軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38 病気療養は自己免疫任せ

昨日やらかした厨房の補助役男性二人の罪が、「親類縁者にまで及ぶ」とローラに聞いて、私の方が青くなった。

おそらくこの世界ではそれが常識で当然のことなのかもしれないけど、前世の常識に引きずられている私は、どうしてもそれを よ(・) し(・) とはできない。

情状酌量とか、良心に従って判断とかないの?

「ございません。不注意などでは済まされぬ重罪です」

慌ててレイモンのところへ行って、せめて罰は当人にのみ与えるようにできないかと相談したら、険しい表情でピシャリと 撥(は) ね付けられた。

私の渾身の上目遣いにもびくともしないレイモン。

……嘘でしょ? もう耐性ができちゃった?

それでも、「領地に来たばかりなのだから、いきなり 大事(おおごと) にはしないでほしい」と懇願し、なんとか聞き入れてもらった。

当人たちへの処罰はやむなしとはいえ、親兄弟に罪はないものね。

二人は私にとっては功労者でもあるので、ちゃんと次の仕事が見つかるといいんだけど……。

そんな顛末を思い返している私は、自室にあるソファーに座り、軽く目を閉じて精神統一を図っている。

ローラには、これは私が独自に編み出した集中力を高める方法なのだと事前に言ってある。だから目を閉じてはいるけれど、話は聞いている。

「マルティーヌ様。それは――家庭教師の先生が来られるまで続けられるのですか?」

「ええ。もちろん」

「さようで――ございますか」

ローラが今どんな表情で私を見ているからは想像しない。想像して心を乱してはならない。

私が領地に来てから、「一週間後」と予告されていた家庭教師の先生の到着は、予定より四日遅れるとの連絡が入っていた。

そのXデーが明後日に迫っている。今日と明日が終わったら先生は来領されるのだ。

それなのに、私はまだ見ぬ先生から課された「貴族名鑑の暗記」がほとんどできていない。教えを乞う前から落第が決定した落ちこぼれ生徒なのだ。

あの公爵が依頼した家庭教師の先生……。

きっと、公爵家が雇っても問題ないほどの偉いお方に違いない。もう会った途端、ボッコボコに叱られる予感しかしない。

だから気絶しないで立ち向かえる頑丈な心を、今のうちから構築しておかなければならないのだ。

先生を前にしても無になれるように……。

目を閉じて深呼吸をしているのに、私の脳内では、ひっつめ髪の細メガネのオバ様が、鞭をピシピシしならせてキンキンと声高に叫んでいる。

涙目の私のすぐ横で公爵は私など存在しないかのように優雅に紅茶を飲み、レイモンからは軽蔑の眼差しを向けられ、ローラからも目を逸らされて――。

――と、およそ「無心」とは程遠い妄想に神経を昂らせていると、廊下からレイモンの声が聞こえた。

「マルティーヌ様。少しよろしいでしょうか?」

その声からは、幾分、緊張した様子が窺えた。何事?

「ええ。構わないわ」

もう、ローラってば。

ドアを開ける前に、小さく「はぁ」と、私のことを残念な子だと思ってため息をついたでしょ!

部屋に入ってきたレイモンは、一目で私が勉強をしていないことを察したらしく、「一日の過ごし方については、後ほどご相談に乗りましょう」と、頼んでもいないことを請け負ってくれた。

「マルティーヌ様。しばらくの間、ケイトに休みを取らせることにいたしました」

「え? どうして?」

「体調を崩したらしいのです。先ほど家人から連絡がございました。万が一にも人に感染する病気だといけませんので、大事をとって休ませます」

「休んでいればよくなるの?」

「ええ、まあ――。家人によりますと、それほど心配する必要はなさそうだとのことでしたので、マルティーヌ様がお心を痛める必要はございません」

そうなんだ……。

あれ? そういえばこの前、「どちらかが病気で休んだりしても問題ないように」なんて言っちゃったけど、私がフラグを立てていた?

それとも――。昨日のジャガイモ事件のせいで、ケイトは責任を感じて思い詰めちゃったのかな……?

それにしたって、何の病気かわからないまま、よくなるまで、ただ休ませるってこと?

「ねえ、レイモン。私が王都で熱を出したときには、薬師の方に来ていただいたでしょう? うちの領地にも薬師の方はいらっしゃるのよね?」

「――いえ。昔はおりましたが、先代のご命令により、皆様、領地を出て行かれました」

「ええっ! どういうこと?!」

アイツ(ゲス親父) めっ! 何してくれてんのよー。

「……それが。旦那様に収支報告をさせていただく度に、いつも、『――それで。私が自由に使える額はいくらなんだ?』と、尋ねられまして……。お答えすると、その額を 著(・) し(・) く(・) 超えるような支出はなさりませんでしたが、そのうちご自身で削れる経費を探されるようになりまして……。護衛騎士も薬師も『不要』とのことで、放逐されてしまいました」

ぬぅおぉぉぉぉ!!

「じゃあ、病気になったらどうしているの?」

「長く滞在されていた薬師の方から簡単な薬草の見分け方を伝授いただいた者がおりますので、その者が薬師の方が育てられていた薬草畑を継いで管理しております。――と申しましても、切り傷と発熱くらいしか対応できないのですが……」

それってつまり――切って血が出ていたり、熱があるっていうことが、素人でも判断できるからだよね?

じゃあそれ以外の――例えば腹痛とか下痢とか打ち身とか捻挫、とにかく日常生活を送っていて誰しもが普通に経験する病気や怪我には対応できないってこと?

酷い。酷過ぎる。

「レイモン。それじゃあ具合が悪い場合は、薬草に頼ることもできず、自然に回復するのを待つしかないということかしら?」

「――さようでございます」

おのれゲス親父!! ほんっとうに許し難い!!

さすがに平民は高価なポーションを使うことはできないとは思ったけど、薬草すらも調合してもらえないなんて!

「免疫で治せ」だなんて、いくらなんでも原始的過ぎるでしょ。

「お父様は何もしないだけではなく、災いまでも領地にもたらしていたのね」

思わず口を 衝(つ) いて恨み言が出てしまったけど、レイモンもローラも、「うっ」と言葉を詰まらせて懸命に表情を取り繕っている。

それにしても困った。ケイトだけじゃなく、今も領地のどこかで病に苦しんでいる領民がいるかもしれない。

「レイモン。将来のことも見据えて、薬師の方を領地にお呼びしたいわ。これって後見人に頼ってもいいことよね?」

「はい。もちろんよろしいかと」

「それじゃあ……。うちの領地に来てくださる薬師の方をすぐに見つけるのは難しいかもしれないけれど、とにかく探し始めていただきたいわ。それとは別に、臨時でよいので、薬草の指南をしてくださる方を派遣してほしい旨、フランクール公爵に連絡をしてちょうだい」

「かしこまりました」

こうなったら私が薬草の勉強をして、調合の指南を受けよう。

過程をしっかりと理解さえすれば、きっと私の成形魔法でパパッと調合できると思う。うん。絶対にそうしよう。