軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黄金の王と、白金の勇者。(後)

空から見ていた建物の配置と、ラティナが視線を向けた方向から、玉座のある謁見の間というべき場所の見当は付いていた。執務室などの場所はまた別だろうが、違うならば次はそこに向かえば良い。

邪魔をする輩が居れば、全て斬り殺すのも躊躇わない。

求めるラティナの姿を確認した以上、彼女を取り戻すには何を引き換えにしても惜しくはない。

それでも、決して、彼女を奪おうとした存在を赦せる筈がない。

裏切られたのかもしれないと、心は疼くが、それでも自分は彼女を憎む事は出来ない。

だから相手を憎む。

八つ裂きにしても足りることはない。

ラティナはそれで、悲しみ、自分を憎むだろうか。

それでも止める事は出来そうもなかった。

辿り着いたのは、ひどくがらんとした、殺風景な空間だった。

壁や柱に施された繊細な装飾は、今のデイルの視界には入らなかった。広い空間の先には、数段上に設けられた壇があり、天井から垂らされた御簾が空間を区切り、その先に居る人物を、直接見ることが出来なくなっている。

そこに、ひとの気配が動いた。

明らかに貴人の居る場所だと察した瞬間に、デイルは剣を抜き放って駆けた。小さな金属音を耳が拾う。素早く唱えられた魔術が防御壁を生み出すものであることを聞き分けて、そのまま距離を詰めた。

「そんなもの……っ」

魔術で生み出された防御壁を、力任せに打ち砕く。甲高い音と共に光で出来た壁は打ち砕かれ、振り切られた剣が御簾を斜めに切り裂き後方へと払う。

そのまま返す刃で、目的の人物を切り裂こうとしたデイルは--

ぴたりと、動きを止めた。

「な……っ!?」

呆然と--怒りも憎しみも全てを忘れて、動くことすら忘れたように、デイルは立ち竦んだ。

そこに、ちいさな軽い足音が背後から響く。

振り返る必要もなく、デイルには、それが誰の足音かはわかっていた。

息を乱して謁見の間へと駆け込んで来たラティナは、デイルの横をすり抜け、御簾の奥のフリソスを庇うように抱き締めた。

「デイル、お願い、やめて……フリソスは…… リッソ(・ ・ ・) は……っ」

「……プラティナ」

ラティナ よりも(・ ・ ・) 低い声が、彼女の名を優しげに呼んだ。

頬が触れる程に寄せられた為に、 同じ色の(・ ・ ・ ・) 白金の髪(・ ・ ・ ・) が、どちらがどちらのものかもわからない程に混ざり合う。

面差しも、背格好も--元は同じものであったと言われたら信じてしまいそうだった。 共に嵌めている同じ形の銀の腕輪が、同時に光を反射して、輝きを放っていた。

唯一の(・ ・ ・) 違いは、涙を浮かべた優しい灰色の眸と、それを案じて見詰める 金色(・ ・) の眸だけだった。

比べるまでもなく。こうして並べて見れば尚、二人はよく似ていた。

「双子の……姉妹……?」

呆然と呟くデイルの前で、ラティナから急に、糸が切れたかのように力が抜けた。我に返ったデイルよりも先に、フリソスが、ぐったりとしたラティナを抱き止めた。フリソスは気遣わしげな表情で、王笏を傍らに置き、ラティナを両腕で抱き締める。

「その様子を見るに……やはりプラティナは、余のことを其方に、何ひとつ語ってはおらなかったようだな」

フリソスは微かに苦笑を浮かべ、剣を納めることすら忘れたデイルを見上げた。

「あ……」

戸惑うデイルの前で、フリソスは優しげにラティナの額の汗を拭う。そこでデイルはやっとラティナが苦し気に呼吸をしていることに気が付いた。

「ラティナ……っ」

「プラティナを寝台へと運びたい。手を貸してはくれまいか」

剣を放り捨てる勢いで床へと落とし、デイルはラティナを抱き締めた。ようやく、ようやく腕の中に取り戻した彼女は、記憶の中よりもだいぶ痩せ細っていた。

フリソスは、デイルにラティナを預けると、当然のようにデイルに背を向け、彼を先導して歩き出した。ラティナと同じ白金色の髪がデイルの前で靡く。

かつてラティナが戴いていたものと同じ、黒い巻き角には、金銀の細工と色石が輝く見事な装飾品が掛けられていた。だがそれよりも、艶やかな角が持つ、光を含む煌めきこそが美しかった。

やがて、先程の離宮の前へと戻ると、デイルはそこに涼やかな風が通っていることに気が付いた。頭に血ののぼった自分は色々と視野が狭くなっていたようだが、この美しい宮は、ずいぶんと過ごしやすく造られているらしい。

それは、療養にも適しているということだろう。

寝台へとラティナを寝かせると、フリソスが寝台の隅に腰掛け、ラティナの額へと手を伸ばす。周囲の空気が明らかに別のものへと変わり、苦し気だったラティナの呼吸が安定した。

そこでフリソスは改めてデイルを真っ直ぐに見た。

ラティナよりも少し気の強そうな表情をしていると、デイルは、反射的に感じた。金色の眸は、魔力形質によるものだろう。「魔力が多くない」と言っていたラティナとは異なり、保有魔力量が多いということだろうか。

珍しいことではあるが、魔力形質は遺伝とは関係なく現れる現象だ。双子に同じく現れるとは限らない。二人の眸の色の差異は、その為だろうと、ぼんやりと考えた。

状況に理解が追い付かなくて、どうしても思考が纏まらず、間の抜けた反応になってしまう。

さっきまで自分を焼き尽くすようだった感情が、全くの見当違いのものだと悟って、混乱状態が治まらない。

ラティナが、油断しきった姿を見せている相手が、眼前の女性であるならば仕方がない。

この甘えん坊の天然娘は、姉--双子でも、ラティナはどう考えても末っ子気質の甘えん坊だと、半ば断定してしまう--相手に甘えきってしまうに違いない。

そう自分の感情と折り合いをつけようとしているデイルの前で、フリソスは口を開いた。

ラティナと似た、それでもラティナよりも静かで低い響きの声が、デイルの元へと届く。

「余は『 黄金(フリソス) 』。ここなる『 白金(プラティナ) 』の 同胞(はらから) にして、『一の魔王』の資格を有する者だ」

「プラティナ……」

魔人族は、幼子に愛称で名を呼ばせるのだと、かつて耳にしたことを思い出す。『ラティナ』というのも、愛称だったのかと理解した。

「ラティナは……一度も、双子の姉妹がいるだなんて……」

デイルは、過去一度だけ気に掛かったことがあった。

幼いラティナに『友だち』について問われた時のことだ。彼女は「一緒に遊ぶ子どもはいなかったのか」というデイルの問いに対し、「かぞく」と答えたのだ。それでもその後、兄弟姉妹はいないと答えた。だから語彙の少ないラティナとの、意志の疎通の問題だろうと、納得してしまった。

そして何よりもデイルが疑問に思っていたのは、ラティナが『父親と共に在ったこと』だった。

魔人族の女性グラロスに教えられた魔人族の習慣では、魔人族の子どもは母親の元で育てられる。完全な母系社会の筈だった。ならば何故、故郷を追放されるラティナと共に故郷を出たのが、母親ではなかったのだろうかと疑問に思っていた。

ラティナの母親には、両親には、守るべき子どもがもう一人いた。

それが答えだった。

「プラティナは、余を護る為、そして自らの身を護る為に、余のことを語ることを禁じられておった」

「護る為……?」

「余の先代、先の『一の魔王』が殺められたことは、知っておるか?」

「あ……ああ、『二の魔王』に、殺されたと……」

デイルの答えに小さく頷き、フリソスは言葉を継いだ。その間も、指先でラティナの角のあたりを優しく撫でている。

ラティナが自分のそこを撫でる感覚に、フリソスの名を呼んだ理由がわかった。この場所で、自分にそうやって触れる相手が『 姉(フリソス) 』に限られていたからだ。デイルがいる可能性は、ラティナにとっては予想の外にあった。改めて考えれば仕方がない。

「先代が殺められたのは、この神殿の中だ。そして、先代だけではなく、その後生まれた『一の魔王の候補者』もまた、『二の魔王』に殺められた。内通者がおるのだろう。余の二親は、それを何より危惧しておった」

「警備は……」

侵入したデイルが言うのも何だが、まともな警備が敷かれているようには感じられなかった。不自然だとは思ったが、自分の侵入に気付かれる理由がわからない。

「プラティナになついておる幻獣が教えてくれた。其方が来ることはな」

「……ヴィント……」

該当する幻獣が『誰』なのか、直ぐに理解した。

ハーゲルが時折微妙な反応をする筈だ。ハーゲルは、我が仔が此処にいることを察していたに違いない。

「誰の血を流させるつもりもなかった。それに其方は、余が誰であるのかがわかれば、決して傷つける真似はするまいと思っておったよ」

初対面の相手に断言されると、デイルとしては不本意だった。

だが確かに、今、フリソス相手に、敵意を維持出来るかと問われると、微妙だ。

フリソスは、あまりにラティナと似すぎている。

可愛くて、大好きな、愛するラティナと同じ顔だというだけで、どうしようもなく、害意が削がれてしまう。

明らかな敵だと認識出来れば、話はまた別なのだが、ラティナがフリソスを大切に思っている姿を見てしまった。そしてフリソスもまた、ラティナを大切に扱っている。

それでも尚、フリソスに刃を向ける事は、デイルには難しい。

(実力では圧倒できるが……殺れる気はしない……俺、負けるんじゃねぇか……)

そんな残念クオリティを思い出せる程度には、デイルは急速に、平時の自分を取り戻しつつあった。

「余とプラティナは、神殿の奥で、秘密裏に育てられた。余が『一の魔王』となると予言で確定された時を同じくして、プラティナが受けた予言は、『災い』と呼ばれるべきものではあった。それでもその予言を受け入れ、プラティナを罪人とすることに余の二親が同意したのは……」

フリソスはそう言って、労るように折れてしまったラティナの角に触れる。根元しか残らないラティナの角は、フリソスと同じ輝きを持つ漆黒のものだった。

「それがプラティナを、この国の外に出すことに最も自然であったからだ」

「罪人は……追放される……」

「そうだ。……双子は、魔人族にとって吉事であるが、非常に珍しい。『二の魔王』に、余の同胞たるプラティナの存在を悟られれば……」

フリソスの表情はそこで翳った。

「プラティナは、余を弄ぶ為の玩具として、連れ去られる。稀代の巫女姫はそう予言を下したよ」

『二の魔王』が、次の『一の魔王』を新たに付け狙う予想は簡単に出来た。そこに珍しい双子の妹の存在を知られれば、『二の魔王』は、間違いなく彼女を狙う。

最も効果的に、『一の魔王』を弄ぶ為に、血を分けた姉妹での殺し合いを演出するかもしれない。ただ殺されるよりも酷い目に合わされることだろう。

魔力形質と共に、強大な魔力を継ぐこともなかったラティナは、フリソスよりも自らの身を守る術も持たない。彼女たちの両親は、そんな自分たちの娘を引き離し隠すことを選んだ。そうすればそれだけで、『双子』という事実はわかり難くなる。魔人族にとって、それほど『双子』というのは珍しい存在だった。

「だから、プラティナは余のことを誰にも語らなかった。余とプラティナが、同胞であることを誰にも知られぬこと。それが遠き地にいる余を護る為に、プラティナが出来る唯一のことであったからだ」

『二の魔王』の眷属や内通者が、何処にいるのかはわからない。

いくら信頼出来る相手でも、情報は何処から漏れるかはわからない。秘密を知る者は、極力少ない方が良い。

幼い頃から利発だったラティナは、両親の教えを理解し、しかとそれを守った。

大切なフリソスを護りたいから、デイルにさえも、その秘密を抱えたのだった。

ラティナにとって、自分に出来ることは、それだけであったから。そしてそれが、彼女にとって、最後に家族と交わした約束となったからだった。