軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37話

「魔女さん、妖精飴のジャムは売上が好調ですぜ。……それで、ビット村に興味をもった隊商もありましてね。せっかくなんでここに来たい連中を集めて合同の市を開こうかと」

ニコラウスが去って平和な時間が続いていたある日のこと、妖精飴がすべて売れたということで、その利益の配分と、引き続きの生産や販売を依頼にきたイライはそんなことを言った。

妖精飴自体は浄花の花弁によって簡単に育つため収穫には問題ない。村の主な食糧である麦畑に回しても余っているくらいだし、畑を広げようかという話も出ていたくらいだ。ジャムづくりは引き続き請けることにした。

「いち……?」

「へい、ちょっとした市場でさぁ。あっしだけでなく、いろんな商人がいろんな商品を持って来やすんで、今まで以上に買い物が楽しめるって感じですね。妖精飴の売上で村の皆さんの懐も温まってるところですし、金が貯まったなら使い道が欲しいでしょう?」

ノエルは「市」を見たことがないらしい。この辺境に訪れるような商人はイライくらいのものだから、複数の店が並ぶ姿を想像できないのだろう。

(買い物かぁ……この世界にどんなものがあるのか知っておいた方が良いし、私も人間の勉強になるから楽しみだな)

ビット村はかなりの田舎村なのだ。現代日本のようなインターネット配達があるわけでもないし、物流に難がある。ニコラウスが持ってきた絵を描けるアイテムのようなものをここで見たことはなかったし、都会はもっと発展していて便利な道具も多いのだろう。

そんな文明の一部を知ることができるかもしれない。一応五百年山籠もりしていた設定のおかげで何も知らなくても訝しまれてはいないものの、人間を知るのは人間のフリを続けるためにも必要だ。

「ところで魔女さん、他に商品になりそうな物があったりは……しやせんかねぇ……?」

(ああ、それなら……鈴蘭のオルゴールがようやく完成したんだよね。見せてみよう)

イライを手招きして家の中に案内する。彼は普段、家の中にまでは入らず玄関の外で話を済ませるばかりなので、完全防音の家になった今、家の中で流れる音楽は聞こえていないのだ。

ジングルベルを奏でようとしたのに別の曲になってしまったメロディが室内に響く。ノエルはこの曲を「神聖な曲」と言って喜んでいて、BGMとして常に流している。

「こいつは……」

「魔女さまがこの花にメロディを教え込んだら、こうしてずっと鳴らしてくれるようになったんですよ」

イライはスズランの鉢植えに釘付けになっている。そして非常に真剣な顔でゆっくりとこちらを振り向いた。

「魔女さん。……いや、あんたは魔女じゃねぇ……」

(ひっ……!? え、まさかこれでバレ……!?)

「あんたは女神さまに違いねぇ……!」

――びっくりした。人間が喜びそうなものを考えたつもりが、人間にできないことをして正体がバレたのかと思ったがどうやら違ったらしい。

そういえばエリーを助けた時も「女神さま」と言われたことを思い出す。この世界の宗教か、寓話か、詳しくはないが一般的な存在としてあるのかもしれない。

「たしかに、魔女さまは女神さまみたいに綺麗ですけど……」

「あっしの商売に恩恵ばかりもたらしてくれるんですから、やっぱり女神さまでさぁ。それで魔女さん、この鈴蘭も売ってくださるってことですよね?」

「あ、でもこれを作るのは魔女さまも難しいみたいですから、そんなにたくさんは作れないですよ」

「構いやせん。希少価値がつけば高値で売れますからね……」

私が説明するまでもなく、開発の過程を見ていたノエルが説明してくれていた。確かに鈴蘭にリズムを教えるのは大変手間がかかるので、新しい曲を作るのは困難だ。……新しい鈴蘭の株に、演奏を覚えている鈴蘭の真似をさせれば早いのだが。まあ、目立ちすぎるのもよくないだろうし、作るのは難しいということにしておこう。

頭の中でそろばんでも弾いてそうなイライはこの演奏する鈴蘭を売る約束をすると上機嫌で帰っていった。余程価値があると感じたようだ。

(お金の感覚もよく分からないから、やっぱり市が開かれた時に色々調べなきゃ……)

そうして半月が過ぎた頃、イライが他の商人たちを連れて村へと戻ってきた。

村の外では危険があるため、村の中心にある広場にいくつかの隊商が訪れて、馬車や敷物を使った簡易な店がいくつも出店している。前世で見たフリーマーケットの市を思い出しながら、私とノエルも買い物を楽しむことにした。

「魔女さま……あの、お小遣いが多いです。こんなにいっぱい……魔女さまが作った植物ですよ?」

(でもジャムを作ったのはノエルだからね。好きなものを買うといいよ)

イライからもらった報酬は生活費を除いた後、ノエルと私で半分に分けた。銅や銀で出来た貨幣がどれほどの価値なのかは、実際買い物をしてみないと分からない。

嬉しそうに尻尾を振っているノエルと共に、村人でにぎわう市場の店を一つずつ覗いてみる。食べ物から服や布、装飾品や置物など実に様々だ。

「あ。……あの女神さまの像、なんだか魔女さまに似てますね」

その中でノエルが目にとめたのは木彫りの女神像で、植物の冠を頭にのせ、服にも花をあしらってある美しい女神はたしかに私に似ている。

職人のこだわりなのか、細部まで彫り込まれて布の質感や女性体の柔らかな曲線まで表現された芸術性の高い木彫りの像だ。手で握れる程度の大きさの像にここまでの表現を与えられる技術は素晴らしいと思う。……柔らかそうに見えても木製だから硬いところなども私にそっくりかもしれない。

「うちには女神さまの像がないので買ってもいいですか?」

(あ、もしかして信仰に必要な道具なのかな? うんうん、好きに買っていいよ)

たとえるなら十字架や仏壇や神棚のようなアイテムなのだろう。私はこの世界の宗教を知らないので何が必要かもわからないし、ノエルが好きにすればいい。

ノエルは嬉しそうにその木彫りの女神像を購入していた。大きな銀貨が一枚だ。……これがどれほどの価値なのかは分からないが。

「魔女さま。……じつは、本当に女神さまだったりしませんよね?」

絶対にそんなことはない。実はただのマンドラゴラの私は、木彫りの女神と私を見比べるノエルに首を振った。マンドラゴラと女神を間違えるなんて、月とスッポンよりも酷い落差である。女神だなんてとんでもない。私は成れたとしてせいぜい 根神(ねがみ) というところだ。……根類の魔物の頂点に立ってそうで嫌だな。

「そうですよね。そんなはずないですよね……違うならよかった」

(うん……?)

その後ノエルの話を聞くと、この像の女神は神が人間を救うために現れる時の姿の一つで、とても美しい女性であり、森から現れ、自然を体現するように植物を纏い、人の言葉を話さない存在であるらしい。

そして人間を大きな災害から救った後、神の世界へと戻って消えてしまうのだそうだ。

「魔女さまはいなくならないんだって安心しました。……ずっとお仕えしたいですから」

(物語を信じちゃうなんてノエルもまだまだ夢見がちな子供だなぁ……大人ならそんな勘違いも心配もしないだろうに)