軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

172 マルティーヌのお茶会⑦

おっと。再びローラからの合図を確認。

やいのやいのと言われている間にまもなく三時半だ。

ソフィアたちを促して外に出てもらう。

「事前にご案内を差し上げておりましたが、これから森林の散策をご体験いただきたいと思います。森林と言うのは少々大袈裟ですが、静かな森の中に分け入ってピクニックを予定しております」

前世なら森の中を歩く行為そのものがご馳走になるんだけど、この世界じゃそういう概念はないので、一応、『森の散歩とピクニック』というメニューにしてある。

割と自然が残っているこの世界で、実際にどこまで刺さるのか不明なので率直な感想を聞きたいんだよね。

「皆様ご参加でよろしいでしょうか? 森の中は歩きやすいように地面をならしてはおりますが、どうしてもお足元が汚れてしまうと思います。お部屋でお休みになりたい方や、森ではなく街中を散策されたい方はどうぞお申し出くださいませ」

ソフィアからは事前に、「マルティーヌが準備してくれている企画には、お母様と一緒に全て参加させていただくわ」と返事をもらっている。

なので、今のはルシアナ母娘に向けて、「あなたたちも来る?」って聞いたのだ。

ルシアナは、「はあ? 森でピクニック?」って面倒臭そうな顔をしているけれど、ルシアナママは鋭い視線をソフィアママに飛ばしてから、「まあ楽しそうね」と笑顔で答えた。

何の面白みもなさそうだけど、もしかしたら目新しいことがあるかもしれないというリスクヘッジかな。

楽しい体験だった場合、ソフィアママ発信で社交界に話題を提供することになるもんね。遅れてなるものか、という意地みたいなものかな。

私はクチコミが広がる分には大歓迎なので、参加者は多い方が嬉しい。

「ねえ、マルティーヌ。乗馬服などに着替えなくて本当に大丈夫なの?」

「ええもちろん。ブーツに履き替えるだけで大丈夫だと思うわ。でも土埃は付いてしまうかもしれないから、心配なら着替えてきてちょうだい」

私も馬車の中で持ってきたブーツに履き替える予定。

「じゃあ、私はブーツを履いてくるわ。いいでしょう? お母様?」

「もちろんよ。もともと小旅行のつもりで来ているから、ドレスも靴も汚れることは想定内よ?」

なぜかソフィアママが、フフンと勝ち誇ったような顔で同意した。

あー、うちには余裕がありますアピールかな?

「ドレスが汚れて駄目になるくらい、なーんの問題もなくてよ?」っていう感じ?

まあ歩き方次第だとは思うけれど、しゃがんだり柵にもたれかかったりしなければ、それ程汚れることはないと思う。

そのために遊歩道を整備したんだからね。

下草も刈ってあるし、午前中に見回りをしてもらった管理人から、水たまりもなく土も湿っていないと報告を受けている。

ルシアナママは受けて立つみたい。

またツンと顎を上げて、私じゃなくソフィアママに言い放った。

「私たちもブーツに履き替えてまいりますわ。ドレスなら予備をたくさん持ってまいりましたし」

おー。こっちだって余裕だぞ――と。

バチバチだねぇ。

「では、皆様。お部屋で外出の準備を整えてくださいませ。私はこちらでお待ちしております」

二組の母娘が牽制し合うようにオーベルジュに入って行く。

あの様子だと、階段を譲り合って、「どうぞお先に」「いえいえ、どうぞお先に」「いえいえいえ――」って、とびっきりの笑顔でやり合いそう。

まあ、できれば時間をかけずに集まってほしいんだけど。

四人は思ったよりも早く再集合してくれた。

ああ、あれか。自分のせいで出発が遅れたとなると、延々と嫌味を言われかねないもんね。

今の私の実力じゃ、間に入って丸く収めるなんて無理だから助かった。

「それでは皆様、参りましょう」

どちらか片方の家族の馬車に同乗する訳にはいかないので、三台の馬車で移動することになった。

◇◇◇ ◇◇◇

見慣れた森の前で馬車を降りると、後続の馬車から四人が降りてきた。

私とは別の馬車で先に来ていたレストランの従業員の一人が、案内人よろしく森の入り口に立っている。

三人の従業員に対応をお願いしてあるから、残りの二人はピクニックの準備に取り掛かっているはず。

「ねえ、マルティーヌ。森って言っていたからもっと暗いところだと思ったのに、随分と遠くまで見通せるのね」

「ええ。木漏れ日の中を気軽に散歩できるように木々を適度に間引いたの。少し登っていく感じになるけれど、歩きやすい遊歩道にしてあるから心配しないでね」

「それにしても面白いことを考えたわね、マルティーヌちゃん。ピクニックといえば、普通は見晴らしの良い丘とか綺麗なお庭でするものなのに。森の奥だなんて初めてだわ」

お! ソフィアママから『珍しい』『初めて』をいただきました!

やっぱり貴族は、特に令嬢は森の中になんて入らないよね。

「 人気(ひとけ) がなくて静かなだけではなく、森の中は空気が美味しい気がするのです。賑やかな王都も楽しいですが、たまには喧騒を忘れてゆったりとお過ごしいただくのも悪くないかと思いまして」

乗り気なソフィアたちとは違って、ルシアナたちは馬車を降りた途端に仏頂面をしている。明らかに気が進まない様子。

「田舎に来て狩りでもなく、ただ森の中を歩くなんて……」

うーん。厳しいけど、ルシアナママの反応も率直な意見として素直に受け止めないとね。

私が先頭を歩き、すぐ後ろにソフィアたち、少し離れてルシアナたちが続いた。

「注意して見ないと道端の花に気づかないかもしれませんが、可憐な花々にもご注目ください」

「あら! 本当だわ。小ぶりで可愛らしい花ね」

サンキュー、ソフィアママ。そういう合いの手は助かります。

「それほど日が当たらなくても咲くのね。何だかいじらしいわ」

ソフィア! わかってくれる? そうでしょう?

「私も実際に見るまではその素晴らしさに気がつかなかったの。だからここを訪れた人にはみんなに見てほしくて」

「教えてくれてよかったわ。でも後ろの二人は関心がないみたいよ。パーティー会場で存在を主張するような大ぶりで派手な花だけが価値があると思っているんじゃない?」

「まあ、それでもいいわ。押し売りしてどうなるものでもないし」

「そうね。先を急ぎましょう!」

遊歩道のゴール地点に着くと、ソフィアがわかりやすく興奮していた。

「私、水が湧き出るところを初めて見たわ!」

「ふふふ。素敵でしょう?」

先に到着していたレストランの従業員がお湯を沸かし、お茶の準備をしてくれていた。

テーブルの上にはクロスを、ベンチには敷布を掛けてくれている。

「皆様。こちらでお茶にいたしましょう」

私がお誕生日席に座って、四人にも着席を勧める。

「何にもないところでお茶をいただくのね」

ルシアナが空気が悪くなるようなこと言った。

ソフィア。そんなにルシアナを睨まなくても大丈夫だから。

でも……やっぱりそう感じちゃう?

私としては、チロチロと流れ出る湧き水に癒されながら飲む紅茶は美味なんだけどなぁ。

たまに鳥の囀りが聞こえてくるのも風流だと思ったんだけど、伝わらないか。

もうちょっと何かしら目玉となるものが必要かもね。うん。要改善。

私が視線をやると、手筈通りに従業員がおしぼりを載せたパン皿を配った。

「皆様。外を歩きましたので、こちらの濡れたタオルで手をお清めください」

そう言って、くるくる巻かれたハンドタオルを開いて両手を拭いてみせる。

「マルティーヌ。さっきもあったわね。これ――とっても気持ちがいいわ。清潔な手でお菓子をいただけるのは素敵ね」

そうよ、ソフィア!

「ええ。湧き水の量がもう少し多ければ、そこで手を洗うこともできたんだけど、元々雨の量で湧き出る水の量は変わるらしいから、こうしてあらかじめ濡らしておいたタオルを持参することにしたの」

「私も真似をして普段のお茶会に出してもいい?」

「もちろんよ」

「そうね。うちのお茶会でもお出しすることにしましょう」

私とソフィア母娘で盛り上がってしまったけれど、ルシアナ母娘もまんざらでもないみたい。

……いや。あの目は、ソフィアたちがおしぼりを出す茶会を開く前に、自分たちが我が物顔で先にやろうと考えている?

まあ手柄にしてもらっていいけどね。

私はこの世界で『おしぼり文化』を広めたいんだよね。

やっぱり濡れたハンドタオルで拭くと、しっかり汚れを拭き取ったと実感できるし、何より衛生的だもんね。

どこのお茶会に行ってもおしぼりが出てくるようになるといいなぁ。

本当はオーベルジュのレストランオープンに合わせて、『おしぼり』を使う予定だったんだけど、私が前世の記憶にこだわったせいで、独特なおしぼり受けの納品が遅れているんだよね。

もう割った竹でもいいかと思ったりもしたけれど、せっかくなので船底のように両端が少し浮いている形状のおしぼり受け皿を待っている。

森の中の静寂さがご馳走なのだと私が力説したせいか、それほど会話ははずまなかったけれど、四人ともそれなりには楽しんでくれたようだ。

四人ともお茶をお代わりしていたからね。歩いて喉が渇いただけかもしれないけれど。