軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

90 事故エリアの内見

祭りが終わって、とある休日。

アルメは早速、エーナとアイデンからもらった情報を元に、南地区の不動産屋へと足を運んでみたのだった。

件の格安エリアは不動産屋から近いそうで、少し話をした後、そのまま見学に行くことになった。

アルメ一人ではなく、ファルクも一緒だ。

アイス屋二号店計画の動き出しとして、ちょっと不動産屋に行ってみる――という話をしたら、ウキウキでついてきてくれた。

その後、事故エリアの話をしたら、途端に真顔になっていたけれど……ひとまず、内見してから意見を交わそうと思う。

不動産屋のおじさんに案内されて、ほどなくして、事故エリアに到着した。

大通りの一等地だ。馬車が行き交い、通行人が多い。歩道も広くて、点々とレンガ仕立ての花壇が並んでいる。

思っていたよりも、ずいぶんと平和な景色が広がっていた。

「あら、素敵な場所ですね……! もっとこう、焦げ跡とか臭いとかが残っているのかと思っていたのですが」

周囲を見回すアルメに、不動産屋は説明を始めた。

「火が上がった中心地は、まだ地面や建物が黒ずんでいたりするのですが。ちょっと外れたこの辺りは、綺麗なものでしょう? でも、まだ周辺の『気』が落ち着いていなくてねぇ。火の気の残り香に誘われて、火の精霊たちが寄ってきているみたいで」

説明を聞いて、アルメはなるほどと頷いた。

この世界には、目には見えない数多の精霊たちがいる。

大きな火が上がった後は、火の『気』に誘われて、火属性の精霊たちが寄ってきてしまうのだ。

同じように、水害の後には水の精霊が集まったり、崖崩れの後には土の精霊が寄って来たりするそう。

そうして同じ属性の精霊たちが寄り集まると、厄介なことが起こる。精霊たちの魔力によって、害が生じるのだ。魔法の火が出たり、水があふれたり……。

要は、同じ系統の事故が起こりやすくなってしまうのである。

水にまつわる災があった土地では、集まった水の精霊によって、また水の災が起きる。崖崩れの起きた場所では、集まった土の精霊たちがはしゃいで、また崖崩れを起こす。

今回の件で言うと、火の上がったエリアでは、また火の事故が起こりやすくなるリスクがある。

「なるほど……それでお安くなっているのですね」

「通常ですと、この辺りは安い賃貸でも月三十万G以上、相場は五十万G前後なのですが……火事の後は、十五万G前後にまで落ちています」

「一等地の物件が、月々半額以下の賃料に……」

アルメはごくりと喉を鳴らした。そのくらいの賃料であれば、手が届かないこともない。けれど事故エリアである……悩むところだ。

ファルクも難しい顔をして、不動産屋に問いかける。

「火の精霊払いは済んでいるのですか?」

「もちろんです。水魔法士を呼んで、このあたり一帯、精霊払いを三度ほど重ねています」

『精霊払い』とは、その名の通り、魔法で精霊を追い払って散らす処置である。火属性の精霊は水属性の魔力を嫌うので、火事の後には水魔法士が呼ばれる。

この事故エリアも水の魔力を流して、火の精霊を払ってあるそう。

「三度もやっているなら、心配なさそうな気がしますが。……でも、目に見えないので難しいですね」

「万が一を考えますと、火魔法の才がある方にはご紹介しにくいですね。属性が一緒だと、せっかく払った精霊たちが喜んで戻ってきてしまいますから……」

「じゃあ、逆に氷魔法士の私にはよさそうですね。火の精霊は私の魔法を嫌うでしょうし」

「あぁ、お客様には氷魔法の才がおありでしたか。それは素晴らしいことです。水と氷の魔法を使える方には、おすすめですね」

アイス作りには火も使うけれど、それ以上に氷魔法に頼ることになる。店内に氷の魔力が満ちていれば、火の精霊たちも逃げていきそうだ。

ファルクも同じことを考えたのか、少し表情をやわらげた。

二人は説明を受けながら通りを歩いていく。通り沿いに並ぶ建物は、やはり火事の影響からかポツポツと空きがある様子。

二か所ほど軽く内見をして、三つ目の物件に移動する。

次に案内された場所には、空き店舗が隣同士で二つ並んでいた。

その建物の前に、一人の男性が立っていた。黒髪に青い目の、精悍な横顔をした男性だ。建物を見て、何か考え込んでいるように見える。

男の姿を見て、ふいにファルクが声を上げた。

「おや! セルジオ様」

「え? ラルトーゼ様!?」

男性はこちらを向き、驚いた顔をした。彼の姿を正面から確認して、アルメも目をまるくした。

(セルジオ様……!? って、アイデンとチャリコットさんの隊の、隊長さんよね!?)

出軍の行進で遠目に見たことはあるが、こうして間近で見るのは初めてだ。

セルジオは街で人気の軍人である。エーナ曰く、爽やかな容姿と真面目な性格で女性ファンを多く獲得しているとか。

思わぬところで有名人に会ってしまった。――なんて、もう一人有名人が隣にいるのだけれど……こちらはカウントしないでおこう。

ファルクは今、変姿の魔法で姿を変えているが、セルジオはこの姿も見知っているらしい。和やかに挨拶の声をかけてきた。

「こんにちは。休日にお会いするのは初めてですね。それもこんな街中で」

「なんとも奇遇ですね」

続いて不動産屋もセルジオに向き合い、挨拶をする。どうやら、彼らも知り合いみたいだ。

「これはこれはセルジオ様。内見をご希望でしたら、お力になりますよ」

「ありがとうございます。今日は辺りを歩き見るだけの予定なので、私のことは気になさらず。また近く、世話になります」

なにやら、セルジオも物件を見てまわっているようだ。ファルクも気になったのか、彼に問いかける。

「セルジオ様も不動産をお探しで?」

「えぇ、身内の手伝いを少々。……休日だというのに、姉に使われてしまって」

セルジオは真面目そうなキリッとした表情をゆるめて苦笑した。

「姉が店を移転するとのことで、物件探しに駆り出されましてね。剣のことしかわからぬ私に、ケーキ屋に適した店を探せと無茶な命令を――っと、失礼しました。先にお連れ様にご挨拶をするべきでしたね。私はシグ・セルジオと申します」

「あ、ええと、申し遅れました。アルメ・ティティーと申します。アイデンとチャリコットさんの友人です。セルジオ様のことは、彼らからお話をお聞きしております。氷魔法を使えるとか」

「あぁ、彼らのご友人でしたか。えぇ、わずかばかりですが、魔法を使えますよ」

そう言うと、セルジオは魔法を使って、手のひらの上に大きな氷の塊を作ってみせた。わずかどころか、これは結構強い魔法だ。

出現した氷を見て、アルメは目をまたたかせた。

自分も両手を出して、同じように魔法を使ってみせる。手のひらの上で、小さな氷の結晶がキラキラと舞った。

「セルジオ様、すごいですね! 私も氷魔法を使えるのですが、空気中から作り出せるのは、こういうごく小さな結晶くらいです。物を凍らせることは、そこそこできるのですが」

「氷魔法士の方と知り合えるとは! 今日は実によい日です。ティティー様の魔法は私の魔法と違って、繊細で美しいですね」

氷魔法はどちらかというと希少な魔法である。めぐり合いに、つい二人ともはしゃいでしまった。

生まれ持っての魔法の才能は、神によって無作為に与えられるものである。親から遺伝はしないし、自分で選ぶこともできないものだ。

なので、使える魔法が一緒だとちょっと盛り上がる。感覚的には、『偶然、誕生日がとても近かった』というような感じだ。

――といっても、アルメは女神に願って、望む魔法を手に入れたので、少々イレギュラーではあるのだけれど。

そうして二人で魔法を見せ合っていると、ファルクが肩に手をまわしてきた。そのままそっと寄せられて、アルメはセルジオの側から離された。

キョトンとしてファルクを見上げてしまったが、彼は素知らぬ顔をしていた。

ファルクはアルメに代わって、セルジオの正面に立つ。

「セルジオ様のお姉様は、ケーキ屋を営まれているのですね」

「はい。姉に魔法の才はありませんが、この通り私が氷魔法を使えますから、南地区のこのエリアでもよいのではないかと悩んでいるところです。私が火の精霊払いをすれば、問題ないかと思いまして。――ラルトーゼ様とティティー様は、どのようなご用事で?」

「俺たちも、セルジオ様のお姉様と似た理由です。店舗とする物件を探しています」

「私はアイス屋をしておりまして、通り沿いに店を出せたらなぁ、と」

会話を聞いて、不動産屋がのほほんと問いかけてきた。

「ラルトーゼ様とティティー様は、お二人でお店を営まれているのですか?」

「え? いえ、ええと」

先ほどからの不動産屋の様子を見るに、彼はファルクのことを白鷹だとは思っていないようだ。

ファルクまでアイス屋だと思われてしまっている。

勘違いを訂正しようとしたが、その前にセルジオが話に乗ってきてしまった。

「お二人で店の経営を? なんと睦まじい。――あ、もしかして、誓いを結んだご関係でしたか!?」

「…………えぇ、まぁ」

一瞬間を空けて、ファルクは肯定した。すかさずアルメがツッコミを入れた。

「えぇ、まぁ――じゃないですよ! 何の誓いも結んでいません。友人です、友人。私のアイス屋に長く通っていただいているので、彼にも意見をうかがえたらと思いまして。内見にお付き合いいただいているんです」

「あぁ、そうでしたか。とんだ勘違いを、申し訳ございません。ふふっ、ラルトーゼ様も冗談をおっしゃるのですね」

セルジオは肩を揺らして笑った。

ファルクはなんだかすねた顔をしている。ムッとしながら、ボソリと低い声を出した。

「……そんなに笑える冗談に聞こえましたか?」

「失礼、あなた様はあまり戯れる印象がなかったもので。隊の兵たちが『ラルトーゼ様の前で冗談を言うと、鬼神のごとき怒りをくらう』というようなことを言っていたので」

「俺はそんなに冗談に厳しくないですよ。そんな話、一体どこから……」

「確かアイデンとか、チャリコットあたりが言っていたような」

「あのお二人……口を縫いつけてやりましょうかね」

ファルクは渋い顔でため息を吐き、眉間を押さえた。

話の締めに、アルメはペラっと言い放つ。

「でも、ファルクさん、怒ると怖いのは確かですよね」

「えっ……ごめんなさい……気を付けます……」

彼は背中を丸めて口をつぐんでしまった。

話に区切りがつき、アルメは改めて不動産屋に向き合う。

「――さて、それじゃあ、こちらの建物も中を見学してみていいですか?」

「はい、もちろんですお客様。ええと、鍵はどれだったかな――」

不動産屋は鞄から鍵の束を取り出して、確認を始めた。

しゅんとしてしまったファルクの背をポンと叩いて、アルメはグイと手を引っ張った。

「ほら、シャキッとしてください。三件目、行きますよ」

「あ、はいっ」

ファルクは言われた通りにシャキッと背筋を伸ばした。

その様子を見て、セルジオはポツリと呟く。

「ティティー様、なんとも気安く、あのラルトーゼ様を操っておいでで……。鷹匠とでも、お呼びするべきだろうか」

仕事中には見たことのない、白鷹のおかしな姿を見てしまって、セルジオはポカンとしてしまった。