軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日譚。わんことわんことわんこ。肆

「いえ。迷惑なんて……」

と、常套句を続けようとしたデイルは、一瞬考え込んだ。ヴィントは迷惑をかけているのだろうか、否かということである。

(マイペースだけど、ラティナの荷物持ちとか、テオの遊び相手とかしているし……意外に働いてるなこいつ)

世間一般の『番犬』よりも、働いているのかもしれない。

だが、なんだかあまりにマイペース過ぎる姿を見ている為に、誉めてやる気にならないのである。

自分の中で答えが出た後で、デイルは母狼に向き直る。ヴィント相手では誉め言葉は出したくもないが、我が仔を心配しているであろう母親相手ではそうではない。

「本当に、自分に課せられた役割も果たしていますし、きちんとやっているのでご心配には及びません」

「いえいえ。ほんとうにごめいわくおかけしてばかりで……」

「いえいえ」

会話だけではよくある保護者間のやり取りのようだが、相手が 幻獣(いぬ) という混沌さであった。

ちらりと視界に入ったヴィントは、ドヤ顔をしていた。デイルは表情に出さないながらもイラっとする。

母狼の他にも数匹の天翔狼がいるのだが、デイルと母狼の会話に、どこか「仕方ない」という気配を放っている。母狼の流暢な謝罪と合わせて、ヴィントは故郷でもこの調子のマイペースわんこであったようであった。

「ところで、今回は……?」

「うちのこ、さん、いなくなる。さがす」

母狼のたどたどしい返答の意味を、デイルが考えていると、ヴィントが訳知り顔で母狼の側にやって来た。

「きたいって、いうからしかたなく」

「さん?」

「のこすのも、かわいそうだから、しかたなかった」

ヴィントの返答で、デイルも、話題が三匹の仔犬のことである推測に至る。

きちんと意訳してみたならば、「うちの三匹の仔どもたちがいなくなったので、捜しに来た」ということになるのだろう。

一人納得してうんうんと頷くデイルの前で、母狼は急に口を大きく開け、ヴィントへがぶりと一撃を食らわせた。

「キャンっ!」

「お。珍しく犬らしく鳴いたな……」

妙なところに感心するデイルの前で、ヴィントはその後もがぶがぶと噛まれた。逃げ出そうとするヴィントを母狼は簡単に手玉に取る。母狼の前肢で動きを抑え込まれたヴィントは、再び情けない声をあげた。

「キャインっ」

周囲の天翔狼たちも、全く止める気配はない。

それ故デイルも、手を出す気にはならなかった。犬流のしつけに関わって良いとは思えないし、噛まれたヴィントに怪我や流血は見られない。母狼が加減をしていることは、種族の異なるデイルにもはっきりとわかっていたのだった。

(でもまあ、大型の肉食獣に噛まれるって、結構ハードな『おしおき』だよな……)

そして母狼の体捌きに感心する。素早いヴィントが全く手も足も出ない状態で、無力化されておしおきを続行されている。もしかしたらハーゲルよりも、直接攻撃の体術は秀でているのかもしれないなんてことも思った。

暫しのおしおきタイムを経て、ヴィントはごろんと転がり、腹毛を母狼に向けた。

完全降伏のポーズである。

そこで、母狼も攻撃を止めた。

デイルがヴィントを見れば、涙目になっていた。これは、ラティナに本気で怒られてブラッシング禁止令を食らった時と同じ顔である。本心から反省しているらしい。

「えーと……仔い……仔どもたちなら、街の中にいるんですが。人間族の街中に、幻獣が大勢入るのは混乱の元になるんですが……」

本当は飛来してきた現状で、十分に大混乱である。

「わかる」

「俺が改めて明日ここに連れて来ますので、街から離れた場所で待っていて頂けますか?」

「かさねがさね、ごめいわくおかけしてもうしわけありません」

本当にヴィントは何をしてきたのだろうと思う、母狼のボキャブラリーであった。

そうして天翔狼たちを街から引き離すことに成功すると、デイルは『虎猫亭』へと戻って来た。

そして、天翔狼たち以上に説得に手間取る相手がいることを、把握することになる。

仔犬たちを抱き締めたエマの、全力のイヤイヤであった。

卑怯なことに、兄貴分たるケニスは愛娘の抵抗に、手を出す気のない顔で傍観を決め込んでいる。仔犬たちを取り上げたことで「パパ嫌い!」を発令されることを恐れていると見えた。

母親であるリタが雷を落とせば、事態は終結へと向かうだろうが、同時に世界の終わりではなかろうかという程に泣かれることだろう。

そのことがわかっている常連客たちも、『看板娘』に甘いが故に、静観する側に回っているようであった。

エマのちいさな腕では、仔犬を抱き締めるのは二匹が限界のようで、もぞもぞと動いた灰色の牝の仔犬が、脱出することに成功する。

ラティナの方に尾を振りながら向かうその仔犬を、引き戻そうと気を向けた拍子に、残りの二匹もエマの腕からすり抜けてしまった。

仔犬たちは、ラティナに群がり、ぱふぱふと尾を盛んに振っている。そんな仔犬たちの様子を見ながら、エマは、ちいさな眉をぎゅとハの字にした。

「エマ」

そこでラティナがエマを呼んだ声は、とても優しく耳に心地好く響く声だった。

たったその一言で、エマは、くしゃりと泣き顔になった。ラティナは微笑んだままエマを招くと、抱き締める。

「やだぁ……やなのっ……」

「うん」

大声で泣きじゃくるエマを、叱ることなく抱き締めて話を聞く。よしよしと頭を撫でて、エマが落ち着きを取り戻すまで、辛抱強く待つ。

「この仔たちの、お母さんが迎えに来たんだって」

そしてラティナは、エマの目をまっすぐに見て、優しい声で伝える。

「お母さん、とても心配していたみたい」

「でも……」

「うん。エマもわかってるんだよね。寂しいだけなんだよね」

嫌だも、でもも、だっても--繰り返すエマの言葉を聞きながら、ラティナは本当に優しく微笑んでいた。

ラティナはとても甘えん坊だ。甘えるだけではいけないと、自らを引き締めるところはある。それでも、根本の部分は甘えん坊なのである。

それは、幼い頃の大きな喪失体験を埋める為の、心の在り方なのかもしれない。そして、底抜けに甘やかそうとするデイルがいるからこその在り方なのかもしれなかった。

だからラティナは、他人を甘やかすことも上手なのだった。

そっと寄り添い、優しさと癒しという彼女の最も大きな特性で、傷ついた者を支える。

慈愛に溢れる姿は、時に神々しさすら感じるものだった。

(まあ、『魔王』が神に類するものなら、『女神』って感想は間違っちゃいねぇし!)

だが、そんなことは関係なく、デイルは相変わらず残念だった。

ラティナの成長が見られる場面ならなおのこと、彼の成長しない部分--いっそ清々しいブレなさ具合が--はっきりと際立つのである。

「ヴィント、お前の弟と妹、母親に引き渡して良いんだよな?」

「わふ」

デイルが、ふと、気付いて隣のヴィントに声を掛ける。ヴィントは母親に怒られた直後こそしおらしくしていたものの、すっかり普段通りに戻って、ごろごろ寝そべっていた。

「……ホームシックつうか、寂しくなったりしねぇのか?」

別れに対して、このわんこにはそういった様子が全く見られない。

だからこそ発したデイルの疑問であったが、相変わらず悪びれない返答が、ヴィントから発せられた。

「また、つれてくればいーし」

「おい?」

反省という言葉は、このわんこにはないようである。

「むこーが、くるかもしれないし」

「…………」

その発言には、すぐさまデイルは返答出来なかった。

毛玉状態の仔犬たちが、人語を解するようになり、独自に飛んで来れるまでどのくらいかかるのか、デイルの知識にはない。

だが、数十年後のクロイツの街中に、翼を持ったわんこがウロウロと徘徊していない保証はない。むしろ簡単にそういった想像が出来てしまうのだった。

頻繁に故郷にラティナを連れて行き、山の中で彼女と触れあわせることで、天翔狼のガス抜きとする。--という思いつきも、それでラティナと面識のあるわんこが増えたら、状況が悪化する可能性が発生してしまう。

具体的な解決策が浮かばず、デイルは頭を抱えながら、エマを抱っこしているラティナを見た。

とりあえず今回の事件は、あの二人の距離を一気に縮めたようである。

幼いエマ相手では、デイルは嫉妬を感じないのだが、『お姉ちゃん』と『妹』の両方を一度に持っていかれた形のテオが、ぐぎぎという複雑な顔になっていた。

それも致し方ないことだと、デイルは再び自分の思考の内に入っていったのであった。

因みに、当の毛玉ズたちが、素直に帰宅に納得している保証がないことを、デイルは失念していた。

あのヴィントの弟妹犬である。一筋縄ではいかなかった。

この直後『虎猫亭』内部では、全力で逃げる毛玉ズとデイルの夜通しの鬼ごっこが開催されるのが、本当の余談であった。