軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

64話

ノエルが持ってきてくれたお茶で一息を吐いた後、ニコラウスは軽い咳払いをして雰囲気を締め直し、改めて仕事の話を始めた。

「お前が贔屓にしてる商人がいるだろ? あれはここの……エルナト領主と繋がりがあるし、身元は確かだからね。取引はあれを通じてやらせるから、お前は浄花を増やすだけでいいよ」

どうやら浄花の取引はイライが引き受けることになるようだ。そして初めて知ったのだけれど、彼は領主とも取引があるらしい。

揉み手とゴマすりの印象が強く、こんな僻地にも商売に来るのでどことなく変人の商人のような気がしていたが、領主とも取引をするような大商人だったのかとちょっと驚いた。

(でもそうだよね……あの鏡、イライさんが持ってきたけど、本当の贈り主はニコラウスさんだったんだもんね……思い出すと怖いよぉ)

そしてニコラウスは本来王城暮らしで、王族や貴族という存在とも近しいものだろう。ならば彼から鏡を託されたイライもまた、その関係者ということだ。……全然思い至らなかった。

「それと別件で……僕から一つ相談なんだけど」

ニコラウスから相談と言われて身構えた。一体どんな話が飛び出すのか不安で仕方がない。自分の手をテーブルの上でぎゅっと握り合わせて、次に出てくる言葉を待ち構える。

「お前の眷属たちなんだけどさ、個性は豊かなのに魔物としての進化はしてないよね。ここまで無害なまま、村の中に馴染んでるし……進化の実験をしてみたいんだけど」

(それって……子株たちのレベルアップをしたい、ってコト……?)

予想外の提案に驚いた。子株たちは無害で、無力であるべき。そう思って「走れるようになること」「急に叫ばないように声の蓋を作ること」以外の進化はさせていない。……いや、紫の場合は女体の形になるよう余計に一つ進化の命令を下しているが、それ以外はしていなかった。

だからこそ子株たちは弱弱しく、何もできないがゆえに無害なのである。まさかわざわざ魔物に力をつけさせよう、なんて人間の方から言い出すとは思わなかった。やはりニコラウスは変わり者だ。

「特に紫のやつにね。……人間との間に子孫を作ることができるのか、とても興味がある」

(ああ……なるほど、リッターさんか……最近よく話してたのはこれについての相談だったのかな)

リッターとニコラウスが話し込んでいたので、レオハルトはずいぶん寂しそうだった。ほとんど話したこともないような魔女との会話を求めるくらいである。

しかしどうやら紫株に対して本気の恋愛感情を持っているリッターからすれば、最も重要な問題が種族の壁なのだろう。植物と人間で子孫を作るなんて一体どうやったらそんな発想になるのか全く分からないが彼は真剣で、ニコラウスもそれに付き合う気なのだ。

(うーん……人間側からやりたいって言ってるんだから、いいんだよねぇ……?)

私が自分で子株たちを育てれば、危険な魔物を育てようとする危険な魔女になるかもしれないが、宮廷魔導士をやっているニコラウスが「やりたい」と言っているのであれば問題はないのだろう。

そしてなにより、ニコラウスはこういう実験が好きなマッドサイエンティストなのだ。子株たちに夢中になっている間はあまり私のところに意識が向かない、というのはここしばらく放置してくれていたことからも明白。子株に私の身代わりになってもらいたい。

私が頷くと、ニヤリと口角を上げるという珍しい表情が目に飛び込んでくる。……怖くて体内で短く悲鳴があがった。

「まあ、悪いようにはしないよ。お前の眷属のマンドラゴラって意思が強いだろ? 僕の頼みも嫌なら断るように伝えておいて」

(子株たちってそんなに意思強いかな……? まあ、私には従順だから分からないだけか。たしかにそれぞれ個性を伸ばしてるみたいだし……自己意識みたいなものが育ってるのかも)

それもすべて演技である可能性もあるが。私が最初に下した「無害で可愛く見せろ」という命令を守っている結果、それぞれが思うように無害で可愛い姿を目指しているのだ。

そこに個性やばらつきがあるのだから、確かにそれぞれの意思、思考があるのかもしれない。

(うーん……でもレベルアップするには魔物を倒さなきゃいけないし……子株を戦わせるのは心配だなぁ。叫べないマンドラゴラはただの草だし)

人間に危害を及ぼせないように声を封じてある子株たちに攻撃手段はない。根の部分は多少魔力を吸うとはいえ、私のように触れた傍から見る見る相手が枯れていくという現象は、子株たちの場合は起きないのだ。

(一応防衛手段は持たせておこう。攻撃用じゃなくて……捕獲用の網、みたいな?)

どうやら人の出入りも激しくなるようだし、危険な人間も入ってくるかもしれないという忠告は受けている。私の「役に立つ善良な魔女」というイメージを守るためにも、村人に危険が迫った場合、子株も何かしら対抗できるようにしておくべきだろう。

「マンドラゴラたちに何かしらの変化があったら共有する。……あと、お前も何か気づいたら教えてほしいんだけど。研究のためにはいろんな意見や見解が必要だからね。……栄養剤はちょくちょく持ってくる」

(ちょくちょくは持ってこなくていいかな……!! まとめて一回でいいから……!!)

頻繁に訪れるニコラウスを想像して内心怯える私だが、口元だけはにっこり笑っている。そんな私を眺めるニコラウスの口元が笑っているように見えて、非常に怖かった。……すでに脳内では子株実験でいっぱいに違いない。このマッドサイエンティストめ。