軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

76 収穫祭⑤

席に戻ると、テーブルの上には優に五人前はありそうな量の料理が並べられていた。私の席の真ん前の大皿には、まだ蓋がされている。よしよし。

料理は全て出し終えているね。

公爵に話しかけようとしたら、レイモンにそっと耳打ちをされた。

「皆、マルティーヌ様が召し上がられるのを待っております」

おっと! 号令(いただきます) の代わりに、私が手を付けるのを待っているらしい。

そういうことならば。

「さあ皆さん。豊かな大地の恵みに感謝して、美味しい料理を一緒にいただきましょう」

ローラがすかさず蓋を開けてくれた。

公爵がガン見している。そうでしょ。そうでしょ。一つだけ蓋をしていれば何が入っているのか気になるもんね。

実はオニオンリングを用意してもらったのだ。ケイトとアルマには大絶賛された。小麦粉を水で溶いたものに潜らせて油で揚げるなんて、やっぱりそうそう思いつく人はいないんだね。

これはもちろんケチャップで食べていただく。

私の最初の一口が合図というのなら。

では。では。

「フランクール公爵。これは、輪切りにした玉ねぎを、小麦粉をまとわせて油で揚げたものになります。サクッとした口当たりと、玉ねぎのほくほくとした甘さを楽しめます」

公爵にちょっとだけ自慢しておく。

小さめのオニオンリングを選び、輪っかを半分に切る。そしてケチャップをつけて、会場にいる大勢によく見えるように掲げた。

お行儀が悪いけど、お祭りだし、いいよね!

会場から、これまた悲鳴のようなどよめきが起こった。

ふふふ。見ただけじゃわかんないだろうけど――。

…………ん?

これは――――。

これって――――――。

――――――――――――!!

ちょっ、ちょっと、ちょっと! ちょっとーー!!

どよめきの正体はコレかぁ!!

うわぁ! これって――。ギヨームが前に言っていたやつじゃない?

『馬の鼻先に人参を近づけたらどうなるかわかるでしょ?』

オニオンリングを掲げるなら、自分の体の前で真上に掲げるべきだった。

それなのに私ときたら、うえーいと腕を開いて右斜め横に突き出す格好になっていたのだ。

気がつけば、周囲の音が消えていた。

――そう。この会場にいる誰もが、見たことのない光景を目の当たりにして、見事にフリーズしている。

信じられないことに、私の掲げたオニオンリングに高貴な公爵閣下がカプリと齧り付いたのだ。

私のフォークの先にあったはずのオニオンリングは無くなって、今や公爵の口の中だ。

「うぅぉぅっ」と、声にならない悲鳴が漏れ出てしまった!!

ヤッバーい!

いやいや。もう遅い。どうしよう……。どうする……?

え? は? あの、えーと、公爵。

そんなバッキバキに目を見開いているけど、もう飲み込むしかないよ?

私はもう、しっかり、はっきり、そう顔に書いて公爵を見た。

地獄のような空気の中、この場を救ったのは、なんとパトリックだった。いつの間に櫓に上がってきていたの?!

「いやあ、こういう昔から連綿と続いているお祭りって、僕たち人間の本能を 曝(さら) け出すよねぇ。ええと。童心に返るっていう方が近いのかな?」

うわっ。こんな状況なのに、もしかして公爵をイジってる?

もう! 早く何とかしないと!!

ええいっ! 大きい声を出したもん勝ちだ!

「フランクール公爵領のお祭りでは、その年の大地の恵みで作った料理を、こうして互いに食べさせ合うのが一般的なのです。今年は公爵閣下をお招きいたしましたので、どうか皆さんも親しい方たちと食べさせ合ってみてください」

この誤魔化し方しか思い浮かばなかったよ。これって、新郎新婦がやるやつだけど! 仕方がないでしょ。

来い! カモン! ほらっ! みんな見ているでしょ!

早く! 私だって恥ずかしいんだからね!

公爵はやっと状況を理解したらしく、小ぶりな果物をフォークに刺して私の前へ持ってきた。

いや、遠っ!

リーチあるんだから、もうちょっと近づけてよ!

どうやら公爵は、放心状態が完全には解けていないらしい。

お行儀が悪いけど、私の方から顔を近づけてパクリと食べにいった。

梨に似た味の果物だった。いや、味なんてどうでもいい。

私と公爵の様子を見た領民たちから、もうお約束のように「うおぉぉぉ!!」という歓声が上がる。

そしてあちこちで、私たちの真似をして食べさせあいごっこが始まった。

……知らない。後のことなんて知らない。

ここにいる誰かが来年フランクール公爵領を訪れて、知ったかぶって何を話そうと知るもんか。

文句は公爵までお願いします。

そういえばギヨームは? と見ると、既に膝から崩れ落ちた後だった。

こっちに背中を向けているけど――警護対象に背を向けるって、もう護衛失格でしょ? ――右手で口を覆って、左手はお腹を押さえて肩を震わせている。完全にアウトでしょ。

背中を向けて笑っていることを隠している場合じゃないよ。

まあいくら優秀な従者だろうと、さっきの公爵のスピードでは止めようがないとは思うけど。

落ち込んでいる公爵を少しはフォローしたら? 可哀想じゃないの。

「いやあビックリしたよぉ。リュドビクってば、可愛かったなぁ。本当に小さかった頃を思い出しちゃったよ。ほら! 僕が食べさせてあげるよ。収穫祭の新しいルールらしいからね!」

うわー。パトリックは慰めるのが下手すぎ。いや、そもそも慰めようという気があるの?

「パトリック様。こちらにお席を用意いたしましたので、どうぞ。料理なら余るほどございますから」

パトリックの席はもちろんレイモンが用意してくれていた。私の左側だ。

「いやぁ。悪いね。ダイアナと一緒にあちこち見て周ろうかと思ったんだけど。彼女、埃っぽいのは苦手らしくて帰っちゃったんだぁ」

へー。ま、メイン会場の領民たちは立ち飲みスタイルで、おまけにドタバタガヤガヤと埃を立てているからね。夫人にはちょっと厳しいかも。

最初、夫人にも招待客として壇上に上がってもらおうと思ったんだけど、やんわり断られたんだよね。家庭教師っていったって、貴族だからいいと思ったのに。

その辺の線引きって本当に難しい。

はぁー。もう考えるのはやめよう。

こういうときこそ、甘いものを食べて横になれば楽になれるんだけど。

ここじゃそうもいかない。

せっかくケイトやアルマが作ってくれた料理が並んでいるので、しっかり食べることにする。

公爵もいつまでもウジウジしないで食べてくれないかなー。

「フランクール公爵とパトリック様には、是非、我が領地のもてなしの数々をご堪能いただきとうございます」

「フランクール公爵? まだそんな呼び方をしていたとはねぇ。どうしてリュドビクって呼ばないんだい? コイツが駄目って言ったのかな?」

あのね、パトリック様。今ここでするような話じゃないと思うんですけど……。

「……言っていない。好きに呼べばよい」

は? どうした公爵? いつもならそんなこと言わないんじゃないの?

「よかったねぇ。じゃあ、今日からはリュドビクだ! ほら、マルティーヌ。呼んでごらん?」

悪気がなさそうに見えて、実は面白がっているとか、そういうんじゃないですよね?

はあ……。

「では、リュドビク様。パトリック様とご一緒に、どうかこれらの料理を召し上がっていただけませんか? 収穫祭のために皆が用意してくれたので、手をつけてもらえなかったとわかると残念がりますので」

マナー的にもそれはなしだよね。さぁ食べて。食べて。

遠慮なく食べ進めるパトリックに釣られるように公爵も食べ始めた。一度食べ始めれば勢いがつくらしく、公爵はいつもの公爵らしさを取り戻してくれた。

領民たちも盛り上がっているし、収穫祭は大成功ってことでいいかな?

私、 大(・) 役(・) を無事に務めあげたよね?

はぁ。もう帰りたい。口の中がカラッカラだよ。

近くにあったグラスの水をゴクゴクと一気飲みしたら、何だか、ふわふわしてきた。自分の体が自分のものじゃないような……。

あれれ……? あ、これって前にも似たような経験をしたことが……。それって前世で――。

あー。駄目だ。もう何も考えられない。

あ、さっきのグラス……。左手で取ったせいだ……。パトリックの席に置かれたグラスだったんだ。だから水じゃなくて……。

「マルティーヌ様!」

誰? 叫んでるのは……?

私の収穫祭の記憶は、ここまでだった。