軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48 キッチンで考え事を

コラボメニューの提案をした後はコーヒーを飲み終わるまで、ヘストン夫婦と他愛もない話をいくつか楽しんだ。

試作会はこの後、手紙をやり取りして良い日にちを決める。早急にファルクの予定を聞いておかなければ。

そうして店を出た後は、市場で食材を買い込んで帰宅した。

食材といっても、アイスの材料ではなくて自宅のご飯用である。アイス関係の買い物は全て明日にまわす予定だ。

最近何かとバタバタしていたので、今日この後は寝るまでゆっくり過ごそうと思う。

今は夕方を過ぎた頃。

二階自宅のキッチンにて、アルメは買ってきた野菜を切り分けて、ざっと鍋に放り込んだ。

続けて刻んだベーコンも投入する。

今日の夜ご飯は野菜とベーコンのスープと、ナッツ入りのもちもちとした平たいパン。そしてトマトと豆のサラダだ。

ご飯はしっかり食べなさい、との祖母の言葉を守って、アルメは毎食それなりにご飯を作っている。

なんてことない家庭料理しか作らないので、料理の腕は微妙なところではあるけれど……一応、栄養は考えているつもりだ。

我が家には冷蔵庫も冷凍庫もあるので、一気に作り置きをしておけるところがありがたい。作り置き料理は、働く独り身の味方だ。

鍋で野菜をグツグツと煮込みながら、ぼんやりと今日一日のことに思いを馳せる。

(コーヒーフロートの試作会、楽しみだなぁ。ミントの葉とサクランボも持って行こうかしら。フロートといえば、やっぱり飾りはサクランボよね)

前世のカフェで食べたフロートを思い出して、あれこれ出来上がりを想像してみる。

カフェ・ヘストンで思いがけず楽しみな予定ができて、アルメの手帳はまた少し賑わうこととなった。

婚約破棄をくらった日に、破り捨てて空白となった未来が少しずつ色づいていく。

――とはいえ、埋まっているのは直近の予定ばかりだ。さらに遠くの未来は、未だ空白のままである。

結婚をして、子供を産み育てて――……なんて将来の予定は、まだ真っ白だ。

いつかこの空白部分にも、無事に予定が綴られることになるのだろうか。

鍋をグルグルとかき混ぜながら、そんなことを考え込んでしまった。

(……縁談かぁ。ダネルさん、どういう方を紹介してくれるんだろう。次はちゃんと、お相手と仲良くなれるかしら……)

はぁ、と深く息を吐く。将来の空白を埋めるためには、まずは相手と縁を結ぶところから始めなければならない。

また一から関係を築いていかなければいけないのかと思うと、どうしても気が重い。けれど、このまま長く独り身でいることにも不安がある。

……諸々の揉め事で、自分の頼りなさを痛感したところなので。

今はまだ友人を頼って暮らしていけるけれど、この先その友人たちにも優先するべき家族ができていく。

エーナとアイデンにもそのうち子供ができるだろうし、ジェイラも『男前と結婚してやる』と豪語していた。

そしてファルクだって、いつかは良家のご令嬢と縁を結ぶのだろう――……。

そうなると、やはり自分も家庭を持って、ある程度の問題はそこで解決できるようにしておくべきである。

面倒がっている場合ではなく、縁探しもこつこつ頑張らなくては。

「生活が安定してきたら、婚活を始めないとね。……そのためにも、補充士のお仕事を頑張ろう」

この前ファルクから話があった、神殿での氷魔法の補充士の仕事は即採用となった。彼の言葉通り、氷魔法士は何かと需要があるらしい。

これからは副業として定額の収入を得られることになるので、日によってばらつく店の売上に、ドキドキせずに暮らしていけることになる。

来週の頭に、神殿にて詳しい説明を受けることになっているので、補充士デビューはそこからだ。

補充士の仕事と共に、婚活もぼちぼちスタートすることにしよう。

心の中で予定を決めて、さて、と気持ちを切り替えて鍋の中に目を向ける。

野菜をスープレードルでつついて、やわらかさを確認した。人参やジャガイモにも、しっかり火が通ったみたいだ。

魔導具コンロの火を止めて、スープを食器によそう。

――そういえば、フリオに手料理を振る舞うことはついぞなかったなぁ、なんてことを思って苦笑する。

縁結びが上手くいったら……いつか自分にも、お相手に手料理を振る舞う生活が来るのだろうか。

「そういう未来が来るのなら、旦那さんはご飯を美味しく食べてくれる人がいいわねぇ。なんてね……」

つい乙女なことを考えてしまったけれど、過度な期待はしないでおこう。期待すればするほど、上手くいかなかった時に、地に叩き落とされるということを知ったので……。

アルメは遠い目をして、思考を現実に切り替えた。

――と、その時。ふいに視界の端に何かがカサリと走った。

コンロ近くの壁――アルメのすぐ右側の壁を、黒い虫が駆け抜けていく。この黒光りする虫は――……

「ぎゃあっ!! 出たっ!!」

アルメのすぐ隣、顔の横あたりの壁を走っていたのは黒虫だった。しかも親指サイズの特大黒虫だ。

近さと大きさにギョッとしてしまって、思わず飛びのいてしまった。――と同時に、左手に持っていたスープが盛大にこぼれた。

「あっつ……っ!! あつつつっ!! わわわわっ黒虫が鍋にっ! ダメダメダメやめて来ないで――っ!!」

一人で悲鳴を上げて大騒ぎしながら、慌てて鍋のふたをしめた。黒虫はその上あたりの壁をダッシュで通過していく。

アルメは勢いのまま、半ば放り出すようにスープを調理台に置き、魔導具の蛇口をひねった。

熱いスープを豪快に浴びた左手を水にさらして、ヒィヒィ泣き声を上げた。この痛みと皮膚の赤み……しっかりと火傷をくらったようだ。

手を水で冷やしながら、視線を走らせて黒虫の姿を探す。

――けれど黒虫はもう、どこかへ走り去っていた。今晩はハラハラしながら眠ることになりそうだ。どうか、寝室で遭遇しませんように……。

冷えてきた手を一度水から上げて、状態を確認しながら悩む。

「火傷って、冷やしたほうがいいのよね? 氷魔法でもいいのかな……?」

自分の体だし、まぁいいかと試してみた。

左手の火傷に手を添えて、魔法の冷気を流す。冷やすとヒリヒリとした痛みがやわらいだ。今日は寝るまで、このまま氷魔法を使っておこう……。

――そうして翌朝、逆にしもやけを起こして、火傷と相まって酷いことになるのだけれど。

この時のアルメはまだ、怪我よりも消えた黒虫の行方のほうを、気にかけてしまっていたのだった。