軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

180 地図にない島

俺は、 主(あるじ) に命じられて、この田舎領の調査にやってきた。

田舎も田舎、大陸の中央方向とは全く逆側、王国の一番端っこにある、海に面した小さな子爵領。それも、本来ならば男爵領であった、収益の少ない弱小貴族領である。

なぜ、そのようなところに、主からの信頼の厚い、腕利きである俺が派遣されたのか。

……それは、この領地が、あの『雷の姫巫女』、ヤマノ子爵の領地だからだ。

ヤマノ子爵。

ある日突然この国に現れて、ひとりで狼の群れを殲滅して村娘を助けた。

新興貴族家の娘のデビュタント・ボールを仕切り、大成功を収めて少女の未来を 盤石(ばんじゃく) のものとした。

第三王女の危機を救い、料理店を助け、……そして遂にその正体を明かしての、王国の危機をお救いなされた、救国の大英雄、雷の姫巫女様。

俺も、感謝し尊敬しているが、それはそれ、これはこれ。主から命じられた仕事なのだから、仕方ない。

それに、別に姫巫女様に危害を加えるとか、敵対するとかいうわけじゃない。ただ単に、情報を収集するだけだ。女神様もお見逃し下さる程度の、ごく些細なことに過ぎない。

だから、大丈夫。うまくやれば、何の心配もない。

……そのはずだった。

そのはずだったんだ!!

塩田や、その中枢である足踏み水車、流下盤、枝条架とかいうものを遠目に見ていた時には、何も問題はなかった。村人達の視線は感じていたが、余所者がじろじろと見ていたら、そりゃ向こうもこっちを見るだろう。当たり前のことだ。

漁船や、海岸近くに建設中の倉庫らしき建物の近くへ行った時も、特に何事もなかった。

……しかし、『夜遅くまで、とてもロウソクやランプの灯りとは思えない明るい光が出ている』という噂の、領主邸。あの、『雷の姫巫女様』の御業の元である、雷の杖、女神の 御声(みこえ) 等の御神器が多数納められているであろう、領主邸。その領主邸に忍び込むべく、深夜、密かに庭に入り込むと……。

ばしゃっ!

何やらが作動する音と共に、突然強烈な光の奔流が叩き付けられた。

暗闇に慣れた眼は 眩(まぶ) しさに 眩(くら) み、一瞬、身体が硬直してしまった。……プロとして、あるまじき失態であった。

そして、明かりと共に、強烈な警報音が鳴り響いた。

銅鑼(どら) や太鼓のような、生易しいものじゃない。ジリリリリ、というような、聞いたことのない音が大音量で鳴り響き、俺の頭からまともな思考能力を消し飛ばしちまった!

そして……。

「どこの間者かなぁ? ま、どこの手先だろうが、関係ないんだけど……」

そんな声が聞こえたかと思えば、次の瞬間、俺はひとり海辺に立っていた。

……確かに、ヤマノ領は海に面した領地だ。

でも、俺がいたのは、子爵邸の裏庭だ! 海岸線からは、数百メートルは離れていた!!

辺りは真っ暗で、子爵邸どころか、星明かりで遠くに見えるはずの町も、村々の建物も全く見えない。そしてあそこの漁村付近には、こんなに綺麗な砂浜が広がっていたりはしなかった……。

慌てるな! まだ、慌てるような時間じゃない!!

こんな、どこだか判らない場所で、暗闇の中、不用意に動き回るのは自殺行為だ。ここは、落ち着いて朝を待ち、明るくなってから状況を確認すべきだろう。それが、プロの取る行動ってもんだ。

……よし、とりあえず、安全に休めそうな場所を探すか……。

そして翌朝。

近くにあった大きな木の上で夜を明かした俺は、周囲に気を配りながら下へ降り、再び砂浜へと戻った。そして周りを見回すと……。

「島?」

そう、海岸線は、左右共に緩やかに円を描いており、それはここが、海に突き出た出っ張り部分、……あるいは、島であることを示していた。そして人が住んでいることを示すものが何もないことから、後者である確率が、かなり高かった……。

「ど、どうして……」

そう呟きながらも、考えられる理由などひとつしかないということは、分かっていた。

……『渡り』。

雷の姫巫女様がお使いになられるという、一瞬で遠い距離を移動するという、奇跡の御業。

そして、昨夜、裏庭で聞こえた少女の声。

いや、少女であればメイドとか料理人見習いとか、色々といるだろう。

しかしあの、深夜に怪しい侵入者を前にしての、全く動揺した素振りもない、呆れたような口調でのあの言葉は、ただの使用人が口にするようなものではなかった。それは、つまり……。

「やはり、姫巫女様か……」

いや、勿論、とっくに気付いてはいた。

ただ、周囲の地形や状況を確認して、自分の推論を再認識しただけである。

……眠れない樹上の一夜というのは、考え事をするには充分に長い、いや、些か長すぎる時間なのであった……。

「お~い!」

突然後方から聞こえた声にバッと振り向いて、反射的に懐に入れかけた右手を意思の力で止め、前方に見える男を見詰めた。

いきなり危害を加えるつもりであれば、遠くから声を掛けたりはするまい。少なくとも、相手を油断させて不意を衝くまでは。なので、近付いてくる男を、のんびりとした顔で待ち受けた。

……勿論、いつでも懐からナイフを抜き出せるよう、万全の態勢で。

そして、近付いてきた男が、苦笑しながら言った。

「いや、警戒するのは分かるが、そんなに心配しなくていいぞ。悪意があったら、とっくに遠距離から弓で射るか、もっと大人数で武器を持ってやってきて、取り囲むさ」

それもそうか。俺をここに連れてきた一味なら、いつでも簡単に殺したり捕らえたりできたはずだ。ここは、おとなしく話を聞くか……。

「ま、薄々気付いちゃいると思うが、姫巫女様の仕業だ。悪意を持って領民に危害を加えようとした者は、プチッ、と。そしてそう大きな悪意はなく、しかし諜報活動のために一線を越えてしまった者は、ここに運ばれる。……つまり、『殺す程じゃない敵対者の、捨て場』だよ、この島は……」

「す、捨て場?」

島であることは、予測の範疇だ。しかし、『捨て場』とは。殺す程の罪ではない者をただ、捨てるだけの場所? 訊問は? 雇い主や目的を吐かせるための拷問は?

男に、そう聞いたところ……。

「必要ない、ってことらしいな。相手が誰に雇われた者であろうと、害意のない者は本人をここに捨てるだけ。害意がある者は、全てを吐かせて、雇い主共々、プチッ、と……」

「……何だ、そりゃ……」

雑魚には用はない、ということか……。

「で、どれくらい経てば解放して貰えるんだ? お優しい姫巫女様に……」

「分からん」

え?

「ここに来た者は、皆、ずっとここにいる。途中で誰かがいなくなったということはない。最初の者がここに来てから、ずっとな……」

「なっ! ひ、姫巫女様は! 姫巫女様が訊問に来たりは……」

「しないな。捨てて、それで終わりらしい。なので、俺達は魚を獲ったり獣を狩ったり山菜や果物を集めたりと、まぁ、自力で生きていかなきゃならんわけだ」

「そんな! 俺には、妻と子供がいるんだぞ! それに、俺の雇い主は、別に姫巫女様の敵じゃねぇ! ただ、ほんのちょっぴり、領地発展のヒントを貰いたかっただけなんだよ! ちゃんと、俺の雇い主が誰かを聞いて貰えれば……」

必死でそう言ったが、男は苦笑いを浮かべるのみ。

「……敵じゃない、か……。

言っとくが、俺の主人は、ボーゼス伯爵だぞ? おそらく、姫巫女様がこの国で一番信頼しておられ、最大の味方だと思っておられ、そして家族ぐるみでお付き合いをしておられる、あのボーゼス伯爵家だぞ! ……なのに、一度も会うことも、話を聞いて貰えることもなかった……」

なん……だと……。

「さ、皆に紹介しよう。むこうに、皆で頑張って作った掘っ立て小屋と畑があるんだ。

……お前、釣りは得意か? 狩猟や大工仕事はできるか? 何か、生活に役立ちそうな特技はあるか?」

「…………」

「あ、そうそう、ここじゃあみんな、元の国や身分、名前とかは関係ないからな。どんな立場だった者も、ここでは皆等しく、ただの 囚人(プリズナー) に過ぎん。だから、ここじゃあ以前の名前は捨てて、互いに番号で呼び合っている。無名の新人も、有名な一流の間諜も、皆、等しく……、って、『有名な一流の間諜』って、そんなのいやしねぇか。正体が知られている間諜なんか、3流以下だよなぁ、ははは……。

あ、そうそう、お前の新しい名前は、『28番目』、 No.(ナンバー) 28だ。そして俺は6番目。 囚人(プリズナー) No.6、と呼んでくれ。……おそらくは我が国の地図には載っていないであろう、この島の 囚(とら) われ 人(びと) のな……」

これから、長い長い日々が始まる。

それだけは、どうやら間違いないようであった……。