作品タイトル不明
136 情報収集 1
「夜分、失礼します」
「ホント、失礼よ……」
部屋に通されたと思ったら、 初(しょ) っ 端(ぱな) から、みっちゃんから苦情が!
まぁ、侯爵様のお宅に、夜分、アポ無しで押し掛けたからなぁ。怒られても仕方ないか。
「だって、伝手がないから、アポの取り方が分からなかったんだよ! で、自分でアポ取りに来たんだけど、どうせ来たなら、このまま会えないかと思ったんだ……」
「自分でアポ取りに先方へ出向く貴族家当主がいるもんですか!」
また、怒られた……。
しょぼ~ん、としていたら、侯爵様が助け船を出してくれた。
「まぁまぁ、ミシュリーヌ、そうヤマノ子爵を苛めるでない。子爵も、親元を遠く離れ、慣れぬ異国の地で勝手が分からぬのであろう……」
侯爵様の取りなしで、何とかみっちゃんからのお叱りを回避できた。
いや、私も、一応は考えたんだよ。でも、手紙を出そうにも、みっちゃんちの住所を知らなかったし、切手も売ってないし、郵便局もポストもないし……。
それに、公衆電話もないし、電話番号も……、って、あるわけないか、そんなの。
事前連絡は、家人に届けさせて、返事を貰ってこさせる。それが、ここでの嗜み。勿論、スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、である。
「はい、これ、お土産です!」
左肩に掛けたショルダーバッグと右手に持った袋から中身を取り出して、テーブルの上へ並べた。
侯爵様には、警備兵の皆さんにお礼に渡したのと同じ、4000円のブランデー。みっちゃんには、日本のお菓子。シャトレーゼのショートケーキ、厳選15個、ミツハ・エディション。
「これは……」
「はい、うちの国のお酒です。普段飲み用ですけど、感想を戴ければ、と……。みっちゃんの方のは、うちの国のお菓子を、私が見様見真似で作ったやつです。同じく、この国で売れそうか、意見を貰えれば……」
いや、ショートケーキを『国元から持ってきた』と言うわけにはいかないから、こう言うしかないんだよね。他に、これが今ここにあることの説明ができないよ。
クッキーとかの日保ちのするやつだとインパクトが小さいし、あまり珍しくないから喜ばれないよねぇ。だから、仕方ないのだ!
あ、日保ちのしないこれだけのケーキを一度に食べたら、みっちゃんが太って……、いや、多分お腹を壊すだろうから、却って痩せるかな?
「「「「「「…………」」」」」」
ありゃ、奥様がメイドさんに指示して、食器を取りに行かせたよ。
食事が終わったばかり、と門番さんに聞いたのに、今すぐ食べるの? あ、デザートはベルばら、じゃない、別腹ですか、そうですか。
で、侯爵様も食べるんですか。ブランデーにショートケーキって……。
あ、いや、ブランデーには少し甘みのあるつまみが合うとかで、チョコレートやケーキをつまみにする人もいる、って聞いたことがあるな、確か。バレンタイン・チョコやケーキをブランデーで楽しむ、って記事も読んだことがある。
どうやら、やはりショートケーキはみっちゃんだけでなく、家族みんなの獲物に認定された模様。みっちゃんと奥様を始め、みんなの眼が異様にギラついてるよ……。
まぁ、この見た目じゃ、仕方ないよねぇ。これを見て食べたくならない者は、まず、いないよね。
シャトレーゼ、恐ろしい子!!
そして、全てを独り占めすることは不可能だと悟り、ちょっぴり悲しそうな、みっちゃんの顔。
いや、さすがに、15個独占は無理があるだろう……。
ミッチェル家の家族会議の結果、どうやらショートケーキは、みっちゃん4個、奥様3個、そして侯爵様と3人の息子さん達の男性陣はそれぞれ2個ずつになったらしい。
そこまででもかなり揉めていたようだけど、そこから更に揉め始めた。
何でも、『好きなものをひとつずつ順に選び、その後、また好きなものをひとつずつ選ぼう』と主張する男性陣に対して、女性陣(みっちゃんと奥様)が強硬に主張するのは、『みっちゃんと奥様がまず欲しいものを全て選び、その後、男性陣が残りを好きに分ければいい』というものらしい。
そりゃまぁ、男性陣が言う通りにすると、奥様はひとつ、みっちゃんはふたつを、みんなが欲しいものを選んで最後に残った3つの中から取ることになってしまうのだから、そりゃ嫌だろう。
「私へのお土産なのに、どうして私が残り物を取らされなければならないのですか! それに、そもそもこれは全て私が頂いたものなのですから、分けて貰えるだけでもありがたいと思って下さい! おとうさまは、御自分がお受け取りになったものは私達に分けようとはされていないではないですか!」
ありゃ、みっちゃんは、もっとクール系だと思っていたのに……。
いや、それだけ、ショートケーキの魅力が凄過ぎるのか?
うむむ、過剰戦力だったか……。
「い、いや、酒精の強いお酒は、お前達にはまだ……」
困った様子で言い訳をしている侯爵様の前に、どん、と奥様がグラスを置かれた。
まぁ、そうなるわな……。
で、私の前には、何もない。
いや、そりゃ、私が持ってきたお土産なんだから、家族のみんなで分けて貰って構わないんだけどね。でも何か、私の前のテーブルの上が寂しいよ……。
と思っていたら、メイドさんがスコーンっぽいものが載ったお皿と、紅茶を置いてくれた。
うむ、やはり、デキるメイドさんは違うね!
* *
「……で、私が出た方がいいパーティー、出ない方がいいパーティーの選別とか、この国で絶対に守るべきマナーとかを御教示戴きたく……」
男性陣がショートケーキを食べ終わった頃、本日の訪問の目的である質問を、侯爵様に投げかけた。
ブランデーがはいったグラスを鼻の前で円を描くように動かしながら、全神経を集中させて香りを楽しんでいた侯爵様が、碌に私の方を見もしないで答えてくれた。
「うむ、それならば、まず、アポイントメントも取っていない、夜間の突然の訪問は、やめた方が良いな」
……うるさいわ!
「但し……」
「但し?」
「この酒とケーキを持参する場合は、別だ」
はいはい。
それは、今回の無礼は不問とする、ってことかな。それとも、次回もお酒とケーキを持ってこい、って意味かな?
あ、両方ですか、そうですか……。
でも、そんなに効果があるのか、このブランデーとショートケーキ……。
じゃあ、上級貴族である侯爵様でさえ気に入るようなお酒を貰った警備隊の人達、あれを飲んだら、いったいどんな反応を……。
今度会った時の反響が怖いわ!
既に食べ終わってしまった男性陣と違い、確保した個数が多く、また、じっくりと味わいながらちびちびと食べているみっちゃんと奥様は、まだショートケーキを堪能中。その顔は、だらしなく緩んでいる。
デレ期か? みっちゃんの、デレ期到来か?
……違いますか、そうですか。
「……で、ヤマノ子爵。先程の質問だが、あれは、……そう解釈してよいのか?」
侯爵様は、緩んでいた顔を引き締めて、鋭い視線で私を見つめながら、そう言った。
うん、そこが一番重要なところだ。
当然、大きな派閥に属している……というか、派閥を 率(ひき) いているであろう侯爵家に、自分の交友範囲を決定付けるような相談をする。その意味が解らないような貴族はいないだろう。まぁ、うちの店に手下を侵入させようとするような馬鹿は別として。
「……はい」
私は、侯爵様からの問いに、こくりと頷いた。
「……ミツハ。あなた、私と遊びに来た、というの、ただの口実でしょう! 本当は、おとうさまと悪だくみについて話したかっただけよね!」
ショートケーキを食べる手を止めたみっちゃんが、胡乱げな眼で、私を睨んでいた。
……君のような勘のいい子は、大好きだよ!