軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日譚。黄金の娘、駄々をこねる。弐

使節団がこうやってクロイツに到着したということは、当初の予定通り、フリソスがそこに合流し、『黄金の王』としての職務に戻るということを意味している。

--筈である。

「おい」

低い声を出すデイルを無視して、 フリソスはラティナの背中に隠れていた。

「子どもじゃあるまいし……いい加減に……っ」

「"**、**********"」

「都合の悪い時だけ、言葉がわからない振りするんじゃねぇ……」

凄むデイルに対して、ぷいっ。と顔を背けるフリソスには、『黄金の王』という 字(あざな) で呼ばれる威厳はなかった。

「フリソス……」

「プラティナは、余と離れ難いとは思うてくれぬのか?」

困った顔をして姉に向かったラティナに、フリソスは悲しげな顔をして言う。そんなことを言われては、根が素直なラティナは、姉に対して強く出ることも出来なかった。

離れ難いのは、ラティナにとっても本心なのである。

「ヴァスィリオまで共に参ろうとは、言わぬ。プラティナにとって時期尚早であることは、余も理解しておる」

「……うん、ごめんね、フリソス……私ね……まだ無理なの」

「一日も早く、澱のような老害どもを全て排し、プラティナを迎え入れるよう努めるからな。プラティナを罪人などと言いおった輩は、全て、都からも追放してくれる……」

「私情でそういうことするのは……ダメだと思うよ?」

冷や汗をかくラティナは、ヴァスィリオの『神殿』での事情がわからないものの、姉が恐怖政治を行わないことだけを願った。

一方詳しい事情がわからないデイルであるが、彼はそれも致し方なしと思っていた。彼にとっても、可愛いラティナに非情な真似をした輩は、誅させて然るべし対象なのである。

(まぁ、ラティナが罪人として追放されなかったら……俺はラティナと出逢えなかったから、複雑ではあるんだけどなぁ)

とも、思ってみたりしているのであった。

そのあたりデイルは全くブレない。

「せめて ラーバンド(こ の) 国にいる間、共におることくらい良いだろう……余は、 ラティナ(・ ・ ・ ・) と会える時をずっと待ち望んでおったのだぞ?」

「……リッソ」

幼い時の呼び方で、甘えるように言われたラティナが困った顔になる。

「私だって、そうだよ……でも、ヴァスィリオの王様としてのお仕事はフリソスにしか出来ないことなんでしょ……だから……」

「そうであるな……」

ぎゅっと自分の手を握る姉を、ラティナはまっすぐに見る。わかってもらえたのだと思った瞬間だった。

「ならばプラティナも共に参ろう」

「ふゃ?」

驚きのあまりに、ラティナから変な声が出た。

「どうせ、デイルと共に王都に来るように言われているのだろう? 少し予定が早まるだけでは?」

「え? 聞いてないよ? なんで?」

何か達観したかのようなグレゴールの言葉に、目を白黒させ、ラティナは狼狽をあらわにした。

「あ。忘れてた」

冷や汗を垂らして言うデイルは、すっかり公爵閣下からの命令をラティナに伝えることを忘れていたことを思い出した。

その命令を受けてクロイツに帰って来た直後、フリソスが居るという衝撃で色々ゴタゴタした為、すっかり忘れていたのだった。

「プラティナが、この国の市井で暮らすことが悟られるのは、困るのだろう? 余の妹姫として、傍に侍るのが良かろう」

「え? フリソスがこれから会うひとって……偉いひとたちだよね……?」

「流石に他国の君主を迎えて、木っ端役人が対応するってことはねぇよな」

「父上もだが、陛下との会談も予定されているな」

デイルとグレゴールに肯定されて、ラティナは非常にわかりやすくおろおろとした。

基本的にラティナは、庶民派思考の少女なのである。

「いざとなれば、言葉がわからぬ振りをすれば良かろう?」

「私、グレゴールさまのお父さんとは、面識あるから……っ」

フリソスが言い出した乱暴な対応方法には、実行に移せない問題点があったのだった。

「ちゃんとプラティナが、ヴァスィリオの人員の中に紛れることが出来る様、偽の角も用意しておるのだぞ?」

「それってフリソス……最初から、私のこと巻き込む気だったってことだよね……」

「……魔人族の目では、偽物と見分けられるが、余の角の形を元に作らせた故、なかなかの出来に仕上がっておるぞ」

「フリソス、それ、話、誤魔化せてないよ?」

「いや、誤魔化す気もねぇんじゃないかな……」

呆れた顔をするデイルだが、彼は割って入ってフリソスを制そうとはしなかった。その意味をラティナは理解して、少し哀しいような顔を彼に向ける。

「デイル……」

「いや、そういう命令受けて、承諾しちまったから……言い忘れてたのは、本当に悪かったけど……」

彼の立場上、雇用主でありラーバンド国最大級の権力者からの申し出は、断ることが難しい。

「……」

その後でラティナはグレゴールを見る。

先程の発言から、彼はフリソスの肯定派である。ラティナはこの場に自分の味方がいないことを悟って、背中にかく冷や汗の量を増やした。

因みにヴィントは、既にこのやりとりに飽きて遊びに出ているのだった。とはいえ、わんこしか味方がいない状態では、状況をひっくり返せるとも思えない。

そんなラティナが出した結論は、せめて冷静になる時間を稼ぐべく、この場から離脱することだった。

「あ。逃げた」

ラティナは、裏庭から厨房に飛び込み、『虎猫亭』の表店舗の方へ駆け出す。そんなラティナをのんびりと見送るデイルの隣で、フリソスがどこか黒い笑みを浮かべた。

「プラティナを逃がすでないぞっ!」

フリソスが張り上げた声が、誰に向けたものであるかをデイルが知ったのは、店の中の光景を見た時だった。

常連客たちに店の出入口を塞がれ、愕然としているラティナの姿がそこにはあった。

「なんで……?」

震える声で問うラティナの疑問ももっともで、この店の常連客たちは、デイルの次くらいには、ずっと彼女の味方であったのだった。

「すまねえな、嬢ちゃん……総会で決まったことでな……」

蒼白となったラティナの様子に、ジルヴェスターが苦虫を噛み潰したような顔になる。だが彼は、それでもラティナを逃がすことはしないのだった。

何の『総会』かと、尋ねる者はこの場にはいなかった。

「甘いな、プラティナ。王たるもの人心を掌握しておくことくらい、容易きことぞ。余がこの店に通う過程で何もしていないと思うてか」

勝ち誇った顔のフリソスを横目に見てから、デイルはジルヴェスターに声を掛けた。

「何で買収されたんだ?」

「ヴァスィリオ様式の……貴人の装いをした嬢ちゃんの姿を見たくないかと問われてな……」

「プラティナは、己一人ではヴァスィリオの正装は纏えぬ……この店の者どもは、プラティナに甘いからこそ、プラティナを交渉材料にした際には弱いのであろう」

フリソスは自信満々に言いきった。その言葉を、デイルは少し考えて肯定する。

「否定は出来んな」

「出来ないのか」

グレゴールの溜め息まじりの声には、諦めがある。

「そういえば……当家出入りの肖像画家が、ヴァスィリオの国主が麗しい双子姫であると聞き……興味を持っていたが……」

「余だけでなく、プラティナもおれば両国の友好ムードも高まろう。何せ、『白金の勇者』の『妖精姫』なのだからな」

「肖像画が完成したら、複製を此方にも送らせることにするか」

グレゴールの呟きに、デイルより先に常連客たちがざわめいた。

半泣きになったラティナであるのに、フリソスに捕獲される瞬間までも、彼女に救いの手を差しのべる者はいなかったのである。

「あ。三人組の護衛依頼の終了の手続きは、しておいた方が良いかしら」

そんな騒ぎを気にもせず、リタはいつも通りの顔で、マイペースに通常業務をこなしているのだった。

--さんざんごねた『庶民派少女』であったが、彼女はこの直後グレゴールの説得に応じて首を縦に振ることになった。

「デイルはあまり気にしていないようだか……社交界にも デイルを(・ ・ ・ ・) 狙っている貴族は結構いるぞ」

「え?」

「悪い意味ではない……とも言い切れないが、財政的に豊かで、宗教界にも発言力のあるティスロウとの伝手を求める者や、デイル自身の『白金の勇者』という名声に目をつけた者……だな」

淡々とした声音のグレゴールは、だからこそ過剰に強調していない説得力を言葉に含ませる。

「下級貴族だけでなく、上級の貴族も……まあ、家柄以外に持たざる者ほど、そのような傾向があるが……デイル当人の能力を買っている家もあるな」

「デイルは、私と婚約してます……っ」

少し強張った顔になったラティナは、彼女にしては珍しく少し険のある声を出した。

だがそれは、グレゴールにとって、ラティナに交渉を呑ませる材料としてデイルのことが有効だということを、確信させる反応だった。

無論グレゴールは、デイルがそういった話を一顧だにしないことも良く知っていた。年下の婚約者を溺愛する彼に、別の女性を宛がおうとする行為は、正式な婚姻関係も含めて、激昂させる行いである。

だが、事実は事実なのであった。

「まあ……市井の平民の女性との婚約など、反故に出来ると考える無体な貴族も、ヴァスィリオの妹姫が相手となると、手を出すことはないと思うがな」

「……」

ぷすっ。と、幼い頃の仕草を思わせる様子で、ラティナは不機嫌そうに膨れた。

そんな素直な質の彼女は、社交界や政治の世界を生き抜く公爵家の者にとって、赤子の手を捻るが如く容易く扱える相手なのであった。