軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49 不審人物の襲来

昨夜の夕食は、考えに考えてケイトとも相談した結果、メインディッシュは王都ではあまり食べられない新鮮チーズのめちゃがけプレートにした。

もちろんフライドポテトも一緒に出した。公爵がまだちゃんと食べていなかったからね。

以前同じ物をサッシュバル夫人に出したとき、チーズのかけ過ぎは見苦しいとダメ出しをされていたので、まずは肉と野菜が載ったプレートを運ばせてから、ダイニングルームに控えさせておいたチーズかけ担当を紹介し、「お好きなだけおかけくださいませ」と上品に伝えた。

「 先(ま) ず 隗(かい) より始めよ」ということで――使い方がちょっと違っていると思うけど――私が率先してチーズ担当を呼んでみせた。

チーズが少なくなる度に、二度三度とかけてもらっていたら、三度目にサッシュバル夫人の咳払いが聞こえた。

え? 駄目だった?

チーズのおかわりをしていた公爵までもが私と一緒にハッとしていたのは面白かった。

やっぱり公爵は食いしん坊で間違いないな。

彼の胃袋を掴めば、きっと私への当たりがソフトになるはず!

そんな昨夜の夕食の失敗を取り返すべく、今朝の朝食については一層細かい注文をつけておいた。

パンは、バターと卵をたっぷり使ってもらってオレンジピール入りのブリオッシュ風に焼いてもらった。

卵料理はベーコンとオニオン入りのオムレツ。渾身のハッシュドポテトも添えた。

もちろんケチャップを別皿に大量に入れて!

さあ、どうだ!

――と、自信満々で公爵の反応を窺ったけど、ものすごく冷静な感想を言われてしまった。

美味しいものを食べたら、普通はテンションが上がるものじゃない?

「小麦が不作のときは、平民はジャガイモを主食としているとは聞いたことがあるが。このような料理を食べていたのか」

「まあ! まさか! これは、ここでしか食べられない特別な料理ですのよ?」

そう! ほんと、サッシュバル夫人の共感力よ。

「昨夜の夕食も今日の朝食も、本当に素晴らしいわ。さすがにジャガイモの一大生産地だけのことはありますわね。ジャガイモ以外にもたくさん美味しいものがありますけれど。今日のお茶の時間のお菓子が今から楽しみですわ」

まだ朝食中だというのに早くもお菓子のことを想像して笑顔を見せる夫人は、とってもチャーミングだ。

「お菓子」と聞いて、公爵の表情がぴくりと動いた気がしたけど、気のせいだったかもしれない。公爵の考えていることがわかるようになるまでは、まだしばらくかかりそう。

あー。それにしても返す返すスーツは大失敗だったなぁ。

「よく、地味な色の布を縫い合わせただけのようものをリュドビク様に着せようと思われましたね」

今朝もまたギヨームに蒸し返された。

ちっ。

センスの無さを馬鹿にされたようでムカつく。

それでも、職人が作れそうな道具類なら成形魔法を使っても良いと公爵の許可をもらったので、公爵様ご一行が帰った後、鉄製のピーラーを作ってあげようと思う。

朝食後に出発するはずだった公爵たちは、なぜか十時のお茶を飲んでからの出発に変わっていた。

それって――。

夫人のお菓子発言を聞いて食べたくなったせい……?

そこまで期待されたのなら応えてやろうじゃないのと、アルマが試していた新メニューを出してもらうことにした。

私的には既に合格なんだけど、凝り性のアルマが「まだまだ」だと言って改良を続けているスイーツがあるんだよね。

「まあ! なんですの? この白いぷるんぷるんしたものは……」

期待した通りの反応をしてくれる夫人に、「ありがとう」と言いたい。

「そちらは新作ですので、是非、食べた感想をお聞かせください。新鮮なミルクに砂糖を入れて、アーモンドで風味付けをしたブランマンジェという冷たいお菓子です」

この世界にゼラチンがあるって聞いたときから思い浮かんでいたスイーツだからね!

まだまだ残暑を感じさせる季節だから、冷たいスイーツが美味しいはず。

――あ。今、絶対、公爵は我慢している。がっつきそうになるのを我慢している!

夫人がスプーンで慎重に一口分をすくって口に入れるのを見て、公爵は、「それほど興味をそそられてはいないが?」とでも言いたげに、無表情で右に 倣(なら) った。

「まあ! まあ! これは――こんなお菓子は初めて食べましたわ……」

一口食べただけで、夫人がうっとりとした表情でブランマンジェを見つめている。

公爵はと見れば、なんともう半分以上を食べていた!

やっぱりね。美味しいものの前だと公爵も形無しだね。威厳も何もあったもんじゃない。

よしよしと一人ほくそ笑んでいると、何やら騒がしい物音が聞こえてきた。

レイモンがそっと部屋を出て行ったので、何事か確認してきてくれるはず。

レイモンは思ったよりも早く戻ってきた。

「フランクール公爵閣下」

「私か?」

公爵も喧騒には気がついていたようだけど、さすがに意外だったみたい。

「はい。公爵閣下のお知り合いだとおっしゃる方がお見えなのですが。外見からはとてもそのように見えませんので、どうしたものかと。遠目からでもよいので、ご確認いただけますと助かるのですが」

「私の知り合いがこのようなところまで押しかけるはずがないと思うが……。わかった。顔だけでも見てみよう」

……へ?

公爵は席を立って夫人は座ったままだけど、私も一緒に行っていいよね? この屋敷の主人なんだから。

チラリと夫人を見ると、「私はここでお待ちしておりますわ」とにっこり微笑まれた。

つまり、行ってもいいっていうことだ。

突然の来訪者は、エントランスの外にいた。不審人物として対応されている。

ん? 何やら使用人と押し問答をしている……。

屋敷の中から外の様子を窺っていた男性使用人は私たちの姿を見ると、騒ぎを収められなかったことを恥じているような顔で、申し訳なさそうにレイモンに報告した。

「レイモンさん。薄汚れた身なりの男性が、マルティーヌ様ではなくフランクール公爵閣下にお目通り願いたいと申しておるのです。なんでも公爵家の紋章の馬車が停まっているのを見て、ここにいらっしゃるはずだと。所持品もないくせに、身分を証明するために絵を描かせてほしいなどと言っておりまして」

ほとほと困り果てた様子の使用人に、公爵が声をかけた。

「待て。絵を描くだと?」

私のような貴族っぽくない小娘なんかと違って、いかにも高位貴族ですという見た目の公爵に声をかけられた使用人は、ひっくり返りそうになるところを必死に耐えながら答えた。

「は、はい。何でもいいから書くものを貸してほしいと。描いた絵を公爵閣下にお見せしたら閣下が身分を保証してくださるはずだと」

傍目にも公爵の顔が強張るのがわかった。それに釣られるように使用人の顔から血の気が引いていく。

「も、申し訳ございません。すぐにお引き取りいただきますので。レイモンさん――」

虫の息の使用人からバトンを渡されたレイモンが、公爵に深々と頭を下げて詫びた。

「公爵閣下にご足労をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません。あの者は――」

「いや」と片手をあげてレイモンを制した公爵は、忌々しそうに言った。

「そうではない。もしかすると本当に私の知り合いかもしれない」

「……は?」

そりゃそうだよ。ポッカーンだよ。さすがのレイモンもビックリだよ。

急に何? どうしてそう思った?

公爵が颯爽とエントランスに向かって歩き出したので、私たちも後を追った。

公爵に圧倒された使用人だけど、ちゃんと仕事は忘れていなかったみたいで、公爵が立ち止まることなく外へ出られるようにエントランスのドアを開けた。

「やあ! リュドビク! 久しぶりだねぇ!」

その不審人物は、見るからに怪しさ満点の男性だった。

天井裏でも這いつくばったのかというくらい全身が埃まみれで、顔なんか二、三日洗っていないんじゃないかというくらいの汚れようだった。

そして手ぶら。身ひとつ。

なのに、「リュドビク」? 公爵を呼び捨て?

「その格好はどうされたのです?」

そんな ヨ(・) ゴ(・) レ(・) に公爵が知り合いっぽく話しかけたので、私もレイモンも驚いた。

「ん? ちょっと転んじゃって。いやぁ、そんなことよりも、もう大変で大変で。生まれて初めての体験をしてしまったよ」

そう言ってふにゃりと笑う男性は年齢不詳だけど、よーく見ると目元や口元にくっきりとした皺がある。

三十代? いや、もしかすると四十代かも?

「まずはお身体を清められるのが先でしょう」

「あぁ助かるよ。ほんと、こんなに汚れてしまって。まいったね。こんなことになるなんて……。ここでは誰も僕のことを知らないみたいでね」

ん? じゃあ何か? 王都なら知らぬ者はいないとか? いったい何者?!

「ご事情は後ほどゆっくり伺いますので、まずは身支度の方をお急ぎください」

「そうだね。悪いね。ではまた後で」

レイモンはひくつきながらもよそ行きの顔を保って、公爵の知り合いとやらを案内していった。

それにしても誰?! どうして私抜きで話が進んだ?

――――ということで。

またしても公爵一行の出発は延期されることになった。

レイモンが数人の使用人にさりげなく耳打ちしているけど、客間の支度やランチの準備に気合いを入れろっていう指示だよね?

どうしてこうなる!