軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天使さま、舌鼓を打つ

都心から少し外れたベッドタウン。再開発が進む一方で、時代に取り残され寂れていく一方の商店街がある。シャッター通りと呼ぶべきその場所に、俺とフクレは小型転移装置を使って降り立っていた。

『なんだか静かなところデスね』

思わずフクレがそう言ってしまうくらい人気がない。

夕暮れ時なのに点燈もしないネオンの数々が、かつての栄華を感じさせる。

「この方がゆっくり出来ていいでしょう?」

今、俺たちは透明化していない。普通に姿を晒して通りに立っている。

どうやったって注文して食べる時には姿を見せないといけないし……。

それに騒ぎになったところで、どうとでも出来る自負があった。

「さぁさぁ、目的地はあの店です……よ……?」

シャッターが居並ぶ中で、ぽつんと明かりがついている。

「招福軒」という看板を掲げたその店に足を向けた俺たちだったが、そこから言い争いの声が聞こえてきたため、足を止めた。

ハーヴェンは聴力にも優れているので、つい聞き耳を立ててしまう。

「いい加減こんな店畳んじまいなさいよ。意地張ってるのはあんただけさ」

「……客じゃないんなら帰んな」

「アッハッハ! こんな寂れた店に客なんて……あら失礼、奥に一人いたのね」

「営業の邪魔だ」

「こーんな星1のとこに来るなんてよっぽどアンテナが低いのねぇ」

「誰のせいだと……」

うーん、困った。俺はラーメンを食いに来ただけなのに、そんな雰囲気じゃなさそうだ。でも営業はしているらしいので、思い切って暖簾をくぐった。

「こんにちは、大将さん。やってますか」

小ぢんまりとした店舗の中には三人の人間がいた。

一人は店主だろう。老年の男性でカウンターの中にいる。あとは入ってすぐのところにスーツ姿の女性がいて、奥の座敷にも大学生くらいの青年が座っている。

「へいらっしゃ――」

「あらめずら――」

店主とスーツの女性が口をぽかんと開く。

面倒くさいことになる前に、俺は指を2本立てて聞いた。

「二人です。空いてますか?」

「え、あ、ああ……」

「だそうです。ほらフクレ、あそこに座りましょう」

カウンター席にフクレを座らせ……というか乗せ、その横に自分も腰かける。

「ちょ、ちょっとあなた――むぐ!?」

スーツの女性が俺に話しかけて来ようとしたが、明らかに店員じゃなかったので、操霊術を使って無理やり黙らせた。といっても口を開けないようにしただけだが。

悪いけど今日はオフなんだ。

静かになったところで頭上に吊るされたメニューを眺める。

『レグ様、何を頼めばいいのかわかりません』

「それじゃあ私のを分けてあげますよ。そうですねぇ……大将さん、濃厚しょうゆ一つお願いします。あ、トッピングは出来ますか?」

「……言ってくれれば」

「では海苔と味玉追加でお願いします」

「あ、あいよ……?」

困惑しつつも、店主は注文を受け取ってくれた。

突然人外がやって来たのにも関わらず調理に入るのは、さすがプロだと思う。

俺だけだったらぎりぎり仮装に見えなくもないが。

――――カシャ。

シャッター音がして目をやると、スーツの女がスマートフォンを弄っていた。

顔を紅潮させてせわしなく指を動かしている。

「肖像権の侵害ですよ」

そう言って俺は女に人差し指を突き立てると同時に、彼女のスマートフォンをショートさせ、さらに内部データを全て消し飛ばした。ついで回れ右させ、外に押し出す。

……ふぅ。これで平和が訪れた。

店内はBGMもなく静かだが、くつくつ煮える鍋の音を聞くだけでも楽しい。

実に17年ぶりに食べる好物を前に俺は鼻歌を鳴らしていた。

『レグ様、変な臭いがします』

「ああ大丈夫。頼んだのは違う方ですから」

フクレが言っているのは豚骨の方だろう。豚骨としょうゆ、迷ったけれどフクレも食べるならまだ後者かなと思ったのだ。

ちなみにこの店、レビューサイトを見ると軒並み星1なのだが、レビュー内容が味やサービスと関係なかったりして、要は物凄く荒らされていた。

遡るとまともなレビューもあって、それを信用して来た次第だ。

そのせいで客入りが少なそう、というのも選んだ理由ではある。

「……へいお待ち」

それから大して待つこともなく、眼前に一杯のラーメンが置かれた。

思わず覗き込む俺の顔に湯気が当たり、銀の髪を揺らす。

褐色の海に沈む黄金色の麺。具はシンプルにメンマ、チャーシュー、ネギ。そこにトッピングしてもらった味玉が浮かび、それらを海苔が取り囲んでいる。

フクレも興味深そうに器とその中身を覗き込んでいた。

「すみません、取り皿ももらえますか」

「……あいよ」

今すぐにでも飛びつきたくなる衝動を抑え、フクレ用の器を出してもらう。

ちょこちょこと麺、スープ、具材を移動させてから、ようやく手を合わせた。

「いただきます」

箸を割り、れんげと共に器の中へ。

さぁ食べ……食べ……髪が邪魔だな!

こっそり操霊術で動かないように固定しておこう……。

――うん!

麺だけでなくスープも救い上げて一気に頬張ると、がつんとした旨味がやってきた。

たまらず二口目、三口目と運んでいく。箸休めにメンマを齧って、今度はチャーシューへ。薄口に切られた肉は程よいお楽しみだ。ラーメン全体の味をぼかさないようにしつつも、肉の甘みを感じさせてくれる。

味玉のこってりした黄味。これがまた最高なんだ。

俺は七部熟ぐらいが好みでこれは半熟なんだが、美味い!

と、夢中になって食べながらも、隣のフクレに目をやると。

『塩分と脂質の塊……』

俺がより分けた器の中に触腕を入れて固まっていた。

シルキーは食事の必要がない。霊子さえあれば存在できる。ただ一部愛玩用に作成されたという歴史もあって、きちんと味覚が存在する。

フクレの場合、食べ物を触腕から啜る……というか取り込んで、体内で分解する。その時に成分も分かるので、たった一杯に隠された 罪(ギルティ) の量に気付き、驚愕しているのだろう。

そういえば、ハーヴェンって太るのか……?

今まで考えたこともなかった。

「スープ……」

器に残された罪の根源。その全てを平らげたいという衝動に駆られる。

残すのはもったいないし、食べきるのがマナーだろう。うん。

「大将さん、ライスください。あと海苔追加で」

しかしさすがの俺もスープだけ飲むなんて暴挙は犯さない。

ここはライスと海苔でスープの塩味を中和しよう!

炭水化物が増えてカロリーもアップしているような気がするが……。

この後の自分が頑張って消費してくれる、はず。

「はふぅ……。ごちそうさまでした」

『店主よ。珍味であった』

……フクレってこんな喋り方だっけ?

まぁいいや、今はお腹いっぱいであんまり考え事をしたくない。

俺は満足して腹をさすった。

「綺麗に食べてくれてありがとう。美味しかったかい?」

心なしか最初よりも緊張が取れた様子の店主に、俺は屈託のない笑顔を浮かべて答えた。

「ええ、とっても」

かき入れ時のこの時間に俺たち以外客が一人しかいないということは、相当経営が苦しいはず。けれど出てきたラーメンは妥協がなく、心底真面目だった。

注文してからの速度を考えれば、俺のために特別に用意した一杯というわけでもあるまい。廃棄を考えるともったいないが、何かこだわりがあるんだろう。

……さて、問題はここからだ。

はっきり言おう。今の俺たちは無一文である。

より正確に言えば日本円を持っていない。

しかし俺は神族のレグ・ナ。そんじょそこらの異星人とはわけが違うのだ。

「そんなわけで、これはお礼です」

店主に向かってパチリと指を鳴らす。

同時に霊子を操って、ガチガチに固まっていたその体を揉み解した。

「ちょっと体を動かしてみてもらえますか」

「お、おお……? 腕が上がる!? 腰が痛くない……!」

サイレント施術、成功だ。

どさくさに紛れて俺は席を立つと、フクレを連れて颯爽と出口へ歩いていった。

そのまま暖簾をくぐって一息つく。

……よし、上手いこと誤魔化せたな。そう思ったのも束の間、

「あ、あのぉ」

背後から声をかけられ、飛び上がりそうになるのを抑えて、ぎぎぎ……と振り返る。

そこには眼鏡をかけた青年が立っていた。確か、奥の座敷に座ってたやつか。

「……何か?」

「しゃ、写真撮ってもいいでしょうひゃっ」

一瞬何のことか分からなかったが、すぐに俺を撮りたいのだと気付いた。

まったく、美少女は辛いな……。

さっきのスーツの人は許可もなく撮影してきたから『お仕置き』したが、こうしてちゃんと許可を取ってくれるならやぶさかでもない。

「構いませんよ」

ツーショットか? ツーショットがいいのか? それはちょっと事務所を通してもらわないとなぁ……。

「ありがとうございます! ありがとうございます! じゃ、じゃあ暖簾の下辺りに立っていただいて……あ、はい、そんな感じです。撮りますねー!」

あれ、君は映らないの、あそう、そういう感じ……。

当てが外れた俺は、黙ってフクレを手繰り寄せると胸に抱いた。それからスマートフォンのカメラレンズに体を向ける。

少し遅れて、フラッシュとともにシャッター音が鳴り響いた。

「あの俺っ、ラーメンレビューとかやってて、その、この店美味いのに客が来なくて、だからえっと……宣伝に使いたくて……」

なるほど。黙って使えばいいのに正直に話すところが抜けているというか、善良というか。まぁこの店が不味かったら断るところだが。

「大将さんに聞いて問題なかったら、いいですよ。ただし――」

念のため、釘を刺しておこう。

「――嘘を書いたら分かりますからね」

「ひゃい! それはもちろん!」

それから蝶番みたいに体を折ってぺこぺこ頭を下げる青年と、慌てて出てきた店主――幸い代金の話はされなかった――に見送られて、俺たちはシャッター街を去っていった。

いろいろあったが、まぁ食べたいものが食べられたので満足だ。

『レグ様、もう屋根はありませんし飛んでもいいのでは』

「馬鹿いっちゃいけませんよ、フクレ。いいですか、歩くんです。さっき食べた分を消化してから帰るんですよ……!」

なお、10分で飽きて帰った。