軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白金の娘、知る。

優しさに 託(かこ) つけて、見ないでいるという選択もあった。

デイルだけでなく、フリソスもとても優しく甘い。何も知らなくて良い、無事に還ってきてくれただけで満足だと笑ってくれる。

それも間違いなく本心なのだろう。

それでも、ラティナは--『知らないままでいる』という選択をすることは出来なかったのだった。

デイルを交えての最初の会談を済ませてすぐに、ラティナは離宮に戻された。フリソスには、ラティナの体調が万全でないことは見通されていたのだった。

始めは大丈夫だと言い張ったラティナも、離宮の寝台に戻ると、すぐに意識を失うように午睡をとることになった。

もちろんと断言してしまえる如く、寝台までの移動はデイルの腕の中である。どれだけ自分で歩けるとラティナが訴えても、デイルは聞き入れる素振りすらなかった。

療養の為に離宮で過ごすラティナは、以前のようにほとんど意識がないという状態ではない。だが、それでも当人にしてみれば、それとあまり変わりのない日々を過ごすことになった。

疲れやすい身体は無理が利かず、頻繁な休息を必要とした。

政務の合間を縫って顔を出すフリソスも、変わらない笑顔を向けるシルビアも、現在どのような調整をラーバンド国とヴァスィリオがしているかを話すことはなかった。

難しいことは考えず、ゆっくりと自分の静養にだけ意識を向ければ良いという、姉と友人の想いも透けて見えて、ラティナも詳しい話を聞き出すことは出来なかった。

時折離宮から離れて散歩をするも、勿論街に出ることは許されず、神殿の敷地の中に限られた。それも必ず侍女が付き従っている。

仕事中毒者たるラティナにとっては、どうしようもなくもどかしい毎日だった。

それも療養の為だと、我が儘も言わずに呑み込んだ。

ラティナは、我が儘を言える程、今の自分は満足に動くことも出来ないことも、しかと理解していたのである。

昼も夜も関係なく、疲れやすい身体はとろとろとした微睡みへと誘われる。

そんな微睡みから目覚めたラティナが最初に見るのは、いつもデイルの姿だった。

「デイル……?」

「ん? どうした、ラティナ。目ぇ覚めちまったか?」

「暗い……?」

「夜だからな」

デイルはそう言って笑い、硝子細工の杯を取って水を満たす。

ラティナの半身を起こして背中に枕をあて支えにすると、杯を唇に寄せた。まるで風邪をひいた幼子にするような行為に、ラティナは、暗がりの中でもわかる程に頬を紅く染める。

「デイル……自分で出来るよ?」

「ほら、そんなこと言ってないで、とにかく飲んどけ。声、掠れてるぞ」

あまりにもデイルはいつも傍にいた。

優しく甲斐甲斐しく世話をやく。そのことに羞恥を覚えるよりも、『常に』ということに疑問を抱く。

「……私のことよりも……デイルが倒れたりしたら大変だよ。私のことはいいから、ちゃんと休んで」

いつ食事や睡眠をとっているのだろうかと、心配になって問いかけたラティナだったが、デイルは微笑んで、幼子にするようによしよしと彼女の頭を撫でた。

「ん……俺もちゃんと休んでるよ。心配するな」

「でも……」

「それより、ラティナを見てたいって言うのが本音だ。……俺が倒れでもしたら、ラティナの世話を他の奴にさせることになるだろう? んなことにする訳ねぇよ」

心配してくれるラティナは本当に優しいなぁと、デイルは緩んだ微笑みを浮かべて彼女の頭を撫で続ける。

『子ども返り』ならぬ『親バカ返り』したかの如き、でれでれ甘々モードであった。

デイルは、魔族となったことで、睡眠も食事もほとんど取らずに活動し続けることが可能であるというスペックを、無駄に活用していた。数日単位ならば、不眠不休でラティナを見守り続けることが可能なのである。

そんな常識外れの存在とデイルが化していることを、『 魔王(あるじ) 』たるラティナは、知らないのであった。

そんな緩やかな日々を過ごしているうちに、ラティナは少しずつ自分が眠っていた間に起こった出来事を悟っていった。

自分が『してしまった』ことにも気が付いたラティナは、それに目を背けることが出来なかった。

「デイル様は、今日はこちらにはいらっしゃらないのですね」

「今はフリソスの所にいると思います」

デイルがフリソスの元に『魔王』について--ラティナに聞かせたがらない裏工作も含めて--の話をしている最中、ラティナは侍女を使いにやってローゼを呼んだ。

知らないでいても良いと、ちいさな幼子を甘やかすかの如き『親バカ』と『シスコン』とは一線を画したローゼならば、耳に痛いことも告げてくれるだろうという確信があった。

もっと早くこうするべきだったとも思う。

それでも先送りにしていたのは、保身の為なのだろうなと、ラティナは、きゅっと締め付けるような痛みに、心臓の上に手を当てた。

だが、俯かないで真っ直ぐにローゼを見る。

「ローゼさま、何が起こったんですか? 私が……私がデイルの傍を離れてから……何が起こってしまったんですか?」

「……デイル様は何と?」

「デイルは何にも話してくれません……心配しなくて良いって……大丈夫だって……でも、そんな筈がないことくらい、私にもわかります」

ラティナはそう言うと、ぎゅっと両の手を握りしめた。

「教えてください。何が起こってしまったのか」

ローゼはラティナを無言のままに、じっと見つめた。数十秒の沈黙の後にローゼは静かな口調で言葉を発した。

「ラティナさんが思っている程、私は多くを知りません。小父様やグレゴール様であれば、また知ることもあるのでしょうが、私が知ることは、市井の噂と大差ないものに過ぎません」

エルディシュテット公爵のことを、私的な時間であるために『小父様』と親しげに呼んだローゼは、まずそう前置きをした。

ローゼも、デイルやフリソスが、ラティナに意図的に情勢を伝えていないような疑念は持っていた。

だが、ラティナにとっての『保護者』であるデイルと、姉でありヴァスィリオの国主であるフリソスの意に反することを、今のローゼの立場で行うことは難しい。その為、静観している向きもあったのだ。とはいえ、はっきりと禁じられている訳でもない以上、望むラティナに語らないという理由もなかった。

「それでもよろしいのですか?」

「はい」

ラティナの返答を聞くと、ローゼは今度は何から語るべきか、考えをまとめる為に沈黙した。

「ラティナさんが、デイル様の傍を離れたという詳しい時期を、私は存じません。私が最初にその事を聞いたのは、グレゴール様にデイル様が行方知れずとなったことを聞いた時でした」

「え?」

「小父様はあまり詳しい事情を教えてくださいませんでしたが、グレゴール様がデイル様を案じておりましたので、私もそれを知ることになったのです」

「デイル……行方知れずって……何を?」

「その際、デイル様が何をしていたのかはわかりません。ですが、その後『四の魔王』討伐の為に小父様がデイル様を呼び戻した時には、デイル様は、ハーゲルと呼ぶ天翔狼の成獣を伴われていらしたとか」

「『四の魔王』……?」

震えたラティナの声に、ローゼは言葉を補った。

「ヴァスィリオでは、『災厄の魔王』と呼ばれているそうですね。彼の魔王たちは、急に活動を活性化させましたの。ラーバンド国も『四の魔王』の襲撃を受け、大きな被害を出しました」

真っ青になってローゼの言葉を聞いたラティナは、ひとつの疑問に立ち返った。

「なんで……なんでデイルが、『魔王』討伐の為に呼ばれたんですか? いくらデイルが、優秀な冒険者だからって……」

「……ラティナさん?」

ラティナの様子に、ローゼは驚いた顔をした。そしてラティナが『何故知らないのか』を考えこむ。

直ぐさま理由に思い至ることは出来なかったが、デイルが意図的に隠していた事実のひとつであることはわかることだった。

「デイル様は、七色の神より複数の加護を賜し方。魔王の対存在にして、魔王を打ち払う刃となれる力を持つ方です」

「……え?」

「デイル様は、『勇者』と呼ばれし能力を持つ方ですからですわ」

「……え? え?」

きょとんとした顔でローゼの言葉を聞いたラティナは、一拍置いてその意味を理解すると、何故だか汗をだらだらと流して狼狽した。おろおろと落ち着きなく混乱していることが、はっきりと見て取れた。

「デイル……『勇者』なんですか?」

「はい」

「『魔王』……倒せちゃいますね……」

「簡単なことではないのでしょうが、デイル様がおられれば、可能性がないことではなくなります。ですからデイル様同行の元、グレゴール様たちは魔王や魔族の討伐に赴いていらしたのです」

「『四の魔王』も……デイルが?」

「はい」

その後、『七の魔王』討伐にデイルが『妖精姫』の旗を掲げて参戦し、幻獣を従え白金の鎧を纏いし『白金の勇者』として名を馳せ、獅子奮迅の活躍と共に世界中に名を轟かせたことを、ローゼは語った。

更に『二の魔王』を、『紫の巫女』の協力の元討ち果たしたことを聞いたラティナは、寝台の上に倒れた。

ラティナはデイルが、『玉座のある空間』の惨状の理由であることを、確信したのであった。

(デイルな、気がしていたけど……やっぱりデイルだったんだ……)

魔王(ラティナ) が、 自らの眷属(デ イ ル) の最も重要な能力を知った瞬間であった。