軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天使さま、名作ゲーをプレイする

俺の母さんは、テレビゲームを全部「ピコピコ」と呼ぶタイプの人間だった。

一言にゲームといっても、いろんな 機種(ハード) があるし、ソフトも千差万別だ。

けれど、母さんにとってゲームはゲーム。

どんなに取り繕っても、無為な遊びに過ぎなかった。

母さんからしてみれば、ゲームに熱を上げて勉学を疎かにし、ましてや部活さえもさっさと辞めてしまった俺は、さぞ不安の種だったろう。

日に何度小言をもらったか知らない。

一方、親父は中立派だった。

最終的に母さんの肩を持つけれど、俺がゲームをすることについて、とやかく言う方じゃなかった。その代わり、よく田畑に連れていかれた。

農繁期になると朝から仕事させられたもんだ。

当然、休みは一日中ゲームをしていたい俺とはそりが合わなかった。

行きたくないと駄々をこねた回数は数えきれない。

そんなだから、親と喧嘩するなんて日常茶飯事だった。

あの日――山戸耕助としての人生が幕を閉じた日も、そうだった。

テストがあるにもかかわらず、夜遅くまでゲームにふけっていたのを注意され、不貞腐れた俺は、母さんが作ってくれた弁当を「いらない」と断って家を出た。いってきますも言わないで。まさか、それが今生の別れになると思わなかったのだ。

もし地震が起きず、死なずに済んでいたら。

きっと親父にしこたま怒られはずだ。親父は寡黙な人で、家のことにあまり口を出さないけど、食べ物を粗末にすることだけは許してくれなかったから。

一粒のお米には七人の神様が宿っているんだぞ、と何度聞かされたか分からない。

……母さんはあの弁当をどうしただろう。

一人で全部食べたんだろうか。

それとも、地震でそれどころじゃ――

「あ」

画面に浮かぶ「GAME OVER」の文字。

考えるのに没頭しすぎた。

ロゼリア号の食堂で俺は一人苦笑する。

あれから――龍二に写真とサインを渡した後、俺はお古のゲーム機を譲ってもらった。どうせ子どもたちは最新型で遊んでいるし、自分も店が忙しくてあまりゲームに触れていないのだという。そんな扱いならウチの子にしようじゃないか、と引き取ってきたのだ。

で、今日は一日休みにして、意気揚々とゲームをつけたはいいものの……。

ご覧の通り、集中を欠いていた。

「はぁ……」

ため息を零しつつ、リスタートする。

今俺が遊んでいるのは、俺が亡くなった後に発売されたゲームではなく、むしろその逆。昔の作品を収録したアーカイブスだ。龍二のお古には、あいつが買ったゲームがインストールされっぱなしになっていた。

今はカセットじゃなくデータ販売が主流になりつつあるのは知っていたが、ソフトが刺さっていないのに幾つもゲームが内蔵されているのを見ると、ちょっと不思議な気持ちになる。

そんなダウンロードソフトたちを眺めていて、ふと見つけたのだ。

幼少期の頃、難しくてクリアできなかったゲームを。

ジャンルはRPG。戦闘方式は一風変わったコマンドバトル。攻撃をくらうと、HPがスロットリールのように回転して減り始める仕様で、HPが0になるようなダメージをもらっても、リールが回りきる前に回復すれば死なずに済む。

……のだが、そんな仕様、幼い俺には理解できなかった。

何よりゲームの目的――今何をすべきか、次はどこに行くべきかがちんぷんかんぷんで、投げ出してしまったのだ。

それでも「はじめから」を選んでは何度も繰り返し遊んだ。

今ならクリアできるだろうと手を出したのだが、あえなくゲームオーバー。

「どこから……ああ、結構戻されちゃいましたね」

戦い、敗れ、全滅したことによりチェックポイントまで巻き戻されている。

しまったな……。

こんなことならもっと小まめにセーブしとけばよかった。

お金がカツカツだけど、アイテムを補給しておこう。

反省もそこそこに再びゲームを進め、今度は慎重にセーブを――というところで、俺は後ろを振り返った。

「あの、フクレ? どうかしましたか?」

実は先ほどから何回も、フクレが俺の後ろを行ったり来たりしていたのだ。

まぁ自室じゃなく食堂で遊んでいるから、通りかかること自体は不思議じゃない。

だが明らかに頻度がおかしかった。

『アッ。い、いえ、何をされているのかな……と』

果たして、クラゲ型の 妖精種(シルキー) は誤魔化すように触腕をすり合わせた。

じ……と見つめていると、ぷるぷると震え出す。

まるで俺がいじめているみたいになって、たまらず口を開いた。

「ゲームですよ。フクレは遊んだこと……ないですよね。何と言えばいいんでしょう、電子遊戯、ごっごあそび、ロールプレイング……うーん」

ゲームはゲームだ。いざ聞かれると説明に困る。

ましてシルキーには遊びの文化なんてないだろう。

「まぁ、見ていればどんなものか分かりますよ。横、どうぞ」

『ありがとうございます!』

俺は一人でじっくりゲームするのも好きだが、友達と一緒に遊ぶのも好きだ。フクレが俺のことを友達だと思ってくれているかは大いに疑問が残るが……。出来ればフクレにも、ゲームを――俺が好きなものを気に入ってくれると、嬉しい。

そうしたら対戦だって出来るしな。

ともかく愉快な仲間を手に入れ、俺の冒険が再開した。

『なんだか抽象的な世界デスね』

「そうですか?」

『ハイ。カクカクしてます』

「カクカク……」

ひと昔前のゲームだから、画面の中に映るフィールドやキャラクターは全てドットで表現されている。俺はそこに「レトロ」とか「懐かしい」という印象を抱くが、フクレからしてみると少し変わった表現法に見えるようだ。

身も蓋もない感想につい苦笑が零れる。

「世の中には、これがいいんだって人もいるんですよ」

俺は世界観に合ってさえいれば2Dだろうと3Dだろうと何でもいい人間だ。

特にこだわりはない。

「とにかく、進めていきましょう」

『……何故、町のすぐ外に敵性生物が?』

フクレがこてん、と首を傾げる。

何故と聞かれても、そういうものだとしか答えようがない。

「描画されていない事情があるんですよ、たぶん」

ゲームには大抵『お約束』が存在している。

魔王はレベル1の勇者を殺しに来ないし、いかにも乗り越えられそうな段差は登れないし、火は水に弱い。最後の属性相性はたまに裏切ってくることもあるが……。

とにかくそういうイロハを知らないと、不可思議な世界に映るらしい。

どうせ突き詰めたところで面白くなるわけでもなし。

リアル=面白いの方程式は、ことゲームにおいて必ずしも成り立たないのだ。

『ところで、どうしてこの人たちは戦ってるんデスか?』

「…………」

どうしてだっけ。なんか、あれだ。壮大な目的があったような気がする。

たぶん宇宙人の脅威から地球を守るとかそんな感じの。

困った俺はとっておきの切り札を使うことにした。

「……いずれ分かりますよ。いずれ、ね」

正直に言うと、進められるから進んでいるという他ない。

まさかそんな答えを返すわけにもいかないので、意味ありげに微笑してみせると、

『フムム。さすがはレグ様。つまり、自分で考えろということデスか!』

フクレがむん、と触腕に力を籠めた。

……ま、まぶしい。

あまりに純真すぎて直視できない。

「あなたはそのままでいて下さいね」

『?』

一応、自分の名誉のために説明すると、昔はパッケージや説明書まで見ないと主人公の目的が分からないというのはザラにあったのだ。もちろん、雰囲気だけで読み進めてちんぷんかんぷんになるパターンも多々あったが。

進路があれば突っ込むし、モンスターがいれば薙ぎ払う。

大抵それでどうにかなってしまうから、昔の俺は詰んだんだろうな……。

少なくともこのゲームはちゃんと説明があったはずなので、雰囲気で読み進めているうちに理解が曖昧になってしまったのだろう。

それからしばらくの間、フクレは俺の横で観戦し続けていた。

やがて、得心がいったとばかりに触腕を打ち合わせる。

『なるほど、リソース管理が重要なんデスね』

「ええ。戦うメリットが薄ければ逃げるのも手です」

『戦闘に勝利すると、キャラクターが成長し強くなっていく……。なんだかレグ様のつくったダンジョンみたいデス!』

思わずどきりとする。

俺のダンジョンがゲームに似ているのは当たり前だ。むしろゲームにダンジョンを寄せているんだから。

「……さぁ、 強敵(ボス) ですよ」

タイミングよくボスの前に辿り着いて助かった。

どう答えたってボロが出たろうから。

誤魔化すように戦闘に入る。結構シビアなバランスで、技の性能をフクレに解説したりしながら、時に全滅の危機に瀕しながらも何とか立て直して突破する。

思えば子どもの頃の俺は殴る一辺倒で、補助技やアイテムの重要性をあまり理解していなかった。だからクリア出来なかったのかもしれない。

「ふぅ。なかなか歯ごたえのある敵でした」

『あの一撃で倒せて良かったデスね』

「まだ油断してはいけませんよ。町に帰るまでが冒険ですから」

といっても、大抵はショートカットが開いたりするもんだが……お、あったあった。

専用の帰り口から危険地帯を後にし、一息つく。

「よしよし、まずはセーブしませんと」

『セーブ?』

「記録のことです。セーブしておくことで、戦いに負けたり、ゲームを止めたりした時に、その場所・その状況からまた再開出来るんです」

『なるほど、データ保存デスか』

今更だけど、セーブ&ロードっていつから共通言語になったんだろうな。

ゲームによっては「きろく」や「レポート」、「読み込み」だったりするわけで。

そういうゲームを遊んでいても、ついセーブするとか言っちゃうよな……。

「このゲームはこういう風に……家に電話するとセーブ出来るんですよ」

『普通は違うんデスか?』

「セーブ専用のオブジェクトがあったり、いつでもどこでもセーブ出来たり、教会にいかないと出来なかったり、まちまちですね」

最近はどこでもセーブどころか、オートセーブが主流らしいが、前時代のゲーマーである俺からしてみればびっくりだ。まさに技術の進歩といえよう。

一方で、セーブはそのゲームにおける個性の一つでもある。

俺が今プレイしているこのゲームは、いちいちホテルの電話や公衆電話などを見つけて、主人公の家に電話しなければセーブ出来ないのだ。煩わしいと思う反面、それが世界を構成する一要素になっていて、記憶に残る。

「このゲームの主人公は見ての通りまだ子どもです。そんな子どもが外の世界に出て冒険してるんですから、定期的に家族へ連絡することは不思議でないでしょう? その行為をセーブと結びつけることで、プレイヤーも都度そのことを思い出すわけです」

『ワタクシたちは被造物デスから、親子というものについて知識でしか知り得ません。人間というのは、そんなにも個として不安定な生物なのデスか?』

それを言うならハーヴェンだって試験管が親なわけだが……。

一応種として同族全てが家族と言えなくもない。

「まぁ、そうですね。普通の親なら、自分の目の届かない場所に子どもがいってしまうと不安になるでしょうね」

『子どもの側は違う、と?』

「いえ、子どもだって家に帰りたくなることはありますよ。このゲームも、ずばりホームシックという状態異常があるくらいですから」

全ての家族がそうだとは言わない。けれど健全な繋がりがあれば、その糸が途切れそうになった時、誰しも不安を抱くはずだろう。

ゲームに限らず、小説でも大きくなってから読み直すと感じ方が変わるという。

この作品もまた同じかもしれない。

「一見すると、この 電話(セーブ) は母親を安心させるためにやっているように見えます。けれどその実、主人公もまた親の声を聴いて安心してるんですよ」

それは自分の中から自然と出てきた言葉だった。

するりと、何の違和感もなく泳ぎ出てきた。

だと言うのに、はっとする。

『レグ様?』

固まってしまった俺を心配して、フクレが横から見上げてくる。

その頭を撫でながら、気持ちの整理をつけていた。

「――急用を思い出しました。私は少し出かけてきます。留守を頼めますか?」