軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

終。虹の見守る世界で

ラーバンド国は、豊かな国土と長い歴史を持つ『人間族』の国家である。『 赤の神(アフマル) 』を主神として奉っており、規律を重んじる国風を有している。それは他種族への偏見や差別を許さず、身分の貴賤で搾取されることもない、公平な統治が長く続いていることでもわかることであった。

隣国である『魔人族』の国家、ヴァスィリオとは、長きに渡り友好的な関係を築きあげている。

美しく聡明なことで知られる賢王『黄金の王』は、積極的にラーバンド国からの留学生を受け入れ、両国は文化や学問、魔法学の分野に於て密接な関係を築きあげていた。

そんな両国を繋ぐ街道の途中には、小さな町がある。

魔獣の生息地の直ぐ隣にある、安全性に不安を感じる立地でありながら、そこは世界中の『冒険者』たちの憧れの土地でもあった。

この町は、冒険者たちによって築かれた町なのである。

町の創建間もない頃より存在する宿『唄う白猫亭』には、自慢の料理と共に、かつて世界中に名を轟かせた『伝説の勇者』の逸話も数多く残されている。

憧れを集めるには、充分過ぎる理由があった。

街道は、魔獣の生息域の中に通されており、危険はつきものとなっていた。旅人の多くは冒険者を護衛に雇い、そこを縦断することになる。

賢王として謳われる『黄金の王』は、両国間のこの街道の維持に常に心を砕き、等間隔で塔を築いた。旅人にとってその塔は、自らの位置を把握する為の目印であると共に、魔獣避けの結界が張られた安全に休息の取れる場所なのである。

特に、ラーバンド国間近であることを示す白亜の塔は、一際見事なものだった。塔の側面に刻まれた太陽と月の意匠は『黄金の王』と妹姫を表すもので、両国の国交と友好に尽力した、両者の記念碑的なものだと多くの者は考えている。

時折訪れた旅人が手向けていた花束が、徐々に花の種を撒くというものに変わったことで、塔の周辺が、季節ごとに美しい風景を見せる花畑となっていることも大きな特徴だった。

多くの旅人がそこで足を止め、美しい風景に見惚れる様子を、『塔』は、見守り続けているのである。

街道を抜けた先には、ラーバンド国でも王都に次ぐ都、『クロイツ』がある。

街壁に囲まれた、名の通りに歪ながらも十字のかたちをした街である。ヴァスィリオとの交易の窓口であり、多くの商人と旅人を集める街である。

そして街道の護衛や、魔獣の駆除を担う冒険者が、多く往き来する街であった。

長きに渡り育まれた街の空気は、旅人を今日も歓迎していた。

歓声を上げて走り回る子どもの数が多いことからも、この街の豊かさと平穏さが感じられる。

旅装束の女性が、如何にも楽しげに駆け回る子どもの様子に、自然に慈愛の籠った微笑みになっていた。

その彼女の眼前で、子どもが一人、転んだ。

「っ! 大丈夫?」

反射的に彼女が声を掛けたのは、転んだ子どもの膝に血が流れているのを見たからだった。運悪く尖った石の先で切ってしまったらしい。自分の膝を見た子どもの顔が歪み、みるみる大粒の涙が浮かびあがってくる。

「切っちゃったね……少し我慢できるかな?」

女性は膝を折り、子どもの顔を覗き込むようにして声を掛ける。

そのあまりに優しい声に、子どもは彼女を見た。そして子どもは、自分が泣き出そうとしていたことすら忘れて、ぽかんとした顔になった。

「『妖精姫』だ……」

この街の子どもなら誰もが知る昔話であり、世界中の多くの者が知る英雄譚。『白金の勇者と妖精姫』と呼ばれる伝説。

子どもも、絵本を何度も繰り返し読んでいた。その絵本の中に描かれていたお姫さまのような、美しい女性だった。

子どもの言葉に、彼女は少し苦笑しながら、指先を子どもの膝に向ける。淡い光が灯ると、ズキズキと疼いていた痛みが、ぴたりと治まった。

「大丈夫?」

「うん」

優しい声で彼女が再び問う。子どもはそれに大きく頷いた。

その動きに、子どもが首に掛けていたちいさな黒い欠片がきらりと光った。

「……それは……」

女性の気を惹いたものを、子どもは得意げに掲げ、彼女に見せる。

「お守り!」

「……そう。お守りなの」

「うん。お父さんからもらった。お父さんもおばあちゃんからもらったの。おばあちゃんも、そうやってもらったんだって。ずっと、ずっとなんだよ」

「そうなの……大切にしてるんだね」

「うん!」

彼女の灰色の眸が、微かに潤んだ理由は、子どもにはわからなかったが、彼女が微笑んでくれたことに嬉しくなった。

彼女は再び指を伸ばし、子どもが持つ黒い欠片に触れる。

「そうだね……これは『お守り』だよ」

欠片が、ほんの少し温かくなったような気がして、子どもは不思議そうに首を傾げた。彼女はそんな子どもの仕草に、とても微笑ましいものを見たように表情を緩ませる。

「大切なひとが、幸せでありますようにって、願いが籠められているんだよ」

囁くような声は、とても優しいもので、彼女の言葉の意味もよくわからないけれども、子どもの胸はほっこりと温かくなった。

「おかーさんっ」

「ママーっ」

そこに届いた二人分の幼い声に、彼女は顔を上げた。

視線の先には、黒いコートの若い男性と、幼い男女の子どもがいる。子どもたちは男性と手を繋ぎ、彼女に向かってぶんぶんと大きく手を振っている。

「まいごになっちゃうよっ」

「また、おとーさんが、大さわぎしちゃうよっ」

子どもたちの言葉の内容に苦笑しながら、彼女は立ち上がった。

「……あ」

そして、何かに気付いたように声をあげる。

子どもがそれに釣られるように視線を上に向けると、空に大きな虹が架かっていた。

「虹はね、神さまが見守っている時に架かるんだよ」

そう言った彼女は微笑んで、自分を呼ぶ幼子たちの元に駆け寄っていく。

虹の下に集う家族は、とても幸福そうに見えた。