軽量なろうリーダー

妹と婚約者が相思相愛になったので

作者: ごろごろみかん。

本文

「僕はアリアを愛している。だけど、僕はきみと結婚するから……心配しなくていいよ」

「それは……」

→お気の毒に

→なぜそれを私に言ったんですか?

……と、前世やっていた乙女ゲームさながらの選択肢が頭に思い浮かんだ。

その時、私は思い出した。

これが二度目の人生だということを。

そして、私の人生そのものを客観的に見てしまった。

今まで大人だな、と思って素敵に見えていた婚約者のヴィクター。

婚約者のヴィクターは、二十二歳だ。

異母妹のアリアは十六歳。

瞬時に得た感想は、

(二十二歳と十六歳……高一と大四。アリアはついこの前まで十五歳だった)

は、犯罪……!と、つい前世の感覚で思ってしまったのは、まあ、仕方ないことだと思うのだ。

突然のことで混乱していたと思って欲しい。

(今まで大人だな、素敵だな、私も隣に立てるようなひとになりたいと思っていた……!!)

のに!!

(六個も下の未成年にガチ恋したのねと思った瞬間、好意が無に帰してしまった……!!)

いわゆる蛙化である。

理解はしているのだ。

……ここは、そういう世界だと。

私の名前はメリア・アネスト。

年齢は十八歳。

どうやら二度目の人生は、ヨーロッパを彷彿とさせる異世界のようだった。この国は王政を敷いていて、身分に厳しい。

生まれた時に婚約を結ぶのだってこの国ではよくあることだし、アリアとヴィクターの年齢差もまあ……よくある話だ。だからおかしいのは、前世の感覚を思い出してしまった私。

沈黙している私を見てどう受けとったのか、ヴィクターが悩ましげに言った。

「僕は……きみと結婚しなければならない」

→重荷みたいな発言やめてくれません?

→私もあなたと結婚なんかしたくないです

またしても最悪の選択肢が頭に浮上する。

いやいや、どちらも言ってはならないだろう。

相手は王族で、王太子だ。

私は青い顔のまま黙り込んだ。

ざあ、と良い感じに風が吹く。

雲が流れ、彼の顔に影を落とす。

柔らかな春風に靡かれて、彼の銀髪が揺れた。

悲恋風味なシチュエーションやめてほしい。

私も、風にあおられて自由にダンスを踊る桃色の髪を抑えた。

ヴィクターは思い詰めた顔で私を見た。

「僕の心はアリアにある。……だけど、結婚するのは、きみだよ」

→それを聞いて私はどう返答すれば?

→わーいやったー!

「…………」

私は何も答えられなかった。

いや、伝えていい答えを持っていなかったとも言える。

邸に帰れば、ハッとしたようにアリアが走って駆け寄ってくる。

「お姉様!……その、ヴィクターから、聞いた?」

(……いつからファーストネームで呼ぶようになっていたのかしら)

心細そうな目でアリアが私を見てくる。

その時、異母弟のロビンが階段を降りて玄関ホールにやってきた。

ロビンとアリアと私は、全員母親が違う。

ロビンは黒髪、アリアは茶髪、私は桃色の髪をしている。

血統を維持するために妻を複数持つのも、この国ではよくあることだ。

ロビンが首を傾げてアリアに尋ねた。

彼のひとつに括った長い髪が揺れる。

「何の話?」

「ロビン……その、私……ヴィクターと」

「【ヴィクター】?王太子殿下のこと?敬称もなく呼ぶのは不敬だよ」

ロビンに窘められ、アリアが震える。

それに、私は肩を竦めた。

(困ったことになったわね)

半分しか血は繋がっていないとはいえ、妹は可愛い。

ヴィクターは……。

ヴィクターも、妹を大事にしてくれるのなら構わない。

私のヴィクターに対する想いは、彼の話を聞いた時点で存在しないものになっていた。

無。無である。

しかし、どうしてこうも──

「ごめんなさい!お姉様……!!」

泣き崩れるアリアを見て、私は額に手を当てた。

(どうしてこうも、ふたり揃って悲劇に酔ってるのよ……!!)

十六歳という年齢を鑑みて、まあ……アリアはギリギリ許そう。

だけどヴィクター。お前はダメだ。

年齢もそうだし、立場も考慮して物事を考えて欲しい。

私に申告するのが誠実さだと思ったら間違いですからね??

こうして、私は悲恋に酔った恋人たちにより、強制的に負けヒロインの座に据えられたのだった。

だけど──

「ごめんなさい、ヴィクター……!私、ほかに好きな人が出来てしまったの!!」

王家主催の夜会のホールは、盛大などよめきへと包まれた。

アリアが、恋をしたのだ。

ほかのひとに。

それは青天の霹靂もいいところのようで、ヴィクターは目を見開いていた。

相当ショックだったようで、顔面蒼白である。

微かに震える彼に、アリアが顔を覆って泣き出した。

「ごめんなさい、ヴィクター……。ごめんなさい……!!」

公の場で、姉の婚約者に謝る令嬢。

周囲の興味を引かないはずがない。

(我がアネスト公爵家は、魔女の血を引く家系)

古い昔──建国時、初代国王を支えた彼女は死に間際、呪詛を吐いた。

『魔女の娘を、必ず王子の妻にするのだ。さもなければ──』

国が滅ぶだろう、と。

魔女は、初代国王を愛していた。

だけど彼には想い合う相手がいたのだ。

恋に破れた魔女は最後の最後に、王を……いや、国を呪ったのだった。

王家も国民も災難にも程がある。

トバッチリもいいところである。

不穏な魔女の言葉に王は警戒を強め、魔女の家系を滅ぼすことにした。

そういう経緯もあり、しばらくはアネスト家を排斥する動きが見られたそうだが、結果として、魔女の呪いが証明されるだけになった。

この国は災厄に見舞われたのだ。

山の噴火、嵐、蝗害、疫病……。

人々は口々に叫んだ。

魔女の呪いだ、と。

そして、時はめぐり。

何代目かの優秀な王はこれ以上の被害を出さないために、魔女の言葉を受けいれた。

必ず王子には、魔女の家系の娘と婚約させるようにしたのである。

それから五百年もの月日が流れてもなお、そのしきたりは不変だ。

そして、今代【魔女】の力を継承したのが、アネスト公爵家長女の私だった。

魔女は左右色違いのオッドアイを持って生まれる。

アネスト公爵家に生まれるオッドアイの子供はみな、魔女の力を継承して生まれた。

私も同様で、だからこそ、私とヴィクターの婚約は、私が生まれた時に成立したのだ。

ヴィクターには弟がいた。

魔女の最期の言葉は【魔女の娘が王子と結ばれること】。

だから、ヴィクターとの婚約を解消しても、新たに第二王子と婚約を結び直せば魔女の呪いは起きないはずだった。

だけど──

(第二王子殿下は亡くなられた)

今から八年前、攫われてそのまま行方不明に。

そのまま数日がたって、半年がたって、ようやく。

届いたのは、遺髪だったという。

「ア、アリア。待ってくれ。きみは……僕を愛していたんじゃなかったのか!?」

「ごめんなさい、ヴィクター。もう私は、忘れられないの。あのひとのことを……」

「どうして!僕の心はきみにあげると言ったのに!」

「それはお姉さまにあげて!!」

アリアは強気に言った。

(ええ……?今贈られても困るわ……)

都合よく私の名前を出すんじゃない。

そして、周囲はヴィクターとアリアが相思相愛だったことに驚き、戸惑っている。

「そういうわけだから……ごめんあそばせっ!」

「待って、アリア!せめて話を……!」

「いや!触らないで!私に触っていいのはメレクだけなの!!」

「メレク!?誰だよそれは!」

「それは……っ」

腕を掴まれそうになったアリアが、咄嗟に振り払う。その瞬間、顔を強ばらせたヴィクターだったが、次第に顔が赤く染まった。

「僕たちは……運命なんだって言ったじゃないか!」

「あなたの運命はお姉様よ!私じゃない!」

「僕を裏切るのか!?」

「最初にお姉様を裏切ったのはあなただわ!もう私に話しかけないで!」

衆目があるというのに好き放題言う彼らに、私はため息を吐いた。

「止める?姉さん」

その様子を見ていたロビンが私を窺う。

「そうね。ふたりとも頭に血が昇ってるようだし」

ふたりで目配せをして、彼らに近付く。

その時、激昂したヴィクターが手を振りあげた。もはや、周りも見えないらしい。

「なんだと……!?このっアバズレが……!!」

振り上げた腕を掴む。

ヴィクターが驚いたように私を見た。

それに、私は困ったように言った。

「何をなさるのですか?……このような場所で、私の妹に」

「メリ……ア」

「お姉様!!」

途端、絶望に見舞われたヴィクターに、救世主が現れたことに歓喜するアリア。

少し前までふたりはラブラブだったのに。

もはやその様子は、今や見る影もない。

私はそっとまつ毛を伏せた。

(……残念だわ。本当に)

アリアにも、ヴィクターにも。

ふたりなら、この試練を乗り越えられると……そう思っていたからこそ。

夜会が終わり──ヴィクターはひとり、自室で頭を抱えていた。

窓から月明かりが零れる。机の前の椅子に座り、彼は呻いた。

月光と同じ色の髪色が、鱗粉のように煌めいた。

「どうして……どうしてだ!どうして、アリアは……」

(運命、だと思ったんだ)

アリアは魔女の家系、アグネス公爵家の娘だ。

それなら、婚約相手はメリアではなく、アリアだっていいだろう……!!

(アリアと僕は想いあっていた)

それなのに……なぜ。

メレクとは誰だ。

そんな男がアリアに近付いていたなんて知らなだった。そうだ、まずは調べさせよう。

そして、始末するんだ。

その男がいなくなればアリアだってまた僕のところに戻ってくる。

そうしたら、許してやってもいい。

そう思って顔を上げたその時、だった。

扉が叩かれ、応答する間もなく扉が開かれる。あまりに無礼な振る舞いに絶句したが、室内に入ってきた人間を見て、さらにヴィクターは驚いた。

なぜならその相手は……

「ち、父上……」

「ヴィクター。お前は……なんと言うことを」

この国の主である、国王そのひとだったからだ。

「よりにもよって、なぜ、アリアを」

「っ……心に伏せておこうと思っていたのです!ですが、アリアが──」

突然、告白したのだ。

他に想うひとができた、と。

今思えば、確かにあんなに公の場で話すことではなかった。気が動転して思わずアリアに手を挙げそうになってしまったが……。

メリアとロビンに制止されて、ようやく我に返ったのだ。

(メリアは、僕の気持ちを分かってくれている……)

ヴィクターは、メリアのこと も(・) 大事に思っている。

もちろんそれは、仕事上の付き合いとして。

良き同僚……。ヴィクターにとってメリアとは、そんな存在だった。

だから、彼女の存在は有難かった。

アリアへの想いを告白した時、彼女は驚いていたが、受け止めてくれたのだから。

(こんな血が……こんな呪いがなければ)

ヴィクターが歯噛みした時、その場を一喝するような声が響いた。

「そうではない!!」

「!!」

「なぜ、よりにもってアリアなのだ!?……魔女の、異母妹なのだ!」

「なぜ、って……」

「ヴィクター。お前にはまだ、伝えていないことがある。五百年前、魔女に呪われた時の、我が国の話を──」

初代国王が恋に落ちたのは、婚約者──魔女の妹だった。

婚約者は風変わりな瞳をしていて、酷い差別を受けていたという。

それは初代国王も変わらず、国のために尽くした彼女を裏切り、彼女の妹に愛を誓った。

「な……」

思わぬ真実に絶句するヴィクターに、王が嘆く。

「よりによって、なぜ……」

「それ、は……。父上こそ、なぜその話をしてくださらなかったのですか!」

「これを伝えるのは、王太子が子を持ってから、と決まりがあるのだ。……これを伝えることで、下手に意識されては困るからな」

「…………」

「だが……アリアは心変わりをしたのだな。それは良かった。魔女の力を継承するものと、王子が結ばれること。それが、魔女の遺言であり、呪いだ。それを守らなければどうなるか。それは歴史が証明している」

王の、心底そう思っている、とでも言いたげな様子にヴィクターは産毛が立った。

そして、拳を握りしめて怒鳴る。

何もかもが理解不能だった。

「ど……うして、良かったなどと!!父上は、私に愛してもない女を妻にせよというのですか!?」

「それが王族に生まれたものの責務だ」

「っ!」

「そんなことより、お前はこんな時ですら自分を優先するのだな。……残念だ。お前は、王の器ではない」

「な──」

「五百年前の悲劇を繰り返さずにすんで良かったと思いはしないのか。もし、お前が今代の魔女のメリアを裏切ったことが原因で、厄災が起きたら?お前は民に顔向けできるのか?!」

「そもそもが!おかしいのです!こんなのは魔女の逆恨み!!僕がメリアに呪われる謂れはありません!!臣下なら、王族に恭順を示すべきだ!!なぜ僕らが臣下の顔色を窺わなければ──」

その時、強い衝撃がヴィクターを襲った。

気がつけば、頬にじんじんと鈍い痛みと熱が走っていた。視界は天井。

ヴィクターは殴り飛ばされたのだ。

「ち、ちうえ……」

「……見損なったぞ、ヴィクター。お前を王にと考えていた私の目は……節穴だったのやもしれん」

王は、心底失望したような視線をヴィクターに向けると、そのまま踵を返した。

恭しく付き従う近衛騎士が頭を下げ、部屋から誰もいなくなる。

熱と痛みを伴う頬に、ヴィクターは呆気にとられた。

(なぜ……こんなことになった?)

アリアには裏切られ、王には失望され。

騎士たちの前で殴り飛ばされた。

「全部……全部、メリアのせいだ」

そうだ。そもそも彼女がいなければ。

彼女さえ、生まれてこなければ──。

そうすれば、ヴィクターの婚約者はアリアだった。

誰にはばかることなく、アリアに愛を誓うことができたのに……。

「ごほっ」

ひとつ咳をすれば、口内を切ったのか血が滲んだ。それを虚ろな目で見つめ、ヴィクターは呟いた。

「責任を……取らせてやる」

しかし、その翌日。

ヴィクターに届いたのは、メリアが行方不明になったという報せだった。

新聞は、情報に溢れていた。

情報量が多くて、初見なら三回は読み直す必要があるだろう。

【メリア・アネスト失踪!彼女を連れ去ったのは?】

【第二王子殿下の復帰!寄り添うのは、彼を長く看病した村娘】

【王太子殿下が療養。心の病と発表】

【アリア・アネストは修道院に。恋に破れた令嬢の末路】

【第二王子殿下は記憶を失っていた】

【第二王子殿下を手厚く看病したのはアネスト公爵家】

新聞を見ていると、背後から声をかけられた。

「面白いものを見てるね?姉さん」

振り返らずともわかる。

「姉さんはもうやめてほしいわ。だいたい、あなた、私より年上じゃない」

意図せず、不満気な声がこぼれた。

それにも関わらず、彼はくすくす笑う。

新聞をテーブルに放り出して、私は振り返った。

そこには、異母弟……ではない。

第二王子としての姿を取り戻したロビンがいる。

その彼の背後には、大きな窓があり、私の姿を映していた。

ここは王城だ。

窓ガラスには、黒髪黒目の生前の私の姿が映っている。

「……そうだね。今のあなたは、僕の婚約者のアメリだ」

アメリ──雨莉。

私の前世の名前。

(……あの日)

私はそっと、まつ毛を伏せた。

全てが変わるきっかけとなった、あの春の日のことを。

ヴィクターに恋を打ち明けられ。

アリアに涙ながらに罪を告白されたあの日──。

私は、ふたりに信頼のテストを行った。

そうせざるを得ない理由が私にあったのだ。

時は、今から半年前に遡る。

アリアからの涙ながらの告白を受けたあと。

私はお父様に呼び出された。

アリアにつけた侍女から、ヴィクターとの仲を聞いたらしい。

お父様は険しい顔をして、私にうちあけた。

「アリアとヴィクターが恋仲になるのは、非常にまずい」

「どうしてですか?」

「……今から五百年前。初代国王と結ばれたのが、魔女の妹だったからだ」

ええ??

困惑する私に、お父様が言った。

「……魔女の呪いは、【王子とお前が結ばれること】。最悪、こっちは何とかなる。だけど……魔女の異母妹であるアリアと王子が……というのは、認められない」

そこで、だ、と。

お父様は言葉を切った。

「アリアと王太子殿下には、然るべき罰を受けてもらおう」

「ええ?そんなことしなくても……。心配せずとも、私は厄災なんて呼びませんわ。呪おうとも思いませんし」

半分しか血は繋がっていないけれど、私にとって、アリアは可愛い妹だ。彼女が恋人と人目を忍ぶ関係になるというのは、姉として賛成できない。

それに私自身、妹の恋人と結婚するのは素直に嫌だ。

だけど、アリアを憎いとか、思う気持ちはなかった。

それはきっと、ヴィクターへの仄かな想いは既に霧散し、アリアへの気持ちが勝っているからだろう。

私の言葉に、お父様は首を横に振る。

「魔女の呪いがどんな形で今も残っているのか、分かっていないんだ。そもそも呪いそのものがどういうものか、未だに解明されていない」

「……アリアとヴィクターの組み合わせは、魔女の呪いを刺激する可能性がある、と?」

それがどんな形で現れるかも分からない。

だから、リスク回避のためにふたりを引き離すと言ってるのだろうか。

私の言葉にお父様は頷いた。

「そうだ。だから……認められない。国王陛下も、私と同じ意見だ」

「…………」

「念の為、お前の意見も聞いておきたいんだ。今代の魔女はお前だからな」

話を振られて、私は考えた。

アリアは可愛い妹だ。

できることなら、誰にも見とがめられることのない恋愛をして欲しい。

「そう……ですわね。私との婚約を解消して、ヴィクターとアリアが新たに婚約を結び直す、というのは難しいのですね?」

念の為確認をすると、お父様は頷いた。

「ああ。過去の文献を読んだ。あの災禍は、文字通り災厄だ。あんなものがふたたび国に起きたら──この国は深い傷を負い、再起不能になる可能性がある」

リスクがあるから、看過できない。

お父様はそう言いたいのだろう。

これでヴィクターとアリアが離れ離れにされて罰を受けるなら……それは本当に悲劇になる。

ふたりは悲恋に酔っていた様子だけど、本当に悲劇を演じたいわけでもないだろう。

少し考えた私は、

「では」

と、お父様に提案した。

「ふたりに信頼のテストを行いましょう」

「信頼の、テスト?」

「はい。お父様と国王陛下が、ふたりの仲を認めることが難しいと仰る理由は分かりました。ですが私は……ヴィクターはともかく、アリアには幸せになってもらいたいのです」

だから、猶予が欲しかった。

もう少しだけ、見定める時間が欲しかったのだ。

「結果、ふたりが見事乗り越えたら、その時は認めてあげてくださいませんか?それが今代の魔女……私の願いです」

そう伝えて。

そして、その結果は──。

アリアはヴィクター以外の男に心を奪われ、ヴィクターはそんなアリアを許せず、暴力を振るおうとした。

彼らは、テストを乗り越えられなかった。

そして、陛下とお父様はふたりを認めないと決めたのだ。

それが、あの日の真実。

窓の外には鮮やかな青空が広がっている。

この空を、アリアも今、同じように見ているだろうか。

私は、窓を見つめて呟いた。

「……アリアは、いもしない男に心を捧げて神に尽くす道を選んだのね」

アリアは、私が作り出した架空の男、メレクに心を奪われた。

メレクは私が生み出した人形だ。

魔女の力を以てして、作り出したもの。

アリアの好みな外見、好みの性格をしたメレク。

本当に……本当にヴィクターを愛しているなら、心は揺れないはずだった。

だけどあっさり、アリアはメレクに心を奪われてしまった。

メレクがいなくなると、アリアはメレクを探し回った。

だけど探しても探してもメレクは見つからない。私が作った人形なので当然だ。

そして、彼女はついに諦めて、修道院に入ったのだ。メレク以外の男と結婚するつもりはない、と言って。

ヴィクターはそんなアリアを許せず、深い憎悪を募らせているという。

心の病と判断され、辺境で療養中……という名の下、軟禁されている。

「それよりさ、気になることがひとつあって」

物思いに沈んでいると、ロビンが私を見た。

「何かしら?」

「メリアは、どうしてアリアを許せるの?それが僕には理解できない」

「許せる?」

「僕は昔からきみたち姉妹を見てきた。アリアは何でもきみのものを欲しがった。……ヴィクターを好きになったのも、それが理由だよ」

「でも、彼女はメレクを好きになったわ」

「それは……。そうかもしれないけど」

ロビンが歯切れ悪く言う。

それに、私は苦笑した。

「もし本当に……アリアが私のものを欲しいという理由だけでヴィクターを好きになっていたのだとしたら。メレクに恋をしたのは本心、ということなのかしらね?」

それなら、それがアリアの初恋になる。

初めてひとをすきになったこと。

例え相手が人形だったとしても……。

それをアリアは知らないのだから、彼女はメレクを人間だと思っているだろう。

せめて、ひとを好きになった過去は、彼女の中でいい思い出であってほしい……と願うのは、流石に、勝手が過ぎるだろうか。

「……そうだね」

変わらずロビンの顔は浮かない。

どうしたのかしら?

彼を見れば、ロビンが苦笑する。

「いや、きみは本当に優しいなと思って」

「ふふ。私はアリアの姉ですもの。妹を可愛く思うのは、姉の特権みたいなものよ」

「うん、そっか」

そう言って、ロビンが私の額に口付けを落とす。

帰宅の挨拶だ。

彼の長い黒髪が私の頬に軽やかに触れ、くすぐったさを覚えた。

「年下の姉さん。僕はずっとあなたが好きだったよ」

ロビンは優しい笑みを浮かべている。

アリアとヴィクターが決別したあの夜会の後。

お父様からロビンが行方不明の第二王子だと聞いた時は驚いた。

だけどこれは、王家の策だったらしい。

最近、隣国で婚約破棄という非常識極まりないことが多発したらしい。

それに万が一を考えた国王陛下は、ヴィクターが私との婚約を勝手に破棄した時のことを考え、第二王子をアネスト公爵家に置くことにしたのだ。

もしもの時の保険として。

結果、それは有用だった。

ロビンが窓を開けると、春の柔らかな風が吹いてきた。髪がたなびいて、よく慣れ親しんだ黒髪が風に煽られる。

今の私は、第二王子殿下に連れてこられた謎の町娘──。

後見人はお父様、アネスト公爵だ。

国王陛下もこれはご存知で、こういう形で私は魔女の言葉を正しく守っている。

だから、この国に魔女の呪い……災いが降りかかることは無い。

もっとも、魔女の呪いの話は、国民も知るところだけど彼らはそれを本気にしていない。

過去の文献を見て、真実を正しく知っているのは、当事者のアネスト公爵家と王家だけだ。

(今世のメリア・アネストとしての容姿も見慣れているし、気に入ってるけど)

前世の雨莉としての姿も懐かしく、郷愁に駆られる。

一粒で二度美味しい、とはこのことだろうか。

空を見上げると、どこまでも青い空が続いていた。