軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幼き少女、旅にはしゃぐ。

クロイツ南西の森を抜けた後、デイルはラティナを馬に乗せた。

彼女は頑強な魔人族らしく、足取りもまだまだしっかりしていたのだが、初日から無理をさせるつもりはデイルには無かった。

「高いねーっ? 」

ラティナのその声に怯えは無く、はしゃいでいるのが端からも良くわかる。

「今日は野営になるかな……明日は宿場町に着くだろうから、そこで泊まることになるけど」

デイル一人なら少し無理をしてでも先に進む場合もあるのだが、彼は今回、旅程を余裕を持って組んでいた。

ラティナを連れて、危険な夜間行をするつもりも、連日連夜の野営をするつもりも彼には無い。

「ラティナ、お外でねるのもだいじょうぶだよ。デイルといっしょなら、安心だし」

にこにことするラティナに、デイルもでれっとする。

この二人は、ある意味相思相愛の関係なのだった。

ご機嫌なラティナは馬上で、「ふん♪ ふん、ふーん♪ 」と鼻歌を歌い始めた。

声も、少しゆらゆらしてリズムを取る姿も可愛いらしい。だが相変わらずの微妙な音程だった。

不協和音とまではならないが、どこか力の抜ける絶妙な外れっぷりに、デイルは無駄に感心めいた感想を抱く。

ぽくぽくと、長閑に蹄の音がする中で、ラティナの鼻歌はその後もしばらく続いた。

(聞いたことがある気もするけど……微妙すぎて思い出せねぇなぁ……)

時折心中で、デイルがひとりイントロクイズをしていたりもするのだが、答えは謎のままであった。

だいぶ回り道になったが街道まで出ると、旅人の姿がポツポツと見られるようになった。港と王都を結ぶ道だけあって、その多くは商人らしい馬車だった。

「ふあぁぁあっ」

ラティナが感嘆したのは、商隊の一団とすれ違った時だ。

クロイツでも商人や商隊の姿は見るが、こうして移動する様子は圧倒されるものがある。

「冒険者のひとも、いっぱいいるね」

「ああいう商隊の護衛も、よくある仕事だからなぁ」

ラティナは連なる馬車とそれを護衛する武装した集団に、すっかり興味を奪われている。

デイルも歩を緩めて、彼女の質問に答えた。

ラティナは全てが珍しいらしく、馬の上からあちこちを眺めている。

(……この様子だと、疲れが見える前でも、馬に乗せちまった方が良いかもなぁ……)

ラティナは賢いけれど、フラフラしないとは限らない。特にこういった興味を惹かれる状況ならばなおのことだ。

「デイル、大きな河だよ」

馬上からキラキラ光る水面を見付けて、ラティナが指差しながら大きな声で報告する。

「ああ。クロイツの北にある河がここまで続いているんだ」

「河はどうやって渡るの? 」

「橋番に通行料払うんだよ。歩いて渡れる河じゃねぇし、渡し舟探すより手っ取り早い」

「『はし』って、なあに? 」

時折ラティナは、知っていて当然のようなことを知らなかったりする。

「見た方が早いな。ほら、もうすぐ見えてくるぞ」

河はクロイツの街に近いこともあり、荷を運ぶ船も多い。

川岸には数多くの船が接岸され、多くの人々が働いている。街道とクロイツに最も近いこの場所で、荷の積み降ろしをしているのだ。

正しくは町ではないのだが、人が集まる場所にはその人を目当てに商売人が集まるのも世の常だ。幾つもの露店が並んでいて集落のような光景を作っていた。

人足向けの宿泊施設らしいものはあるが宿はない。ここまで来た旅人は、まずここで足を止めることは無くクロイツまで足を伸ばす。需要が無いからだろう。

それだけの大河に架かる橋は立派な石造りで、水上の船の往来を損なわないようにアーチはやや高めに造られている。その為に、アーチはくっきりとした美しい形を描き、建築物としても見事なものだった。

「大きいねー……」

「これが橋だよ。河を渡る為に造られてるんだ」

「すごいねえ」

ラティナは興奮気味だ。どうやら橋を見るのは本当に初めてらしい。

(じゃあ、やっぱりラティナは、『森』の向こう側……山脈地帯を越えてこっちに来たのかな……海の方からクロイツ側に来るなら、どうやって来ても、橋を見る機会はあった筈だ)

ラティナの様子に、デイルは推測を深める。

『森』の更に先には険しい山脈地帯が伸びている。その先は名目上はラーバント国であるのだが、街は存在しない。険しい山脈という過酷で不便な土地と、クロイツの『森』を更に越える魔獣の生息地帯であることがその理由だ。

冒険者たちが希少な素材や、経験を積む為に赴くことはあるが、人の集落の話は聞かない。

だが、そこを更に越えた先は、魔人族の最大勢力。『一の魔王』の国と隣接した地域だ。可能性が無いわけではない。

「デイル。ラティナ、自分で歩きたい。ダメ? 」

橋番に通行料を払う列に並びながら、ラティナはそんなことを言った。デイルが抱き降ろすと、ラティナはぴょこぴょこ跳ねるように歩く。どう見てもはしゃいでいる。

「おねがいしますっ」

そう言って、デイルが渡したコインを嬉しそうに橋番に渡した。しっかりしているラティナだが、そういった姿には幼さが見える。

検問を抜けた先は、遠目で見たよりも巨大さを感じる建築物の上だった。

「うわあぁぁっ」

橋の上でぐるりと周囲を見渡したラティナは歓声を上げる。

「こら、ラティナ。急に立ち止まると後ろの奴に危ないだろ」

「あ。ごめんなさい」

ラティナはそう言うと、キリッと前を向く。だが、ぴょこぴょこ歩く様子は収まらない。

デイルは笑みを浮かべ、ラティナを連れて橋の隅に寄り、下を眺めた。

「うわあっ。すごいね、すごいねぇっ」

ラティナは、遥か下を流れる水面に再び歓声を上げた。自分の下を船が通った時には、更に大きな声を上げる。

積み荷や乗る人々の様子を観察しては、嬉しそうに反応するラティナに、デイルもとても満足そうに表情を緩めた。

橋を過ぎ、街道を更に北上し、日が傾き始めるのを見計らうと、デイルは少し街道を逸れた。木々の茂る林の陰に踏み込むと、周囲を観察する。

「デイル? 」

「今日はこの辺で野営するぞ」

「まだ、明るいよ? もう? 」

ラティナが不思議そうにするのに、デイルは微笑んで答える。

「暗くなってからだと、野営の準備は出来ねぇだろ? その代わり、朝は早いからな」

デイルの見たところ、大きな魔獣などの気配は無い。彼は地面を確認して獣の足跡や糞などを見ていた。この程度の林では、小動物やそれを目当てにした小型の肉食獣がせいぜいだろう。そう判断を下す。

近くの木に手綱を結び、荷を降ろして馬を楽にする。すると 馬(かれ) は勝手に周囲の草を食み出した。

「俺は薪を集めて来るからな。ラティナはここで待ってろ。絶対一人でどこか行ったりするなよ」

「うん」

彼の注意に真剣な顔で頷くラティナ。

「何かあったら、俺を呼べよ? そんな遠くにはいないからな」

「うん。だいじょうぶだよ」

心配そうなデイルを見送ると、ラティナはごそごそと荷物を漁った。ケニスが持たせてくれた頑丈な造りの小型の鍋を取り出す。

「わるくなりやすいものから、使う。干しにくとか干しやさいは、だいじょうぶだから、後のほう」

食材の入った袋も、ケニスが用意する間ずっと説明を聞いたのだ。何がどこに入っているのかは全部わかっている。

彼女は真剣そのものの顔で指差し確認をして、必要なものを取り出した。

「ムダにしちゃダメ。もったいないから。使うぶんだけ、使いきる」

注意事項を口にする。

彼女はこの旅の間、一つの夢を叶えようとしていた。

その為の準備も、練習も、たくさん重ねてきたのだ。

「デイルに、おいしいって言ってもらえたらいいな」

よし! と 気合いを入れて、ラティナは自分のナイフをきらりと抜いた。

デイルが戻って来た時には、ラティナは石を組みかまどを作っており、その上に鍋を設え、持参した芋を切りながら入れているところだった。

デイルが教えた覚えの無いそんな姿に驚いていると、

「デイル、これでだいじょうぶ? ケニスに教わったの。石があるときは、こうやっておなべのせるんだって。合ってる? 」

ラティナは、そう聞いてきた。

「ああ。ちゃんと空気口作っているもんな……ケニスが教えたのか」

「うん。ラティナれんしゅうした。あのね。ごはん、ラティナが作るからね! 」

と、宣言する。

彼女の夢の一つ。

デイルの為に食事を作ること。

それを実行し、今までの練習の成果を見せることが、ラティナにとって、この旅の中でのささやかな、けれども大きな目的であった。