軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日譚。白金の娘、森に行く。参

やがて、『森』が見えてきた。

クロイツが発展した理由の一つには、魔獣の生息域であり、多くの資源を有するこの『森』を目当てにした多くの冒険者たちを集めてきたことも大きく影響している。

「ケニスの話じゃ、ヴァスィリオとの国交を開始する際には、この中に道を拓く予定だって言うんだけどな」

「ヴァスィリオは、この『森』と砂漠で、他の国とは隔絶した環境にあるから。フリソスは、いずれは砂漠の向こうに港も作りたいって言ってたけどね。まずは、ラーバンド国との間のここを開発することが最優先だって言ってた」

「今までは、獣道しかねぇからな……その道も、きっちり地図に起こされてたわけじゃねえしな」

「それでも、『虎猫亭』の常連のお客さんの協力もあって、大まかな地理は把握できてるんだって。ヴァスィリオまで踏破した時のことは、『 緑の神(アクダル) 』の神官が同行してたから、詳細な記録が残されているみたいだし」

そういった記録は、『 緑の神(アクダル) 』の神殿にとって運営費の一部となる、大変重要な収入源なのであった。

「じゃあ、改めて欲しい情報ってなんだ?」

「……だからね、今回のお仕事は、私とフリソスの個人的な依頼でもあるんだよ」

そう言って少し寂しげに微笑んだラティナは、一同の前に、『森』の様子がざっくりと大まかに描かれた地図を広げた。

その中の一角、ヴァスィリオとクロイツを、ほぼ最短距離で結ぶ道である歪な一本線から、少しそれた辺りを指す。

「デイルと初めて会ったところ、ここらへんだよね」

「ん? ああ」

「フリソスが知りたいのは、そのあたりのこと。私とラグが通ったところ……私も全部を思い出すことは出来ないけれど。フリソスは、私とラグが別れた後にどんな風にラーバンド国まで来たのか、知りたいんだと思う」

「……そうか」

意図的にデイルは明るい声で答えた。

それは、ラティナにとっては父親と死に別れた記憶を辿ることであり、故郷を追放された当時の辛い思い出に触れる行為でもある。

それでも過去にまつわる心の整理をしたラティナは、その記憶とも向き合うだけの決心も付けたらしい。

そんな風に彼女のことを思ってデイルは、ラティナがこのタイミングでこの調査をすることを決めた理由を、はっきりとは聞き出そうとしなかったのだった。

とはいえ、もうお互いに隠しごとをしないで話し合うと決めたラティナは、デイルにしっかりとその理由も告げたのである。

ただ、彼女は天然娘だった。

時に、場やら何やらを読まない故に、天然は天然なのである。

それを読めるのは、天然の振りをした養殖ものなのである。

ラティナが爆弾を落としたのは、夜営の天幕の中でのことだった。

その時、天幕の中にいるのは、ラティナとデイルの二人だけだった。

かつてデイルが故郷での旅の中で天幕を張らなかったのは、見張りの人員を確保することが出来ないからだった。視界が妨げられる環境下で、迅速な現場の離脱が出来ない状況は避けたいという判断故である。

だが、今日は外に見張りをする面々がいる。そういった気を遣う必要はない。

自分たちだけが天幕を使うことに申し訳なさそうな表情をしたラティナも、自分が護衛される依頼者である事実と、天幕を運搬していたのがデイルであったことから特に何かを言うことは無かった。

食事の用意をしたのはラティナだったが、その頃には、それに反応できないほどに三人組は疲れ切っていた。

『森』に入って以降の三人は、周囲に気を張り続けていたのだ。疲労困憊するのも致し方無かった。

ずっと自然体でいるラティナの肝の方が、尋常でないほどに太いのである。

「まあ。護衛の仕事は、魔獣やら何やらに勝つことじゃねぇ。自分たちの手に余ると判断したら、退却を選ぶことも必要だ」

夜営に至るまで、魔獣と遭遇する度に、デイルはそんな風に三人に声を掛けていた。

今まで小型の魔獣退治くらいしかしてこなかった少女たちにとっては、『森』の奥に生息する中型、大型の魔獣は、正直言って相対するだけで身がすくむ恐ろしい存在である。

だからといって、それら全てと戦う必要も無い。

護衛の仕事はあくまでも依頼者の安全を守ることであり、敵を殲滅することではない。

だが、そんな魔獣をずっと警戒してきた彼女たちの精神はどんどん疲弊していった。

直接的な戦闘はほとんどなかったが、疲れ果ててしまったというのが、今現在の状態である。

食事を終えた後で早々にデイルがラティナと共に天幕の中に引っ込んだのも、疲れ果てた三人を気遣ってのことである。

監督者にずっと見張られた状態では、気も休まらないだろうという気遣いなのであった。

決して、二人きりの甘い時間を過ごしたいなどと言う理由ではないのである。

そんな経緯を挟んだ後、天幕に入って直ぐにラティナは爆弾を投下したのであった。

「あのねデイル」

「ん? なんだ?」

「フリソスね、近いうちに ラーバンド国(こっち) に来るって言ってたの」

吹いた。

いきなりの国家機密に相当する発言である。デイルが吹くのも致し方ない。

そんなデイルの様子も気に留めず、ラティナは言葉を継いだ。

「前、フリソス、ラグのお墓参りもしたいって言ってたから……こうやって調べるのも、その為なんだと思うの」

「簡単なことじゃ……ねぇんじゃかな……?」

冷や汗交じりのデイルの様子には気付かずに、ラティナは、少しだけ首を傾けた。

「ラーバンド国との本格的な国交開始までには、まだまだ時間がかかるって」

「そりゃあ、そうだよな……」

「でもね、ローゼさまとかと話をしてる間で、ヴァスィリオとラーバンド国は、あまりにも生活様式が異なるから、このままではラーバンド国の国使をもてなす方法もわからないって結論になったみたいで……とりあえず少数で、ラーバンド国の風習とかやり方を学びに来ることになるみたい」

「だとしても、そこで国主は普通出て来ないと思うぞ」

「ヴァスィリオで『西方大陸語』が一番使えるの……フリソスだから」

ラティナはそう言っているが、あのシスコン魔王のことである。妹に会う機会を早急に整えたに決まっていた。

理由なんて後付けに決まっている。

そんなことを考えるデイルは、常々、フリソスの自分に対する発言が酷いと言っていたが、そういう彼も、フリソスへの評価が充分に酷かった。

どっちもどっちであった。

「難しいだろうけど、ちょっとだけでも会えたら嬉しいな」

そう言って微笑むラティナの発言は、ある意味では常識的である。

国家の要人として他国を訪問するフリソスは、普通に考えれば、市井で暮らすラティナと出会う機会はない。

(でも、絶対、会う機会作るんだろうな……)

デイルが内心で冷や汗をかく理由は、それは確実に、ラーバンド国の上層部も知る事実であるからだった。フリソスがこの国を訪れた際には、絶対にラティナは王都に招集される。

そのまま、社交界にヴァスィリオの妹姫として御披露目されることになるかもしれない。

その時、自分は、どの立ち位置にいるのだろうか。

デイルはため息をついて、ラティナを抱き締めた。

ラティナがきょとんとするのも気にせず、抱擁に力を籠める。終わりが見えてきた休養期間である。目一杯楽しまなくてはならないと理由を付けた。

「デイル?」

「んー……そういや、聞きたかったんだけどさ、ラティナ」

「何?」

「ラティナは、俺に、異性を紹介するのとかって、なんとも思わないのか?」

「え?」

ぱちくりと、大きな灰色の眸をまたたかせたラティナは、驚いたような顔でデイルを見た。

子どもの頃から、友人を『保護者』であるデイルに紹介してきたが、今までそんなことを聞かれたことはない。

「アデリナたちのこと?」

「俺に、自分以外の女の子が近付くの……平気なのか?」

デイルの問いかけには、揶揄う響きがある。

だからそれほど深刻にもならないまま、ラティナは言われたことを考え込んだ。

ラティナは、それなりに嫉妬したり、焼き餅をやいたりする方であると、自分のことを認識していた。

それは、彼女の自己評価が低いことも影響している。

それでも同時に、ラティナは、デイルを信頼してもいたのである。

「だって、デイルがアデリナたちのこと、そういう風に見てないってわかるもん。それに……」

だか、何かを言い掛けたラティナは、そこではっとしたように口を押さえた。

デイルから、視線を逸らし、そのまま黙る。

「それに?」

「……なんでもないよ」

「それは、何でもない態度じゃないな」

「私は、デイルのこと、疑ってないの。本当なの」

そう言って汗をだらだらとかくラティナは、明らかに挙動不審となっていた。

「……そういや前、俺とフリソスの仲が良いって、焼き餅やいてたな」

それはヴァスィリオでの出来事である。

悪巧みで意気投合する二人の姿に、ラティナは、二人の仲が非常に良いと、小さな焼き餅をやいたのだ。

デイルの一言は、ラティナにとって図星であったらしく、彼女の狼狽は激しくなった。

焼き餅をやいた結果に起こったことは、ラティナにとって、赤面しつつも冷や汗をかくという、複雑な状態になる出来事なのである。

それは、ラティナの疑念を晴らすべく、この残念勇者が取る行動というのは、限られている為の結果なのであった。

「やいてないのっ……焼き餅とか、やいてな……」

「あのなラティナ。全く焼き餅とかやいてくれないのも、こっちとしては残念なんだぞ?」

「……っ! それじゃ、どうしたら良いの……っ」

もちろん天幕というものに、まともな遮音性はない。

だんだん声が高くなった結果、だだ甘ぶりを垂れ流し--外部に死んだ目の三人組を並べているということには、ラティナは全く気付いていないのであった。

デイルに至っては、気付いていても気にしないという、更に酷い状態なのだったりするのである。