作品タイトル不明
147 情報収集・夜の部 2
そういうわけで、掴みは上々。
私はお客さん達の間に割り込んで、色々と質問責めにした。
自分達の同僚や上官達の知人であり、海軍大好きっ子である少女を無下に扱う者はいない。それも、自分の孫娘と同じくらいの年齢の少女を、だ。そして少女がこんなところにひとりで乗り込んできたことを面白がって、いい玩具がやってきた、というような感じなのであろう。
それに、さっきの私の自己紹介、というか、名乗りの内容から、当然私は貴族の娘だと思われているはず。……というか、ジュース1杯に金貨1枚出す平民の小娘はいない。
ならば、私の両親のことや、私が将来的にどこかの貴族の妻になるであろうことを考えれば、海軍シンパの貴族の少女は海軍にとって大事にすべき宝のはず。
……まぁ、元々海軍派閥の貴族の娘、と思っているであろう確率が高いだろうけどね。
なので、ちょいとばかし陸軍を 扱(こ) き 下(お) ろしてから海軍をベタ褒めしてあげると、調子に乗ってパカパカとグラスを空けて酔いが廻ったのも手伝ってか、口が軽くなって、もう喋る喋る! よく 囀(さえず) るのう、この小鳥は……、ってなもんである。
「今は、調査船団とかは出てるんですか?」
「そういうのって、何年に1回くらい出るものなんですか?」
「やっぱり、見つけた大陸は占領して我が国の領土に、そして住民は全部奴隷にするんですか?」
そう、王都の社交界では他国の貴族の娘としては聞きづらいこと、いきなりそんなことを聞くのは不自然なこと等を、聞きまくり!
何でも聞きたい、好奇心旺盛な海軍贔屓の小娘の質問に、何でも答えてくれるおじいちゃん達。
さすがに軍事機密や政治的なことはアレだろうけど、私が知りたいのはそういう方面じゃない。近隣諸国との政治の話とかが聞きたいわけじゃないんだ、私は。だから、問題ない。
……そういう話は、王都での活動で情報を収集するからね。
その後、『シングルミルク、ロックで』とか、『オレンジジュース、ストレートで、ツーフィンガー』とか色々注文して、その度に金貨を渡した。恰好をつけて指でピィンと弾いたらどこかへ飛んで行ってしまい、みんなで捜してくれたり……。
いや、結構コツが要るんだよ。
そして適当な時間に、引き揚げ。さすがに、深夜になるであろう閉店時間まで居座るわけにはいかない。
もう帰る、と言ったら、バーテンダーさんが最初の1枚以外の金貨全部と、小金貨9枚を返してくれた。
さすがに、ソフトドリンク数杯で小娘に金貨数枚を払わせた、とかいうのは一生の黒歴史になるから勘弁してくれ、と言われては、受け取るしかあるまい。
「では、今日は色々とありがとうございました! とっても楽しかったです! ……あ、そうだ!」
忘れるところだった。
色々と話が聞けた場合、お礼と、以後に備えて私に好印象を持って貰うためにと、お土産を用意していたんだった。
勿論、高価な品とかを渡そうとしても受け取って貰えるとは思えないし、こういうことへのお礼に金目の物を贈るなんていうのは、スマートじゃない。こういう時のお礼は、これに決まってる。
そう、酒飲みには、お酒だよ!
「持ち込み料払うから、見逃してね」
ちゃんとバーテンダーさんにそう断ってから、バッグから1本の酒瓶を取りだした。
……ひとり1本なんて、やってられない。持ちきれないし。なので、1本から、試飲としてみんなのグラスに少しずつ注ぐのである。
「うちの方のお酒なんだけど、試飲してみて貰えない?」
いつの間にか、丁寧語はやめてタメ口になっちゃってるけど、まぁいいや。小娘相手に怒るような人はいないよ、多分。
蓋を開けて注いで廻ろうとしたら、バーテンダーさんが人数分の新しいグラスを出してくれた。
「持ち込み料は要らないから、俺にも試飲させてくれ」
うん、大歓迎!
そして皆は、配られたグラスを手に持ち、灯りにかざして色を確かめ、グラスを回してから香りを楽しみ、そして口に含み、数秒後に喉に流し込む。
「「「「「「なっ…………」」」」」」
ふふふ、驚いたか!
これぞ我が祖国の誇り、白州のシングルモルト、12年物である!
予算の関係で、18年物と25年物はパス!
よし、この様子だと、どうやら感想を聞くまでもないな。これで、私に対する好印象は確実に植え付けられたに違いない。次回もいい情報をお願いね!
「それじゃ、また!」
そう言って、みんなが反応する前にお店を出た。
後ろから何か声を掛けられたみたいだけど、酔っ払いはスルー。
「おい!」
「「「「了解!!」」」」
こんな時間に、少女ひとりで夜道を歩かせるわけにはいかない。それも、貴族の娘で、可愛く、しかも海軍に好意的な少女をだ。
すぐに数人が、少女を家まで送り届けるべく店から飛び出した。
他の者達は、グラスの酒をちびちびと、少しずつ味わっていた。一度に飲んでしまうなどという勿体ないことができるはずがない。
時間をかけて、ゆっくりと味わっていると、先程出ていった男達が戻ってきた。
「なっ……。お前達、あの娘はどうした! なぜ送り届けず戻ってきた!」
居残り組の男達が、思わず椅子から立ち上がって怒鳴りつけた。
こんな時間に少女がひとりで夜道を歩くなど、紳士として見過ごせるはずがない。なので行かせた護衛役が、ぬけぬけと戻ってきたのだから、当然である。まだ少女が店を出てから数分であり、家まで送り届けた後とは到底思えない。
「そ、それが、俺達が店を出た時、丁度あの子が右側の最初の路地に入ったから、急いで後を追ったんだが、俺達が路地に入ると、もう姿がなかったんだ。慌てて走り、全ての分岐先を調べて廻ったけれど、見つからなかった。
攫われたにしても、いくら子供とはいえ少女を抱えてそんなに速く走り去ることは不可能だし、馬車どころか、他の人影も、子供を隠せそうな木箱も何もない。
そもそも、俺達が駆け付けるのにかかった時間が、どれくらいだと思っているんだ! たかだか数秒程度だぞ! 長くても、10秒はかかっていない。そんな短時間で、引き摺り込む馬車も出入り口も無い場所で、あの年齢の者を声も立てさせずに誘拐できると思うか?」
「「「「「「…………」」」」」」
どうしようもない。
誘拐されたと決まったわけではないし、状況的に、それが可能であったとはとても思えない。
ファーストネームしか聞いていない、身元の分からない少女。
『店から出た初対面の少女を複数の男達が追いかけたら、姿を見失いました』
そう届けを出せば、警備隊はすぐに動いてくれるだろう。……少女の後をつけようとした怪しい男達を取り調べる、という方向で。
「……駄目だ、どうしようもない……」
しかし、皆、実はそう本気で心配しているわけではない。
色々な話をした中で、少女が全くの世間知らずの馬鹿ではないこと、港町の治安状況についてもある程度の認識はあるらしいこと、そして結構図太いらしきことは分かっている。そして、店を出てから姿を消すまでの時間の、あまりの短さ。これは、事件に巻き込まれたと考えるより、前もって安全な帰宅手段を準備していた、と考える方が遥かに論理的であった。
そして、皆の心中を代弁するかのような言葉が呟かれた。
「……何者だよ、あの娘……」
そして、皆は無言で、ちびちびと酒を味わうのであった。
信じられない程芳醇な香りの、試飲として提供されたその酒を。
勿論、バーテンダーもそのうちのひとりであった……。