軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誰が為に剣を振るう・下(ジード)

間違いなく致命傷を与えたはずだ。

振るった刃は、探索者の胸部を防具ごと切り裂いた。その証拠に、飛び散った血潮が周囲を赤く染めている。

だというのに。

(――空気が変わった)

今、 小鬼種(ゴブリン) 族の剣士ジードに折れた剣を向ける〈見習い勇者〉は、二本の足でしかと立っていた。どう考えても死に体で、往生際が悪いとしか思えない。ただ剣士としての肌勘が、油断するなと告げてくる。

ジードは本人にしか分からないほど微かに、目を細めた。

(追い込まれた獣ほど、その真価を見せるという。苦し紛れの抵抗か、あるいは)

確かめるため、小手調べに袈裟斬りを繰り出す。

先ほどまでは打ち合いこそすれ、一方的に押し勝ってきたが。

「ふッ……!」

『……ほお』

器用にも、折れた剣の根元で受け止められる。どころか軽く押し返されてしまった。すぐさま拮抗状態へ移行していく。鍔迫り合いの最中、ジードは相手の眼を覗きこんでみた。己と似ても似つかない漆黒の瞳は、擦れず、真っすぐにジードを睨みつけてくる。

知らず口の端が緩んだ。

『面白い。そうでなくては』

ジードがこれまで斬り捨ててきた探索者は、ほとんどが与えられた力を無為に振り回すだけの木偶の坊だった。スキルに身を任せて、お手本のような動作を繰り返す。一度見れば対処は容易で、欠伸が出るほどだ。

バ(・) ラ(・) ン(・) ス(・) 調(・) 整(・) の名の下に 神(レグ) から能力を制限されてなお、容易かった。

だからこそ、その輪から外れた強者たちの存在は強く記憶に残っている。

たとえば「池袋ハンターズ」なる一党の長、彼はジードに最も肉薄した人間だ。その戦闘スタイルがスキルにあまり頼らない、独特のものだったため、隙を突くのに少しだけ苦慮した。しかし悲しいかな、その本領は明らかに『統率者』だった。

あ(・) れ(・) は集団戦の中でこそ真価を発揮する戦士だろう。

結局、ジードに傷をつけられた者は未だ一人もいない。

そこへ来て、眼前の〈見習い勇者〉だ。

「……【 焦火点燈(アイバーン) 】」

『膂力が上がったな。だが、それがどうした?』

「押し、切る……ッ!」

どうやら追い込まれるほどに効果を発揮するスキルらしい。気がつけば、ジードは僅かに後方へ押し戻されていた。

痛みに耐える青年もまた、比較的、スキルに操られない人間の一人だ。

あくまで相対的な評価だが。

補助スキルを中心に力を底上げし、自分の意思で刃を振るっている。

ゆえに、その切っ先に『迷い』が見えた時、ジードは己の勝ちを確信したのだ。

それがどうしたことだろう。

『力押しでは俺に勝てんぞ』

剛剣から柔剣に。

ジードが腕を折り畳み、柳のように刃を滑らせる。巧みな往なしで、〈見習い勇者〉の上体が崩れた。そのまま手首を返し、最小限の動きで剣を振るう。全てが一呼吸の中に完結した美しい技だ。

対し、手負いの勇者は、

「がぁあああああああ――ッ!」

咆哮と共に、破れかぶれの剣戟を繰り出していた。

無理な体勢ゆえ、傷口が広がり、生暖かい血がジードの頬にまで飛ぶ。

ぴり、とした緊張がこめかみに走った。

ジードは己の直感を――危機意識を信じ、後ろへ飛びのく。

結果から言えば、それが正解だった。

『ぬぅ……!』

互いの剣がぶつかりあった瞬間、生まれた衝撃はジードの臓腑を揺らすほどのものだった。万力の力で十歩以上の距離を弾かれる。もし先んじて体を浮かしていなかったら、地面に多少めり込んでいたかもしれない。

そう思うくらいの一撃。

当然、そんなものを放って相手も無事なはずがない。

肉の裂ける音が聞こえ。

(……さながら、猛火だな)

血だまりの上に立ってなお、より一層強まり、燃え上がる輝き。

一体、何が彼をそこまで駆り立てるのか。

きっかけは、そう。ジードにとって異種族の少女が、青年へ声をかけてから。あの瞬間、間違いなく何かが変わった。おそらくジードに与り知らない関係性や、絆のようなものがあるのだろう。

部外者からでも見て取れる強い結びつきは、美しく。

あまりにも綺麗なせいで、否応なく、己の過去を想起させた。

――黴の生えた、つまらない人間。

それがジード・ラ・スタレイの抱く自己認識だ。

彼は古くから続く 小鬼種(ゴブリン) 族の軍家に生まれ、幼い頃より立派な戦士となるべく育てられてきた。ともすれば、ペンより先に剣を握っていたほどだ。訓練は苛烈を極め、それが当たり前の日常だったから、特別苦だとも感じなかった。

違和感に気づいたのは、軍人として長じてから。

現代の小鬼種は大して武を尊ばない。むしろ、野蛮だと忌み嫌う者の方が多いかもしれない。腰の剣は自由の証と言うけれど、種族が奴隷制から解放されたのは大昔の話だ。名も知らぬ先祖たちの苦労など知ったことか。

日進月歩を繰り返す小鬼種の社会は、良くも悪くも個人主義が進み、連綿と受け継がれてきたものよりも、今を取る時代になっていた。

何もかも、全てが消えてしまったわけじゃない。

街中を歩けばまだ剣術道場が建っているし、帯剣するゴブリンだっている。けれどその数は年々減り、ジードが修めたシンクレア流のような主要流派を除いて、傍系は担い手がおらず、ひっそりと消え行く定めにあった。

ジードは文明の過渡期に産み落とされた己が、古い俗習によって塗り固められた、時代遅れの存在だと知ったのである。

ただし彼にとって幸いだったのは、軍が未だに剣の修練を推奨していたことだ。その目的は実用でなく、もっぱら精神修養のためだったが、少なくとも軍社会にいれば、ジードは一廉の人間として尊重された。

軍人として流されるように生きること、しばらく。

ジードへ同じ旧家から縁談が舞い込んだ。両親は大層喜び、本人の同意なく話が進められていった。何せ女っ気のない息子のことだ。この機会を逃せばもう二度とチャンスが巡ってこないかもしれないからと。ジード自身、このままの人生で良いのかという迷いもあり、強く反対出来ないでいた。

見合いの席に現れた女は、貞淑そうで、気が弱く、いかにも深窓の令嬢といった具合で。両家に勧められるまま、自然と 夫婦(めおと) になっていた。

ほどなくして女児が生まれたが、ジードは剣に生きてきた男だ。子育て、まして女子の扱いなどさっぱり分からない。だから自分に出来ることをしようと、仕事に精を出し、軍での出世を目指していった。

そうしてある時、久しぶりに家へ帰ると――待っていたのは絶縁状だった。

旅装に着替えた妻と子を見た時、ジードは驚きもなくそれを見ている自分に気がつく。家庭を顧みない男に、来るべき時が来たのだと思った。せめて潔く受け入れようと、離婚届にサインした時の彼女の言葉が忘れられない。

『ああ、やっぱり。 つ(・) ま(・) ら(・) な(・) い(・) 人(・) 』

その瞬間、本当に全てが終わってしまったのだと知った。

ジードがより一層軍務へのめり込むようになったのは、言うまでもない。ただし、それまでは出世を意識して 書類仕事(デスクワーク) も受け入れていたが、一転して現場ばかり希望するようになり、多くの一兵卒から「おやっさん」と慕われる道を選んだ。

部下たちが育ちざかりの我が子の話を持ち出す時、ジードは一見厳めしい面をして、興味のないフリをしているが、その実、心の中では孫のことでも聞くように喜ぶ。

もはや彼に家族などなく、強いて言えば軍が家族だった。

どうせ自分のような古臭く、黴の生えた『つまらない』人間は、それくらいしか生きる方法がないのだからと――

誰が為に剣を振るう。

その問いは、自分にも跳ね返ってくる命題だ。

ジードが剣を取るのは己のため。

自分の生き方が間違っていないと証明するためだ。強さを求めた果てに何かがあると信じている。たとえ時代が剣術などもう過去のものだと訴えても、彼は、彼だけはそれを認めるわけにはいかない。

かつて開祖・剣神エルダが至った境地。 霊子(エーテル) をその剣で切り裂く絶技を身に着ければ、あるいはという思いがある。愚かにも 神(レグ) に挑んだのは、その端緒を掴みたかったからだ。

一方で、これ以上鍛えたとしても、剣を振るう場所など無いジレンマ。

そこに、ダンジョンへの誘いが降って湧いた。

「ぜっ……はっ……!」

痛みを堪えるように、浅く息を吐く〈見習い勇者〉。

彼の振るう刃に、先ほどまで表出していた『迷い』はない。ひたすら真っすぐな剣筋で、ジードを打ち倒さんとしている。

斬り結んで理解した。その剣は他者のため。ジードのそれと大きく異なる。出来ればもっと見極めたい。しかし限界は近かった。いくら奮ってみせたところで、傷を治せるわけじゃない。やせ我慢もここらが潮時だろう。

だから終わらせてやるため、下段に構えて息を吸った。

『異郷の剣士よ。先の言葉を取り消そう。折れてなお、お前の刃には魂が宿っている。だから俺も……今の俺に許された全力を持って、屠ると誓う』

「負け、ない……俺は……俺は――」

『続きはその剣で語ってみせろッ!』

ゴブリンの剣術は実戦に基づいた型もさることながら、操霊具を用いた肉体強化の精度にも重きを置いている。ただ速く、ただ力強くするのではなく、理想の一太刀を放つために効率的な運用が出来てはじめて、一人前と認められるのだ。

土塊を蹴とばし進出したジードの腕には、既に足先から伝わる力が宿って、高速の斬り上げへと繋がっていく。

「……!」

迎え撃った探索者の剣は、やはり重い。

同時に呆れるほど愚直だ。剣士の意地として、僅かに真正面から打ち破りたくなるも、今のジードは大きく 能力(レベル) を制限されている。力と力のぶつけ合いは得策じゃない。だから当初の予定通り、搦手を用いることにした。

(―― 夢幻(ゆめまぼろし) の如く為り)

押すと見せかけ、退きながら細かく 足捌き(ステップ) を刻む。

その間、上体は一切ぶらさない。それによって、あたかも動いていないかのように錯覚させるのだ。近くにいるほど幻惑され、距離感が狂わされる歩法。先ほど〈見習い勇者〉が盛大に攻撃を空ぶったのも、この技術によるものだ。

(折れてさえいなければ)

猛炎を纏った剣が虚像を切り裂く。

もし先の攻防で青年の剣が破損していなければ、あるいはジードへ届いたかもしれないが、と冷徹に見極める瞳に――

「が、あ゛あああああああああッ!!」

――燦然と輝く一振りの刃が映った。

それは止め処ない想いの形。

捧げられた勇気に 霊子(エーテル) が応え、深紅の切っ先を生み出す。

本来届かないはずだった距離は気がつけば埋められていた。

全てを焼き尽くす剣が迫る。

だが、しかし。

『……見事』

奇跡は簡単に起きないから奇跡と呼ぶのだ。

常に数手先を読む 剣鬼(ジード) には 付(・) け(・) 焼(・) 刃(・) など通用しない。驚きこそしたものの、冷静に受けが間に合う。膝を落とし、衝撃を逃がした後に全身で刃を跳ね上げた。かぁん、と〈見習い勇者〉の手から剣が弾き飛ばされる。

そのまま、一閃。

胴を断ち切るつもりで振り抜いていた。

「あ……が……」

先の傷と合わせ、これで十字傷だ。いかに霊子の力で頑強になったとしても、人体の構造までは変えられない。もはや体のどこを動かしても崩れて終わりだろう。そう思いはしても、慣習として残心する。

鋭く見据えた先、探索者は未だ膝をついていなかった。

「…………ま……だ……」

ジードは呆れ半分、声を出す。

『不死身か? まさか首を落とすまで動くとでも――』

そうして構えを変えようとしてから気づく。

眼前の剣士が、ぴくりとも動かなくなったことに。彼は立ったまま気絶していたのだ。最後の言葉も、恐らくうわ言のようなものだろう。あっぱれと言うべきか、意地っ張りと言うべきか。

いずれにしても大したものだと考えて、

『……?』

ふと、頬を触った。

指に伝わる僅かな水気。見れば、指先が赤く汚れている。他ならないジード自身の血液によって。すぐに斬られていたのだと理解した。

といっても、薄皮一枚なぞられただけだが。

『……く、はは。ははははは!』

ジードは思わず哄笑していた。

見極めに失敗した、とは思わない。あの瞬間、自分は完璧に対応してみせた。相手のリーチも、威力も、力の流れも、全て見抜いたからこそ、こうして勝者として立っている。だからこそ可笑しいのだ。

たとえ微かでも、負うはずのない傷をつけられたことが。

(本当に……あの方の傍にいると、予想も出来ないことばかり起きるな)

試合に勝って勝負に負けた、とはこういう状態を言うのかもしれない。

一頻り笑い終わってから、ジードは残された少女へ目線をやった。

『おい』

「……次は、わたし、です、か」

『勘違いするな。挑まれない限り、俺は斬らんよ。それに……一太刀入れられるまで。そういう「約束」なのでな。つまるところ、 お(・) 前(・) た(・) ち(・) の勝ちだ』

ジードが腰元をまさぐる。

そこには彼の愛剣とは別に、もう一本剣がぶら下がっていた。事前にレグから下賜されていた一振りだ。朱塗りの鞘に納められたそれを、剣帯ごと取り外す。そうして少女に向かい放り投げた。

「わっ、え……え?」

『報酬だ。持っていけ。ああ、それと』

ここまでは決められた流れの通り。ジードに傷一つでもつけられたら 試練(クエスト) は 達成(クリア) とすること。そう仰せつかっている。剣を渡すのも規定通りだ。

ゆえに、この先は〈小鬼の剣聖〉としてではなく。

ジード・ラ・スタレイという名の 小鬼種(ゴブリン) として口にする。

『そいつが起きたら伝えておけ――その剣は、預けるだけだ。いつかもっと腕を上げたら、その時は、負けた借りごと返しにこい……とな』

たとえダンジョンに場を移したところで、自分という人間が変わるわけじゃない。彼は依然として、黴の生えた古臭い、無味乾燥な男のままだ。しかし、その事実を受け入れたうえで、まだ進むことは出来る。

果たして、自分とまったく違う剣の道を歩む青年が、何処へ行きつくのか。その答えを知るのはずっと先になるだろう。叶うならば、また見たいものだ。

『そうそう、もう一つ。……あまり 同族(ゴブリン) を苛めてくれるなよ』

肩を揺らし、ジードがにやりと笑った。

やがて、その姿は薄らいでいき、消え去ってしまう。

後にはただ、帰還用の転移陣だけが残されていた。