしょんぼりとなったヨーゼフにデイルは声をかける。二人の視線の先では、マーヤが大儀そうな様子でラティナに腹毛をモフモフされているところだった。

「前回、あの後すぐ、泣き止んだのか?」

「いや……」

ヨーゼフの視線が泳いだ。

「伝説が生まれた」

「……それは、大変だったな」

敢えてどんな『伝説』なのかは聞かない。男二人はしばらく沈黙した。

「今回は……」

「マーヤが起きる前の早朝出発というのはどうだ」

追い出したい訳ではないのだろうが、そう切り出したヨーゼフの声には必死さが滲む。相当前回の大泣きは堪えたらしい。

「好物で腹一杯になれば、マーヤはおねむさんだからな! その後が引き離すチャンスだ」

さりげなく赤ちゃん言葉混じりとなっている親戚の中年男相手に、自分もいつか子どもが出来たらそうなってしまうのかなどと、頭の隅っこで考えるデイルは、自分も端から見れば大概であることは自覚していない。

そんなどっちもどっちな二人の 男(親バカ) の前では、うつぶせで撫でられながら、ぱったぱったと尾を振るマーヤの姿があったのだった。

さすがに父親と言うべきか、ヨーゼフの言葉通り、お肉たっぷりスープと、果物の砂糖煮クランブルのせを食したマーヤは、まぶたをとろんとさせていた。好物という話を裏付けるようにラティナの倍近い量を食べていた。少し張り合ったのか、お代わりを所望したラティナの皿にはまだたっぷりのデザートが残っている。

因みに今もラティナはマーヤの隣に座っている。これすらマーヤにとっては妥協であるらしく、彼女は元々ラティナの膝の上を要求していたのだった。

ラティナの足が痺れて限界となった為、現状が認められたという経緯が存在している。

男たちが目配せし合う。

ヨーゼフが体格に似合わず機敏に立ち上がると、マーヤをひょいと抱き上げた。慣れた様子で揺り動かす。

「うにゅう……うぅ……」

もぞもぞとしていたマーヤであったが、自分のベストポジションにたどり着いたらしく、父親の腕の中で落ち着くと、気持ち良さそうな寝息をたてはじめた。

同時にデイルはラティナを確保する。

「デイル、ご飯の途中に遊ぶのは、おぎょーぎ悪いんだよ」

正論で叱られた。それでも名残惜しいように、ラティナの隣を陣取り座り直す。 マーヤ(おさなご) 相手に、同等で張り合う気のあるところが駄目っぽい。

「ラティナ、明日は朝早く出発するからな」

「そうなの?」

「ああ。天気が心配だから、早く森を抜けておきたいんだ」

全くの嘘ではない。ラティナも納得したのか、うん。と頷いた。

前回同様リビングの一角で毛布にくるまり就寝する。その際、デイルが当たり前のようにラティナを抱きしめたままであったのは、やはり マーヤ(おさなご) にずっと独占されていた鬱憤であったのかもしれなかった。

やはりヨーゼフと大差はなかった。

「……」

「……」

翌朝、 男(親バカ) 二人が敗北感でぐったりと項垂れていた。

すいよすいよと熟睡するラティナの毛布が、何故か不自然に膨らんでいた。捲ってみたところ、いつの間にか潜り込んでいたマーヤが、ラティナにがっちりと抱きついて眠っている姿があったのだった。

幼児を出し抜くことに失敗した瞬間だった。

「朝ご飯用意するから、しっかり食べていきなよ」

ウーテの声が、そんな項垂れている背中にかけられるのであった。

--そんな記憶を辿った後で、デイルは目の前の自分の『兄貴分』を見た。

「ケニスも、赤ん坊の前では、赤ちゃん言葉使うようになるのか……」

「突然何だ」

「知っているか、ケニス。子どもってのは……あれだな……うん。凄ぇぞ……色々とな……」

「本当に何がどうした」

マーヤの大爆発は前回以上のものであった。完璧にもらい泣きを始めたラティナと爆弾のようなマーヤを男二人で必死に引き離し、その場を離脱したのだった。森の向こうからこだまのようにかすかに泣き声が届き、聞こえた時には、どうしようかと思った。

「子ども育てるのって、大変なんだと思ってさ……」

「それは、脅しか」

「ラティナは、ほんとーーーっに、手の掛からない良い子だなぁって、痛感した」

「まあ、ラティナを基準にしてはいかんだろ」

ケニスの評価から言っても、ラティナは良い子過ぎるほどの良い子である。

ラティナの差し出した土産の肉の塊を受け取ったケニスは、それを片手に持ったまま彼女に尋ねた。

「ラティナ、これ、どうやって使う?」

「あのね、お塩いっぱい使っているの。保存用のお肉だから。そのままだとしょっぱいから、お水に浸けてお塩ぬいてから使うんだよ」

ケニスのこの質問は、使用法がわからないからではない。一種の抜き打ちテストだ。

「お野菜いっしょに入れて、スープとかにするんだって」

「そうか」

きちんと使用法も理解していることを確認すると、ケニスは少々表情を緩めた。まずは及第点と言って良いだろう。更に自分で工夫した結果の料理を作ることが出来れば合格点だ。

「道中の食事はちゃんと作れたのか?」

「うん。ケニスに教わったように、出来たよ。時々失敗しちゃったけど……」

「失敗か」

「うん。火の強さとかね、むずかしかったの。こがしたりしちゃった」

ケニスとラティナが、師匠と弟子としての会話をする途中、一度同時にデイルを見た。

「……デイルはね。いつもみんなおいしいって食べてくれたの」

「え? だって、本当にラティナ、いつもちゃんとやってたぞ?」

「……まあ、何も反応しないよりは、作り甲斐はあるがな……」

「え? だから、本当に旨かったから」

そんなデイルを尻目に、料理の点では妥協することのない師弟は同じように頷いた。

「今回のことで、ちゃんと課題は見えたか」

「うん。ラティナ、もっとがんばらないといけないって思った」

キリッ。とした表情で少女は師匠に今後の抱負を告げる。

「野営の度、毎回ラティナが飯作ってたんだぞ」

「頑張ったのねえ」

「それだけじゃ……不服なのか……」

「ラティナ……変なところで、ケニスの影響大きいみたいね」

そんな会話をするデイルとリタのところとは、微妙以上の温度差が生まれているのであった。