軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 旦那様とご対面

屋敷の廊下を歩いていると、熱心に働いている使用人たちとすれ違う。いきなり現れたこの屋敷の女主人となるわたしのことを、そっと伺っている。当然、シャロン・アゲートの悪評を耳にしているはずだから、立ち居振る舞いに気をつけて皆に受け入れてもらえるように努力しなければならない。

可愛いジェレミーのお母さんになるのだから、それくらいなんてことないわ。

「……あら、わたしの顔に、なにかついていて?」

なのになのに、ついうっかり目が合った、眼鏡をかけた若い男性に高飛車に問いかけてしまったわ!

この身体からシャロンの魂は抜け出たというのに、習慣の方は染みついているみたいで困るわ。

「いえ、その……お美しい方がいらっしゃったので、目を奪われてしまいました。申し訳ございません」

男性はそう言うと、頭を下げた。

丁寧な態度と謝罪に見えるけれど、口元に浮かんだ皮肉めいた笑いを見逃さない。シャロン・アゲートは実はいろいろとハイスペックなお嬢様なので、獲物をとらえるために目も良いようだ。

「この屋敷にいたくば、以後気をつけなさい」

わたしが冷たく言い放ったので、エルトンとミミルカは驚いたようだ。眼鏡の男性から睨みつけられながら、わたしたちは廊下を進んだ。

「今のやつ、やな感じでしたね」

「そうね。わたしに喧嘩を売りにきたのかしら? あれは何者なの?」

エルトンが「ジェレミー様の家庭教師である、ハワード様でございます」と答えたので、わたしは「ジェレミーの周りの大人は、どうしてこう、問題がありそうな人ばかりなのかしら」とため息をついた。

「ちなみに、誰の紹介でやってきたのかしら」

「レガータ夫人です」

ことの元凶は、ナニーのおばさんか!

「こちらが旦那様の執務室でございます。大変お忙しくしていらっしゃるので、こちらのソファーで仮眠なさることもあるのですよ」

「寝る時にはちゃんとベッドで休まないと、疲れが取れなくなってしまうわ」

「屋根があるところで寝られるなら、それで充分だとおっしゃいます」

「いやねえ、みんなに心配をかけて。本人はワイルドだと思っているのかもしれないけど、単なる野生児じゃないの」

エルトンとミミルカがまた噴き出してしまったので、少し落ち着いてから家令がノックをした。

「旦那様、奥様をお連れいたしました」

「早かったな! 入れ、あっ、やはり……」

「失礼いたします」

エルトンがドアを開けて通してくれたので、わたしは後ろにミミルカとドナを引き連れて部屋の中へ進んだ。

「初めまして、だ……んな様?」

わたしは部屋の中の人物に挨拶をしようとして、途中で固まった。

そこには、濡れた髪をタオルでわしわし拭いている。この国の男性の普段着である、胸元にフリルが施された白いシャツを肩に羽織り、黒いトラウザーズを履いた、黒髪のものすごいイケメンがいたのだ。

ちなみにこの世界の男性が着用する豪華なフリフリシャツには最初驚いたけれど、渋いおじさまである父のアゲート伯爵も毎日フリフリしているので、今は慣れてしまった。

イケメンは、フリフリシャツも素敵に着こなすのである。

だが、このセクシーイケメンによるフリフリシャツの着こなしは、激しく耽美だった!

なにしろ肌色が多めだ。

ボタンが閉まってなくて、しどけなく前が開いているから。

誰か、わたしにスマホを持ちなさい! 連写よ! 百枚くらい連写してフォルダにしまっておきますわ!

湯上がりのお色気ムンムンな、大人の魅力たっぷりの美青年は、「こんなに早く来るとは思わず、すまん」と少し慌てた様子で顔をしかめてわたしを見ている。

ええっ、やだなに、しかめっ 面(つら) までお耽美とか、なんのご褒美ですか?

たぶんダリル様である、この背が高い男性は「しばし待て」と言って髪を拭き、シャツの前を閉めて、ベストを着用すると何事もなかったかのようにわたしにソファーを勧めた。

落ち着いた仕草がクールだ。クール耽美、萌えるわ……。

「かけたまえ」

「……はい」

動揺してさっきから顔が熱くなっているわたしは、おとなしくソファーに腰を下ろした。

「結構なお出迎えをありがとうございました」

「はあ?」

「いえ、間違えました! お風呂上がりのところを、失礼いたしました」

ごちそうさまでしたと言わなかったわたしを褒めるがいいわ!

「ああ、こちらこそ、身支度が整ってなくて失礼した。女性の仕度にはもっと時間がかかるものだと思っていたもので……」

そうか、シャロンがごてごてに着飾ってがっつりメイクをしてから現れると思っていたのね。

「実はわたしも先ほどお風呂に入って、着替えたばかりなのですわ」

「なるほど」

「大浴場を堪能させていただきましたわ。素晴らしいお湯でした」

「大浴場を使われたのか? それは……意外だな」

「広いお風呂に気のおけない者同士で入るのは、とても楽しくて疲れも吹っ飛ぶものですわ」

「……そうなのか。そのように感じる令嬢だとは、初耳だな」

わたしたちはじっと見つめ合う。

結婚相手と今、初めて顔を合わせたのだ。いやはや、それにしてもこんな美形さんだとは思わなかった。

でも、小説の中のジェレミーは美少年って書いてあったし、その父親なんだからイケメンで当然よね。

「おまえはシャロン・アゲート嬢本人、でいいのだな? わたしはダリル・セイバートだ」

「あっ、はい、ダリル様。わたしがシャロンですわ。自己紹介が吹っ飛んじゃいましたね、一応ご挨拶を考えてきたんですけど」

「ほう?」

ダリル様は腕組みをしながら、わたしを眺めている。

「お聞きになりたいですか?」

「ぜひ」

内心で『わたしに興味を持つなんて意外だわ』と思いつつ、咳払いをすると、立ち上がってカーテシーをした。

「シャロン・アゲートでございます。このたびは可愛いジェレミーの義母になるべく、王都より参上いたしました。愛読書はセイバート領での旅行記ですわ。この地のいろいろなところをジェレミーと一緒に回るのを楽しみにしています。どうぞよしなに」

イケメン辺境伯は、眉をくいっと持ち上げて言った。

「これは驚いたな。君は本気でジェレミーの母親になるつもりなのか?」

「なにを今更なことをおっしゃるのですか?」

わたしは再びソファーに座って言った。

「辺境伯は魔獣との戦いでお忙しく、家を留守になさることも多いそうですわね。お子さんを育てる女性が必要だから結婚を決意したと聞いておりますわ。もちろん、わたしは納得して参りました。これからジェレミーの母になることを楽しみにしておりますの」

三歳の男の子の、お母さんになれるのだ! 楽しみすぎるわ! もうめちゃくちゃ可愛がって、一緒にたくさん遊んで、いろんな経験をさせて大事に育てるわよ。お母さんであるジャクリーヌさんとの約束もあるしね!

わくわくしすぎて、少々緩みがちな表情を引き締めて言った。

「そのようなわけで、できるだけ早くジェレミーに会いたいのですが、お夕飯を一緒に取るということでいいのですわよね?」

「その話は聞いているが、わたしはいつもひとりで食事をする習慣があって……」

「あらまあ、なにをおっしゃるの? ジェレミーとなかなか顔を合わせる時間がないってお聞きしましたわよ。せめて食事時は共にテーブルを囲みましょう! それが家族というものです」

「だが……」

「できれば食後に少し時間を作って、親子のふれあいをなさるとよろしいかと思いますわ。可愛い子どもの顔を見るだけでも、疲れが吹っ飛びますよ。そうだわ、エルトンに食後用のサロンを用意してもらいましょう。ふわふわの絨毯を敷き詰めて、楽な姿勢で座ったり寝転んだりできるお部屋がいいわ。もちろん、絵本やおもちゃも忘れずにね」

「いや……」

「ジェレミーはどんな遊びが好きなのですか? おもちゃはどのようなものを好んでいるのかしら。よろしければ、お休みの日に一緒におもちゃを買いに行きませんか? そうだわ、馬に乗ってピクニックに行くのもいいですわね。ジェレミーはお父さんと馬に乗るのは好きかしら? 景色の良いところでお弁当をいただきましょうよ」

「おい、エルトン、この女性は本当にシャロン・アゲート嬢なのか?」

わたしは視線を逸らしたイケメンにびしっと注意した。

「ダリル様、わたしとお話ししているのだから、ちゃんとこっちを見てください」

「失礼」

「ところで結婚式のお話がまったくありませんでしたが、この結婚は形式的なものなので、書類を提出して終わりということでよろしいのですわよね?」

「形式的な……のか? エルトン?」

「ダリル様! こっち見て!」

「おっ、すまん」

「わたしは初婚ですが、それでもかまいませんわ。特に結婚式に夢を抱いておりませんし、もしも式があるならジェレミーの可愛い正装が見られて素敵だわ、くらいの気持ちしかございませんの」

「そうなのか? ではそのようにして……」

「失礼ながら、奥様!」

壁際に控えていた家令のエルトンが、わたしたちの近くにやってきて言った。

「結婚式の件は、落ち着いてから旦那様と相談してお決めになられると良いかと存じます。セイバートの領民たちにとって、領主の結婚式という慶事は好ましいものですし、お祝い事で盛り上がると経済も回り、領民の暮らし向きが豊かになりますゆえ」

「ああ、なるほど! エルトン、良いアドバイスをありがとう、さすがはデキる家令ね。確かに、領主の結婚式は私事ではございませんわ。それではその件に関しては後ほどゆっくりと検討いたしましょう。ダリル様? よろしくて?」

「ああ、そうだな……」

旦那様になるイケメンは、奇妙な生き物を見るような視線でわたしを見ていた。