軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

モヤモヤする!(ハル・ナ)

レグが惑星ハーヴェンを出立して、二週間が経った頃。

レグと同じ「ナ地区」で育った有翼人種のハルは、その日もいつもと変わらず思索にふけっていた。頭を動かすことだけに気を取られ、意味もなく自室の中をぐるぐると彷徨う。まるでケージに入れられたハムスターのようだ。

傍から見れば酷く滑稽な姿。

「収斂進化に則れば、この宇宙にはもっと 霊子(エーテル) を感得できる生命が溢れているはず。なのに、起きていない。何故? 抑制されている? 何に? むしろ、どうして私たちは――そこに意味を求めても――……あいだっ」

気がつけば、ハルは自ら壁に激突していた。

涙目になって額を撫でる。

「あー……またやっちゃったぁ」

こうしたアクシデントはハルにとって日常茶飯事だ。だから、あまり床に物を置かないようにしている。が、さすがに壁は無くせない。

痛みで思考の海から無理やり引き上げられた衝撃に、しばしぽけっとする。

(うーん、煮詰まってきた合図だなぁ)

本当に集中していたら無駄に動き回ったりはしない。

堂々巡りの迷路に行きついてしまった証拠だ。

(外の空気でも吸ってこよー……)

くっと背伸びして、ハルは自室を後にする。

この星では一年中気候が管理されているので、春のような陽気だ。

集合住宅の窓から差し込む日差しがぽかぽかしていて、眠気を誘う。蜂蜜色の光は見ているだけで目がとろんとしてくるほどだ。

何なら軽く昼寝してもいいかもしれない。

ハーヴェンの中には寝る間も惜しんで哲学に勤しむ者もいるが、ハルは性分からか、あまり生き急いでいない。むしろ寝るのは好きな方だ。

それに睡眠不足の頭では思考能力が落ちる。

自室に戻ってもいいが、どこか適当な場所でも見つけて――と歩いていた時のことだった。廊下の向こうから同族が一人、こちらへやってくる。

「やぁハル。ちょうどよかった」

「……ゼル様?」

床に届きそうなほど長い金の髪に、蒼い瞳。

片手を挙げながら気さくに声をかけてきたのは、ゼル・メルだった。

「何か御用でしょうかぁ」

同族とはいえ、自分の何十倍も生きている大先輩だ。

ハルの身に緊張が走る。とてもレグみたいに「ゼル爺」だなんて気安く呼べない。ハルをして心底変わっていると思う友人だが、ことゼル・メルへの態度を目にすると、はらはらしてしまうほどだ。

「そんな硬くならなくてもいいよ。別に獲って食べようってわけじゃないんだから」

ぱたぱたと手を振って、ゼルが言葉の穂を接ぐ。

「頼みというか、宣伝だね」

「宣伝……?」

「そう。君、レグと仲良かったろう。あの子が今何をしてるか、知っているかな?」

そう言われて思い出すのは、つい最近のこと。

外界から戻ってきたレグと玄関でばったり会った。

「未開惑星の開拓にいってると聞きましたぁ」

レグ――同族の中でもひと際風変りなハルの友人。生まれが同じコロニーということもあって、物心ついた時から一緒に育った。

ハルにとってレグは自分の一歩先を進んでくれる人間だった。

遊ぶのも、食べるのも、ぼんやりしがちなハルを引っ張ってくれる友人。

そんな友達の手が、するりと離れたのはいつのことだったか。

確か『天恵』を授かった直後のことだったように思うが、あの頃は膨大な知識に溺れて、今一つ記憶が曖昧だ。まるで森羅万象を知覚したかのような全能感。それが消え失せた時には、もうレグと疎遠になっていた。

顔を合わせれば話さないわけでもないのに、よそよそしい。

だからレグが開拓者なんて突拍子もないことを始めたと聞いた時は、レグらしいなと思った。いつだって、自分の想像もつかない場所を歩いている。そのことにハルは寂しさと、ちょっぴり誇らしさを抱くのだ。

もし運命の分かれ道がほんの少し違ったら。

今でもレグの後ろをついて歩けていたんじゃないかと――

「そういえば、開拓の様子をこの星でも見られるようにしたい……と、言っていたようなー?」

「なんだ、そこまで知ってるなら話は早い。はいコレ」

ゼルがすいすいと指を動かす。

するとその軌道に沿って、宙に光る文字が浮かび上がった。

ハルから見れば鏡文字だが瞬時にその内容を把握する。

「アドレス、ですかぁ? 霊子ネットワークの……」

「うん。後でアクセスしてごらん。レグがどんな風に文明レベルを上げようとしているのか、その一端を垣間見ることが出来るよ」

ゼルが記した文字は消えるどころか、独りでに動いてハルの手首をくるりと囲む。まるでリストバンドのようだ。

「一足先に見させてもらったけど、あの子は本当に面白いことを考えるね」

「面白い……?」

「見れば分かるよ。それじゃあね」

一度瞬きした時には、もう目の前からゼルが消えていた。

一瞬、ハルは 微睡(まどろ) んで夢を見ていたのかと思ったが、手首を見るとしっかり 文字列(アドレス) が巻き付いている。

ちょっとした散歩のつもりだったのに。

(なんだか妙なことになったなぁ……)

先ほどまであった眠気はどこへやら。

ハルは元来た道を早々に引き返すことになったのであった。

◇ ◇ ◇

普段、ハルはあまりネットワークデバイスを利用しない。

知りたい情報は頭の中にあるし、外界の出来事に興味もないからだ。

ただ同族と議論を交わす時に使うことがある。それもログを残したい場合に限り、大体は霊子を介した思念通話で片が付く。

ゼルから渡されたアドレスを読み取らせると、すぐに一つのサイトが表示された。

知識から判断して、ライブ映像を配信するストリーミングサイト。

ひとまず適当なサムネイルを選択する。

羽のない人間たちが、言葉は分からないが談笑しながら歩いている光景。

「霊子で再現した疑似世界……かなぁ」

ハルは一目見て、彼らがいる空間――ダンジョンが霊子で再現されたフィールドであると気がついた。ただ何をやっているかまでは判別できない。

サンプルを増やすため、一気に複数の配信を再生する。

「霊子の使い方を知らない? ああ、だから開拓して……」

流れていくコメントは全て異星語だ。しかし似たような言語に当てはめ、考えれば、一分とかからず翻訳できるようになった。

「ふむぅ。戦わせて、無理やり霊子の何たるかを体に叩きこんでいるんだねぇ。……迂遠じゃない? 何もそんな荒っぽいことしなくてもいい気がするけどなぁ」

それこそ霊子の扱いを教えるなら座学で授けるのが一番手っ取り早い。

何故こんな回りくどい手段を取るのか、ハルには疑問だった。

(まぁレグにはレグの考えがあるんだろうけど……)

果たして、レグの狙いは一体何だろう。

この光景を作り出している友の目的を探るべく、目を光らせる。

――まさか、故郷にファンタジーを持ち込んだら面白そう、という行き当たりばったりな動機とはつゆ知らず。

(うぅん、これのどこが『面白い』んだろうー?)

確かにユニークではある。ハルの頭の中には過去の開拓事例も知識として備わっているから、普通じゃないのは確かだ。

しかし非効率的で、面白いどころか――

「…… ム(・) ズ(・) ム(・) ズ(・) するなぁ」

見ているだけで、ハルは何だか苛ついてきた。

文明レベル0の星。

霊子を扱うどころか、その存在すらも認識していない未開の生命。

知識としては知っている。だがそれは知っているだけだ。

「ああもう、なんでそれが避けられないかなぁ……! うー、無駄に霊子使いすぎだよぉ。ほら、息切れしちゃったぁ」

どうしてこんなことも出来ないのか。

生まれて初めて見せられた未開の人間たちに、ハルの心がざわつく。

自分ならもっと上手くやれるのに、と。

「あぁあ、モヤモヤするぅ……」

背中が痒いのに手が届かない、そんなもどかしさだ。

さすがにハルとて、映像の中の彼らが霊子学の霊の字も修めていないのは分かる。

だから大規模な 操霊術(エーテリア) で敵を駆逐しろ、だなんて言わない。

どこまでのことが出来て、何が出来ないのか、きちんと把握したうえで、もっと上手くやれるだろうと歯噛みしているのだ。

「あーもう、ほらぁ! 言わんこっちゃない!」

今すぐ彼らの前に現れて説教してやりたい気分だ。

そんなハルはふと、自身の言葉を届ける方法があるのに気づく。

いや、気付いてしまったというべきか。

ただの傍観者から干渉者へとランクアップする方法、それは――

「ちゃんと、相手の、攻撃を、見た方が、いいですよ……と」

――コメントを送信すればいい。

一つコメントを送ると、ハルの中にあったモヤモヤが少しだけ軽くなった。

それに気を良くして複数の配信を開いたまま、どんどんコメントを書き込んでいく。

『エネルギーロスひどすぎ。もっと集中して』

『左手に力が入りすぎ。だから切れないんだよ』

『今の避けたいね。君なら見えるから』

『あ、攻撃チャンスだったのに』

ハーヴェン族が幼くして焼き付けられる知識は多岐にわたる。その中には正しい体の動かし方や、連綿と受け継がれてきた武術の知識もあるのだ。だからハルには『正解』が分かっていて、あれこれと口を出す。

もちろんレグ――正規の開拓者に配慮して、 ネ(・) タ(・) バ(・) レ(・) はなしだ。

なるほど、これは面白いかもしれない。

自分が無知蒙昧な人々を啓蒙するのだ。

ハルは衝動に突き動かされるまま『啓示』を積み重ねていくが、その暗い欲望が満たされ続けることはなかった。

「――あ、あれぇ? コメントが、書き込めない……?」

一般的な配信サイトと同じく、レグが作った「D-Live」にも 追放(BAN) 機能が存在する。

配信者が目に余る視聴者をBANして、コメントを書き込めなくしたり、配信そのものを閲覧出来なくさせられるのだ。

気がつけばハルは複数の探索者からBANされ、締め出されていた。

「むうぅ……」

幼いハーヴェン族が外界の悪意に晒されても身を守れるよう。

授けられた無数の知識の中に――『指示コメ』の概念は存在しなかった。

だから、いらないお節介だと分からない。

良いことをしているはずなのに拒絶される。

ハルからしてみればあまりにも不条理な現象だ。

しかしそこでめげるハルではなかった。

「言い方が悪かったのかもしれないなぁ。うん、きっとそう! 次(・) は上手くやるぞぉ」

出禁にされたといっても、まだ両手の指で数えられるくらいだ。

次の獲物を求めてハルはダンジョン配信を漁り始める。

未だかつて感じたことのない使命感に背を押されて、新たな『 指示厨(モンスター) 』が産声を上げようとしていた――

ハーヴェン族は文明として成熟する過程で様々なものを削ぎ落とした。

たとえばそれは性別。男女の別から解放されたハーヴェンは、完全なる個として確立された代わりに生殖機能を失った。

けれどもしかしたら、失って良かったものも存在したのかもしれない……。