軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.5話 ダオン

花の魔女は村の近くの水車小屋に住むことになった。病の原因が分からない限り再発するかもしれない、という彼女の予測通り、翌朝また吐き気を訴える村人が現れ始めたのだ。

ダオンはすぐに魔女に助けを求めるべく水車小屋へと向かった。その小屋が見える頃、あたりは昨日と打って変わった様子であらゆる花が咲き、果実や野菜が実っていて、とても目に鮮やかな光景へと変わっていた。

建物も植物に呑まれ始めている。……たった一日でここはすっかり魔女の家になったらしい。

「魔女さま、おられますか……!」

家の戸を叩いてみたが返事はない。戸を開けても、中にその姿はなかった。どうやら外出中らしい。病の進行は早いが、一日で死んでしまうということはない。ここで魔女の帰りを待つことにした。

しかし薬で治しても翌日には体調を崩すなら、魔女の薬も毎日必要となる。これからこんな日々が続くのだろうか。

(それでは……この村は、魔女に頼りきりになる。まさか、それが目的か……?)

魔女に薬をねだらなければ死んでしまう。そういう状況であれば、村は魔女を丁重に扱うしかない。穏やかに微笑むあの魔女は声を失くしているから喋れないというが、話さない彼女を勝手にそう解釈しているだけではないのか。

病の原因を見つけられなければ、延々とこの状況の繰り返しとなる。実は病ですら魔女が引き起こしたという可能性も――。

「ダオンさん!」

「っ……ああ、お前か。魔女さまはどこだ? 話が……」

「魔女さまはいま、家の裏手に。病の原因も魔女さまが見つけてくれましたよ!」

「何?」

魔女が連れている獣人の少年、ノエルの話によると、どうやら上流から毒素が流れ込んできているらしい。魔女はそれに気づいて、水を浄化する花を咲かせてくれたという。

すぐに魔女も姿を見せた。ゆったりと、花の香りを纏いながら歩いてくる。いつも通りの優しい微笑みで、その手には草籠を持っていて、それだけなのに絵になるような美しさだ。

「本当に魔女さまには頭が上がらないな……ああ、魔女さま。話はこの子から伺いました。しかしすでに数人体調を崩した者がおり、ご相談……するまでもありませんか……」

村人を治療するために薬を作ってもらえないかと頼もうと思っていたのに、魔女が持っていた草籠の中には昨日と同じ完全回復薬が入っていて、魔女は微笑みながらそれをダオンへと手渡した。

改めて見ても、作り物のように美しい。そしてその心根も、とても真っすぐで優しいのだろう。病気が繰り返すことに気づいてあらかじめ薬を用意してくれており、根本の原因である川の浄化も済ませてくれている。

(一瞬でも疑ってしまった自分が、情けない。……申し訳ありません、魔女さま)

人と思えぬ美しすぎる容姿のせいか、初めて会った時の印象のせいか、信じたいと思いつつも心の奥底では疑念が消えないままだった。

なぜ五百年も瘴気の漂う山に住み続けたのか。それらしい理由は思いついたものの、家に帰って一人で考えてみればそんなに慈悲深い人間が本当にこの世にいるのかとも思えてきたのだ。

(だがこの魔女なら本当に、そんなこともやりそうだという気がしてきた)

何か要求がないかと、何度もそれとなく伝えてきた。しかし彼女が要求したのは村に住めることだけだ。それすらも、村を救うための行動である。……欲がないにもほどがある。

渡された薬をすぐにでも村人に届けようとしたが、めまいがして体がふらついた。ダオンもうっすらと吐き気を感じてはいたが、やはり病が再発していたらしい。

体調不良である時は思考が悪い方向へと向きやすい。だからと言って、魔女を疑ってしまったことの言い訳にする気はない。ダオンの疑り深さが、いつまでも疑念を晴らせなかっただけだ。

そんなダオンの肩を魔女が叩いたので振り返る。草籠の中にある物とは別に、完全回復薬が入った実を魔女が持っていた。

(私の病にも気づいていたか。しかし、村人を優先してやらねば……)

村長として村人を優先し、動けるならば自分は最後だ。そう思っていたのに、魔女は実の先端を傷つけた。そこからぽたぽたと薬が地面に落ちていく。これは、早く飲まなければ無駄になってしまう。だからこれは、ダオンが飲むしかない。

ダオンの責任感をこの魔女はきっと見抜いていた。けれど「そんな体で走り回ってはいけない」と、「自分の身も大事にしなさい」と、声なき声が聞こえた気がする。

(……全く……本当に優しい魔女だな……)

もう二度とこの人の善良な心を疑いはしない。誰が彼女を疑ったとしても、ダオンがそれを否定しよう。

薬を一気に飲み干して、魔女に感謝を伝えて村へと走る。先に渡された分の薬を飲ませて回り、足りなくなればまた魔女に施しを頼みに行こう。

「あ、ダオンさん。待ってました。……俺、一人で飛び出しちゃったから……薬もないのに」

しょんぼりと耳と尻尾をしなだれさせるノエルもまた、とてもいい子だ。あの魔女に育てられていて、この性根が曲がることはないだろう。この子はこのまま、きっと優しい子に育つ。

「よし、じゃあ今から手伝ってくれ。まず、病人がいる家は――」

ノエルに指示を出し、薬を届けるのを手伝ってもらう。そうして薬が足りなくなった後、魔女を探すと彼女は村の井戸の傍に立っていた。

彼女の触れた井戸は瞬く間に緑に覆われていく。その小さな白い花を見て、それがなんであるかを察した。

(浄花、か。なるほど、これで川を浄化したのか。井戸も汚染されている可能性から……といったところか……本当に全く、どこまで考えてくださっているのやら)

かなり珍しい植物で、本来これは人の住む地域では育たない。持ち帰った株は汚物などの汚れを分解し肥料を生み出すが、それ以上には決して育たないし増えないものである。何故なら成長するには多大な魔力が必要で、この花を育てられるほどの大量の魔力を持っている人種など魔族以外にいないからだ。

それを瞬く間に成長させ、井戸、そして次は肥溜めへとその花を咲かせていた。魔族であったとしてもこれだけの花を咲かせるのは相当な魔力を消費し、疲労を感じているはずである。それでも魔女はただ、穏やかに微笑んでいて疲れなど見せなかった。

(村人に心配を掛けまいとしているのか……植物の魔法を極めた彼女なら効率的に扱えるのかもしれないが、さすがにこれだけの量となれば負担となるはずなのに)

しかしそれでも魔女は村の複数個所に浄花を咲かせた。病の気を持った村人が利用すれば井戸が汚染される可能性は充分にあり、肥溜めにも吐しゃ物を捨てていたのでそちらにも病の原因は残っているかもしれない。魔女は村にはびこる病を完全に消し去る気なのだろう。

(姿も心も花のように美しい……まさに、花の魔女か)

そんな魔女がこの村に現れた幸運を、神へと祈りたくなった。