作品タイトル不明
天使さま、追い炊きする
スープまで飲み切って、空になったラーメンの器。
その縁から箸が転がってコロコロと音を立てる。
「はぁー……」
俺は思いだしたように息を吐いた。
長い、一本うどんくらいはありそうなロングトーンで。
そうしないと、この強張った体がほぐれない気がしたのだ。
昼食時、俺は大抵ロゼリア号の食堂で腹を満たす。今日は、というか今日も袋麺にしようと思って、鼻歌交じりに準備し、どんぶりをテーブルへ運んだ。それからご飯のお供に、テレビよろしくダンジョン配信を点けたまでは良かった。
問題は、その配信でちょっとしたハプニングが起きたことだ。
「間一髪、間に合いましたね」
画面の中、生きるか死ぬかの瀬戸際を乗り越えた探索者たちが、互いに喜び合っている。若干一名だけ魂が抜けたような顔をしているが……。まぁ、あんな激戦の後だ。精魂尽き果てたんだろう。
『――レグ様』
不意に、俺の胸の中で声がした。
「あっ」
『そろそろ離していただけると……』
「ごめんなさい。苦しかったですよね?」
『イエ、お気になさらず』
解放されて、ぽよんと宙へ逃げるクラゲ型のシルキー。
そういえば、途中からフクレを膝に乗せたまま鑑賞していたんだった。
掃除の合間に通りかかって、ちょうどいいから掴まえたのだ。
緊迫するシーンの連続で、つい強く抱き締めすぎてしまったけど、幸い跡がついたりはしていない。良かった。俺の胸は荒涼たる地平線だからな。あやうく、大切な相棒をゴリゴリと摺りおろしてしまうところだった。……うん。
「本当にごめんなさい。最近気づいたのですが、私はどうも集中すると周りが見えなくなる性質のようで。次からちゃんと、クッションでも用意しますね」
『……必要ありません』
「え、ですが――」
『ワタクシのボディは、そんじょそこらの緩衝材を遥かに凌駕する柔軟性と手触りデス。クッション如きに後塵を拝するワケには参りません。どうぞこれからも、遠慮なくお使いください』
フクレにしては珍しい、やけに有無を言わせぬ口調だった。
よく分からないけど何がしかの矜持があるらしい。
「そ、そうですか」
本人がいいって言うなら、まぁいいか……?
『こちら、お下げしておきますね』
「あ、はい。ありがとうございます」
食べ終わったどんぶりをトレーに載せて、フクレが調理場の方へ消える。
俺はそれを見送ってから、流しっぱなしの配信に目を戻した。
――大阪ダンジョン、2F。
視点主は「ミーちゃん」という名前のアイドルだ。いや……歌手だっけ。まぁ肩書はどうでもいい。彼女がダンジョンに初挑戦するという記事を見かけ、興味を引かれた。別に俺はミーちゃん何某のファンじゃないから、あくまで管理者の責務として。
俺は普段ダンジョン関連のニュースを、ロゼリア号に積んだ電算機で自動 調査(クロール) させている。その結果ピックアップしてもらった記事の中で、気になるトピックがあれば摘まむって形だな。今回の配信もそう。
日本のダンジョン庁が一枚噛んで、世間的にも有名な人物が探索に挑むとあれば、見ないわけにはいかない。言うなれば、オンラインゲームで規模の大きいユーザーイベントを覗きに行く GM(ゲームマスター) みたいなもんだな。
分かりにくい? ならええと、あれだ。
空き地を貸したはいいけど、念のため、そこで何をやってるか見ておこう……的な。別に好きにしてくれて構わないんだけど、地主として一応気になるよねという類の話だ。
で。最初はいかにも初心者って感じのミーちゃんさんが、経験者パーティーに質問しつつ、良い雰囲気で配信ができていたんだ。知ってる人からすれば退屈な内容かもしれないけど、ダンジョン入門としてはちょうどいい。
ところが二層の中腹あたりを過ぎたところで、運の悪いことに 罠(トラップ) を踏んでしまった。
「……よもや、あんなデスコンボが成立しようとは」
落とし穴で落ちた先。
ミーちゃんさんを待っていたのは、百体を越えるスライムだった。
一応、管理者として言い訳させてもらうと、あれは完全に事故だ。不幸と不幸が噛み合った結果なのだ。第二層といえば、まだまだチュートリアル段階。それなのに、ワンミスしたら終わりになるようなトラップを置くわけがない。
まずもって、ダンジョンの罠は固定でなく、一定周期で置き換わること。
加えて行き止まりには、どうしてもモンスターが滞留しやすいこと。
この二つが悪魔的合体を起こし、あの事故が発生してしまった。
落とし穴の位置がもう少し違う場所にあったら。
システムに検知され、モンスター詰まりが解消されていたら。
そもそも遭遇戦に巻き込まれていなかったら。
何か一つでも違えば、彼女は怖い目にあうこともなかったろう。
ダンジョンマスターとして、多少申し訳なく思いつつ。
「生還おめでとうございます……と」
ミーちゃんさんの配信へコメントを書き込み、お見舞金ならぬ 侘び銭(おひねり) を送っておく。もちろん一般視聴者のフリをして。こんなところで身バレしたら、しょうもなさすぎるからな。
ちなみに、俺はダンジョンの構造をいつでも確認出来るから、ミーちゃんさんがどこに落ちたかもすぐ分かった。それで慌てて「フラワーガーデン」の配信を開き、居場所を発信したりもした。
たくさんの悲鳴の中で、俺のナビゲートが拾われるかは完全に賭けだったが……。良くも悪くもマイナーパーティーなのが幸いした。ミーちゃんさん本人と比べて、護衛の「フラワーガーデン」の配信は、コメント速度が比較的緩やかだったのだ。
おかげで情報通な視聴者Aとして、さり気なく潜り込むことが出来た。
「一時はどうなることかと思いましたが、もう大丈夫そうですね。危うく、ダンジョンがこわーい場所だと喧伝されてしまうところでした」
見た限り、ミーちゃんさんの配信は最大で十万人ちょっとの 同時接続(しちょうりつ) を記録していた。しかもコンソールで確認する限り、そのほとんどがユニークアクセス――「D-live」を初めて閲覧する人間だ。
つまり普段の利用者と客層が違う。
探索者がモンスターに倒される絵面に対し、耐性を持っていない。
管理者として、ゲームマスターとして、特定の探索者だけを贔屓し、ドロップを良くしたりモンスターを弱くしたり……なんてことは断じてする気のない俺だが、ズルにならない範囲なら手を貸したっていいだろう。
それに――なんだかんだ、ミーちゃんさんたちが助かったのは、本人が最後まで諦めなかったからだ。もうどうしようもないと、さっさと 死(リスポーン) を選択していたら、助けるも何もない。
それは、何だかとても尊いことのように思えて。
「…………」
言葉が出ない。
俺からすればダンジョンは作り物だけど、そこに挑む 探索者(プレイヤー) たちは本気なんだと、生きているんだと実感する。今までだって、何度となく味わってきた。久しぶりに充足感が満ち満ちる。
きっと今日の配信も、迷宮史の一頁に刻まれることだろう。
「――と。いけない、そろそろ仕事に戻らなくては」
万事無事に済んだんだから、いい加減配信は閉じてしまおう。
そう考えて、おもむろに立ち上がった時。
「……?」
やけにコメントの流れが止まらないことに気がついた。
そりゃ奇跡の生還劇と言っても良いから、勢いが良いのは分かる。それでも大分時間が経ったし、未だ劣らず盛況な理由はなんだろう。見た感じ、普通に脱出しようとしているだけに映る。
何か面白いことでも――
『ミーちゃん先輩、ずっとついていきやす!!』
『それにしてもカッコよかったよなぁ』
『俺、あなたの歌で泣きそうになりました!』
『よもやミーちゃんの中に“猛虎”が眠っていたとは……』
『ミーちゃん“さん”、な?』
――ははぁ、なるほど。
みんな余韻に浸ってるんだな。
ちょうど名作を鑑賞した後、誰かと語り合いたくなるようなもんか。
分かるよ、その気持ち……。
最新作だと難しいけど、つい名場面集とか見返したくなるよな。
初見では気付かなかった伏線があったり、分かったうえでしみじみ良いなぁと思ったり。そんなトキメキを探索者、引いてはダンジョンに感じてくれたなら、管理者の俺としても嬉しい限りだ。
特にミーちゃんさんはキャラクター性があるし、懲りずに是非また挑戦して欲しい……と……。
「……これ、切り抜きチャンスでは?」
そう、そうだよ。
これだけインパクトのある内容だったら悪くない!
過去の名シーン、あるいは迷シーンの切り抜きも、生成器にかけてちょこちょこ作っていた。後は何時出すかだけが問題だったんだけど、ミーちゃんさんの配信を鏑矢に切り抜きサービスを実装すれば、もしかしたら……。
何も無しで始めるより、話題を呼べるかもしれない。
ミーちゃんさんは本来、探索者じゃない。
普通にダンジョンの外で活動している人だ。
だからこそ、探索者には持てない 導線(ライン) を持っている。
彼女の配信、あるいは切り抜きから「D-Live」を覗いた人が、もし他のコンテンツも見てみようと思った時、星の如くある長時間アーカイブではなく、見やすく編集された面白い切り抜きが並んでいれば、ハマってくれる可能性だってあるはずだ。
「CM作戦の甲斐あって、最近また『ダンジョンブーム』が起きていると聞きますし」
チャンスというのは閃きと一緒だ。
浮かんだ瞬間掴まえなくちゃ、すぐどこかへ行ってしまう。
だから手を伸ばすことにした。
「――好機到来、ですか」
唇に指を当て、誰にともなく言う。
まぁ俺のやることなんて、最初だけ恣意的に切り抜きを上げて、後はもうプログラムに任せるだけなんだけど。
スタートはあくまで俺がやんなくちゃいけないからな。
「これが更なる発展の一助となりますよう……」
時々思う。
たまに、本当にたまになんだけど、俺は時代の風――とでも言うべきものに背中を押されているような、そんな感覚を覚える時がある。
俺のやることなすことが、妙にカチリと噛み合うというか。
もしその風を吹かせている人がいるならば、いつかお礼を言いたいもんだ。
もちろんいればの話……だけどな。