軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年、ちいさな娘の笑顔に考える。

ほかほかと湯気のたつ、ミルクとチーズのリゾットを前に置かれて、ラティナはその灰色の眸を丸くした。

横には、燻製肉と細かな野菜が煮込まれたスープが置かれる。

そのずいぶんこじんまりと盛り付けられた食事の隣に、その何倍もの量のデイルの分が置かれる。デイルの皿には、更に大振りな腸詰めが乗せてあった。

「ラティナの分、少なくねぇか? 」

「馬鹿ね。こんなちいさな子が、馬鹿みたいに食べるあんたと同じような量、食べる訳ないでしょう」

給仕したリタが、呆れたように言う。

「たくさん食べさせ過ぎても、お腹壊しちゃうわよ」

リタは匙をラティナに渡すとにっこり笑う。デイルや店に来る客相手の接客とは、天と地程に差がある。

「デイル? " *********? " 」

「おう、食え」

デイルも薄々、この幼い子供が、ひとつひとつ、自分の許可を求めているであろうことには気づいていた。

言葉の意味はわからないが、表情を見ればその程度はわかる。

ラティナは匙をリゾットに入れると、ひと匙掬い、口に運んで.ビクッとした。

慌ててはふはふと口を開いているのを見れば、思っていた以上に熱かったらしい。

「リタ、水ーっ」

「あら、熱かった? 」

ふた匙目をふうふうと一生懸命吹いている。そんなラティナの様子に笑いながら、デイルは声を上げ、リタもラティナの様子に眉を寄せた。

ぱくんとリゾットを食べたラティナの表情が明るくなる。

わかりやすい。

「そうか、旨いか。良かったなぁ」

デイルも自分の分を口に運ぶと、表情を緩めた。隣でこれ程美味しそうな顔をされると、いつも通りのはずの食事が旨く感じるから不思議だ。

デイルの言葉に込められた、優しい響きを感じとったのだろう。

ラティナは、にこりと笑った。

初めて見せる笑顔だった。

「うん、もっと食え、ラティナ。腸詰めも食うか? 」

「だから、食べさせ過ぎたら駄目だって言ってるでしょう! 」

自分の皿からラティナの皿に、たっぷり取り分けようとしたデイルの頭を、水を運んで来たリタが、お盆でパコンと叩く。

ラティナが驚いた顔をした。

「だって……栄養つけなきゃ駄目だろうー……」

「一気に食べさせるなって言ってるのよ! この子用のおやつも用意してあげるから! ケニスが! 一回に食べられる量が少ない分、回数を増やすの! 」

遠くで

「作るのは俺なんだよなー……まぁ、良いけど……」

という声が聞こえた気もするが、二人共気にも止めなかった。

相変わらず、ラティナはちまちまと食べ進めたので、量にかなりの差があるにも関わらず、デイルが先に食事を終えた。

そのラティナの食事が終わるのを見計らったように、リタが追加の皿を持って来る。

中身を見れば、果物のコンポートが数切れ入っている。

普段甘い物などメニューに無いこの店で、デザートに類する物を見たことなど初めてだ。

「ケニスが子どもに甘いとは……見た目によらないな……」

まだほのかに温かいのを見れば、即興で用意したのだろう。ラティナに食べさせる為に。

ラティナの前に置くと、ラティナはまた彼の許可を求めるように顔を見る。デイルが頷くのを見て、果物を口に運ぶ。

ぱあぁぁぁっ

と、今までで最高峰に表情が明るくなる。目がきらきらしている。

「良かったなぁ」

夢中になって食べているラティナは、よっぽどコンポートが気に入ったようだった。あの森の中では食べるものを探すのが精一杯だったのだろう。甘い物などあるはずもない。

「どう? 美味しい? 」

他の客の料理を運んで来たついでにリタが、ラティナを覗き込めば、ラティナは、先ほど以上の笑顔をリタに向けた。

花が後ろで咲いているような、満面の笑顔だ。

言葉が通じなくとも、充分すぎる返答だった。

(早急に言葉を教えよう……食べ物に釣られて、変な奴に付いて行ったりしないように)

そんなラティナの笑顔に、テーブルの下でぐっと拳を握ったデイルは、自分自身もラティナを餌付けた自覚がある。

全部食べ終わっても、ラティナはコンポートの皿を覗き込んでいた。

デイルはそんなラティナの頭を撫でた。いきなりのことに驚いたのか、ビクリと体がはねあがった。

だが、デイルの表情を見て緊張を解く。

「驚かせたか、悪いな。今日は疲れただろう? 色々なことがあったからな」

デイルの声を聞きながら、ラティナは少し首を傾げた。

その間も、じっとデイルの真意をはかるように目を逸らさない。そういえばこの子は、よく周囲を見ている。観察力が強いのかもしれない。

その割りに、警戒心は低い気もするが。

デイルが再びラティナを抱き上げると、彼女は自分からデイルの首に腕を回した。どこかぎこちなく、それでもデイルに甘えるように力を込める。

ラティナの方からしがみついてくれたお蔭で、体勢はしっかりと安定する。デイルは片腕でラティナを支えて、再びカウンターの方へ向かう。

「リタ、もうラティナを休ませるから、部屋に行くな」

「わかった。お休み、ラティナちゃん」

リタの声に、ラティナは再びにこりと笑う。どうやら彼女はこの短い時間で、デイルやリタを安全な相手として認識したようだ。

出会った時よりだいぶ表情が柔らかくなっている。

それが無性に嬉しいような、面映ゆいような気持ちだ。

出会って間もないのは、デイルも同じだ。この小さな子ども相手にそんなことを思うようになるなんて、昨日までの自分には思いもよらなかったことだった。

カウンターの横から再び中に入り、厨房へ抜ける。

ケニスが奮闘するその背中に

「ケニス。ラティナ、果物旨かったって」

と声を掛ける。

「おう」

振り返りもせず応えたケニスの後ろを通り、デイルは食材などが積まれた場所の奥にある階段を上がった。

二階を素通りして更に梯子をのぼる。

着いたのは、屋根裏だった。

乱雑に様々な荷物が置かれている--多くは一階で、冒険者相手に売っている雑貨の在庫だ。--の更に奥に生活感のある一角がある。

デイルが間借りしている一角だ。

この場所があることも、デイルがラティナを引き取ることを決めた一つだった。

デイルはこの街の住人という訳ではないが、長期拠点とするにあたり、住居としてここを借りている。宿の一室を点々とするには不便もあって、昔馴染みのケニスを頼ったという経緯だった。

結婚前のリタが私室として使っていた屋根裏のスペースが空いていたこともあり、すんなりここを借りることが決まった。少々天井が低いことにさえ目をつぶれば、充分な住処だ。

デイルは金払いも良いし、在庫や荷物をちょろまかすような貧乏臭いケチな真似はしない。彼の人間性と生活基盤を知る家主夫婦にとっても、悪い間借り人ではないらしい。

デイルは自分の『部屋』でラティナを下ろす。

そこには異国調の厚い敷物が敷かれ、窓の近くには机と棚があった。後はベッドと蓋付きの大きな箱がある。住人としては荷物は少なく、旅人としてはかなりの荷物だろう。

「 " わずか、待つ、この場所 " 」

ラティナがこくりと頷くのを確認してから、デイルは一度下に戻った。放ったままの荷物やコートを取りに行く為だ。

デイルが戻ると、ラティナは『部屋』の中をうろうろ歩いていた。やはりこの子は好奇心がかなり強いらしい。それでも勝手に触ってみたりしないあたり、自制心も強いのだろう。

自分がこの位の歳の頃どうだったかなんて思い出すのは難しいが、街中で遊ぶ子どもたちを脳裏に浮かべてみても、この子はしっかりしていると思う。

デイルはブーツを脱ぎ捨て、自分のテリトリーに入る。

彼の郷里は椅子ではなく床に直接座る文化のところで、自分の部屋で位馴染んだ楽なスタイルでいたい。床に郷里風の敷物を敷いたのもその為だ。その敷物を泥で汚したいとは思わない。

ボックスの隣にコートを掛け、荷物を置く。武器類はベッドにも近い棚の上が定位置だ。

窓を開けて新しい空気を入れてから、防刃布で出来た上衣と厚手の素材のズボンも脱いだ。

「ラティナ、おいで」

手招きで意味を悟ったラティナは素直に寄って来る。彼女を連れてデイルはベッドの中に入った。

普段の彼の生活リズムに比べれば、だいぶ早い時間だが、休める時に休むことができるというのも、冒険者としての必須のスキルのひとつだ。

このまま寝てしまっても何の問題も無い。

ラティナが嫌がる素振りをしたらどうするか、と懸念していたが、それに反してラティナは素直にデイルの隣に体を横にした。

ラティナが子猫のように、体を丸めて、寝息をたてるまでもわずかな時間だった。

(やっぱり、疲れるよな。言葉も状況もわからない、知らない人間に囲まれた場所に連れて来られたんだものな)

デイルは自分でも驚く位に穏やかな気持ちでラティナの髪を撫でる。

保護者(おや) になると決めたばかりでこんなことを思うのも不思議だが。こんな風に誰かと暮らすのも悪くないかもしれない。

そんなことを思いながら、デイルは自分より暖かい体温を感じながら眠りに落ちていった。

そう時間がたたない後に、真っ青になったラティナのぺちぺち連打で起こされるまでは。

ラティナが最初に覚えることを要望した言葉は『トイレ』だった。

因みに、彼女の尊厳は守られた。