軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年、兄貴分に諭される。(後)

デイルは、真面目で優しい人間なのだ、と、ケニスは思っている。

彼が少年であった頃から、見てきたケニスは、デイルのプライベートに属するところも、だいぶ知っている。

どちらかといえば、同性の輪で馬鹿話をしている方を好むデイルだが、全く女性受けが悪い訳ではない。

深い関係になったであろう、女性の存在を匂わせている時もあった。

血気盛んな仕事をしている健康な男に、そういった欲求が無いことの方が、おかしい。

だが、デイルは、『特別な女性』というものを作ろうとしなかった。

互いに 割り切れる(・ ・ ・ ・ ・) 間柄になれる相手としか、一時でも、そういった『関係』になろうとはしなかった。

真面目な性格のデイルにしては、不自然だ。

それでも、デイルは真面目だからこそ、そういった『距離』を選び続けていると、ケニスは見ていた。

「お前は……昔っから、『自分が何時死んでも良い』ように、周囲を整えていたからな」

「…………」

沈黙したデイルの顔には、苦いものを無理やり飲まされた、幼子のような気配がある。

「だからお前が、ラティナを傍に置いた時……俺も安心したんだ。あの子を置いては逝けないと、お前が自分の生にしがみつく理由が出来たからな」

「……っ、俺は……」

元々、危険と隣あわせの生き方の代名詞とも言える『冒険者』は、刹那的な享楽を求めて生きる者が少なくない。

明日、何があるかもわからないのだ。次の機会が訪れるとは限らない。楽しめる時に楽しまなくては、生を謳歌しなければ、何も残らないのだ。

デイルは、それとも、少し異なっていた。

彼は、真面目なのだ。周囲--彼とそれなりに親しくなっている、周りの『大人』--が、心配になってしまう程に、真摯なのだ。

ラティナだけではなく、ケニスやジルヴェスターにとって、デイルもまた、『心配するべき対象』なのだ。ラティナの幼い頃の姿を皆が知っているように、デイルもまた、『 少年(こども) 』であった頃を知られている。

デイルは、自らが『殺されるだけの理由がある』ことを、受け入れている。

ラーバンド国との契約で、『魔王』の脅威を排除するという仕事を負うようになった頃から、ずっと、そうだった。

彼は、魔王の眷属たる『魔族』にも、魔王に従う民である『魔人族』にも、彼らなりの『理由』があることを、承知している。彼らにも、仲間がおり、家族がいることも、目を背けることなく直視している。

『殺してきたこと』を後悔することはしない。自分たちにも、譲れない『理由』がある。

だからこそ、彼は、恨まれることも、憎まれることも、--相手が自らを殺そうとする行動すら、肯定する。

殺されることを、簡単に受け入れるつもりはなかったが、何時殺されても仕方がないと、受容していた。

だからデイルは--

「だからお前は、初めから、『ラティナの相手』から、『自分自身』を省いているんだろう」

「……っ!」

息を飲んだデイルは、ケニスの言葉を否定しようと口を開きかけ--呆然と、言葉を失った。

「お前が願っているのは、あの子が幸せになること、だ。『先に死ぬ自分』は、あの子を幸せには、出来ない。お前はそう考えているんだよ」

それこそが、最も厄介なデイルの『性質』だった。

真面目で優しいからこそ、デイルは『何時死ぬかもわからない自分』には、特別な相手を作らない。遺して逝く自分では、幸福には出来ないから、初めから距離を置くことを選択する。

それは、ラティナに対しても言えることだった。

彼女を幸せにしてくれる相手が現れたなら、自分が死んだ後も護ってくれる相手が現れたなら--彼女を託すことが出来る、『自分以外の誰か』が現れたならば、『保護者』としての自分の役割は終了する。

けれども、離したくない。失いたくない。

だから--もうしばらく、『このまま』でと--『ちいさな子ども』と『保護者』のままでいたいと望んでしまっているのだ。

「ちょっ……と、待ってくれ、……俺は……っ」

「ラティナは、とっくに覚悟を決めているぞ」

「な……っ!」

「あの子は、自分が『魔人族』だと言うことを受け入れているからな……お前だけじゃない、俺も、リタも……テオすら……皆、自分よりも先に老いて逝くことを、あの子は覚悟しているさ」

それでも、彼女は--

幸せなのだと--

今、一緒に居られる、限りのある時間を大切なのだと--

いつも、いつも微笑んでくれて--

ゴトン、と。テーブルの上に叩きつけるようにして置かれたグラスの中には、氷だけしか残っていなかった。

決して度数の低くないそれを一気にあおった相手を見て、ケニスは、言おうとした言葉を忘れた。

「デイル……お前……」

「っ! 」

椅子を蹴るようにして立ち上がり、逃げるように自室へ向かう『弟分』の背中を見送りながら、ケニスは片手に持つ自分のグラスの中を見た。

ほとんど空のそれに、自分も酒の勢いで やり過ぎた(・ ・ ・ ・ ・) かと、反省するケニスは、グラスを軽く揺らしながら小さく呟いた。

「やっと『自覚』したか」

これで、少しは状況が変わるだろう。

元より『あの二人』は睦まじいのだ。『彼女』の心を理解し、『自分』の本心に気付けば、きっと悪いことにはならないだろう。。

自分が、おせっかいにも口を出してしまいたくなるほどに--無意識の行動の節々に滲み出ていた『本音』を見て、わかってしまう程度には、『弟分』の願いはシンプルなのだから。

--そんな風に考えて、ケニスは残り少ないグラスの中身を飲み干した。

そして、翌朝。

いつものように、朝の仕込みをしようと階下に降りて来たケニスは、呆気にとられることになった。こそこそと、まるで夜逃げでもしそうな不審っぷりの人物がいたのである。

「……お前……何、やってんだ?」

「ケ、ケニスっ!? なんで……っ」

すっかり旅装を調えたデイルが、悪戯を見咎められた悪餓鬼そのもののような態度で、ギクリと振り返った。

その反応を見るに、本当に『逃げ出す』気であったようだ。ラティナが『休み』である現在、その分を補う為には常よりも早い時間から作業をする必要がある。『いつも』よりも、ケニスが階下に降りて来た時間は早いのであった。

その隙を狙うかのような行動を取ったということは、自分にすら何も言わずに出立するつもりであったらしい。

「……し、仕事っ、だからなっ! そろそろ『依頼』が届く筈だから、ちょっと、今回は、俺の方から出向いてみようと、思っただけだからなっ!」

慌ただしく、言い訳を述べるデイルは、なんと言うか、非常に必死であった。

「いや、お前、だが……」

「ーーーっ!」

呆れ返ったケニスが、馬鹿な真似をしようとしている『弟分』を諌めようとする。

だがそれにも、それ以上何も言ってくれるな、とばかりに、デイルは、--ケニスに半泣きのような表情を向けた。

はた、と、そこでケニスはようやく思い至った。

人生経験もそれなりに積んできたはずのこの『弟分』であるが、『特別な関係の女性』を作らないように、避けてきていた。それはすなわち、そういった方面にかけて、この男。

--自分が思っていたよりも、 初心(うぶ) であると。

「ラ、ラティナには、ちゃんと、書き置き、置いておいたからっ! 後は頼むっ!」

叫ぶように言い残すと、扉を開けて全力で駆け出していった。先日まで 動く死体(リビングデッド) 化していたとは思えない程の、敏捷な動きであった。

逃げ出した。逃避した。ある意味、ラティナと同じ行動をした。

本当に妙なところで、この二人は似ている。しかも、逃避行動の先に打ち込むことが、『労働』であるところまで同じであった。

(だが、お前がそれやっちまったら、いかんだろう……)

ケニスが我に返って、突っ込みを心中に浮かべた時には、既に言うべき相手は、その姿を消していたのであった。