軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24.5話 レオハルト 前編

現在、聖騎士たちはビット村に滞在しながら村民の話を聞き、村にある植物の調査や利用方法、その危険性などを調べている。どれも村人に害を成すことはなく、利益をもたらす存在だ。ただあまりにも植物が便利な生活を支えているため、それを「堕落させ支配させようとしている」という受け取り方もできるだろう。

「川沿いの浄花が何処まで伸びているか調べてきます」

「おう、頼んだ。……一人で大丈夫か?」

「問題ありません。……リッターこそ、魔女殿の家には近づかないでくださいね」

「分かってるよ……」

魔女の水浴びを覗いて失礼極まりない発言を繰り返したリッターは、決して魔女に近づかないようにと取り決めた。

それ以外の隊員で交代しながら見張っているものの、魔女は普段子供たち相手に遊んであげたり、村人の頼みを聞いたりするばかりで、あまりにも親切な姿しか見かけない。子供たちと共に「妖精の飴」などの珍しい果実を差し入れに来たりもして、疑ってかかったのにその差し入れが本当に何の仕掛けもないただの善意の差し入れであったり、騎士たちも彼女を疑うことが心苦しくなってきている。

「分かります、怪しいですよね。……でも見れば見るほど本当に美人で優しくて親切で穏やかで、本当に見たままの人なら疑うのが本気で申し訳なくなるって思い始めてしまって……」

「おちつけ。それでも疑うのが我々の仕事だ……」

「村人たちの話を聞いても心底いい人でしかないんですよね、あの魔女さま。それが逆に怪しいといえば怪しいけど、でも信じたくなってしまうっていうか……元隊長のダオン先輩だってそう言ってたじゃないですか」

「……ダオン先輩、本気だもんな……」

そして騎士たちを説得するかのように、ダオンが魔女の人柄や功績を丁寧に説明し、自分がいかに信じているかと語るのもまた彼らの良心に揺さぶりをかけているようだった。

「もう魔女としての力があるのは確定じゃないですか? 詐欺師ではないでしょ、あれ」

「あれだけ簡単に植物を生やしてればな……しかも魔法の詠唱なし。普通の人間にはできない芸当だ」

「だからもうあの人は魔女ってことで調査終了でよくないですか……?」

「まだ調査期間が残ってるだろ……せめてそれまでは疑ってかかれ。……終わったら謝ろうな」

そんな騎士たちの会話が聞こえてくるほどだ。魔女は見る限りではただひたすらに親切で、逆にそれが怪しいのだと思うくらいしか疑う理由がないのである。植物に支配されていると言うより、植物と共存している村と呼ぶべきだろう。

一方、レオハルトはそう動じてもいない。一人で浄花の咲く川沿いを上りながら、魔女との出会いを思い出す。

(善人であるのは間違いないから詐欺師ではないだろう。私にとっても命の恩人だ。……しかし、話せないというのはどういうことだ?)

レオハルトは以前、魔女の声を聞いている。だが村人たちは誰一人としてその声を聞いたことがなく、話せないと思い込んでいた。

何か理由があるのかもしれない。魔女に直接尋ねたいところだが、二人きりになる機会はなかなか訪れなかった。

(そういえば、彼女には私の目の呪いが効いていない……それは、もしかして……)

レオハルトの呪いは強力だ。この目を見た人間には、レオハルトに対する憎悪が植え付けられるはずなのである。しかし、しっかりと目が合ったはずの魔女が自分を見る時、その目は他の村人や従者の少年に向けるものとなんら変わらず、優しい微笑みを見せている。敵意など感じたこともなかった。……彼女には呪いが効かない。呪い無効の体質なのか、それとも。

(……結構上流まで伸びているな。これ以上進むと朝までには戻れない)

魔女が川の汚染を取り除くために咲かせたという浄花は、随分と長い距離まで伸ばされているようだ。せいぜい村の周辺までかと思いきや、村が見えなくなってもまだ花の道が続いている。

どうやら魔女は村の生活だけではなく、山の生態系までも考えてこの花を咲かせている。魔境には屍系の魔物が多く存在し、それが川へと入れば水を汚す。上流から汚染水が流れてくればそれより下の生き物に影響が出るのは当然だが、浄花がそれを防いでいるという状況だ。

(さすがに身を削りすぎだろう。人の身に余る行いだ。……ここまでくるとただの親切ではすまないような……)

そう思いながら帰路に就く。今宵は満月、明るい月に照らされており、川面や白い花の輝きのおかげでランプがなくとも視界には困らなかった。

そんな中、どこからともなく悲鳴が聞こえてくる。レオハルトはすぐに剣に手をかけ、気配を殺しながら声のした方へと向かった。するとレオハルトの視界を、妙なものが横切る。

(っ!? 走るマンドラゴラ……!?)

小さな人影のようなものが走り抜けていく。頭部に咲く花はどう見てもマンドラゴラのもの。先ほどの悲鳴の主はこれだろう。それを目で追えば、遠目に誰かが捕まえて拾い上げたのが見えた。

「これからは声を発してはだめ。絶対に人を傷つけてもだめ。それ以外は自由にしていいから」

聞き覚えのある声だ。その声を忘れるはずもない。レオハルトは逸る気持ちを抑えながら、その声の主を確認するべく近づいた。

(やはり……花の魔女殿)

身に纏う花々が淡い月明りに照らされ、その姿が映し出される。月光の下、まるで咲き誇る大輪の花のように美しい。

ふらりと引き寄せられるように踏み出した一歩が枯れ枝を踏み、その音に気付いた声の主がこちらを見た。

その顔に浮かぶのは微笑み。この魔女はいつもこうして笑っていて、やはりレオハルトへの悪意はない。……仮説はだんだんと確信へと近づいていく。その証明がしたくなった。

「魔女殿、貴女はやはり話せるのですね」

そう言った途端、一瞬諦めたような笑顔を見せた彼女はすぐに顔を伏せ、小さく震えた。そして腕の中にあるのはマンドラゴラだというのに、それに縋るように抱きしめている。

彼女が怯える姿は初めて見た。いつも笑っている穏やかな魔女にも、恐怖の感情があるのだと伝わってくる。……怖がらせるつもりはなかったのに。

「心配なさらないでください。……大丈夫ですよ」

安心させるようにできるだけ優しい声を意識して話しかけながら近づき、その腕の中に抱かれるマンドラゴラを覗き込んだ。服を着せられているのであまり魔物らしくは見えない。マンドラゴラの根は少し魔力を吸い取る能力があるので、こうして服を着せたのだろう。

走り回るマンドラゴラ。その存在は確かに異質で、危険もある。しかし管理できるならマンドラゴラは良薬の材料だ。

(本当にいたのか、走るマンドラゴラが……しかし、これはリッターが見たものとは違う。まさか、複数存在するのか?)

魔物の異質な進化。たしかこれは宮廷魔導士ニコラウスもやっていた研究だ。このマンドラゴラは魔女が作り出したものか、それとも自然発生したものか。

しかし魔女は村に来る時、このマンドラゴラを連れていなかった。彼女の作り出したもので、今のように命令が下せるなら連れてきていてもおかしくはないはずなので後者の可能性が高い。

「……声、平気なの?」

ふと、魔女が震える声で尋ねてきた。その質問と困惑したような彼女の表情から、自分の仮説が確信へとかわる。……彼女も自分と同じなのだと。

「ああ、やはり。貴女も私と同じような呪いをお持ちですか」

呪いと言われて魔女は慌てたように自分の口を塞いだ。やはりその声には呪いがかけられているのだろう。だから彼女は人前で話さないし、話せない。

レオハルトを見つけた時は、魔境の近辺で人を見つけ驚いてつい声が出た。そんなところだろうか。

(まさか同じような呪いにかかっている人間がいるなんて……奇跡的な出会い、だな)

レオハルトは誰にも本当の自分を見せられはしない。この目の呪いは、誰も彼もレオハルトの敵にする。しかし、この世にたった一人だけ、決してその呪いにかからない人間がいた。……そしてそれは、彼女にとってのレオハルトもそうだろう。

(話せばきっと安心してくれる。……私は貴女の呪いにはかからない、と)

普段呪いの目を隠している眼帯を外す。両の目で見ても、やはり彼女の反応は変わらない。彼女にあるのは、彼女自身の呪いが効力を発揮していないかどうか、その心配だけだろう。

だからまずはレオハルトにかかっている呪いについて話した。そうしてすでに確信している答えを求め、魔女へと尋ねる。

「貴女の声には、人に憎悪を抱かせる呪いがかけられているのではありませんか?」