軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

62 【パトリック視点】マルティーヌの姿絵

「パッとしない子ね」

王妃はあからさまにがっかりしているけれど、まぁそう描いたんだからね。この僕が。

「うむ。少々地味なようだな……」

なぜ王妃の期待通りに描かなかったのだ? ――と言いたげに、国王に憮然とした表情で睨まれているんだけど。

そういうの、困るんだよね、ほんと。

モンテンセン伯爵領から四日かけて王宮に戻ると、すぐに王妃陛下に召し出された。

まあ迎えの馬車を頼んだ時点で、帰るや否やそうなるだろうことはわかっていたけれど。

だから寄り道をしてゆっくり帰って来たのだ。

相手は待たされることに慣れていない人種だ。旅の埃を落とす時間さえ与えられなかった。

僕は気にしないけれど、僕を呼びに来た従者は気になるようだ。

ふん。知るもんか。文句があるなら自分の主人に言うんだね。

王宮のプライベートサロンに入ると、国王夫妻が揃って僕を待ち構えていた。

えぇ……。これじゃあ僕が待たせちゃったみたいじゃないか。そんなに待ち遠しかったのか?

「遅かったわね。早く見せてちょうだい」

王妃陛下は、ほんの少しでも気になったことは、すぐさまはっきりさせないと気が済まない性分だ。

周囲の者たちは王妃の期待する答えを 慮(おもんぱか) って、何とかそれに近い回答を差し出しているようだけど、僕にそれを期待されても困る。

だいたい王妃の機嫌取りの先頭に立つのが国王だから、ほんと始末が悪い。

姿絵を恭しく差し出すと、王妃は一目見て吐き捨てるように言った。

「パッとしない子ね」

隣で覗き込んだ国王までもが同調する。

「うむ。少々地味なようだな……」

「そう言われましてもねぇ。僕は対象となる人物の姿を写し取るだけですからねぇ。妖艶な美少女だとか、そんな噂が流れていた訳でもないでしょう? 何を期待されていたのですか?」

「あら?」と王妃は小首を傾げて、心底不思議そうに言った。

「あのフランクール公爵が後見人を買って出たのよ? 何かしら琴線に触れたから引き受けたのだと思ったのだけれど……。違ったのかしら?」

へぇ。ほんと、鋭いねぇ。

マルティーヌは確かに十二歳とは思えないほど自立していた。

どういう方向にしろ、貴族の子女は幼いうちから確固とした自我を持っている者が多いが、それにしても、あの緑色の瞳には何か他の者たちとは違う強い意思が輝いていた。

「たかだか十二歳になったばかりの子どもに、あのリュドビクの琴線が? あははは。あいつは女性たちに囲まれて質問攻めにあっても、一言も発せず唇の両端を僅かに上げたり下げたりするだけで、その場をやり過ごすようなヤツですよ? 仕事一辺倒の鬼の――いや、今回は、 王家(この国) を支える公爵家当主としての信義というか、そういうもので引き受けたんじゃないんですか」

「…………」

「…………」

僕が王妃の推察に批判的なことを言ったせいか、それとも両方の手のひらを上に向けて大袈裟に肩をすくめたせいか、とにかく二人は揃って押し黙った。

王妃の表情が厳しくなったのを見て、国王が王妃の推測へと再び誘導する。あぁ嫌だ嫌だ。

「あのリュドビクがわざわざ後見人に立ったのだぞ? 適当な人物を推薦するだけでよかっただろうに。あれはただの女嫌いじゃなく、人嫌いでもあったはずだがな……」

人嫌いとは聞き捨てならない。相手の機嫌を取らないからって、それが何だっていうんだ。

貴族という 輩(やから) は 追従(ついしょう) されることに慣れきっているので、世辞の一つも言えないヤツは非常識な人間だと下に見る傾向がある。

まぁ二人の言いたいことはわかるけどね。僕の可愛い甥っ子に勝手に色恋沙汰を期待しないでもらいたい。

僕の見た限りでは、あの二人にはそういう気配は無かった。

今のところは――だけれど。

不思議なことに、二人はまるで旧知の仲のようだった。

リュドビクは他人の屋敷ですっかりくつろいでいたし、マルティーヌはその性格からなのか、上位貴族で後見人でもあるアイツに遠慮のない会話をしていた。

もうそれだけでも並の十二歳の少女ではない。

いや彼女ではなく、リュドビクがギヨーム以外にそんな接し方を許していたこと自体に驚いたんだけど。

「モンテンセン伯爵にはがっかりだわ。ねえパトリック。あなたの目にはどう映ったの? 今はまだ子どものようだけど、成人する頃には変身する可能性はあるかしら?」

ふーん。さすがは王妃。単に軽薄なだけじゃない。こういう勘所は侮れないんだよねぇ。

リュドビクも大変だなぁ。

まぁ確かに。今は女性として意識していないから、アイツもあんな風に普通に話していたのかもしれない。

考えていることがすぐに顔に出るところなんて、十二歳の貴族令嬢としては拙過ぎるくらいだ。

マルティーヌが成長したら、そこら辺の令嬢並みになるのか?

――いや。それはちょっと想像できない。

「どうもこうもないですけど? さすがの僕だって、これから成長しようっていう子どもの将来の姿までは見通せませんよ。五年後とか十年後とかの姿が見たかったら、そのときになってから会うしかありませんね」

「ま! 普段は『内面までをも写し取る』って、あんなに豪語しているくせに。何よ」

「そう言われましても無理なものは無理です」

おーい、リュドビク。この貸しは大きいぞ!

「もうよい。下がれ」

さすがは夫君。うん。賢明な判断だね。そろそろ王妃の興味を他に向けた方がいいと思う。

「それでは失礼いたします。あぁ僕はしばらく長旅の疲れを癒すので探さないでくださいね」

「は? 何だと?」

国王の問いかけを無視して部屋を出ようとすると、従者や護衛たちに睨まれた。

ま、別に何とも思わないけどね。

とりあえず、とっておきのボウ・アンド・スクレープを披露しておこうか。これで十分だろ。

――さて。

じゃあ行くとするか。

「どういうことです? 伯父上の家はここではないはずですが」

あぁ相変わらず冷たいことを言うなぁ。それに何てひどい顔! それが伯父に向ける顔か!

せっかく目鼻立ちは整っているというのに勿体無い。

別に笑わなくてもいいんだよ。せめて眉間に皺を寄せるのだけはやめてくれないかなぁ。

「親戚の家に逗留することは珍しいことじゃないだろ? この屋敷には部屋がたくさんあることだし。よく聞け、可愛い甥っ子よ! お前には大きな貸しがあったよねぇ?」

王妃の暴走を止めてやったんだから、歓待してくれてもいいと思うんだけどね。

まぁ突然の訪問にリュドビクが憮然とすることはわかっていたことだから驚かないけれど。

「それじゃあ土産話もあることだし。しばらく厄介になるよ」

こいつは口では色々と言うけれど基本的に優しい性格だから、こちらが本気ならば簡単に押し通すことができる。

――それに。

フランクール公爵家の使者が、マルティーヌのところでいい匂いのする焼き菓子を大量に受け取っているのを見たからね。

人の良さそうなメイドに聞けば、定期的に受け取りに来ているという。

元々食に関しては生命維持のために仕方なく食べるだけだったけれど、モンテンセン伯爵領に滞在している間に、自分が美食家としての一面を持っていることに気がついてしまった。

――つまり。この屋敷にいれば、また一風変わった菓子を食べることができるということなのだ!