軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ちいさな娘、寂しさを我慢しております。

デイルが王都に行き数日が過ぎた。

ラティナはわかりやすい程に、しょんぼりしている。

元気が無いというよりも、背中に郷愁を張り付けている感じというのに似ている。『寂しい』というのを全身で訴えているようだった。

「ラティナ……大丈夫か? 」

大丈夫な筈は無い。わかっていても問いかけざるを得ない。

「ラティナ、だいじょうぶ。……おるすばん、だから」

いつも通りに仕込みをするケニスの隣で、静かに座りながらラティナは消え入りそうな声で答える。

この子はいつもそうだ。

表情や全身でそうではないと訴えているというのに、返す言葉は大人を気遣う優等生の回答だ。

ケニスは溜め息をついて、ラティナを見る。

「……ああ。そうだな。『留守番』だ。デイルはちゃんと帰ってくるさ。ラティナが待っててくれるんだもんな」

ラティナがケニスを見上げて、少し首を傾げる。

ケニスは微笑んでみせた。ここで大人の自分まで辛気臭い顔をしてはラティナが不安になるだけだ。

「ラティナが来るまでのデイルにとって、此処は荷物を預けて、拠点として使っているだけのただの『場所』だった。それが今では『帰って来る場所』になってる。ラティナに『ただいま』って言ってるのがその証拠だ」

「デイル、ラティナに、いつも『ただいま』っていってるよ? 」

「ああ。でも、ラティナが来るまでのデイルは違ったんだ。ラティナは デイル(あ い つ) にとって特別なんだよ」

「ラティナ、デイルのとくべつ? 」

「ああ、そうだ」

ラティナの表情がくしゃりと歪む。泣き出しそうなのを我慢しているように。きゅっと膝の上のスカートを握った。

「ケニス……」

「なんだ? 」

「ラティナ、ずっとデイルのそば、いてもいいのかな……」

「……ラティナがいなくなったら、デイル……半狂乱で探し回るぞ……」

「はんきょーらん? 」

「……すごく、心配して、必死になるってことだ」

知らない単語に首を傾げた後でラティナは再び言葉を探した。

「ラティナ……うまれたとこ、ラティナわるいこだから、おいだされたよ。……おいだされたの、ラティナだけだったのに、 ラグ(・ ・) 、ラティナといっしょにいてくれたから、しんじゃったんだよ」

ケニスは何気ない顔つきで作業を続け、息をのんだのを悟られないように努めた。

やはり、この子は、自分が郷里から『追放』されたことは理解しているのだ。

「『ラグ』って何だ? 」

「ラティナのおとこのおや……びょーきだったのに、ラティナといっしょにいてくれたの。……ラティナのこと、わるいこじゃないって、いってくれるの、かぞくだけだったの。……ラグしんじゃったから、やっぱり、ラティナわるいこだったんだなっておもったの」

ラティナはそう言ってから、下を向いた。

「デイルはじめてだったんだよ。ラティナのこと、いいこだって……かぞくと、べつなのに、いってくれたの……デイルがねはじめてだったの」

そして、ちいさな声で大切な秘密を教えるように、続けた。

「デイル、ラティナのとくべつなの」

「……そうか」

そうとしか答えられない自分は、何て無力な大人なのだろう。と、ケニスは思う。

この子はどれだけのものを、このちいさな体の中にしまいこんでいるのだろう。

「どうしてラティナは、デイルには、自分の話、しなかったんだ? 」

以前デイルが問いかけた時は話したがらない様子だったと聞いている。なぜデイルではなく、自分相手なのだろうか。

そのケニスの問いにラティナは

「ラティナわるいこだって……デイルしったら、ラティナきらいになるよ。……ラティナ……デイルに、きらいになられるの……こわいよ」

「そうか。デイルが大切だから、話せないのか」

ケニスの言葉に、ラティナはこくりと頷いた。

デイルは、今ラティナが話したことは既に察している。承知の上で、このちいさな幼子をそばに置くことを選んでいる。

けれど、この子はそれを知らない。

そして知られることを恐れている。この子なりに必死なのだろう。

(でも、ラティナがこんな風に、俺には身の上話、したりするって、デイルが知ったら、どんなことになるか……)

間違いなく、面白くないという顔と態度になるだろう。面倒くさい。

「なあ、ラティナ。デイルが帰って来るまでに、一つ練習するか」

「……れんしゅう? 」

このままだと、この幼子は、デイルが帰って来るまでに、ちいさくへこんで萎れてしまいそうだ。何か夢中になれるものがある方が良いだろう。

そして恐らく、ラティナにとって、最も原動力となるものは、デイルの存在なのだ。

「きっとデイルは、腹空かして帰って来るぞ。王都からクロイツに帰って来るまではかなり時間がかかるからな。ラティナ、デイルの為にごはんを作れるようになりたいって言ってただろう。良い機会だし練習しよう。デイル、驚くし喜ぶぞ。ラティナが作ったって言ったらな」

「……ラティナできる? 」

「まだ全部は難しいだろうがな。できることをやろう。……どうだ? やってみるか? 」

少し、ラティナの表情が明るくなったことにケニスは心底ほっとする。やはり、この子にとってデイルの存在は大きい。良い意味でも、悪い意味でも。

「ラティナやりたい。ケニスおしえて。おねがい。」

そして、この子の『おねがい』は、 デイル(親バカ) でなくともなんとかしてやりたい。そのくらいのことは思ってしまう。

「シェパーズパイだ。割引してやるから、食え」

「とうとうこの店は押し売りを始めたのか」

頼んでもいない皿を片手に立つケニス相手に、常連である髭面の冒険者は、エール片手に呆気にとられた顔をした。

「しかもなんだそれ、えらく不恰好だな。中身はみ出てるじゃねえか」

「無理もない。練習中だからな」

「練習中? 」

繰り返して、この店の中で『練習』しそうな人物の心当たりに気付く。というか、一人しかいない。

「……嬢ちゃんの、か」

「そうだ。ラティナの練習作だ」

「わかった。置いてけ」

こんなやり取りを繰り返し、『踊る虎猫亭』空前のシェパーズパイブームはやってきたのであった。

無論、シェパーズパイの中身であるミートソースはケニスが作ったものだ。ラティナの作業は、パイ生地となるマッシュポテトを作ることと、それらを皿に重ねて入れ、チーズをかけることだ。オーブンの出し入れはケニスがやるが、焼き加減もラティナは真面目な顔で計っている。

初めは、ソースがはみ出ていたり、ポテトがまだらだったりしていたそれだったが、日を重ねるごとに上達が見て取れる。

初日以降は、ケニスが何も言わなくとも、常連のほとんどがラティナの練習に協力体制を取るようになっていた。

何より、このメニューに限って、専属のちいさな給仕が運んで来るというのも大きい。

「おまたせしましたーっ」

デイルが留守にしてから、しょんぼりと項垂れていたラティナが、上気した、張り切った顔をしているのも悪くない。

ちいさな体で大事そうに運んで来たお盆には、もうだいぶきれいな形をしたシェパーズパイが乗っている。

少しばかり拙いが、売り物としても、問題はないだろう。

「あついので、きをつけてください」

--このちいさな子が、この店で一番丁寧な接客をしているかもしれない。

「ごゆっくり、どうぞーっ」

にこりと空のお盆を抱きしめて微笑むラティナに、常連客たちはそんなことを内心で唱和していた。

初めは幼いラティナ相手にどう接して良いか、明らかに戸惑っていた厳つい男共--常連一同であったが、ラティナは彼ら相手でも、愛くるしい笑顔でにこにこしている。

たまに虫の居所が悪いのか。ちいさな彼女相手に大人気ない態度を取る馬鹿--そういうのに限って、冒険者としての実力は二流以下だったりするのだが--に出くわしても、ラティナは驚いたように目を丸くするだけで、何事もなかったようにとことことその場を後にする。

かえって、不思議な生き物を観察するように、遠くから様子を伺っているのだから、大物だ。

「いらっしゃいませ。おまたせしましたっ」

今日も『踊る虎猫亭』ラティナ特製のシェパーズパイの売れ行きは好評だった。