作品タイトル不明
第15話 推測と配信
『旧王都ジョウ・ココ』にほど近い、野営地。
日が落ちる直前にそこへたどり着いた俺達は、到着を明日の日中に定めてキャンプを設営することにした。
夜間に都市へ入ることに、少しばかり警戒したからだ。
ここに至るまでの三日間、何度か 魔物(モンスター) に遭遇した。
昼に三回、夜に一回。そのいずれもが、異界由来の 魔物(モンスター) で、いよいよ俺達は事態の異常さに眉を顰めることになった。
俺達の感じている異常は二つ。
まず、 魔物(モンスター) について。
比較的安全なはずの街道周辺を 魔物(モンスター) がうろついていることも異常だが、そのいずれもが異界由来であることはもっと異常だ。
事前に調べた 魔物(モンスター) の分布によると、この辺りには 大走鳥(エピオルニス) や 草原狼(グラスランドウルフ) 、それに 巨角鎧獣(ライノコロッサス) なる巨大な 魔物(モンスター) が生息しているはずなのだが、それらを目にはしていない。
俺の個人的な見解になるが、この状況は実質的に〝 溢れ出し(オーバーフロウ) 〟が起こっているように思う。
迷宮(ダンジョン) から這い出したか、フィニスのようにどこからか現れたかはあまり重要ではない。
事実として、 迷宮(ダンジョン) 由来の――いや、『透明な闇』の気配を纏った 魔物(モンスター) が闊歩しているのだから、〝 溢れ出し(オーバーフロウ) 〟の可能性が高い。
同時に、「これほどの事態をどうしてエドライト共和国が放置するのか」という異常も理解できない。
冒険国家と呼ばれるウェルメリア王国でなくとも、 迷宮(ダンジョン) を抱える国であれば〝 溢れ出し(オーバーフロウ) 〟やそれに端を発する〝 大暴走(スタンピード) 〟の恐ろしさは知っているはず。
戒厳令が出ているとはいっても、ここに至る道程で何か対策をしているという感触はなかった。
普通、もっと警戒して然るべきなのに。
いくら『 旧王都(ジョウ・ココ) 』の土地柄に悪感情があったとして、自国内の迷宮災害をこうまで放置するだろうか?
「また考え事ですか? 先生」
シルクの声に、はっとして顔をあげる。
仲間の前ではなるべく長考しないようにと思っていたが、悪い癖がまた出てしまったらしい。
「明日には『 旧王都(ジョウ・ココ) 』ですね」
焚火に太めの枝を投げ込みながら、シルクが隣に腰かける。
「ああ。周辺地域でここまで異常が起きてるんだ。 都市(まち) の中は無事なんだろうか?」
「配信によると小康状態にあるようですが……」
『 旧王都(ジョウ・ココ) 』の状況を配信する一般人もいるので、それを逐次確認しているのだが、平穏というには些か不穏が過ぎる。
基本的には〝塔〟らしき建造物の様子や、魔物が暴れて破壊された場所のレポート配信なのだが、情報らしい情報はつかめていない。
そもそも都市内部に 魔物(モンスター) が現れたということ自体がまずい。
「あれ以来、マリナらしき姿もありませんね」
「それどころか『第七教団』自体が配信に映っていないんだよな」
「もしかして……」
「断定できないけど、この配信をしてる連中もヤツらの関係者である可能性がある」
レインが最初に見つけた配信映像の他に、『 旧王都(ジョウ・ココ) 』の内部を配信した動画は、ほとんどがやけにテンションの高い若者による配信だった。
内容的にも現状を茶化すような配信で、真剣みがない。
あれだけの数の魔物が現れて暴れたのだ、被害はかなり大きかったはず。
だというのに、まるで深刻さの欠片もない配信だけが発信されている。
何か都合の悪いことを誤魔化している……という感じがしないでもない。
「なんだか、嫌な感じがするな。踊らされてるというか、誤魔化されているというか」
「はい、わたくしも同感です。慎重に進むべきだと考えます」
「いざとなったら君とビブリオンを頼りにさせてもらうよ。どうも俺は、調子が出ない」
ポロリと本音が口から漏れる。
「ええ、わたくしもです。マリナがいればと思ってしまいます」
「そうだな。マリナの前向きさが必要だ」
軽く苦笑して、マリナの顔を思い浮かべる。
どんな苦境にあっても太陽のような笑顔で俺達を前向きにさせてくれるマリナは、まさに『クローバー』のムードメーカーだった。
少しばかり直情なところもあったが、それはそれで慎重になりすぎるきらいがある俺にとっては、いい刺激になっていたようにも思う。
だから、俺のそばにいてくれなきゃ困るんだ……などと、子供みたいな事を考えながら、あの映像に映っていた〝塔〟と人影について思い返した。
あれがマリナだと仮定して、どうして『第七教団』と共に行動しているのか。
そもそも、『第七教団』とは何者なのか。
あの〝塔〟の出現と彼らに何の関係があるのか。
そして、あの〝塔〟の出現と異界の 魔物(モンスター) について、どんな関連性があるのか。
「なあ、シルク」
「なんでしょう、先生」
「今から、推測を口にする。考えをまとめるのを手伝ってくれ」
「わかりました」
神妙な顔つきでうなずくシルクに、小さく頷いて俺は口を開く。
「今回の件、あくまで全てを関連付けて考えればだが……『第七教団』なる組織は俺たちが考えているよりもずっと大きいのかもしれない」
「はい、それはわたくしも少し考えていました。秘密結社の類いでしょうか」
エドライト共和国の前身、エドライト王国は古い歴史を持つ国だった。
その可能性はあり得る。
「その秘密結社がエドライト王国時代から存在していたとして、なぜ今になって表舞台に姿を現したか、だよな」
「『世界を変革する』ためでしょ? 自分達で言ってたじゃない」
ジェミーが俺の正面に腰を下ろしながら答える。
「いくらシルクがサブリーダーだからって、アタシも呼んでくれてよくない?」
「すまない。ちょっと考えをまとめるのに手を貸してもらおうと思ってさ」
「じゃあ、なおさら人数は多い方がいいでしょ。それで?」
ジェミーに促され、少しずつ考えをまとめながら疑問を投げかける。
「その世界の変革……あるいは真実とやらと〝塔〟は、関係あると思うか?」
「断言はできませんが、状況的に無関係ではないと思います」
「あたしも同意見。でもさ、〝塔〟――『無色の闇』なんてものを、人の手で好き勝手できるのかしら?」
「そこ、だよな」
それが可能だとして、別の疑問が湧き上がってくる。
つまり「どうして、今なのか」ということだ。
これが本当に連中の仕業だとして、やっていることは 迷宮(ダンジョン) を地上に露出させての人為的な〝 溢れ出し(オーバーフロウ) 〟の誘導。
そんなことが自在に可能だというなら、どうしてこのタイミングなんだ?
「待てよ……」
「どうされました?」
「もしかして、いや……考えすぎかもしれないけど、連中このタイミングを狙っていた? いや、作り出そうとしていた?」
俺の独白に、ジェミーが首をかしげる。
「どういうこと?」
「考えてみると、ちょっと妙なんだよな。サイモンが手にしていた【受肉のメダリオン】や君も持っていた【隠匿の腕輪】みたいな危険な 魔法道具(アーティファクト) がどこから供出されたのか。それを提供した『サラス商会』は大きな商会だったけどだったけど、あんなものを秘密裏に手に入れるのは、かなり難しい」
実際の聞き取りでは闇市場で取引したと白状したそうだが、あれだけの数、あれだけの危険物を、闇市場とはいえ簡単に手に入れることができるのか?
そんな大取引をすれば、どうやっても目立ってしまう。
だというのに、ギルドやベンウッドがいくら調べても入手経路は判然としなかった。
「イルウェン・パールウッドの件もそうだ」
「ええ、そうですね。彼は『世界樹』――〝塔〟と同じ性質を持つ 迷宮(ダンジョン) を活性化させる 魔法道具(アーティファクト) を所持していました。それに、サイサリアが持っていた短剣はサイモン・バークリーが持っていたのと、同じ性質のものでした」
「出どころが一緒ってこと……!?」
驚くジェミーに、頷く。
「その可能性は捨てきれないと思う。それでもって、その目的がこの世界の『底』を揺さぶるためにあらかじめ計画されたものだとしたら?」
「待って。さすがに根拠が希薄過ぎるわ。偶然の一致って可能性もあるじゃない?」
「それもわかってるさ。あくまで、『第七教団』を問題の中心に据えた推測ってだけでね」
だがこの考えなら、今の状況に合致させることはできる。
『無色の闇』や〝塔〟に関わるあれこれを水面下で揺さぶって、現在この世界に蔓延する不安定な環境を『第七教団』が意図的に作り出したとすれば……表舞台に立つのはまさに今このタイミングで間違いない。
【 深淵の扉(アビスゲート) 】を内包する 迷宮(ダンジョン) を、揺さぶりに揺さぶってこの世界の次元境界を希薄にし、〝塔〟を操って『世界の 変革(おわり) 』を成し遂げようとしているのではないか、という推測ができる。
「可能性の一つとして、頭には入れておきましょう。推測が先入観になってしまっては本末転倒ですし」
「そうだな。少し考えすぎかもしれない」
心配そうなシルクに、軽く笑って返す。
俺だって、これが正解だとは思っていない。
こじつけじみた推測に囚われれば、客観的な視点がおろそかになりがちだ。
気をつけないと。
そんな自戒じみた事を考えながらぬるくなったお茶を一口含んだところで、ばたばたと馬車の扉が開く音がした。
裸足のまま寝間着のレインが、焦った表情でこちらに向かって駆けてくる。
焚火に滑り込んでも危ないと判断した俺は、立ち上がってレインを受け止めた。
「どうした、レイン」
「マリナが、いる! 生配信!」
レインが差し出した【タブレット】には、確かに赤髪の少女――マリナが映っていた。