軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31 五色のシロップ全制覇

突然現れた黒髪眼鏡の神官に、周囲は大きくざわついていた。

神官とは、普通神殿にいるものだ。白と青を基調にした高貴な神官服は、神殿の中でこそ輝くものである。

逆に言うと、街中ではものすごく浮いている。

人々の好奇の目を一身に受けながら、若い神官はアルメに向き合った。

「アルメ・ティティーのアイス屋で間違いありませんよね?」

「はい、そうですが……」

答えながら、内心ドキリとした。神官が来るなんて、考えられる理由は一つしかない。

(……ま、まさか、『白鷹ちゃんアイス』が駄目だったのかしら……)

もしかして店で勝手に名付けて売っていたアイスが、白鷹本人の耳に入って怒りを買ってしまったとか。

そういう考えに至り、血の気が引きそうになった。

おまけに今も進行形で、白鷹の名前を使って商売をしている。これはもう、確実に怒られるに違いない。

アワアワするアルメを見て察したのか、ジェイラも引きつった笑みを浮かべた。笑ってごまかしつつ、神官に言い訳を始める。

「なになに? まさか『白鷹の雪菓子』に怒りに来たの? 別にそんくらいいいじゃんか~。庶民の間じゃ、もうメジャーなネーミングっすよ。今更文句言われたって、ねぇ?」

「名前をお借りしてしまってすみません……白鷹様がご不快でしたら、すぐに変えますので……」

「白鷹の雪菓子……? あれ? 聞いてた名前と違いますね。でも氷にシロップだし……モノは一緒なのかな?」

神官は困ったように首を傾げて、小声でなにやら呟いた。

しばらく一人で考え込んだ後、神官は肩に下げていた箱型の鞄を差し出してきた。両手で抱えるほどのサイズの鞄を開けて言う。

「――あの、その白鷹の雪菓子とやらを持ち帰ることはできるでしょうか? この鞄に入れて。五種類全ての味を」

「え、っと、はぁ……?」

神官の出した箱型鞄の中には、氷の魔石が詰まっていた。これはクーラーボックス、もとい、移動冷凍庫だ。

アルメとジェイラは二人で目を合わせて、キョトンとしてしまった。どうやら雰囲気的に、怒られるわけではなさそうだ。どういう意図があるのかは、まったくわからないけれど……。

ジェイラは顔を寄せて、耳元でコソリと囁く。

「なんか知らんけど、こういうのはサクッと流して、さっさと帰ってもらうに限るぜ」

「そ、そうですね……蒸し返されて怒られるのもアレですし」

さっと話し合いを済ませて、神官に営業スマイルを返した。

「かしこまりました。全色一つずつということは、五つでよろしいでしょうか?」

「えぇ、お願いします。あ、グラスは後日の返却だと不都合がありますか?」

「いえ、たくさんあるので大丈夫ですよ。その場で返却じゃないと、お代は戻らなくなりますが、それでもよければ」

「構いません。お願いします」

神官は迷わず答えた。

歳若いけれど、喋り方は上品且つ凛々しい。さすが神官だ。なんだかこちらの背筋まで伸びてしまう。

急いで氷を削いでグラスに盛り、シロップをたっぷりとかけた。

出来上がった雪菓子を氷魔石の詰まった鞄に納める。

会計を済ませた神官は、すぐに身をひるがえそうとした。――が、その前に一言声をかけておく。

「神官様、そのお姿だと暑いでしょう? よければ氷魔法をおかけしましょうか?」

「え、いや、お気遣いなく。神官服は涼しい魔法仕立てになっているので、大丈夫です。ありがとうございます」

ずっと真顔だった神官は、礼と共にニコリと笑った。笑うと年相応に見える。まだ子供っぽさの残る、可愛らしい笑顔だった。

そのまま神官は去っていき、ジェイラと二人で肩の力を抜いた。――が、一息ついたのも束の間。

様子をうかがっていた周囲の人々の好奇の目が、今度は店へと移ってしまった。

客がワイワイと寄ってきて、ドッと注文が入る。

「すげー! この白鷹の雪菓子って公認な感じ?」

「いえ、非公認です……!」

「神官が買ったってことは、もう本物っしょ!」

「本物とか偽物とか、私にはよくわかりませんが……」

「神官様は何味を買っていかれたの? 私も同じのを食べてみたいわ」

「ええと、ありがとうございます……!」

押し寄せて来た人の波に対応していたら、隣からジェイラの調子の良い声が聞こえてきた。

「さぁ、寄ってらっしゃい! 今大人気の白鷹の雪菓子! 神官様まで買いに来た絶品の菓子はこちらからどうぞ! そんで順番待ちの間に串焼肉はどうっすかー! ピリ辛熱々の肉を食べてからだと、より雪菓子が美味しくなるよー!」

ジェイラは早々と気持ちを切り替えて、もう商売に繋げていた。この逞しさ、見習いたいところだ。

神殿のラウンジにて。

ファルクはウキウキとした面持ちで、使いに出していた見習い神官を迎え入れた。

黒髪眼鏡の見習い神官――カイルは、鞄をテーブルに置いて蓋を開けた。

「ファルケルト様、一応買ってきたのですが、これでよかったのでしょうか? 『かき氷』という名前ではなかったのですが」

「おや、名前が変わっていましたか。――あぁ、大丈夫です、間違いありません。これですこれ、かき氷」

冷気のあふれる鞄から取り出して、テーブルの上に五色のかき氷を並べる。

前にポイントカードのおまけとして出してもらったものは黄色だったが、他の色もとても綺麗だ。

神官用のラウンジの真ん中で、ゆったりとソファーに座って虹色のかき氷を眺める。やはり全色制覇して良かったと、一人しみじみ頷いてしまった。

街が大きく賑わう日は、残念ながら神殿も賑わってしまうものだ。いつもより事故や事件が多く起きて、神殿の待合室が治療を待つ患者であふれかえることもある。

このルオーリオの街は神殿も大きくて神官の数も多いが、人口もとんでもなく多い。特にファルクのいる中央神殿は各地区からのアクセスが良いので、患者が集まりやすい。

そういうわけで、神殿が混み合うような街のイベント時には、上位神官も下位神官に混ざって、庶民の診療にあたることになっているそう。

ファルクは元々時間を見つけて診療を手伝っていたので、今回の祭り期間の連勤も二つ返事で引き受けた。

師のルーグには働き過ぎるなと注意を受けたが、自分としてはこの程度は問題ないと思っている。

――が、それはそれとして。

仕事に関しては問題ないが、今回はちょっとだけ、別の場所で問題が出てしまった。

どうしても、食べたいものができてしまったのだ。白い雪の菓子、かき氷を――。

五色もあるだなんて、聞いただけで心浮き立ってしまった。混ざるとドブ色になってしまうそうなので、一つずつ買うことにした。

自分はさすがに神殿を離れられないので、人に頼むことにした。

見習い神官カイルを私用で働かせてしまったが、合意の元なので、まぁ良しとする。彼は自分を慕ってくれているようで、快く使いに出てくれた。

その間の彼の仕事はもちろん、ファルクがすっかりこなしているから業務に支障はきたしていない。問題はないはずだ。

――と、いうことにしておく。やたらと強い権限のある上位神官という身分を、今日初めて使ってみた。……万が一自分より偉い人に怒られたら、謝り倒そうと思う。

並べたかき氷にはそれぞれスプーンが添えてある。その一つを手に取って、まずは赤い苺の氷をすくった。

パクリと頬張って、口の中で溶かす。雪のようにふわふわした氷の冷たさが、甘いシロップに爽やかさを添える。

冷たくてとても美味しい。

向かいのソファーに座っているカイルにもかき氷を勧めた。

「カイルさんもどうぞ。甘いもの、お好きでしょう? 美味しいですよ」

「いただきます!」

待ってましたとばかりに、カイルはスプーンを手に取った。

彼は常日頃から、神官らしい気品ある振る舞いを、と心がけているそうだが、まだ十代の子供である。美味しそうなものを前にしたら、やはり飛びついてしまうようだ。

カイルは青色かき氷をすくって頬張った。途端に生真面目な真顔がへにゃりと崩れる。

「美味しいですね! 雪が口の中で溶けて、不思議な食感です」

「俺は雪国出身だというのに、こういう食べ方など考え付きませんでした。今故郷に帰ったら、その辺の雪まで美味しそうに見えてしまいますね、きっと」

「えっと……食べないでくださいね?」

カイルに神妙な顔をされた。さすがにそれくらいの分別はあるので、そんな顔をしなくてもいいのに。

彼は添えられていたレモンに気が付き、かき氷に絞りかけた。――すると、青色が鮮やかなオレンジ色に変わっていく。

「わ、これもしかしてスカイハーブですかね?」

「――みたいですね。俺が絞りたかった……ずるい!」

「すみません! 拗ねないでください!」

ものすごく面白そうなことを、とられてしまった。つい大人げない声を上げたら、周りの神官たちがこちらを向いた。

興味深そうにチラチラと視線だけ向けてくる。気になるなら近くに来てもいいのに、と思うのだけれど。

今に限らず、同僚であるはずの神官たちは、なぜだかファルクを遠巻きにしている。雑談に興じることもないし、必要があって話す時にも、声が硬くなっているような気がする。

嫌われているのかなと思って、皆を煽らないよう、極力静かに過ごしていたけれど……この美味しい菓子を介したら、少しは仲良くなれるだろうか。

ふとそんなことを思って、こちらを見ていた神官たちに声をかけてみた。

「よかったら、皆さんも召し上がりますか? 冷たくて美味しいですよ」

その呼びかけにいち早く反応して飛んできたのは、五十代の女性神官だった。

上品な所作ながら、滑り込むように向かいのソファーに座って、スプーンを手に取った。

「お誘いいただきありがとうございます、ラルトーゼ様。さっきから、なんだか美味しそうなものを食べているなぁと思ってたのよ。お言葉に甘えて、いただきますわね」

ペラペラと挨拶の言葉を繰り出すと、女性神官は黄色のかき氷をパクリと頬張った。

「んん~! 甘くて美味しい! 雪のお菓子なんてお呼ばれサロンでも食べたことがないけれど、どちらのお店のお菓子でしょう? ラルトーゼ様のお取り寄せともなると、中央通り街の三ツ星店かしら」

「いえ、庶民のお店ですよ。アルメ・ティティーのアイス屋という、路地奥のお店です」

「あら、庶民のお店で氷を扱うのは珍しいですね。魔法を使う店員さんがいらっしゃるの?」

「そのようです」

自分でも無意識のうちに、曖昧な返事をしてしまった。

店主の女性に氷魔法の才があるんです、と答えるのが正しかったのだろうけれど、なんとなく気が乗らなかった。

アルメのことを他の人たちも知ってしまう、というのが、なんだかモヤモヤしたので。

我ながら、友達を取られそうになってグズる子供みたいで恥ずかしい……。アイス屋が有名になること自体は嬉しいのだけれど。

女性神官は気にせずに、機嫌良くかき氷を堪能している。その姿を見て、他の女性神官たちもテーブルに寄ってきた。

「まぁずるいこと。ちゃっかりラルトーゼ様と美味しそうなものを食べて」

「別に抜け駆けしているわけじゃないわ。ほら、あなたたちも食べてみて」

女性神官たちが集まりだして、かき氷は彼女たちの元をまわり始めた。口に入れると、皆一様に笑顔をこぼした。

賑わう様子を見て、男性神官たちもソロソロと寄ってくる。

「あの、自分も一口いいですか?」

「これは桃でしょうか? これ一口いただきたいです」

「赤いの食べてみたいです!」

男性神官たちにもかき氷がまわりだして、ちょっと慌ててしまった。

「あ、ちょっと! 俺も食べたいです! 全部食べないでくださいね!」

アワアワしていたら、周りからわずかに笑い声がこぼれた。人が焦っているのに笑うとは……腑に落ちない。

ついムッとしてしまったけれど、そんなファルクをよそに、周囲は和やかな盛り上がりを増した。

その賑わいに乗せて、カイルが喋り出す。

「雪菓子も美味しいですが、店員の女性も雰囲気の良い方で、なんだか癒されました。帰り際に暑くないかと気を遣っていただいて、氷魔法を勧められて」

「お待ちなさい、カイルさん。あなたはその魔法を受けたのですか?」

「いえ、神官服は外でも涼しいですし、遠慮しましたが……あの、すみません、僕何かしましたか? 目が怖いですファルケルト様……」

ジトリと睨みつけると、カイルが身をすくめた。

変姿の魔法で瞳の色を茶色にしている時はいくらかやわらぐけれど、本来の金色の瞳だと、視線の圧が八割り増しになる。と、自負している。

わかった上で、カイルをジト目で見つめてしまった。どうにも悔しい気持ちになってしまって……。

カイルもきっと、アルメに微笑まれたに違いない。『氷魔法をおかけしましょうか?』なんて優しく声をかけられて。

その場面を想像すると、ぐぬぬ……と呻いてしまいそうになった。

カイルは逃げるように、話を別の方向へ進めた。

「あ、でも、僕は魔法を遠慮しましたが、隣の店の方は受け取っているようでしたよ。お二人ともすごく仲が良さそうで、微笑ましかったです」

「隣のお店はどういうお店ですか? どういう店員が働いていました?」

「ええと、なんと言いますか、こう、チャラっとしていて、背が高くて迫力のある方で――」

そこまで聞いた時、ふいにラウンジの入り口からファルクを呼ぶ声がした。声の主はルーグだ。

「おーい、ファルクはいるかい? ちょっと手を貸してほしいんだが――って、なんじゃ? なにやら賑わっておるな」

「ルーグ様、何でしょう? すぐうかがいます。――の、前にちょっと皆さん、かき氷一口いただきますね」

急いで立ち上がり、周りの人たちの持つグラスからかき氷を一口ずつすくって、次々口に放り込んだ。

「後は皆さんで召し上がってください。カイルさん、グラスは俺の執務室に届けておいてください。では失礼」

キンと響いた冷たさにこめかみを押さえながら、ラウンジを後にする。

慌ただしく逃げるように去ってしまって情けない。カイルの話をこのまま聞いていたら、心の中の呻き声が口に出てしまいそうだったので……。

ルーグと並んで歩きながら、大きくため息を吐いた。そのまま気の抜けた声で聞いてみる。

「ルーグ様、ちょっとお聞きしたいのですが……ルーグ様だったら、背の高いチャラっとした男と、背の高い情けない男、どちらと仲良くしたいと思いますか?」

「どうした急に。ワシはどちらも勘弁したいがのう。仲良くするなら真面目で甲斐性のある男が良いに決まっとるだろ。そう、ワシみたいにな!」

「……」

ジトリと見つめるファルクの目など、これっぽっちも気にしない様子で、ルーグが大きく笑った。