軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 領地視察①

モンテンセン伯爵領は、苺の形に似た国土の中で、先端近くの左側――最南端に近い西側――にちょこんとある感じだ。

ちなみに、最初の一口のカプっに当たる最南端部分がフランクール公爵領だ。広さ的には、うちの四、五倍は優にあるはず。

そのフランクール公爵領に隣接した北側が王都になる。

カントリーハウスは、領地の中央ではなく西の国境近くの小高い丘の上にあった。

お金持ちは高いところに住むっていうもんね。というのは冗談にしても、やっぱり眼下に領地を一望したかったのかな?

――などということを考えながら、今、例の改造馬車に揺られている。

レイモンとローラは渋い顔をしていたけど、「王都の石畳の道じゃなくて土の上を歩くから!」と主張して、パンツスタイルを許してもらった。

まぁ、最後はとっておきの上目遣いでレイモンにお願いしたんだけど。

着替え終えた私を見てレイモンがピクッと反応したので、慌てて、「これは乗馬服を少し改良したものなの」と言い張った。

ここは譲れないと、お腹に力を入れてグッと睨んだら、彼は頭に疑問符を浮かべながら何も言わず黙って見返してきた。

こう着状態は、レイモンの、「はぁ」というため息で終結した。つまり私の勝利。

とまあ、そんなこんなで、レイモンの脳内にある視察のしおりに沿って、領地の南側に広がっている穀倉地帯へと馬車を走らせている。

いくら狭い領地と言っても数十キロ四方は余裕であるみたいで、馬車での移動も結構時間がかかる。

家紋入りの――というよりも、見慣れた荷馬車や幌つきの馬車とは比べ物にならないくらい大きな馬車が通るので、ずいぶん先の方から領民たちに凝視された。

格好いい制服を着た美丈夫のリエーフが先導しているせいもあるかもね。遠目からもイケメンはわかるものだし。

お手振りとかした方がいいのかな? いやいや、国王陛下じゃないんだから。それにそんなことをしていると、本当に、「領主になって浮かれた子どもが興味本位で見にきた」くらいに思われちゃう。

違うもんね。しっかり現状把握をしに来たんだからね。

一応、上品な微笑みを浮かべていることにした。そしたら、領民たちの方が手を振ってくれた! 嬉しい!!

「マルティーヌ様。そろそろ見えてまいります」

斜向かいに座っているレイモンが教えてくれた。

私の隣で畏まっていたローラも、その言葉に釣られるように窓の外へ視線をやった。

「既に収穫の時期を迎えておりますので、あのように刈り取りが終わった畑もあります」

……あら?

レイモンの表情が緩んでいるのは、小麦の生育が順調で無事に収穫できたことを喜んでいるからなのかな?

そうだよねぇ。代行ってつくけど、ほぼ領主として切り盛りしてきたんだものね。

あぁ。私はまだ自覚が足りていないな。

あ――れ?

なんだかこの景色、見たことあるかも……?

「この長閑な風景……」

いや、そういうことが言いたいんじゃなくて。

「もしや、お気づきになられましたか?」

ん? ん?

「あっ! もしかして、寝室に飾られていた大きな絵の……?」

そう。あの部屋にはゴテゴテした調度品などはなくて、ものすごくスッキリした 設(しつら) えだったんだけど、一点だけ大きな絵画が飾られていたから覚えていたんだよね。

ミレーの落穂拾いから、腰をかがめて拾っている人たちを消したような雰囲気の絵だった。なんというか、色使いがね。

黄色い小麦の穂が揺れているところもミレーの絵とは全然違うんだけど。

「あの絵は、この領地の象徴なのね」

「はい」

レイモンに、とっても満足そうな顔で返事をされてしまった。

やだ、私。

今、彼の中で株を上げたかも。

馬車は、一面に広がる小麦畑の中にポツンとある屋敷の前で止まった。

家人だろうか、数人が並んで私たちの到着を待っていた。

馬車が止まると、彼らに緊張が走った。

パンツ姿のせいで、つい飛び降りたくなる自分を抑えて、優雅に踏み台を使って馬車を降りた。

家長らしき壮年の男性が一歩前に出ると、家令の顔のレイモンが口を開いた。

「マルティーヌ様。この辺り一帯の小麦畑を管轄している者をご紹介いたします」

「お初にお目にかかります。モーリスと申します。ようこそおいでくださいました」

モーリスがこざっぱりした格好をしているのは、私に挨拶をするためかもしれないけど、それでも全体の雰囲気が農夫というよりもビジネスマンっぽい。大規模農家のトップだからかな?

「こんにちは、モーリス。忙しい中、悪いわね」

「何をおっしゃいます! ご覧の通り人手は足りておりますので、どうかお気になさらず。それにしても、わざわざ領主様に足を運んでいただけるとは……。我が家だけでなく小作人たちも喜んでおります」

え? そうなの?

モーリスの家族らしき面々は、彼が何か言うたびに、感極まった様子でうなずいたり頭を下げたりしていたけど。

――と、遠くで作業している人々の方を向くと、私たちのことを遠目に見ていたらしく、手を止めてお辞儀をされた。

みんな笑っているようだけど、私の来訪を喜んでくれているのかな?

「先々代の領主様は、収穫の時期になると、よく畑を見にいらっしゃったものです」

「お祖父様が?」

「ええ。ええ。さようでございます。麦の穂の色を黄金に例えられて、『美しい色だ』と目を細めてご覧になっていらっしゃいました」

懐かしそうに言うモーリスは破顔している。

「実りが悪いときですら、『これで冬を越せるな』とおっしゃってくださって。頭の中では足りない分の食料を手配する算段をお考えだったんでしょうけど。そんな年は税も一部翌年に回してくださいました。どんなに手を尽くしても天気だけはどうにもなりませんから。ですが、普通はそんな言い訳に聞く耳を持たれる領主様はいらっしゃいません――。私どもは、作物の出来について先々代からお叱りを受けたことは一度もないのです」

あはは。まいった。

これはまた、すごいエピソードを聞いちゃった。お祖父様って何気に賢王、じゃなくて賢領主? だったんだ。

うわぁ。ハードルが上がったわぁ。

それに、ちょこちょこ「先々代は」っていうの――これ、遠回しに「先代」はそうじゃなかったって言っているよね?

……レイモン。

何も言わずにニコニコといい笑顔だけど、もしかして作為的に先々代の信奉者を選んだんじゃないよね? 私にもそうなってほしいからとか、そういうつもりじゃないよね?

「……十五年になります」

「は?」

「先々代がお亡くなりになって十五年間。時が止まっておりました」

「え?」

ちょ、ちょっと待って、モーリス。何、その顔? 急にスイッチ入った? 何を言うつもり?

「昨日の領主様のお言葉……。感銘いたしました。あそこにいた者は皆、領主様の決意を聞いて打ち震えておりました。この私もです! 先々代のお血を引かれる領主様をお迎えでき、本当に幸せです! ついに、止まっていた時間が動き出したのです!」

あーれー。助けてー。私、やっちまったのかもー。

動き出すって何ぃ? どこへ向かってぇ?

レイモンが目頭を押さえている……は?

え? ちょっと。グズって聞こえたから何かと思ったら、ローラが鼻をすする音だった。なんで感極まってんの!?

あら。リエーフだけはちゃんと職務を全う中だ。無表情で時折周囲に気を配っている。

駄目だ。とにかく話題を変えよう。そして可及的速やかに次の現場に向かおう!

「私はまだ右も左もわからない子どもです。ご期待いただけるのは嬉しいのですが、あくまでも理想? というか展望? をお話しさせてもらっただけです。とにかく、行動に裏打ちされたものは今はまだ何一つない訳で……。その……」

あぁどうしよう。興奮気味だったモーリスの顔が萎んでいくよ。それはそれで傷付いちゃうんだけど。

「あの。とにかく、一歩ずつ――領主として勉強しながら、この地で何ができるか考えたいと思っているのです。ですので、詳細は後日伺うとして、とりあえず、皆さんだけでは解決できないような問題や、改善してほしいことや、もの――があれば、教えていただけないかしら」

そう。日本が誇る『カイゼン』だよ。

「問題点や改善点ですか。あの……。領主様がこれからどうなさりたいのか、そのお考えを聞いてからではなくて、ですか?」

「ええ。その……。放ったらかしにしてしまった十五年の間に、領主として支援出来なかったことを少しずつやっていきたいの。私は農業を知らないので率直な意見を聞きたいわ」

モーリスとしては、何なりとお申し付けくださいって感じだったのかな?

でも、十五年あったら、品種改良とか農地の整備や拡大とか、本当に色々出来たんじゃないかなぁ。

「そういうことでしたら。やはり、一番は水でしょうか」

「水――ですか?」

「はい。一番厄介なのは干ばつです。この辺りは近くに川がありませんから余計に。雨が降らないとお手上げなのです」

なるほど。

「ちなみに、他領ではどのような対策をされているかなど、お話を耳にされたことはあるのかしら?」

いろんな領地を行き来する商人とかから、「あそこの○○は××だとさ」みたいな話って、広がるもんじゃない? 特に自分の気になっている話題って、耳に入るよね?

「はい。さすがでございますね。その土地の特徴にもよるらしいのですが、池を作って水を引いたという話を聞いたことがあります」

溜め池かぁ。

「なるほど。雨水を蓄えておくのね。私の方でも考えてみるわ」

「ありがとうございます!」

「あ、あと。私のことはマルティーヌと呼んでほしいの」

モーリスはレイモンが小さく頷いたのを見て、「かしこまりました、マルティーヌ様」と微笑んだ。

足元にほとんど影がないことに気づいた。どうやら太陽が真上に来たらしい。

あれ? 今日のお昼は? このモーリス一家と昼食会なの? それは勘弁してほしい――と顔に出そうになり、何とかおすまし顔を作っていると、「そろそろ参りましょう」とレイモンに促された。

どうやら次の目的地が遠いらしく、時間短縮のため馬車の中で軽食を食べるのだと言われた。もう心底ホッとした。

崇め奉られるのかと思ったよ。