軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後悔先に立たず(浦梅進)

――失敗した。

新年度を迎え、桜もすっかり散ったこの日。

相も変わらず首相の座におさまったままの男、 浦梅(うらめ) 進(すすむ) はこれまたいつも通りに頭を抱えていた。

遡ること約三か月前、柄にもなく使命感に燃えた彼は、感染症に怯える社会に対し「ダンジョンの開放維持」という方針で立ち向かった。当然、行動自粛を呼びかけるその口で探索業を優遇する施策を発表したことは、二枚舌として誹りを受けた。

あの総理は“ダンジョン狂い”になってしまったんだと。

けれど、ほどなくしてマンドラゴラの異常発生が始まった。

もしダンジョンに入る人間を制限していたら事態の解明はもっと遅れていただろうし、「パナケイア」――ヒルタ熱の蔓延を抑える薬が出てくるのも、時を要しただろう。その間にどれだけの犠牲者が出たか分からない。

結果、浦梅は掌返しを受け、先見の明があったと高く評価された。

(何故、私はあんなことを言ってしまったんだ……)

ダンジョンの奇跡に賭ける――浦梅の人生を賭した一世一代の博打は、成功した。

成功してしまった。

自分の心に対し、素直に従った結果ではあるが……。

もしあの瞬間に戻れたなら、浦梅はきっと激しく己を止めただろう。

馬鹿なことは止めろ、大人しくしていろ。そうすれば今頃、有事の対処に後手を踏んだ総理として、その手腕を疑問視され、ほんのり引退ムードが醸し出されていたはずなんだ。

こんな――こんな――

(この書類は……うん、まだ期限があるな。それよりも……)

紙の山に埋もれることもなかったはずなのに。

第一、時代はペーパーレスのはずだろう、何て時代錯誤な職場なんだ――と、もはや見るもの全てに怒りが湧いてくる。

それでも投げ出さない当たり、生来の小心さが滲み出ていた。

「む、これは迷宮祭の……」

ふと手に取った書類に踊る文字。

確か、ダンジョン大臣・ 都木坂(ときさか) 一鉄(いってつ) 肝いりの行事だったはずだ。式典には浦梅も参加するよう求められている。当日までに、官僚が作成してくれたスピーチ原稿を覚えなくてはならない。

つくづく、仕事が山積みで嫌になる。

(確か探索業のイメージアップを図るテーマソングを依頼した、と言っていたな。私にはよく分からんが……)

都木坂とは別の若い議員が顔を紅潮させ、「凄いタイアップですよ!」と何やらアーティストの名前を挙げていたが、カラオケの 十八番(オハコ) と言えば演歌な浦梅からすると糠に釘だった。

何でも、迷宮祭にシークレットゲストとして来てくれるらしい。

「はぁ……」

思い出すと、自分が時代遅れの化石人間であるかのような気がして溜め息が漏れた。

あるいは息子夫婦なら、その有名アーティストとやらも誰だか分かるだろうか。

と、家族に思いを馳せた時だった。

――ピロン。

スマートフォンから通知の音が鳴る。

見れば、ちょうど義理の娘からで、メッセージと共に写真が送られてきていた。今日は孫が通う小学校で交流会があり、軽い劇をやったのだという。写真には、新しいクラスメイトたちと一緒に笑顔を浮かべる孫の姿が映っていた。

「……ふ」

それはある意味、浦梅が守った光景で。

もし感染症との戦いに負けていたら――こんな風に誰もが笑って、肩を組み合える世界にはなっていなかったはずだ。

予定が流れ、孫も沈鬱な表情で自宅にいたろう。

(まぁ、なんだ)

今日も妻が持たせてくれたとびきりの愛妻弁当を取り出し、添えられた孫のメッセージカードに目を細めて小さく笑う。

「この仕事も、そう悪くはない…………のかもしれないな」

柄にもなくそんな言葉を漏らした時だった。

ドタドタと部屋の外から足音が聞こえてきたのは。

姿を見なくとも誰だか分かる。

どうせ第一声は――

「総理ィーーーーッ!!」

日本は他国と比べダンジョンの攻略が速い。それはつまり、手広く階層を探索出来るということであり、他よりも多くのマンドラゴラを収穫することが出来た。僅かに生まれた余剰分を回してくれという要請は枚挙に暇がなく、また、前人未到の第二十一層から採れる素材についても情報を開示せよと圧力がかかっていた。

要するに浦梅の胃が痛くなることは確定で。

予想に違わず執務室に飛び込んできた都木坂の顔を見て、腹を抑える。

(……前言撤回だ)

一体、今度はどんな厄介ごとを持ってきたのか。

分からないが、浦梅の心はいつでも一つ。

(誰か、誰でもいい! 頼むから! 今すぐ、この椅子から私を解放してくれえええええ……!!)

日本国第105代総理大臣・浦梅進。

押しも押されぬ時の人。

彼の支持率はつい先日、歴代最高記録を更新したとか、していないとか――