軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

珍客万来(三津橋京)

小料理屋「 小都(こと) 」。

料理人兼探索者を営む 三津橋(みつはし) 京(きょう) の店は、街に明かりが灯る頃から賑わいを見せ始める。探索業との兼ね合いで週に四日しか開かないが、開けば小さな店はいつも満席か、それに近い状態を保つほど。

ほんの二月前には考えられなかった光景だ。

それも偏にダンジョン配信と“新メニュー”のお陰だろう。

京のダンジョンにおける 職業(クラス) は〈調理師〉。その特性を生かしてダンジョン内で作り出す料理は、視聴者の心を魅了した。法治国家である以上、モンスター肉やダンジョンで採取できる果物を勝手に出すことは出来ないが、限りなくその味を再現した“探索者飯”は「小都」の看板メニューとなっていた。

小さなテナントを借りた小さな店だから、調理中も客の顔がよく見える。

その距離感が京は嫌いじゃない。

「 函辺(はこべ) さん、これ三番テーブルにお願い」

「はいっス!」

最近この店の求人に応募してくれた高校生の函辺 澪(みお) に配膳を頼む。

すると、とても元気のよい返事が返ってきた。

以前は客足の少なさから一人でも店を回せていたのだが、さすがに手が回らなくなってきてバイトを雇うことにしたのだ。何でも函辺は京の――というより、探索者「ミツキヨ」のファンなのだと言う。

週四日、夜だけの営業とはいえ、全てのシフトを彼女一人で埋めていることから分かる通り、その熱意は本物だった。

(次は……ファングボア風のステーキ、か)

忙しいけれど、今の京は間違いなく充実していた。

それもこれもダンジョンのお陰だと思えば、人生何が起こるか分からない。

そんな風に手を動かしながらも感慨にふけっていた時だった。

カラン、というドアベルの音。京はその軽快な響きに顔を上げ――

「こんばんは、人類。いい夜ですね。二人、空いていますか?」

――入り口に立っていた『天使』の姿に目を剝いた。

喧騒に包まれていた店内が嘘のように静まり返る。

暖色のライトに頭の小冠を輝かせ、じ……と京を見ている天使さま。2本だけ立てられた指は、その背に広がる翼に負けず劣らず白い。傍にぷかぷかと浮かぶ透明なクラゲを引き連れて、とんだ珍客がやって来た。

「て、て、て……天使さまぁ!?」

重たい沈黙に耐え切れず、真っ先に声を上げたのはアルバイトの函辺。ぎりぎり配膳が間に合って、何とかトレイをひっくり返さずにすんだ。

「なん、な、な」

「……満員でしたか?」

「い、いやいや! いけます! 超余裕っス!! ね!? 店長ね!?」

「へ、あ……うん」

勢いに押され、京はついつい頷いてしまう。

それを良いことに函辺が両隣に誰もいないカウンター席を案内した。

天使さまは静かに従って、京の前に行儀よく座る。

その横にクラゲもちょこんと座る――というか乗った。

すかさず函辺がメニューを差し出す。

「注文の前に一つ。店主に相談があります」

琥珀色の目が京を射貫く。

知らず、京はごくりと喉を鳴らした。

「な、なんでしょう……?」

「そう構えないでください。別に取って食べたりしませんよ」

そう言われて緊張が解けたら苦労はしない。

「――コレで一品、作ってみてください」

天使さまがどこからともなく肉塊を取り出して、カウンターに置く。

驚くのも束の間、京は職業柄ついその肉質を確かめようと目を細めた。

(これは……なんだ……?)

一言で言えば、その見た目は『白い肉』だ。正直、そうとしか表現できない。

けれど脂身に包まれているわけでも、膜が張っているわけでもない。

その正体を問うより先に天使さまが口を開く。

「これはワダツミ―― 海龍(シーサーペント) の“身”です。あなた方がダンジョンと呼ぶ試練、その 何処(いずこ) かで出会い、討伐することが出来れば手に入るシロモノ」

少なくとも、京はその名前を聞いて思い当たるモンスターがいない。

となれば東京摩天楼以外に出るのか、あるいは先の階層で出会うのか。

いずれにせよ、天使さまは見たことも聞いたこともない存在を調理しろと言う。

(断る選択肢は……ない、よなぁ)

あまりにもいきなりのことで未だに頭が混乱しているが。

それ以上に、目の前に放り出された『未知の食材』を前にして、京は自分の心がクリスマス前夜の子どもみたいに踊り跳ねるのを自覚していた。きっとまだ誰も扱ったことの無い食材。それに触れられる栄誉を逃してなるものかと。

「……少し端の方を切らせてもらってもいいでしょうか」

「はい。どうぞご随意に」

誰もが固唾を呑んで見守っている。

京は天使さまの許可を得て『白い肉』の端を少しだけ包丁で切り取る。それから鉄板――探索者飯を再現する関係で最近購入した――の上で焼いていく。じゅわぁ……という音とともに立ち昇る、どこか甘い匂い。

天使さま曰く海龍の身だというそれに焼き目がついた頃、京は他の客と同じくカウンターの外で様子を窺っていた函辺を手招きした。

「函辺さん、こっち来て」

「へ。ウ、ウチっスか!?」

鉄板の上から焼き身を持ち上げると脂溜まりが出来ていた。さておき、京は身を二つに切って一つは自分用とし、もう一つを函辺に差し出す。

「食べてみて」

「え、ええー……」

「僕だけだと偏りが出るかもしれないでしょ」

「それなら……まぁ……」

京が思うに、このアルバイトの少女は確かな舌を持っている。熱意はもちろん、その味覚も採用した理由の一つだ。何せ京の料理は基本メニューを除き、どれもクセが強いものばかり。いくら再現とはいえ金銭を払うに値しない品は出せない。

だから公正な舌を持つ第三者の存在は貴重だった。

どちらともなく示し合わせたように海龍の焼き身を口にする。

「ふわぁ……にゃ、にゃんスかこれぇ!?」

「……すごいな、これは」

噛んだ瞬間、旨味がぶわっとあふれ出した。おそらく脂だと思われるが、まるで滋味豊かな海鮮出汁だ。思わず口角が緩みそうになる。函辺などは緩みそう、ではなく緩みきって、ふにゃふにゃになっていた。

(シンプルに塩焼きだけで十分、と言いたいところだけど、そうじゃないよね。この旨味、脂に負けないような強い味付け。意外と弾力――噛み応えがある。一発勝負だからあまり冒険は出来ない。となると……)

パズルのピースを手に持って、あれでもないこれでもないと回すように。ぱちり、ぱちりとはめていき、一つの料理が浮かび上がる。

「函辺さん、耳貸して」

「……? はいっス!」

「――っていう風にしてみようと思うんだけど、どうかな?」

「あ、いい! いいっスね! 賛成、賛成!」

念のため函辺の意見も聞いてみたところ、彼女は両手を上げて万歳のポーズをとった。ならば問題ないだろう。

「お待たせしました、天使さま。この件、謹んでお受けいたします」

「……では、待ちましょう」

そう言って手持無沙汰を慰めるように、クラゲを膝に乗せる天使さま。

とにもかくにも、京の普通でない一日が始まった。

◇ ◇ ◇

探索者の中でいわゆる生産職と呼ばれる人間は、ダンジョンの外でスキルを発動することが出来る。ただし全てではなく、ごく限られたスキルだけだ。その代表格が【 鑑定(アナライズ) 】であり、調理師が食材に使えば賞味期限や適した使い道を教えてくれる。

京は一応自分や函辺の舌だけでなく、この【鑑定】も使って海龍の身を調べようした。だが返ってきた答えは――

レベルが不足していて、情報を閲覧できません。

――というものだった。

初めて見る表示に思わず驚く。どうやら相当深い階層のモンスターらしい。

余計に疑問が発生したが、結局京のやるべきことは変わらない。

ただ鍛えたその腕を振るうのみ。

ちなみに、まずは天使さまよりも先に受けていたオーダーをこなそうとしたのだが、当の客から後で良いと言われてしまい、難題から片付けることになった。

函辺が天使さまと謎のクラゲに今日のお通しを出しているのを尻目に、まず『白い肉』を一口大にぶつ切りしていく。ただし、この時脂身が偏らないよう注意する。肉のような魚のような不思議な塊は、いつも以上に扱いが難しい。

(味付けは……一応二種類用意するか)

先ほど試食した時あまりの旨味に気を取られそうになったが、よくよく口内を探ると若干の生臭さがある。臭み消しとそれに合うタレを考え、二つのボウルに『白い肉』を入れてよく揉み込んでいく。

一つは醤油とニンニクベースのオーソドックスなタレ。

もう一つは塩と山椒をベースにした変化球だ。

「え、撮っていいんスか!? SNSもOK!? マジっスか! 天使さま、太っ腹――あいやお腹のことじゃなくて態度のことであのその」

何やら函辺の声が聞こえるが、集中している京の耳には右から左へ抜けていく。

それから高温の油を用意する傍ら付け合わせの野菜も用意して、タレが十分沁み込むのを待つ。欲を言えばもう5分は漬け込みたいところだが、客を待たせ過ぎないのもプロとして大切なことだ。それに素材自体が十分な旨味を持っている。

だから油が180℃になったのを確認し、その黄金色の海に『白い肉』を投下した。

ジュワァアアア……――パチパチパチ――と軽快な音が鳴り響く。

三々五々、ぽつぽつと話していた客の視線が己に向けられたのが分かった。

京はこの瞬間がたまらなく大好きだ。

果たして天使さまはどうだろう。

(喜んでくれてる……のかな……?)

じ……とフライヤーを見つめる目は感情がないようにも見える。だが何度もこうやって調理場に立ってきた京は、そこに期待が躍っているような気がした。よく見ると、手元のクラゲの触腕を結んだり解いたりしている。

(うん、いい色)

綺麗な狐色に変化した海龍の身を引き上げる。

しっかり油をきって、盛り付ける前に――

「どれ、一口」

念のため、京は一つ摘まんで食べてみた。

万一微妙だった時、後がけのソースを作って何とか誤魔化すために。

けれどそんな心配はまったくの杞憂だった。

「うまっ……! は、はは……なんだこれ……!」

かりっ。衣を噛んだ瞬間、スープかと思うほどの肉汁が溢れ出した。高温で熱されたことにより、ただ焼いたよりも圧倒的に甘みが増している。その甘みは“甘い”というより“旨い”だ。思わず笑みが零れてしまうほどの。

一体何に喩えたらいいだろう。

京は首を捻り、ふと強い視線を感じた。

「…………」

じとり――と穴が開くほど天使さまがこちらを見ている。相変わらず無表情。けれどその時、京には天使さまの心の声が確かに聞こえた気がした。

早くそれを食わせろ、と。

(やべ)

慌てて盛り付けに移る。こんがり揚がった元『白い肉』と付け合わせの野菜を綺麗に飾り付ければ完成だ。

「大変お待たせしました。 海龍(シーサーペント) の唐揚げ・黄金&塩山椒味です!」

弾力のある身に豊かな脂。一度こっきり、冒険は出来ない。

自ずから京が導いたメニューは日本における肉料理の王道――唐揚げだった。

試食を経たことにより自信を持ってカウンターに載せる。

唐揚げと天使さま。およそ似つかわしくない組み合わせであるはずなのに、不思議と絵になるのは何故だろう。動と静。白と黒。あるいはかけ離れたものであるからこそ、並べた時に映えるのかもしれない。

京の疑問を他所に、天使さまが手を合わせる。

「……いただきます」

まず箸を付けたのは黄金味――醤油ベースの方だ。

小さな口に唐揚げが丸々一個放り込まれる。思いのほか豪快な食べ方だ。

果たして、判定やいかに。

「――んん~~~~……!」

小料理屋に一輪の花が咲いた。

大輪の“笑顔”という名の花だ。

天使さまが頬に手を当てキラキラと目を輝かせる。

(……よし!!)

京は思わず心の中でガッツポーズを取っていた。

先ほどまでの澄ました顔が嘘のように、天使さまの表情がへにゃりと崩れている。これで失敗なわけがない。

「フクレ、フクレ! あなたも食べてみてください!」

『レ――主様、一人で食べられます』

「まぁまぁそう言わず、はいどうぞ」

『……む、これはなかなか』

天使さまが差し出した唐揚げを謎のクラゲが触腕で掴む。と思った次の瞬間には唐揚げが消えていた。

(クラゲがしゃべ……!?)

一体何から突っ込めばいいのか。

目を白黒させて京が見つめているのが分かったのだろう。

天使さまはほんの少しだけ頬を赤らめて空咳をついた。

「こほんっ。……見事です、人類」

それはきっと最大級の賛辞で。

だから続く言葉もまた、その延長線上。

「こんなに美味しいものを独り占めしてしまうのは気が引けますね。ですから……今日、この場に居合わせた皆さん。そう、あなた方です。この皿を皆さんに振舞いましょう。店主、いいですね?」

「へ? あ、ええと……」

振舞う、という割には天使さまの目が名残惜しそうに唐揚げを見ているような気もするが。それより考えなければいけないことがある。

(これってモンスター肉なんだよな? それを振舞うってまずくないか?)

調理師法に真っ向から喧嘩を売ってしまいそうだ。

僅かに悩んだ京だったが、

(……まぁ、いいかぁ!)

正直、法律よりも天使さまの方が怖い。

それに天使さまの言う通りこんなに美味しいのだから、沢山の人に食べて欲しいと思ったのだ。何より客の目が言っている。

――俺たちにも食わせろ、と。

だからおずおずと頷いた。

「ハイ! ハイハイ! ウチも食べたいです!」

「俺も俺も!」

「マジか! 今日来て良かった~」

「どんな味がすんのかな!?」

小料理屋「小都」は今夜も賑やかだ。

その明かりを慕って、ぽつりぽつりと人がやって来る。

本日はいつもと少しだけ違うけれど。

結局、京のやることは変わらない。

まずは滞ったままのオーダーから片付けるべく、包丁を手に取った。

――後日、函辺が「小都」のアカウントから投稿した写真と動画は、国内のみならず世界をも震撼させる。元々ダンジョンから採れる未知の資源には注目が集まっていたが、そのほとんどが医療か工業目的。

だからこそ、そこに降って湧いた投稿は人々の根源的な欲求を動かした。

食欲という欲求を。

海龍の唐揚げ。誰もが絶賛する未知の味。何よりも零れる笑顔。

誰もが「食べてみたい」と思ったのだ。

どこに行けばあの肉が食べられるのか?

ダンジョンだ、ダンジョンしかない。

美食家や料理研究家たちは、それまでまったくノーマークだったダンジョンへ熱視線を注ぎ始める。

新たな時代の幕開けが、もうすぐそこまで来ようとしていた――