軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天地神明に誓って(浦梅進)

ダンジョンという荒波に吞まれないよう各国が必死に舵を取るも、船頭多くして座礁しかかっている中で、日本は比較的その波に適応しつつあった。

それでも大なり小なりトラブルがあるわけで。

「――本日までに確認されているダンジョン内での犯罪件数は57件。内38件に未成年が巻き込まれています。あくまでも、判明しているだけで、ですよ! ダンジョンは閉鎖空間です! 事件を未然に防ぐのは難しいでしょう。そんな場所に国民を入れるのは、私はどうかと思いますけどねぇ……。総理、どうお考えですか?」

日本における政の中心地、国会議事堂。

探索者制度がスタートして以来、ここでは毎日のように臨時国会が開かれていた。

新たに立ち上げられたダンジョン省の予算に始まり、探索者制度の是非、ダンジョンから産出される数々の資源を如何に取り扱うか等々。少し前までは考えられなかった単語があちこちを行き交う。

他国と比べてあまりにも性急すぎるダンジョン施策の数々。

それを打ち出した与党に追及の手が休まる暇はない。

今日も今日とて国会では闘争が繰り広げられていた。

「内閣総理大臣」

呼び出しに応じて立ち上がったのは現内閣総理大臣の男、 浦(うら) 梅(め) 進(すすむ) 。

憂鬱を一切隠さず、数か月前と比べて明らかにやせ細った顔をマイクに近づけた。

「えー……ただいまご指摘のありましたダンジョン内での犯罪行為については、探索者にカメラの装着を義務付けて、対応を図っているところであります。カメラを故意に壊した者はその時点で探索者資格を喪失、また犯罪行為に及んだ者も資格を剥奪するよう規定しておりますので、全体のモラルが向上するにつれて件数は減っていくでしょう」

あらかじめ官僚に作成させた答弁書をつらつら読み上げていく。

そこに自分なりの主義主張を盛り込むなんて余計な真似を浦梅はしない。

そんな余裕もないし、意思もないからだ。

「探索者への講習内容も日々変更を加えております。えー……横殴り? についての認識や、ダンジョン内ですれ違った際の声のかけ方など、現場からのフィードバックを受け、改良している次第です」

何しろ浦梅の元に日夜上がってくる報告の数は(浦梅の基準で)常軌を逸している。ただでさえやる気がないのに、魔法だのモンスターだのといった馬鹿げた情報が頭に入るわけがない。

今この瞬間、浦梅の頭にあったのはただ一つの純粋な感情。

(早く帰りたい……)

まさかそんなことを言うわけにもいかず、鬱々と読み上げロボットに徹する。

「私としましても、ダンジョン内で犯罪行為が起きていることは誠に遺憾であり、より強固な防止策を繰り出していけるよう……えー、検討を加速させて参ります」

今月に入ってから何度口にしたか分からない締めの言葉。

自分は後何回、検討を加速させればいいのだろうと浦梅は思う。

(どうせダンジョンがなくても犯罪に手を染める奴は染めるだろうが……頼むから早く帰らせてくれ……)

そんな彼の願いが叶うことはない。

「いつまで検討してるんだー!」

「総理大臣として恥ずかしくないのか!」

「危機感を抱け危機感を!」

「遺憾を示すだけかー!?」

浦梅に対して野次が飛び交う。彼は聞いてないフリをして粛々と腰を下ろしたが、内心は怒りで火を噴きそうだった。

「 磁山(じやま) 次郎くん」

進行に従って、再び質問者の議員が立ち上がる。

彼は浦梅総理を逃がしてなるものかと、初めから烈火の勢いで話し始めた。

「総理のお考えはあまりにも悠長すぎる! 事件は今こうしている間にも起きているかもしれないんですよ! 我々は国民の安全を守る義務がある! そうは思いませんか!?」

すると打ち合わせをしていたかのように、方々で賛同の声が上がる。

「そうだそうだー!」

「ダンジョンは即刻閉鎖しろー!」

「責任を守れー!」

磁山議員はしかつめらしい表情を浮かべていたが、その実、嘲笑をこらえていた。気を良くし、身振り手振りも加えて大げさに話を続ける。

「ダンジョンなどというわけの分からないシロモノに踊らされて、足元がお留守になっているんじゃありませんか? ここは一度ダンジョンを閉じて、冷静に議論すべきかと。ぜひ総理には、国民の声に耳を傾け、賢い選択をとっていただきたい!」

この頃、国会のテレビ中継は高視聴率を記録していた。

磁山議員ももちろんそれを知っていて、自分の雄姿をお茶の間に知らしめるべく声を張っていた。

「内閣総理大臣」

対して浦梅は――

「…………」

――必死に怒りを抑え、無言でマイクを握っていた。

口を閉じていなければ、今頃とても公共の場に流せない言葉を発していたろう。

(この若造が……! 今更ダンジョンを閉じれるわけがないだろうっ、テーマパークじゃないんだぞ! くそ、なんで私がこんな目に……)

こんなはずじゃなかった。

本当ならダンジョンが発生したその日、自分は厄介なこのバトンを他の誰かに押しつけて、悠々と隠居生活を送っていたはずなのに。

思い通りにならない現実に歯ぎしりする浦梅。

もっともそうなったのは自身の大言壮語によるせいなのだが、そんなことはすっかり忘れて、ひたすら怒りの自家発電を行い続ける。

「えー……ダンジョンは、その、低迷する日本経済を打破する鍵でありー……ここふた月、日経平均が上昇し続けていることからも、その効果は歴然……であります。ですから閉鎖ではなく、共存をー……」

浦梅は怒りで声が震えないよう必死に原稿を読み進める。

気の利いた返しも思いつかない彼が取れる手段は、ただ心を無にしてこの場を乗り切ることだけだった。

そんな総理を覇気なしと見て、野次も一層加熱していく。

「国民の安全より金かー!?」

「逃げるなー!」

「ちゃんと答えろー!」

「恥ずかしくないのかー!」

野次を飛ばす議員たちは皆、高を括っていた。どうせ何を言ったところで浦梅が言い返してくることはないだろうと。実際、総理大臣になってから、彼が国会で舌鋒鋭く振舞ったことなどない。いつも標的にされては、のらりくらりと問題を引き延ばしていた。

だから今回も様式美のように浦梅というサンドバッグを叩いていたのだが。

その手ごたえがどうも普段と違うことに、ストレスを発散して気持ちよくなっている彼らは気がつくことができなかった。

(この、サル山のサルどもが……! 人の話は最後まで聞けと習わなかったのか!?)

積み重なる執務。与え続けられるストレス。意図せぬ重圧。

そうしたものに晒され続けた浦梅の精神がついに限界を迎えようとしていた。

(もう限界だ、もう無理だ! 今度こそ辞めてやる、辞めてやるぞ……!)

毎夜少ない睡眠時間を削って妄想し続けた「かっこいい辞職方法」が浦梅の脳裏に呼び起こされる。

ただ逃げ出すのでは駄目だ。せっかく得た家族からの尊敬を失ってしまう。

やはりここは「挑戦したけれど駄目だった」のパターンで行こう。

そう決めて浦梅は目を閉じ、右腕を上げた。

突然の奇行に議場が静まり返る。その空白へすかさず言葉が差し込まれた。

「確かに、現在のダンジョンは開かれていると言い難い。通信ができない以上、中で何が行われても私たちはそれを事後報告という形でしか受けることができません。その環境が犯罪を助長させているのでしょう」

ある意味それは敗北宣言のようなものだ。

歯切れ悪くお茶に濁そうとしていた先ほどの態度とあまりに違い過ぎて、野党だけでなく与党からもざわめきが起こる。

「それでも私はダンジョンが今の日本に必要なものだと信じています。だから今ここに、宣言いたします」

浦梅が目を開け、議場を右から左まで見渡す。

それから彼は人差し指を一本立て、それを見せつけるように前へ出した。

「一週間です」

野次はない。誰もが次の言葉を、固唾を呑んで見守っている。

「これから一週間で、ダンジョンが今より開かれたものになるよう……全力を尽くします。もしその結果が振るわなければ――」

ここだ、と浦梅は思った。

議員人生で一度は言ってみたいと思っていたフレーズ。

それを解き放つなら今ここしかない。

なんだか三か月前にも似たようなことを考えた気がして、一抹の不安がよぎったものの、一度走り出してしまった以上もう止まれなかった。

「――私は全ての責任を取って議員を辞職し、政界を去ります」

水を打ったような静寂は、すぐさま喧騒に変わった。

怒号や困惑の声に包まれながら、浦梅は一人じんとした痺れに体を任せる。

既に彼の頭の中には、困難に挑戦するも叶わず勇退する自分の姿が描かれていた。

(まぁ適当にダンジョンを視察して、それっぽいことを言っておけばいいだろう)

そんな皮算用が果たして通用するのか。

それは神のみぞ知る……。

ただ一つ。しばらく地球を留守にしていた天使さまが、ちょうどこの日帰って来たことを、彼は知る由もなかった。