軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

前日譚。陸、導師、青く染まる。

フリソスとプラティナ。

どちらが先に生まれたかという事実は、二人にとってはあまり関係がなかった。両親も拘ることなく、二人の娘たちを慈しんでいた。

鏡よりも互いの顔を見ている時間の方が長い二人は、お互いが別の存在である自覚すらあまり無いようだった。

こてん。と首を傾けたプラティナの向かいに座ったフリソスが、一瞬遅れて同じく首を傾ける。互いに互いを真似るという二人の遊びは、やがて同時に笑い出すというかたちで、一応の終了を告げる。

おそらく二人以外には何が楽しいのかもわからない遊びなのだが、それを眺めているスマラグディにとっては、もう目の中に入れても痛くないのは当然であると、力説出来るほどの愛らしさだった。

「ラグー?」

気がつくと二人はいつも通りに手を繋ぎ、スマラグディを見上げていた。

フリソスとプラティナは、二人が二人とも好奇心旺盛なので、先に歩き始めるのはどちらであるとは、決まってはいないようだった。けれども、フリソスの方が少し慎重で、プラティナの方が怖がりであるようでもある。

当人自身も気付いていない差異を発見する度に、父親であるスマラグディは、穏やかな表情をより優しげに緩めるのだ。

「なんだい?」

「なにー?」

「なぁにー?」

スマラグディが、仕事のために広げていた書類を覗き込んで、二人の姉妹は不思議そうに首を傾げていた。

「君たちには、まだ難しいかな」

「ん?」

「んー?」

苦笑したスマラグディの前で、二人は首を捻っていた。

書類には、複雑なものも含めた、様々な記号のようなものが並んでいる。それは、彼ら魔人族が用いる文字であった。

魔人族の文字は非常に難解だ。

それぞれの文字が意味を持ち、組み合わせによっても別の意味となる。文字一字は音に由来しておらず、それぞれの文字の意味を理解していなければ読み取ることはできない。

魔人族の言葉は、魔法を行使する時に紡ぐ呪文言語と同等のものであり、他種族は見ることの無い、それぞれの言葉が有する魔力の揺らぎを図形化したものだとも言われていた。

「君たちがもう少し大きくなったら、教えてあげるからね」

ある程度以上の言葉の意味を理解していない幼子では、文字を覚える段階にも至らない。

結果、総じて魔人族が文字を覚える年齢というものは遅い傾向もあるのだが、長い寿命を持つ彼らにとっては、あまり拘らないこととなっていた。

それでもスマラグディは、白紙の紙に二つの『文字』を書き入れた。

二つの文字は、同じ形状の部位を含んでいる。

目の前の愛しい子どもたちのように、よく似ているが異なる文字たちだった。

「こっちは『 黄金(フリソス) 』こっちは『 白金(プラティナ) 』……リッソとラティナ、二人の名前の意味を持つ文字だよ」

豊富な鉱脈資源を有するヴァスィリオでも、珍重されている『黄金』と『白金』という貴金属は、その色から、それぞれの文字は『太陽』と『月』の意味を含んでいた。

「リッソ?」

「ラティナ?」

「そうだよ。君たちの名前を意味しているんだ」

「モヴはー?」

「ラグはー?」

じっと書き付けられた文字を覗き込んでいた娘たちは、同時に別々の名前を口にした。微笑ましくもあり、二人が二人とも母親の名前を呼ばなかったことに安堵もする。

「ぼくの名前は……こう。モヴの名前はこうだよ」

だが、二人の娘たちは、『 翠玉(スマラグディ) 』と『 紫(モヴ) 』の文字を前にすると、同時に不満そうな顔つきになった。

ぷすっ。と、少し頬を膨らませる仕草は、幼い姉妹同時にやられると、彼女たちには悪いが微笑まし過ぎて頬がどうしても緩んでしまう。

「どうしたんだい?」

「ちがうのー」

「やあー」

「そうか。ぼくたちの名前が、君たちのと似ていないのが嫌なんだね」

娘たちの訴えを即座に読み取って、スマラグディは苦笑した。二人の頭をそっと撫でる。

「それはね。君たちが他の誰とも違う、特別な関係だからだよ。……君たちはそっくりだけど違う。そしてどちらもぼくたちにとっては大切な子どもたちだからね」

スマラグディの言葉は、まだ幼い彼女たちには、よく理解が出来なかったようだった。それでも優しい父親の声が、自分たちへの愛情に満ちたものだということは感じ取って、えへへ。と笑う。

ぎゅっ。と、大好きな父親に二人は同時に抱き付いた。

仕事なんてしている場合ではないと思った。

それでも彼女たちは、彼の邪魔をする訳ではなく、じっと彼の行動を眺めて楽しそうにしていた。

すらすらと、スマラグディが文字を綴る様子すら、彼女たちの好奇心を大いに満たすらしい。几帳面に整列する文字は、彼女たちには『魔法』と同じくらい不思議に見える光景だった。

「ちゅごいねえ」

「ちれいねえ」

二人はそれぞれ感想を言って微笑みを交わす。

娘たちの視線を感じるスマラグディも、少し普段よりも緊張感を含んで、更に書類にペンを走らせていった。

文字を覚えるのには早いが、興味を持った娘たちを自らの膝の上に載せて、スマラグディがペンの扱い方を教えたのは、致し方ない状況だった。

先に上手にペンを握れたのはプラティナだった。

「上手だね、ラティナ」

スマラグディの誉め言葉に、プラティナが得意そうな顔をする。

その隣で、にぎにぎとペンを何度も握り直しているフリソスが、少し、ぷすっ。と頬を膨らませた。

この二人はそっくりだからこそか、どちらかが出来るようになったことに対して、もう一人も発奮して習得に熱を入れる。

少し負けず嫌いなところも、互いの長所となれば良いと、父親は目元を緩ませて思う。

「リッソももうちょっとだよ。……ほら、今のまま……そうだよ」

「できた!」

「うん。リッソも上手だね」

かりかりと、大きく広げた紙に、思い思いにペンを走らせる娘たちは、少し真面目な顔をしていた。

どうやら彼女たちなりに、仕事をしている父親の姿を真似ているらしい。

とても、とても愛らしい姿だったので、この直後インク瓶をひっくり返して、当人たち自身もブルーブラックの色に染まってしまったことすら、仕方ないと思えるほどだった。

パニックになって泣き出した二人が、インクに汚れた手で、スマラグディに抱き付きに来たものだから、彼の衣服にも青い手形がぺたぺたと付いたのだが、それも致し方ないことなのである。

「……それでね、これが二人の手形だよ。本当に可愛いらしいものだから、これは記念に残しておこうと思ってね」

その日一日の公務を終えたモヴに、二人の様子を報告することも、スマラグディの大切な『仕事』だった。

夜更けて、すやすやと眠る二人の娘たちは、何処か調子外れな寝息を奏でている。それなのに二人が二人とも、同じタイミングで呼吸をしたりするものだから、なおのこと『双子』という事実を思い返させるのだった。

「ん……本当ならば、私が育てるべきであるのに……全てスマラグディ任せで……」

「モヴが忙しいからこそ、ぼくにこの役割が回ってきたことは、幸運なことだと思ってるよ」

モヴがプラティナの頭を撫でると、プラティナは眠りながらもふにゃふにゃと嬉しそうに笑う。片割れの幸せな気分が伝達したのか、隣のフリソスも同じように笑いだした。

「まだ、少しインクの色が指先に残っているな」

「すぐ侍女を呼んで、浴室に連れて行って貰ったんだけれど、染まってしまったみたいでね」

唯一スマラグディが二人の娘たちを完璧に他人任せにするのは、入浴時のことだった。男親である自分は、娘たちとそこは一線を引くべきだと彼は考えている。

娘たちが『父親が大好き』だからこそ、異性とは、ある程度距離を置かなくてならないことも教えておかなければならない。

底抜けに娘たちに甘いようでいて、スマラグディは躾に関わる部分は、きっちりと厳しく接してもいるのだった。

「こうして、失敗してしまったことも、この子たちには大切なことだよ」

「うむ……」

微笑んだモヴには、母親としての深い愛情が感じられる。共に過ごす時間こそ限られたものだが、彼女が自分の娘たちに深い愛情を持っていることは、スマラグディもよく知ることであった。

穏やかに微笑んで、モヴを招く。

少し頬を染めるモヴの姿は、神殿で、彼女を姫巫女と呼んで敬う者たちが知らない、若い女性相応の姿だった。

子を成した間柄になっているのに、彼女の仕草には初々しいものが残っていた。

スマラグディに抱き寄せられて、モヴは幸せそうに目を閉じた。

「モヴは、充分頑張っているよ。ぼくはちゃんとそれを知っているからね」

「……スマラグディは、本当に甘やかすのが、上手い。……この子たちが甘えん坊になったら、それはきっとスマラグディが原因だ」

「甘えん坊でも、悪いことはないよ。この子たちは、モヴによく似て頑張り屋さんだからね。甘える必要もあるんだよ」

よしよしと、娘たちがいつもそうされているように角のあたりを撫でて貰い、モヴはうっとりと表情を緩める。

穏やかな幸福な時間に、今だけは全てを忘れて溺れてしまおうと、スマラグディの胸に頬を擦り寄せたのだった。