軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35話

リッターの奇妙すぎる挨拶からしばらく。

レオハルト云わく紫株とリッターは適切な距離で接している、らしいのだが私はその紫株の記憶を見る勇気がなかった。 本草(ほんにん) には都度確認を取っているものの、子株たちの返事はジェスチャーであり、詳細は記憶を見なければ伝わらない。

(ノエルは私の仕草でよく話が分かるよね。難しいよこれ)

何となくふわっとした感情のようなものは分かるのだけど、詳細を知るならやはり同調して記憶を見るべきなのだ。……でも考えれば考えるほど何を見てしまうか恐ろしすぎて覗けない。リッターが「遊びじゃない」なんて言うせいである。

無害とはいえ魔物のマンドラゴラに対し本気になる 特殊性癖(へんたい) がいるとは思わなかった。

(まあ元の世界にもケモナーっていうジャンルがあったから……リッターさんもそんな感じ……?)

私には理解できないが、〇〇ナーとか、〇〇ティストとか呼ばれる特殊な趣味嗜好の人間はどんな世界にも存在するようだ。

その感情を理解はできなくとも否定はしない。趣味は人それぞれ、様々な人間がいることで多様性が生まれるというものだし、排除するばかりではいけないはずだ。……私もちょっと人とは違うだけなので除草しないでほしい。マンドラゴラも多様性の一つだろう、たぶん。

そんな物思いにふけりつつノエルが淹れてくれた紅茶を飲んでいた時だった。玄関の上に生やした鈴蘭がリィンと音を立てる。この家は防音づくりにしたため、ノックをされても聞こえない。そこで玄関付近に人が立ったら外側と内側で音を鳴らし植物に知らせるよう命じたのだ。

「誰か来たんですね、見てきます」

(うん、お願い)

ノエルが玄関に向かっていき、扉を開けた。ちらりと横目で確認するとそこにいたのはレオハルトだったので、小さな違和感を覚えた。彼はよく我が家を訪ねて何も困っていないかと確認しにくるが、ほんの一時間前にも訪れたばかりだ。

もしや何か事件でもあったのか。そう思った瞬間、反対側に何か嫌なものが見えた気がしてそちらに視線を合わせた。私の目は人間よりも広い範囲を認識できるが、意識的に見ようとしなければぼやけて感じることも多い。

そして魔法の鏡に映っていたのはレオハルトではなく、私を魔族ではないと強く疑ってかかる人間で、その姿を認識した途端に体内で悲鳴があがった。

「あれ、レオハルトさん……?」

「……そこに置かれたら誤魔化せないね」

「あ。魔法使いさま……?」

化けていた本人も鏡に正体が映っていることに気づいたようだ。熱気で空気が揺れるような歪みが起きたと思ったら、レオハルトの姿が消えてローブを纏ったニコラウスの姿に変わっていた。ノエルも驚いたようにその変化を見つめている。

「魔法だったんですね。レオハルトさんとはにおいが違うと思いました」

「へぇ、なるほど。においまでは考えてなかった。それで正体が分かることもあるよね」

「へへ……はい」

褒められたと思ったのだろう、ノエルは嬉しそうに尻尾を揺らしている。彼は魔族にあこがれを抱いている節があるため、魔法使いであるニコラウスにも好意的のようだ。

そのままつかつかと家の中に入ってきたニコラウスはテーブルを挟んで私の向かい側の椅子に座り、ノエルはわざわざ招いていないこの客人のお茶を用意しにキッチンに向かっていった。

(びっくりした。鏡がなかったら騙されてたかも……イライさんに感謝しなきゃ)

魔法の鏡を玄関に向かって設置すれば、もし何かが化けて来ても正体が分かるとイライが教えてくれたとおりにしていてよかった。本当にいい贈り物で感謝するしかない。

「ちゃんと機能してるし、お前もさすがに魔物が化けた姿じゃなかったか」

(……ん?)

「僕からの贈り物、使ってるってことは気に入った?」

何を言われているか分からず、首を傾げる。この鏡はイライからの贈り物だった。ニコラウスが現れた日、その数時間後に貰ったものだ。それが何故、ニコラウスからの贈り物になるのだろう。

「なんでかって? それはもちろんお前が余計な贈り物をしてきたから、お返しだよ。……城に戻った後、ちょうどいい商人がいると知ったんでね。お前のおかげで魔力は有り余ってたから転移魔法も余裕で使えた」

城に戻ったニコラウスだが、その直後にビット村に向かう商人に会うという知り合いがいたため、そこを経由してイライに魔法の鏡を預け、さらに転移魔法を使ってビット村まで送り届けたということらしい。

よく考えて見れば魔法の込められた鏡なんて代物を作れるのは魔族くらいだと気づくべきだった。この鏡はニコラウス製だったのだ。

(やっぱりまだ疑ってるんだ……! わざわざこんな鏡まで即日送ってくるくらい……!)

本当に体そのものを人の形に進化させていてよかった。幻術系のスキルなどで人に化けていたら鏡にはマンドラゴラが映って、阿鼻叫喚だったにちがいない。もちろん叫ぶのは私である。

「前にさぁ……魔族じゃないかって噂されてる怪しい人間がいたんだけど、その正体が魔物でね。魔除けに鏡が流行った時期にいくつか作っただけの残り物だし、別に大したものじゃないから」

スキルや魔法を使って姿を変化させ、人を騙し誘い込んで捕食するタイプの魔物が現れ、人間を害したことが過去にあったようだ。そんな話を語って聞かせるニコラウスから「お前も魔物じゃないの?」と問われているような気がして冷や汗をかきそうだった。……いや。毛穴がないから汗は出ないし、結露しそうと言った方がいいのだろうか。

「お前の正体が魔物じゃなくて残念だな。もし魔物だったら連れて帰ったのに」

(ヒィィ……ッ!!)

鏡越しに私を見つめたニコラウスと目が合った。もちろん、鏡に映った私はニコニコと楽しそうに笑って見えたが、私の内心は何も楽しくない。怖すぎる。早く帰ってほしい。

「ああそうだ。あと、これだけど」

(……えっと……これは……?)

「魔力回復薬くらい自分で作れるから、あまり僕を侮るな」

ニコラウスが懐から小瓶を取り出した。中には青い液体、おそらく魔力回復薬が入っている。どうやら前回魔力回復薬を賄賂にしたのがお気に召さなかったというか、彼のプライドを刺激してしまったらしい。やはり下手を打っていた、穴には埋まりたいが墓穴は掘りたくなかった。

「僕もマンドラゴラを育ててるし、まだ材料はある。余計な世話はいらないから」

そこでふと気づく。私は自分を素材の中心に組み立て、その他多様化のおかげであらゆる植物を再現できるおかげで、自分の中で薬を作り出せている。だが、人間が薬を作る場合は材料が必要なのだ。

そして魔力回復薬の主原料は マ(・) ン(・) ド(・) ラ(・) ゴ(・) ラ(・) である。つまり、ニコラウスの持っている小瓶の中の液体は――。

(この人怖いよぉおお……!!)

多様性を否定しないとか生意気言ってすみませんでした。何でも受け入れるなんてことは誰しも不可能なので、どうか速やかにお帰りください。

理解し合えない相手はいるのだ。マンドラゴラにマンドラゴラ製の薬を見せつけるなんて、人間で想像してみてほしい。あまりにもひどい、酷すぎる。……このマッドサイエンティストめ!