軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40 強力な後ろ盾

一瞬の間を置いてから、周囲は途端にザワザワしだした。そのざわめき声に埋もれそうな、くぐもった声でフリオは言う。

「え、っと、冗談も大概にしてください。僕をからかっているのか? 何がラルトーゼだ。別人じゃないか……まったく、不愉快な……。――と、とにかく、他人に首を突っ込まれたくはありませんから、あなたと話をする気はありません」

「先ほどから人のことを他人他人と……寂しいものですね」

ファルクはやれやれ、と困った顔をして、アルメの顔を覗き込んできた。フリオ相手に話を進めることをやめたらしい。

「アルメさん、何があったんです?」

「……ええと、預けようとしたお金を、この場で借金の返済にあてろ、と。いくらか繰り上げ返済はできますが、家計とのやりくりがあるので、全額は難しいのですが……」

「それはそうでしょうね」

ふむ、と考える顔をしてから、ファルクはアルメを含んだ場の全員に提案した。

「では、俺がティティー家の後ろ盾となって、ひとまず立て替えておきましょうか。そうすれば、両家の揉め事とやらに俺も加わることができますし」

「……へ?」

理解が遅れて、アルメの口からは間の抜けた声が出てしまった。

フリオは身じろぎ、また目をまるくしている。予想していなかった方面に話が進み、焦りを見せ始めた。首元にじわりと汗がにじんでいる。

動揺している息子を庇おうとしたのか、ベアトス夫人が割って入った。

「か、勝手に話を進めないでちょうだい……! よくわからない人間とお金のやりとりをするなんて、お断りします! 両家の問題に関わらないでくださいませ!」

「そうはいきません。懇意にしているティティー家のため、問題の解決には尽力させていただきます。勝手に話を進められたくない、と言うのでしたら、一緒に話を詰めればよろしいですか? ここでは人の目がありますから、部屋を借りましょう」

ベアトス夫人のキンキン声をあっさりとかわして、ファルクはカウンターの行員に向き合った。

鞄からキラキラとした銀色の金属板――身分証らしきカードを出して、オロオロとしていた若い行員に差し出した。

「急ぎですみません。俺の名で、今から部屋と話し合いの立会人をお借りしたいのですが、可能でしょうか?」

「え、えぇ、承ります――けれど……申し訳ございませんが、この身分証は……」

行員は身分証に書かれた情報とファルクの顔を交互に見て、怪訝な顔をした。誰もが知る『白鷹』の身分証なのに、容姿が見知っているものと違うからだろう。

立会人を置くような、改まった場での話し合いでは、その場をもうけた人の身分照会が必要となる。

なんてことない庶民の小娘には、縁のない社会の仕組みだと思っていたが……こうして間近にやりとりを見ることになるとは。

社会経験として良い勉強になりそうだ。……背中には緊張の冷や汗をかいているけれど。

行員の様子を見て、ファルクはハッとしたように、銀色の首飾りに手をかけた。

「あぁ、すみません、忘れていました。これでどうでしょう?」

そう言うと、何のためらいもなく首飾りを外した。

変姿の魔法が解けて、小さな光の粒子が舞う。キラキラと輝く中に、白銀の髪と金色の瞳を持つ白鷹が姿を現した。

周囲のざわめきが一層増して、キャッという息を飲むような悲鳴や、ひゃーという裏返った女性たちの声が上がった。

子供は「白鷹だー!」なんて指をさしてキャッキャしていて、親にたしなめられている。

アルメはというと、そろりそろりとファルクから距離を取って、目立たないように背を丸めて縮こまっていた。背景の一部になることに徹しようと思う……。

フリオ、ベアトス夫人、キャンベリナの三人は、ギョッと目をむいてのけぞっていた。

一気に血の気の引いた白い顔をして、フリオがハクハクと口を動かし、なにやら小声をこぼす。

「な……ラ、ラルトーゼ、様……? ほ、本当に……? ……アルメの、後ろ盾って……嘘だろ……なんで……」

掠れた呟き声は周囲の喧騒にかき消された。何かと小言の多いフリオの口からは、もう言葉一つ出てこなかった。

変姿の魔法にカウンターの行員も驚いていたが、身分証と容姿が一致したら、すぐ手続きに動きだした。実に真面目な働きぶりだ。

そのままカウンターの前で、しばし手続きを待つ。

ベアトス家一行は、今までの元気はどこへ行ったのか、というくらい大人しかった。

そのうち意を決したように、ベアトス夫人がギクシャクとしながらファルクに話しかけてきた。

「……その、まさかあなた様が、本当にラルトーゼ様だとは思いもよらず……とんだ失礼をいたしました。実はですね、その庶民娘――あぁ、いえ、アルメちゃんのお 祖母(ばあ) 様の医療費を援助していたのが、我がベアトス家ですの! お 祖母(ばあ) 様が苦しくないように、と願うアルメちゃんを支えたくて、うちは結構な額を支援していたんです」

ベアトス夫人は媚びるようなねっとりとした声音で、ペラペラと喋り出した。『アルメちゃん』なんて一度も呼ばれたことがなかったので、不意打ちをくらってゾッと鳥肌が立ってしまった。

ファルクは本来の姿に戻って迫力の増した金色の瞳で、ベアトス夫人を見据えた。

「その援助金の返済を一度白紙にしておいて、後から難癖をつけて利子まで付けて返せ、と? それも厳しい返済期限をもうけて。俺の身分に媚びるのは結構ですが、もう既に大方の事情は知っています。申し訳ございませんが、あなたの家の印象を変えることは、難しいかと。もちろん、この後そちら側の主張も、ひとまずはお聞きしたく思いますが」

きつい眼差しでそう言うと、ベアトス夫人は大きく身じろいだ。

「それはその……アルメちゃんがいかがわしい事をしていたから……この子ったら、大人しい顔をして男遊びをしていたのよ……! この前市場で息子のフリオが見たというから、間違いありませんわ。きっと前から関係があったと思うのよ。フリオと婚約する前からその遊び男に入れ込んでて、だからフリオを 蔑(ないがし) ろに――」

「か、母さん……っ! もういいって!」

余計な口がまわりだしたベアトス夫人を止めようと、フリオが大慌てで声を被せた。けれど残念ながら、その話はしっかりとファルクに拾われた。

「男遊び、ですか。目撃したのはいつ頃の話でしょう? ちょうど、前にアルメさんと街歩きをしていたら、市場でフリオさんに声をかけられたのですが。その時の話でしょうか? ……なるほど、俺の観光は、『いかがわしい事』ですか。 来(・) た(・) ば(・) か(・) り(・) のルオーリオの街を楽しみたかったのですが、酷い言われようですね」

ファルクの淡々とした声は、ついにベアトス夫人を黙らせた。夫人は口をつぐんで身を引いた。

静かになったベアトス家の面々に向き直って、ファルクは厳しい声音で言う。

「人への心無い言葉や、嫌がらせやきつい態度は、気付かぬうちに癖になります。その癖は拗らせると病になって、そのうち取り返しがつかなくなる。周囲の人だけでなく、自分自身をも苦しめる害をもたらします。神官の治癒魔法でも治せない、重い病です。心に留め置きなさい」

ベアトス家の面々は苦い顔で、黙って下を向いていた。――が、ファルクはそれを良しとしなかった。

生徒を叱る学院の先生のように、ピシャリと言う。

「お返事が聞こえませんが?」

「……あ、その……はい……申し訳ございませんでした。……これからは気を付けます」

「……神官様のありがたいお言葉、痛み入ります……」

「…………」

フリオとベアトス夫人は返事と共に頭を下げたが、キャンベリナは複雑な顔をしたまま黙り込んでいた。

動かないキャンベリナのドレスの背を引っ掴んで、フリオが力づくで頭を下げさせた。

一瞬キャンベリナの、苦虫を嚙みつぶしたような歪んだ顔が見えた気がした。

ほどなくして、部屋と立会人の用意が整った。案内を受けて、面々はカウンターの前から移動する。

アルメは気配を消して背景に徹していたのだけれど、また事態の中心へと戻されてしまった。ファルクが流れるような所作で、肩を抱いて歩き出したことによって。

うつむいていても人々の視線をビリビリと感じる……。

冷や汗をかくアルメをよそに、ファルクはそっと耳元に顔を寄せてきた。

「すみません、時間をとるようなことになってしまって」

「いえ、私が揉め事の発端ですし……むしろ付き合わせてしまって、本当に申し訳ないです。あの、でも、立て替えてもらうというのは悪いので……」

「立て替えが受け入れられなければ、アイス屋への寄付ということで返済を求めない形にしますが」

「そっちのほうが受け入れられません……!」

さすがにそっくり大金をもらうわけにはいかない。罪悪感に襲われて、気を病みそうだ……。

「それじゃあ、やはり立て替える方向で。俺相手の方が返済が楽でしょう。特に期限も設けませんし。――アルメさんは、これから先も長く友達でいてくれるんでしょう? 時間はたっぷりありますから、返済はゆっくりで構いませんよ」

揉め事の最中だというのに、ファルクはのほほんと言ってのける。つられてこちらまで力が抜けてくるが、なんとか持ちこたえて、言葉を返す。

「でも、やっぱり個人的な問題に、ファルクさんを巻き込んでしまうのは申し訳なく……」

「アルメさん、寄りかかれる人には寄りかかっていいんですよ。俺もこれまで散々、人に寄りかかってきました。次は誰かを支える番なので、願わくばあなたを支えたいんです。どうか、俺のわがままに付き合ってもらえませんか?」

なんとも優しくてずるい言いまわしだ。……まんまとファルクの願いにすり替えられてしまった。こうなると突っぱねるのも悪い気がしてくる。

乞うような甘くむず痒い声を耳に吹き込まれて、ぐぬぬと呻いた。

「……わかりました……それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます……色々と本当に、ありがとうございます。なるべく早めに返済できるように、お仕事を頑張りますね」

「そう気負わずに。――あ、でももし気にしてしまうのでしたら、収入の足しになる副業をご紹介できるかもしれません」

「副業ですか?」

商売の話になり、現金にも耳がピクリと動いた。良い話があるのならば、是非聞いておきたい。

「えぇ、氷の 空(から) 魔石への魔力補充の仕事なのですが。神殿では薬品の保管や治療などで氷魔石をたくさん使うので、契約できる氷魔法士はいくらいてもいい、と言われているくらいでして」

「そうなんですか! それは初めて聞きました」

「お店の負担にならない程度に、補充士としてのお仕事なんてどうでしょう? まずは神殿に確認を取ってからなので、まだ確約はできませんが」

「お仕事を頂けるのでしたら、是非、お願いしたいです!」

ちょうど今回の祭り中、屋台に持ち込まれた空魔石に氷魔法を補充する仕事をして、なかなか手堅い仕事だと感じていたところだ。

店の売り上げは日ごとにばらつきがあるけれど、副業で定額の収入を得られたら、生活もぐっと安定しそう。

前のめりで返事をしたら、ファルクはニコリと笑んで頷いた。

――なんだか、ずっと喉につかえていた小骨が取れたような心地がする。

ファルクの立て替えの申し出によって、ベアトス家との縁も切れるし、おまけに良い仕事の話までもらえるなんて――。

思えば、祖母が病に倒れてからは『自分がちゃんとしなければ』という気持ちを、ずっと心の真ん中に置いたまま生活をしてきたように思う。

無意識のうちに気負ったまま、変に拗らせながら。

エーナに破談の話をした時には『これからは気楽に生きてみる』なんてことを言ったのだけれど、なかなかこの気負い癖のようなものは抜けきらないらしい。

……でも、今、大きな後ろ盾に寄りかからせてもらえることになって、この頑固な癖が少しだけほぐれたような心地がする。

ファルクの『人に寄りかかってもいい』という言葉は、まるで魔法みたいにストンと胸に届いた。

心に治癒魔法は効かないというけれど、氷のように意固地に固まっていた厄介なこの心には、十分に効果のある魔法のようだ。

――いつかこの心のこわばりがすっかり癒えて治った時、真に、人生を気楽に生きられるのかもしれない。

いつになるかはわからないけれど、ゆっくりとでも、完治を目指していけたらなぁと思う。

アルメはもう一度、ファルクに丁寧にお礼をしておいた。

「色々と気にかけていただいて、心から感謝いたします。本当に、ファルクさんはお優しいですね」

「アルメさんにそう言われると調子に乗ってしまいそうなので、あまり買い被らないでください。あなたがお優しいから、俺も同じものをお返ししようとしているだけです」

「私は特に何も……。ファルクさんに何かお贈りしたものもありませんし……いただくばかりで――あ、アイスはたくさんお出ししていますが」

色々と良くしてもらっているのに、アイスくらいしか返せていないというのが心苦しい……。

複雑なアルメの心中とは裏腹に、ファルクはキラキラとした金の目を細めてやわらかく笑った。

「俺もアルメさんからたくさん、心癒される素敵なものをいただいていますよ。初めて会った時からずっと」

「と、いいますと、やっぱりアイスですよね」

やはり、自分はアイスしか提供できていない……これからはもう少し、何かファルクに良いものを贈りたいものだ。

そう思って難しい顔をしたら、ファルクにやんわりと頭を撫でられた。

「わっ、ちょっと、何です?」

「ふふふっ、なんだか頭を撫でたい気分になったので」

「何ですかその気分は……私は街の犬猫ではありませんよ」

後ろには神妙な空気のベアトス家の面々が歩いているので、そういうじゃれ合いはやめてほしい。視線を感じてなんとなく気まずいので……。

気にすることなく、ファルクはニコニコとしていた。……仕返しに、いつか同じことをしてやろうと思う。

ほどなくして、移動した先。

銀行奥の個室で立会人の見守る中、話し合いは行われた。

――といっても、話し合いというより、流れるように手続きが交わされて、即終わったのだけれど。

ファルクが立て替えの形で全額をさらりと払い、ベアトス家が受け取った。その証明の書類と、アルメとファルクの間での書類を作って、サインを入れて終了だ。

最後に社交辞令的な挨拶だけ交わして、アルメとファルクは二人で席を立つ。

さぁ、終わった。この後は楽しいランチだ。――そう思うと、自然と顔がほころんだ。

ファルクも同じことを考えていたようで、二人でぽやぽやとしたのん気な顔を見合わせて、笑ってしまった。