軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44話

穏やかな日常は突然壊れるもの。分厚い雲に覆われ、そのうち雨でも降りだしそうな日の午後のこと。感知した巨大な気配に私は静かに悲鳴を上げた。

「魔女さま、どうしたんですか?」

突然にっこりと笑みを浮かべながら立ち上がった私にノエルが不思議そうに問いかけてきた。しかしそれどころではない、この気配は望まぬ来客のものだ。

(こんな時のためのヴェールだよ……!)

前回の市場で買ったヴェールを取り出し、顔を隠すように身に着けた。そのあとは鏡の前で自分の容姿におかしなところがないかを確認する。

鏡に映るのは、花や髪飾りをつけておしゃれが好きそうな人間の女性の姿だ。透けるヴェールでは完全に顔を隠せないものの、ないよりは心強い気がする。

(よし、これで準備でき……ひっ!)

リィンリィンと音を鳴らす玄関ベル代わりの鈴蘭に悲鳴を上げつつ、そして玄関の外にいるであろう相手の強い気配に怯えながらそちらを見た。

ノエルがすぐに客人の対応へと向かい、扉を開ける。前回はレオハルトの姿に化けて現れたが、今回は本来の姿のままのニコラウスがそこに立っていた。

「あ、魔法使いさまこんにちは。……そっか、だから魔女さまが何だかそわそわしていたんですね」

(ノ、ノエル……! そんなこと言わなくていいから……!)

彼が来ることに気づいて警戒していたことがバレたら正体を疑われかねない。ニコラウスはまだ私を「魔女」だと信じている訳ではなさそうだし、どこからボロが出るか分かったものではないのだ。

ノエルにそう言われてニコラウスはこちらに視線を向け、私はもちろん悲鳴を上げている。

「ふぅん。僕が来るから、か」

(ヒィ……!! やっぱり何かバレてる……!?)

「……鏡が役に立ってるならいいんじゃない」

「たしかに、魔女様はよく鏡の前に立ちますよね」

鏡の前に立っていたからか彼はそんなことを言った。もちろん鏡はありがたく使わせてもらっているが、他人の目に映る自分が化け物の姿をしていないか確認しているだけだ。

それを身だしなみに気を遣っていると取ってもらえればいいが、私を訝しんでいるニコラウスは化けた姿を確認しているという真実に気付くかもしれない。ヒヤヒヤしながら反応を窺い、彼の一挙一動を見逃さぬように身構える。

「今日は一応、国から正式な使者としてきたんだけど」

(あ、良かったとりあえず何かバレた訳じゃないんだ……でも、国から? 国って、人間の国……だよねぇ?)

このビット村が所属している国のはずだ。私は国の名前も知らないけれど、ニコラウスは城に住んでいるというし、今日はそこから使者として派遣されてきたのだろう。

(でも使者って何の? ……私何もおかしなことしてないよね……?)

田舎の村で善良な魔女としてつつましく生活しているだけのしがないマンドラゴラだ。それが国を運営する相手から認知され、使者を送られるという状況が分からない。

それとも絶滅危惧人種である魔族だから、ニコラウスのように国としては管理したいという話だろうか。

「魔法使いさま、こちらに座ってください。魔女さまと大事なお話があるんですよね、俺はお茶を淹れてきますからごゆっくりどうぞ」

ノエルがニコラウスを席に案内したため、放置するわけにもいかない。私は前回貰った絵描きボードを手にし、怯えながら彼の前に座ることになった。どんな話が飛び出すのかと戦々恐々している私にニコラウスは書簡を差し出す。

「この前も少し話したけど魔境の防衛に関する依頼だよ。これが正式な協力要請書。……読めないだろうから僕が読む」

(あ、そういえばそんな話してたね。なんだ、それのことかぁ……)

ニコラウスは書簡を広げながらそこにある文章を読み上げた。要約すると「ヴァニリア王国の領地であるビット村の領土と領民を守るため、魔境の防衛に協力してほしい」というものだ。

求められている協力の内容も、薬を作ってニコラウスの魔法攻撃のサポート、騎士団の治療や魔物対策をするといった後方支援でかなり安全な配置である。

(うん、前にも思ったけどこれくらいなら全然いいよね。人間の役に立つ魔女だと証明できれば私は安泰だし)

同意する意思を示すために頷くと、ニコラウスは万年筆のようなペンを渡してきた。そして書簡の下の方にある空欄を指差す。

「同意するならここにサインを」

(サインって……名前? 名前、ないんだけど……ど、どうしよう。こういう時魔女ってどういう名前書くのか知らないんだけど……!?)

「……ああ、そっか。お前は通名がないからね。花の魔女でいいんじゃない?」

たしか魔族には本当の名前があり、それはやすやすと他人に明かすものではない。ニコラウスの場合は便宜上、他人に呼ばれるための名前を使っていて、本名は別にあるのだ。

私が書類に日本語「花の魔女」と書いている間、やたらと視線を感じて落ち着かなかった。……ニコラウスは私がボロを出さないかとずっと観察しているに違いない。本当に怖い。

「……僕が……」

「お待たせしました、お二人ともどうぞ! 魔女さまがお好きな浄花のお茶です!」

「……ん。お疲れ」

ニコラウスが何かを言いかけたところでノエルがお茶を持ってきた。これは最近ノエルが作ったもので、川辺に生えている浄花の蕾を普段使っている茶葉と混ぜて香りを移したものだ。前世でいうところのジャスミンティーに近い。

サインを書き終えた私はノエルが差し出したカップを受け取り、茶の表面に浮かべられた浄花が少しでも中に染み出すように軽く揺らした。

(この花は美味しいよね。ゾンビはあんなにえぐみがするのに……)

ゾンビの体液で育っているであろう花だが美味しいものは美味しい。人間だって堆肥を使って食料を育てるので、似たようなものである。別のものに変換されていれば元は何であれ食べられるというものだ。

そんなお茶に口をつけながら気持ちを落ち着かせている間に、ニコラウスは私のサインを確認して書簡を懐にしまった。

「報酬については働きに応じてってことになるけど、安くはないから安心していいよ」

『お金なら必要ありません』

ニコラウスからもらったボードに文字を書く。これを使わないままだと「せっかく渡したのに使わないのか」と不満に思われたり、筆談ができる相手にも文字を使わないことを不審がられたりするかもしれないからだ。

お金はもらっても使い道が限られる。ノエルに必要なものを買う分は、イライからもらえる額で充分だし、これ以上お金や宝飾品などを貰ってもどうしようもない。それなら植物用の栄養剤でも貰った方が嬉しい。……浄花は確かに美味しいけど、たまには別の栄養も食べたいなと思うのは人間も同じのはずだ。たぶん。

「……お前、欲がないよね。何かほしいもの、ないの?」

(ほしいものって言われても……安全としか……)

私が欲しいのは平和、平穏な生活。つまりニコラウスがやってきて今のように私へ疑いの目を向けることのない生活なのだが、そんなことを言えばどんな目に遭うか想像するだけで恐ろしく、悲鳴しか上がらない。

「……まあいいや。はい、これ」

(ん? ……なんだろう、これ)

彼は懐から水晶玉のようなものを取り出した。用途が分からないそれに首を傾げる。……それにしてもニコラウスのローブの内側はどうなっているのだろう。何でも出てくる四次元ポケットでもついているのだろうか。

「この田舎には魔道具がほとんどないみたいだからね。この家も照明がないみたいだし……これ使えば」

(これ照明器具みたいなもの? どうやって使うんだろう……)

渡された水晶玉をしげしげと眺めた。魔道具というからには魔力で動くものだろうし、とりあえずそこに自分の魔力を注いでみる。

すると水晶は温かい光を放ち始めた。……私には分かる、これは太陽を模したものだ。日光浴をしている時に近い感覚があるので、太陽光ライトのような性質があるのだろう。

「お前、植物が好きだろ。家の中も葉っぱだらけだし……それがあれば家の中でも困らないんじゃない」

(それって家の中でも日光浴ができちゃう……ってコト……!?)

私はその時初めて、ニコラウスをちょっとだけいい人なのかもしれないと思った。心の底から感謝を込めて『ありがとう』と書くと、彼は詰まらなそうに鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまったが。