軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年、療養中。参。

「どうやら、容態は安定したようだな」

「はい」

動揺で、脳内はぐわんぐわんしているというか、ぐるぐるしているというか。とりあえず混乱の極致まで押し上げられているのだが、それでもデイルは、表面上は取り繕って、公爵の言葉に答える。

「噂に名高い 主(ぬし) の『愛娘』が、来ておるぞ。心配をかけおってからに。愛されておるなあ」

「……は」

上手い返しも思いつかなくて、短く応じる。

絶賛混乱中の脳内は、それどころではないのだ。

色々な意味で、まだ心の準備が出来ていない。

(……逃げたら、駄目か?)

情けない結論が、ちらりと浮上してきたのを、全力で沈め直す。

「公爵閣下におかれましては、過分な厚情を賜り、深く御礼申し上げます」

見慣れている筈の少女が、見慣れない姿で、エルディシュテット公爵相手に礼の言葉を述べている。

『普通』の平民であるならば、御前に立つことすらままならぬ雲上人相手だと言うのに、緊張した様子は有っても、挙動のひとつひとつに、震えも怯えも無かった。

教えたことの無い、正式な動作で礼をする。

その凛とした美しい容貌も合わせて、気品ある振る舞いであると、上流階級の者も認めるだろう姿だった。

「構わぬ。目の保養となったわ」

目元を優しげに緩めて、公爵が答えるのを意識の隅で理解しながら、デイルは、少女に付き従ったモフモフが、ぱふんぱふんと、尾を振る姿にも気付いてしまった。

危うく吹き出すところだった。

彼女がいくら可愛らしくとも、それだけでは あの(・ ・) 公爵閣下が興味を持つことはないだろう。見目麗しい姫君なら、上流階級には、天然物かは別にしてそれなりに居るのだから。

ということは、それだけではない『興味』を抱くだけのものを、彼女は示してしまったということだ。

まずひとつは、『自分の養い子』だと言うことだろう。

自分の最大の弱点にして、最大の『逆鱗』だ。下手に触れば、全力で報復するとは常々伝えてある。

彼女の長い髪が、珍しい色彩であるということも、興味は惹くだろう。『魔力形質』ではない、珍しい色。それだけで宝飾品のように美しい『それ』は、珍重なものが集まる宮中だからこそ、より珍しく感じられるものだ。

だが、そんなことより。

(ラ、ラティナ……何故、『 犬(あれ) 』連れてるんだ……?)

彼女が連れて歩いている『 幻獣(わんこ) 』の姿に、興味を惹くなという方が難しいだろう。いつもは隠している翼をのびのびと伸ばして、後ろ肢でカシカシと首のあたりを掻いているヴィントは、デイルが悔しくなるほどにマイペースな様子で寛いでいる。

彼女が突然現れたことよりも、その彼女が『わんこ同伴』であることに疑問を持つことこそ、現在のデイルの混乱ぶりを饒舌に示していたのかもしれない。

後で詳しく聞かせて貰うぞ、とでも言いたげな表情の公爵閣下が、退室するのを見送りながら、デイルは未だ内心で状況把握に励んでいた。

いくらでも話してやろう。ラティナの可愛さと愛らしさと、良い子具合ならな! と発想が至るのは、混乱具合の表出だろう。実際に目にしたならば、可愛いらしさは実証された筈だ! と更に発想が至るに到っては、『混乱』はあまり関係無かったのかもしれなかった。

くわぁ、と、大口開けて欠伸をするヴィントがうらやましい。

ラティナはもの静かな様子で、あくまで礼節ある物腰を崩さない。

『見たことの無い』姿だった。

可愛い少女だと、思っていた。

だが、今、眼前に居る彼女は、その言葉では言い表せないほどに『綺麗』な娘だと思った。

(……って、こんな時に……)

周囲に散々目が曇っていると 詰(なじ) られたのも、こんな彼女の姿を見れば、返す言葉も無い。

『目を瞑っていたからだ』と言われるだけのことを自分はしていたのだろう。

--そんな風に感じるほど、今、目の前に居る『彼女』は、デイルから見ても大人びて見える。幼い頃からの愛らしさは残していても、それだけではない『綺麗な女性』へと育ちつつあるのだと、実感してしまった。

グレゴール相手に再会の挨拶をしている彼女の声を遠くに聞きながら、デイルはあまりにも今、自分が『現実味』を感じていない理由に気がついた。

「……ラティナ?」

「なあに?」

「何で、……居るんだ?」

呆けていた為に、端的な言葉で問いかけたのだが、それを引き金にラティナの表情が歪んだ。

整い過ぎた容姿故に、恐ろしさを抱きそうなほど『綺麗』な容貌が、崩れたことで、彼女本来の周囲を惹き付ける『愛らしい』ものへと変わる。

「……デイル、が、病気だって、聞いて……」

「ああ」

しまった、と思ったのは、彼女の声が掠れたようになった瞬間だった。

ぼろぼろと、灰色の大きな眸から大粒の涙が溢れ出す。

改めて自覚する必要もなく、デイルは、この子の『涙』には、非常にものすごく滅法弱かった。

「で、でも、ちょっと療養することには、なるけどっ。大事にはならないって、伝えてあっただろっ!?」

「うん」

しゃくりあげながら小さく頷き、ラティナは言葉を継いだ。

「でも、でも……っ、怖くて……怖くって……! デイルの顔見ないと、安心できなくって……!」

ただおろおろと狼狽するデイルは、彼女の『恐怖』の理由を、続けられた言葉でようやく理解する。

「 ラグ(・ ・) みたいに、いなくなったらって……怖くなって……っ」

ずいぶん昔に聞いた、彼女の実父の話だ。

語彙も少なかった幼い彼女の語る話では、不十分な部分もあったが、それでも理解出来たこともある。

あまり身体の強い質では無かった彼女の実父は、彼女を庇いながら続けた旅の結果、重ねた無理も祟り、あの森の中で力尽き倒れたのだと。

その直接的な死因となったのは、『病』--『魔素障害』だった。

彼女はかつて、大切なひとを、『病』で喪っていたのだ。

自分が思っていたよりも、彼女の受け取った『病』という言葉は、重いものだったのだ。

「ラティナ……」

「ごめんなさい……ごめんなさい、デイル。もう、我が儘言わないから。困らせることも、言わないから……っ。だから、だから……いなくならないで……っ。お願いだから、そばにいさせて……っ」

ああ、そうだった。この 娘(こ) はいつもそうだった。

「ただ、そばにいさせて……」

幼子が無条件で与えられる居場所である筈の、『家族』も『故郷』も失った彼女は、いつも『自分の居場所』を守ろうとしていた。

幼子らしい我が儘も、癇癪も起こさずに、良い子でいなければならないと在る娘だった。

自分は、彼女のそんな部分が嫌だったのだ。

たっぷり甘やかして、我が儘も悪戯も、子どもらしくあれと許容した。彼女が彼女らしく在れるように心を砕いた。

こんな風に、自分の本音や望みを飲み込んでしまう彼女の、本心を言って貰いたいと--自分はいつも望んでいたのだった。

だから『この答え』は、自分の聞きたいものではない。

肩を震わせて泣くラティナを、腕を伸ばして抱き寄せる。

気を利かせてグレゴールが部屋を出るのを視界の隅で捉えながら、強ばる彼女の身体を、すっぽりと腕の中に抱き締めた。

「ラティナ……」

囁くように名を呼べば、びくり。と、身体を竦める。

「謝るのは、俺の方だな。……ごめんな、ラティナ……心配かけた」

「っ!」

返事をしようと息を飲むが、声にすることが出来なくて、ラティナはデイルの腕の中で、ただ、喘いだ。

「ごめんな……言いたいことも、言わないとなんねぇこともいっぱいあるけど……ごめんな」

ぷるぷると、小さく首を振る、ラティナの髪を撫でる。

いつの間にかこんなにも長くなっていた髪。するりと指先を通り抜けるそれも、幼い頃は石鹸の香りだけを纏っていたのに、気が付くと、甘い香油の香りを纏わせるようになっていた。

「ラティナ……俺は……俺は、お前の 父親じゃ(・ ・ ・ ・) ない(・ ・) けど、ずっとお前のそばにいるから……いや……」

ぎゅっ。と、すがるように服を掴む仕草は、彼女の不安の表れだ。そんな不安を溶かすように背中を撫で、長い睫毛に溜まった涙を指先で拭う。

「これからも、俺のそばにいて欲しい……だな。ラティナ、これからも、俺と一緒に居てくれるか?」

「デイル……?」

照れくさい思いを飲み込んで、微笑を浮かべる。

こんな風に近い距離で、涙に濡れた灰色の眸に写りこむ、自分の姿をいつか見たなと、思い出した。

そして、かつてこんな風に、泣きじゃくる彼女を抱き締めたことがあったことを、思い出した。

「いつか、きっと、俺はお前よりも先に死ぬけれど」

あの時(・ ・ ・) も伝えた言葉を、 あの時(・ ・ ・) とは異なる意味で彼女に囁く。

「『その時』まで、ずっと一緒にいよう」

「デイル……っ」

「とりあえず今は、『そこまで』でも、良いか? お前がもう少し大人になったらな……その、あのさ、もっとちゃんと……言うからさ」

照れと、妙なプライドのようなものが邪魔をして、それ以上を続けることは、出来なかった。

言葉を濁して視線をさ迷わせるデイルに向かい、ラティナは涙に濡れた眸を真っ直ぐに向けて来た。

「デイル、デイル……あのね……っ」

「おう」

「好きなの」

「おぉう」

声が上擦った。言葉を濁した直後に、こう率直に言われるとは思わなかった。

「好きなの。ずっと、ずっとデイルのこと、好きだったの。私にとってのデイルは、『お父さん』じゃなくて、一番大切な大好きなひとなの……っ」

「うぅっ……」

至近距離で見上げられると、改めて意識をしてしまった身には毒なほど、この娘の容貌は麗しすぎる。

それでも、最初の衝撃をやり過ごすと、彼女が耳まで、可哀想なほど赤く染めていることに気が付いた。

潤んでいる眸も、男心を震わせる充分過ぎる破壊力を示しているが、同時に幼い頃からの泣き顔も思い出させる。

彼女の仕草の中に、『未だ幼いもの』があることに、心底ほっとする。

それは、まだ、『自分の心と向き合うまでの猶予期間』があるということだ。

彼女から、『それ』が抜けてしまうまでに、自分が彼女との関係が変わってしまうことを受け入れれば良い。

「デイル……私……デイルとずっと一緒に居たいの……」

「……ああ。約束しよう。最期の時が来るまで……一緒に居よう」

だからデイルは、少し余裕を取り戻して、『あの時』のように、ラティナの頬にキスを落としたのだった。