軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

182 ダルシーさん襲来

タウンハウスに戻って、ぐでぇっとしていたら、あっという間に二日が過ぎ、三日目の今日、ダルシーさんが我が家にやって来る。

一応、茶会ではなく訪問という 体(てい) らしいので、可愛めのワンピースを選択――私の身支度オッケー。

応接室のテーブルセッティング――問題なし。

お花も食器も茶葉も全部確認済み。

ダルシーさんはサッシュバル夫人に聞いたのか、私が領地で開催したお茶会の詳細をご存じらしく、あれこれとリクエストされた。

型通りの挨拶が終わったら、最初におしぼりを配る手筈になっている。

頭の中でおもてなしのイメージトレーニングをしていたら、ドニが部屋にやって来た。

「マルティーヌ様。お客様方が間もなく到着されますので、エントランスまでお願いいたします」

「ふう。いよいよね」

いつもは門番なんて置かないけれど、今日だけは馬車が門を通るところからお迎えする意味も込めて、使用人二人に通りに立ってもらっているのだ。

その二人が馬車を目視したのだろう。

ドニに呼ばれて、私もいそいそとエントランスを出て、出迎えという名の警戒態勢に入る。

お客様はダルシーさんと、公爵とギヨーム、それにパトリックの四人。

ギヨームは護衛兼従者だから、正確にはお客様じゃないけど。

公爵とギヨームは、まぁ一緒に来るかもなぁと思っていたけれど、まさかパトリックまで来るとは。

どうせならジュリアンさんを招待したかったよ。いっぱいお世話になっているんだから。

エントランスの前で、お行儀よく微笑を浮かべて立っていると、程なく二台の馬車がやって来た。

おそらく一台目にダルシーさんと公爵とギヨームが乗っているのだろう。

フランクール公爵家の紋章が目を引く四頭立ての豪奢な馬車だ。

その後ろに二頭立てのやや地味な馬車が続いている。

最初に馬車から降りてきたのはダルシーさんだ。

淡いパープルのドレス姿の彼女は、昼間でもゴージャス。

露出控えめでデザインはシンプルだけど、光沢のあるサテンの生地がキラキラととっても綺麗だ。

公爵とギヨームは一年前に来ていた時とおんなじ格好をしている。

意外にも、パトリックがパリッとした貴族らしい衣装を着ている!

まぁダルシーさんが目を光らせているんだから、おかしな格好はさせないよね。

さあ! いよいよだ!

「皆様。ようこそお越しくださいました。まだ引越してきたばかりでして、十分なおもてなしができないかもしれませんが、お寛ぎいただけると嬉しいです」

「まあ、マルティーヌちゃん! 私が会いたくて押しかけたんですもの。無理を言ったことは承知しているわ」

公爵はいつもの無表情だけど、なぜか、「その通りだ」と言っているように感じる。

「では、皆様。ご案内いたします」

ドニにしては控えめな笑顔でドアを開けている。

公爵邸バージョン?

「マルティーヌ! 今日は茶会じゃないって聞いたよ? ただの後見人の一家の訪問だからね。お茶とお菓子を食べながらざっくばらんに話すだけだから、何も心配いらないよ。早くショートケーキとやらを食べたいなー」

パトリックはいつものパトリックだ。

公爵家のご令息の仮面は被らないんだね。

……ひっ。

ダルシーさんが立ち止まった――知らないよ。

「パトリック兄様。確かに今日は久しぶりにマルティーヌちゃんの顔を見に来ただけですけれど、訪問時のマナーを忘れるとはどういうことかしら? マルティーヌちゃんがこんなにも頑張ってもてなしてくれようとしているのに。私が、『お客様として相応しくない』と判断した場合は、帰っていただく約束でしたわね?」

うわぁ。

すごいなダルシーさん。

パトリックを連れて来るのに、そこまで約束させていたんだ。

「あっはっはっ――――いや、あー、コホン。冗談が過ぎたみたいだね。ははは」

すごい。ひと睨みでパトリックを黙らせた!

何なの、この後見人一家。ビビる。

◇◇◇ ◇◇◇

応接室の上座にはダルシーさんが座った。

てっきり家長の公爵が座ると思ったのに。

ダルシーさんがいる時は、彼女のものって決まっているのかな?

公爵家で経験を積んだドニは、 躊躇(ためら) わずにダルシーさんに席を勧めていた。すごっ!

ギヨームは壁際に立っているけれど、お菓子が出ないうちからソワソワしている。

どうせ自分も食べたいと、ドニに融通するよう頼むんだろうけど。

それにしても、いつも思うけど、ほんと緊張感無さ過ぎ。

従者としての態度と表情を再履修する必要があるんじゃない?

お客様三人が着席すると、すぐに使用人がおしぼりを配った。

三人の視線が一斉におしぼりに注がれた。

ええと。ただのおしぼりなんですけど?

「皆様。お暑い中移動されてお疲れでございましょう。どうぞ、こちらでお手をお清めください」

私が率先しておしぼりを手に取って広げ、拭ってみせる。

今日はちょっぴり贅沢に、レモングラスを軽く煮て冷ました水につけて絞ってある。

「まあ、さっぱりしてとても気持ちがいいわ」

「そうですね。こうして手を清めるのは清潔でよいですね」

ダルシーさんと公爵が褒めてくれた。

「あら? なんだかいい香りがするわ」

「はい。せっかくですので、水に濡らす際、ハーブの香りをつけてみたのです」

「まあ! マルティーヌちゃん! こんな風に歓迎してもらえるなんて! それに、とても素晴らしい思いつきだと思うわ」

パトリックは広げたおしぼりを鼻に近づけて匂いを嗅いでいるけど、大丈夫?

マナー違反で追い出されない?

「へぇ、これがおしぼりか。なるほど流行るはずだね」

え? 流行るって?

ダルシーさんはパトリックをギロリと睨んでいたけれど、『流行る』って聞いた途端に、その厳しい視線の向きを私に向けた。

え?! どうして?!

「マルティーヌちゃん。この『おしぼり』って、マルティーヌちゃんが考えたものでしょう? お茶をいただく前に手を拭くと、衛生的にもいいし、何よりさっぱりとして気持ちが整うのよね。とても素敵なアイデアだと思うわ。でもね――」

ダルシーさんは優しく微笑んでいるはずなのに、なぜかビリビリと電気を帯びた凶器を向けられている気分。

「新しいものを世に出す時には、タイミングや相応しい場所があるのよ? あと、人選も必要ね。でしゃばり過ぎず、ある程度の人脈を持っていて、程よく名前共々広めてくれるようなね」

「はい」

えーと。えぇぇ?

私――まだ顔には『微笑』が張り付いているよね?

もう反射的に返事をしたけれど。

インフルエンサーとして生きていくなら、そういうところまで考えておく必要があるのは分かるけど、お友達にちょっぴり自慢して、「素敵な思いつきね!」と褒めてもらっただけのことを……。

「『おしぼりなんて、大したことじゃないのに』って思っているわね?」

「え?」

しまった!

「ふふふ。マルティーヌちゃんはまだ社交界にデビューしていないから、ピンときていないみたいだけど、流行を生み出して人々の噂の的になることは、影響力を持つということよ? これは本当に大切なことなの。事の大小なんて関係ないの。ほんの少しの興味関心から羨望まで、まあ色々とあるけれど、私と一緒に少しずつ学んでいきましょうね!」

……無言で頷いてしまった。

この先何が私を待っているの?

多分、ダルシーさんは羨望の的だったんだろうな。だったというか、今でもそうだろう。

ファッションリーダーとして流行を決めていたのかもしれない。

家柄に美貌。カリスマとしての条件が揃っているもんね。