軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天使さま、立ち上がる

とっぷり日の暮れた住宅街は、冬らしく虫の音もしないほど静かだ。

きっと雪が降っているのも関係しているんだろう。

俺は中華料理屋「宴龍」のカウンター席に座り、外の景色をぼんやり眺めていた。

既に閉店の札が出ているので、客は一人もいない。

垂れ流しのテレビ放送に混ざって、龍二が麺を湯切りする音が響いた。

「あいよ、おまちどおさん」

「ありがとうございます。やっぱり寒い冬はラーメンに限りますね」

「……お前、この間は暑い夏こそラーメンって言ってなかったか?」

「さぁ、記憶にございません」

割り箸を割りつつ適当に答える。

冷めないうちに食べるのが礼儀ってもんだろう。

目の前に置かれた龍二特製のラーメンから湯気が立ち昇り、醤油ベースの甘い匂いに思わず顔が綻ぶ。

おかげで一時、 余(・) 計(・) な(・) こ(・) と(・) を考えずに済んだ。

「ずずっ……」

お、味玉が一個多く入ってる。龍二のやつ、気が利くなぁ。

何だか炒飯も食べたくなってきたけど、こんな時間だし……。いや、半チャーなら許されるか? どうする……? 明日の俺、頑張れるか?

「辛気くせえ面が、ちったぁマシになったな」

「……む」

どうやら内なる欲望が漏れ出ていたらしい。

自分のほっぺたをぐにぐに触って、それから眉を下げる。

「そんなに分かりやすかったですか?」

「俺からすりゃ、お前はアホ面かそれ以外しかねぇよ。今回は後者だな。どうせまた、しょうもないことで悩んでんだろ」

「……これでも巷では神秘的な“天使さま”で通ってるんですが」

「ハ。寝言は寝て言え」

スープの完飲は諦めて、器を少し右に避ける。

話すべきか、話すまいか。トントンと指でカウンターを叩き、迷った末、結局は口を開いていた。

「救えるのに救わないのは……どうなのかなって」

「あぁ?」

「ヒルタ熱のことです。今流行りの」

昨今、あらゆるメディアで話題を席巻している新型の感染症。

日本に限った話で言うと、このままでは国民の十人に一人はかかる計算になるらしい。インフルエンザのように高熱が長く出て、場合によっては死に至る。もちろん、運が悪ければだが。

「都会じゃ流行ってるみたいだけどなぁ」

それでも龍二がどこか他人事のように言うのは、流行っているといっても、あくまで人口密集地に限った話だからだ。

まだこんな田舎――と自分の故郷を卑下するのもあれだが――には届いていない。

「遅かれ早かれ、ここにも来ますよ」

「マジか。まぁ前ん時もそうだったしなぁ。またテイクアウトメニュー考えねぇと……。んで、何が問題なんだよ? まさか、かかるのが怖いなんて言わねぇよな」

「それこそまさか。ただ、その……」

ゼル爺に聞いたところによると、ハーヴェンは 霊子(エーテル) を使って無意識に体を変容させているらしい。だから病気にかからないし――正確にはかかったとして即座に治るし――外見年齢も変わらず、永劫の時を生きられる。

さておき、俺が二の句を躊躇ったのは、続きを口にしてしまうと、責任が生まれると思ったからだ。だって、吐いた言葉は二度と戻せない。

「…………私にはこの状況を何とか出来る力があります」

霊子は不可能を可能にする。

神族(ハーヴェン) としての力を振るえば、今こうしている間にも病に苦しんでいる人々を救うことが出来る。

だけどそれは、果ての無い道を歩むのと同じだ。

「私は地球の管理者となるにあたって、初めに一つ、心に決めていたことがあります。それは地球人と適度な距離を取るということです」

「いや、今もこうして飯食いに来てんじゃねぇか」

「……話の腰を折らないでください。そういう一対一のレベルではなく、“地球人”という種族全体に対しての覚悟です」

地球は文明レベル0の未開の星。宇宙全体で見れば、まだまだ赤子だ。それもハイハイすら出来ない。首の座っていない赤ちゃんと一緒だ。

悪意を持って接すれば黒く染まるし、その逆もまたしかり。

「たとえば私が国同士のいざこざに手を突っ込んだとして。どう考えても、私がついた陣営が勝利しますよね。あるいは私が無理やり喧嘩両成敗したとしても、しこりが残る」

「まぁ、そうだろうな」

「あるいは私が先進的な技術を披露して、地球人の幸福を保証したとして――きっと誰も彼もが私の顔色をうかがって生活するようになるでしょう。第一、いつまで面倒を見るんだという話です」

ハーヴェンの生は長い。やろうと思えば俺はこの星に万年王国だって築くことが出来るだろう。ゆくゆく親しい人の死に絶える、この星で。

空しい、裸の王様だ。

俺はそんなことをするために帰ってきたんじゃない。

そんなことがしたくてダンジョンを創ったんじゃない。

「今、ヒルタ熱に苦しんでいる人の元に私が赴いて、病を治してあげたら。沢山沢山、感謝がもらえるでしょう。そうして次に、こう言われるはずです――――あの人も治してあげてください、と」

その“次”は途切れることなく、永遠に続いていく。

「ダンジョンを活性化させるため、ポーションのデモンストレーションをした時とは訳が違います。あれは明確にダンジョンのためという目的があった。互いに利があり、下心があったから成立した“商談”です。慈善事業なんかじゃない。だから今回は安易に手を出すべきじゃない……そう、分かっているのに」

ダンジョンによる地球の開発・発展は気の長い計画だ。文化の向上も一日にしてならない。医療技術だってそう。

だから理解出来てしまう。

このままだと、新薬が発明されるまでに、山のような犠牲者が出ると。

どうしようもなく声が震えた。

「――助けなきゃって」

誰かから称賛されたいとか。

神様気取りで、憐れんでいるとか。

大いなる使命感だとか。

そういうのじゃない。

ただ――みみっちい、ちっぽけな良心が疼くんだ。

「救う力があるのに、見殺しにするのかって思ってしまうんです……」

このまま静観を決め込んだところで、別に誰が非難するわけでもない。

みんな仕方のないことだと流していくだろう。

でも俺の前には今、選択肢が表示されてるんだ。

セーブも出来ないくせに、ゲームみたく選ばせようとしてくる。

しかも選択肢によってルートが変わるおまけつき。

カーソルを上下に動かすうち、俺はすっかり選ぶことが怖くなっていた。

「なんつうか……」

口を引き結び、俯くばかりの俺に対し、龍二はぼりぼりと頭をかきながら、軽い調子で言葉の穂を接いだ。

「本当に馬鹿だよな、お前」

「は……?」

「や、間違った。大馬鹿だな」

心底呆れたという風に、龍二が大きくため息をつく。

慰めを期待していた俺はあてが外れて、眉根を寄せた。

「ありゃあ確か小学校ん時だったかな。お前がさぁ、落とし物の消しゴムを拾って右往左往してたことがあったろ」

「あり……ましたっけ、そんなの」

「あったんだよ。女子のやつだからさ、面と向かって返すのは恥ずかしいだの何だのごちゃごちゃ言いやがって。……今思い出したらムカついてきたな」

「理不尽すぎる」

前も思ったけど、こいつ昔の俺に鬱憤溜めすぎだろ。

よく友達でいてくれたな。

「で、結局どうしたと思う?」

「……あなたに頼んで渡してもらった?」

「惜しい。その頼みを俺が断ったから、お前はその子が教室にいない間に、こっそり筆箱へ消しゴムを紛れ込ませたのさ」

「ああ、なるほど」

今にして思えばしょうもない話だ。普通に面と向かって「落ちてたよ」と渡してやればよかったのに。まぁ俺は奥ゆかしい少年だったからな。うん。

オチがついたところで、結局龍二が何を言いたいのか分からず首を傾げる。

「あの……なんで今、そんな話を?」

「要は同じことだろ。救うとか、救わないとか。そういう 0・100(ゼロヒャク) じゃなくてよ。やりたいんだろ。助けたいんだろ。でも表に出られないんだったら、お前お得意のダンジョンでも何でも使って、バレずにこっそりやりゃいいだろうが。違うか?」

腕を組み、半目になって龍二が言う。

「それとも正攻法じゃなきゃ無理なくらい、その力ってやつぁ大したことがねぇのかよ。 天(・) 使(・) さ(・) ま(・) ?」

分かりやすい挑発だ。

それだけに、ストレートに芯まで響いた。

知らず俺の口は弧を描く。

「……言ってくれますね」

すっかり冷めてしまった器を手に取り、覗き込む。スープの上に脂が固まって泳いでいた。だから 操霊術(エーテリア) で“追い炊き”をしてアツアツの状態に戻すと、一気に口の中へ流し込んでいった。

塩分濃度? カロリー? 知ったことか。

――新型感染症の完治には中級以上のポーションが必要だ。

これはヒルタ熱が特別強力なウィルスだから、ではない。そもそもポーションは体の傷を治すためのもの。肉体を元気にして、その お(・) ま(・) け(・) で病気まで治してしまう。だから弱毒化もしていない新種のウィルスに打ち勝つためには、中級以上のポーションが必要になる。

未だ一部の探索者しか手に入れられない、等級の高いポーションが。

けれど、ファンタジーにおいて回復アイテムがポーションだけとは限らない。

こと病魔を払うためならば、もっと打って付けのものが存在している。

“速報、速報です。日本政府は明日、一月二十日から非常事態宣言を発令し、東京をはじめ感染者数が増加の一途を辿る地域でロックダウンを実施し――なお、ダンジョンについては引き続き開放するとのことで、これから会見を――”

つけっぱなしのテレビから、緊迫感のあるアナウンスが聞こえてきた。

その内容は俺にとって思わぬ追い風で、頼もしい援軍だった。

汁一滴残さず完飲したラーメンの器を意気揚々とカウンターへ置く。

「私はこの星の開拓者で、ダンジョンの管理人。なら、やり様はいくらでもある」

「腹ぁ決まったか?」

「お陰様で、とっておきの秘策が思いつきました。題して――」

翼を広げ、龍二に向かって指を突き出す。

そして目いっぱいに胸を張りながら宣言した。

「“ドキッ! 真冬のマンドラゴラ・大収穫祭”です!!」

まぁ冬じゃない国もあるけど。

今いるのは日本だし、外は雪が降ってるし、いいだろ。

「………… ポ(・) ロ(・) リ(・) はあるのか?」

「ふふ、そんなのあるわけ――」

顎をさすりながら、真剣な表情でボケる親友にツッコミをいれようとした俺は――そこで慌てて踵を返し、回れ右を決め込んだ。

何故ならば。

「……あなた。天使さまに向かって、何セクハラ親父みたいなこと言ってるの」

龍二の奥さんが、アイツの後ろに仁王立ちしていたからだ。

しかも鬼のような形相を浮かべて。

「お前いつから――いやっ、これは男同士の軽い冗談っつーか……!」

「ふぅん。男同士、ねぇ」

「ああ、分かるだろ!?」

「……それ、 杏と仁(あの子たち) の前でも言える?」

「…………はい。すみませんした」

「大体あなたはいつも言葉遣いが――」

すまん、龍二。そんな捨てられた子犬みたいな目をしても、俺はお前を拾ってやれないんだ。別に奥さんが怖いとか、そういうんじゃないぞ。

ただその……うちではオッサンは飼えないから……。

「ごちそうさまでした。代金、ここに置いてきますね」

「おい耕助! もとはと言えばお前のせいだろ!? 加勢し――」

「話は最後まで聞くッ! あ、天使さま、また来てくださいね!」

さて、やらなきゃいけないことが山積みだ。

まずはダンジョンの植生を一時的に書き換えて、マンドラゴラを異常発生させるだろ。本来は中層のモンスターだけど、罠としての役割が強いトラップモンスターだから、本体は虚弱だし、悪辣なモンスター同士のコンビネーションも発生しない。

その後は掲示板やSNSでこっそり採取方法を流して……。

あぁ、リソース使うから一時的に深層を空にするか。

「こんの裏切り者ぉおおおおおおおおおお!」

いやぁ本当に、やることがいっぱいだ。

早く帰らなくちゃな!

……次来るときは奥さんや双子ちゃん用にケーキ買ってくるから、許してくれ。

安らかに眠れ、 我が親友(マイフレンド) ――