作品タイトル不明
236 いざ、婚約旅行へ
無事にアイス作り教室を終えて、ホッと一息ついたのも束の間のこと。
閉店後の路地奥店のミーティングにて、アルメは店の面々に、改めて報告を入れたのだった。
「――と、言うわけで。しっかりとした報告が遅れていましたが、この度婚約をいたしました。届けを出すのはもうちょっと先だけど、そのうちに『ティーゼ』のファミリーネームを名乗りたく思います。これから先も、どうぞよろしくお願いします」
改まって言うと恥ずかしいが、メンバーはコーデル、エーナ、ジェイラのいつもの三人なので、今更感もある。
店のレギュラーメンバーということで、今後のことも相談するべく、集まってもらったのだった。
既に大方の事情を知っている面々なので、ヒューヒューと軽い調子で盛り上がるに留まり、挨拶を終えたアルメもすぐに着席する。
照れを誤魔化すようにゴホンと咳ばらいをして、続けて婚約旅行に関する相談事を持ち出した。
「ええと、それでですね、既にチラッとお話をさせていただいてはいますが……極北への旅につきまして、ご相談させていただきたく」
「店はみんなで回しとくからさ、行ってきなよ! 長旅なんて一生に一度あるかないかって機会だし」
話し始めると、すぐにコーデルがゴーサインを返した。アルメはテーブルに広げられた、諸々の仕事のスケジュール表と睨めっこをする。
「でも……往復で一月、余裕を見てプラス半月くらい、となると、出発日の見極めみたいなものが難しく……」
「白鷹様のほうは予定どうなってるの?」
「彼は既に外堀を上手いこと埋めているようでして、近くにでも出立できるそうです。ありがたいことに、私に予定を合わせてくださるそうで」
「さすが、抜かりないこと」
「お待たせするのも悪いので、早く出発日の踏ん切りをつけないと……とは、思うのですが」
コーデルと一緒に予定表を覗き込みながら、アルメは渋い顔をした。エーナも身を乗り出して覗き込み、苦笑をこぼす。
「こういう決め事って、逆に『絶対この日で!』って指定されちゃったほうが、迷わずサクッと動けるものよね」
「わかるわー。自由度が高いと迷っちゃって、変な気力消費するよね。職場の服装が決められてるほうが朝迷わなくて楽、みたいな」
「でもさー、迷う余地があるってことは、言い換えると『ぶっちゃけ余裕あって暇』、ってことじゃん? ってことは『暇な今、行く』ってのがベストなんじゃねー?」
「う~ん、正論……」
ジェイラがペラッと言ってのけた言葉に、アルメは神妙な面持ちで頷いた。彼女の言う通り、ちょうど『今』が、比較的余裕のある時期に違いない。
新ブランド、シエルのアイスは営業と受注を開始したばかりで、数字と睨めっこをするにはまだ少し早い段階。
もう一つ、最近、ご当地アルラウネアイスの企画も動き出したばかりだけれど、こちらは村と表通り店がメインの企画なので、コーデルが主体となって進めてくれている。今のところアルメが直接慌ただしく動く必要はない、という状況だ。
どちらも今は『待ち』の時期。旅に出るなら今がベストで、ちょうど帰ってきた頃に忙しくなる、という感じだろうか。
「まぁ、薄々わかってはいるんです……なので、今日皆さんをお呼びしたのは、この優柔不断人間の背中を押していただきたい、という思いもあってのことでして。こう、ガツンと、お願いします……!」
アルメはスッと立ち上がり、構えた。ジェイラがすぐさま応えて、背中をベシン! と、思い切り叩いてきた。
「よっしゃ! ベレスレナのお土産よろしく~! お酒とー、なんか可愛い雑貨とー、あとルオーリオにない化粧品とかあったら頼むわ~!」
「私もお土産よろしく! 旅のお守り作ってあげるから、持っていってね!」
「極北にもアイス広めてきてよ! アイス屋、大陸展開しちゃいましょ!」
エーナとコーデルも続いて、背中や肩をベシベシと叩いてきた。
みんなに背中を押されて――いや、叩かれて踏ん切りをつけ、アルメはこの日、旅立ちを半月後あたりに決めたのだった。
■
――と、そんなミーティングをしたのが、気付けばもう前のこと。
準備に勤しむうちに日々は目まぐるしく過ぎ去って、アワアワしている内に旅立ちの日を迎えたのだった。
まだ日も上り切っていない早朝。薄暗さを残している大通りに、馬車の列が並んでいる。
がっしりとした造りの四台の箱馬車と、護衛の馬も複数。この大所帯が、今回の旅の団である。
早い時間帯ということもあり、通りには人の姿はほとんどないが……それでも、たまに通りがかる商人なんかは、何事だろうという顔をしてこちらを伺っていた。
目立つ馬車隊に加えて、見送りの面々がワイワイと盛り上がっているのも、通行人の目を引く要因だ。
アルメは馬車の前でファルクと並び、囲んでいる友人たちをぐるりと見回す。
早朝にも関わらず、エーナ、ジェイラ、コーデルの店の面々が駆けつけてくれて、駐屯地をちょいと抜け出してきたらしいアイデンとチャリコットも加わり、さらにはリトとタニアも顔を見せてくれたのだった。総出の見送りである。
王都や近郊への旅行ならいざ知らず、街暮らしの庶民娘が、はるばる極北まで旅に出るなんてことは滅多にない。というのが世間一般の感覚なので、珍しさも相まっての、この盛大な見送りであろう。
大袈裟と言えばそうだけど、でも、とても嬉しいし大変ありがたい。
エーナが綺麗に畳まれた若草色のスカーフを手渡してきた。
「はい、これ! 旅守りのおまじない入りスカーフ。お店のみんなで刺繍したの!」
「わぁ、ありがとう! って、おまじないに混ざって、お土産のリクエストまで刺繍されてない?」
プレゼントのスカーフを広げて確認すると、店の面々がニコニコ顔のまま目を逸らした。リトとタニアまで目を泳がせているので、共犯が疑われる。
そんなアルメの隣では、アイデンとチャリコットがファルクにもお守りを渡していた。こちらは魔除けの短剣だ。
「ほれ、俺たちからもプレゼント! 小っさいし、実用よりか飾りの意味合いが強い剣だけど、安全祈願として」
「感謝しろよな~、一応特注だぜ? 鍔んとこ見てよ、鍔! ルオーリオの紋章彫ってもらったんだ~」
「それはありがたい、ですが……柄の先端に、ヒヨコのようなものが刻まれているような」
「あっは、バレた?」
パッと見は格好良い飾り剣だが、よくよく見ると、不似合いなゆるいヒヨコの彫金が施されている。
悪戯が成功した少年のように、チャリコットとアイデンはゲラゲラと笑っていた。
けれどファルクは存外気に入ったようで、そのまま腰のベルトに差していた。
そうしてみんなと言葉を交わして、いよいよ出発の時を迎える。
アルメとファルクは馬車に乗り込んで、窓から別れの手を振った。
「皆さん、お見送りいただきありがとうございました。それじゃあ、行ってきますね。お店をよろしくお願いします。遊ぶ時間をもらった分、帰ってきたらバリバリと働かせていただきますので!」
「行って参ります。神官の身分を大いに活用して、土産物を買い漁って参りますので、ご期待ください」
手を振るのに合わせて、二人の首元に揺れるネックレスがキラリと煌めく。アルメの首元には白い宝石。ファルクの首元には黒い宝石が輝いている。
旅行を前にして受け取った揃いのアクセサリーだ。人生を連れ立つ者同士の証――。
ネックレスの揺れに、動き出した馬車の揺れが合わさる。
馬車が走り出してからも、見送りの面々はキャッキャと大騒ぎをしながら、大きく手を振り続けてくれていた。
早朝の街を抜けて。街を出て、いざ新しい景色の中へ――。
――と、一気に見知らぬ世界に踏み出すわけではなく、まずは以前にも訪れたエルト・マルトーデル村に寄る。
ちょうど街道沿いで寄りやすく、ご当地アイス企画も始まったことだし、改めての挨拶も兼ねての訪問だ。
馬車に揺られて、昼前には村に近づいた。が、村を視界に入れる前に、街道の脇に立てられた大きな看板が目に留まった。
「『副都で話題! ご当地スイーツ! まるごとアルラウネアイスの村』――って、いつの間に広告看板を」
「大きな看板ですね。イラスト付きで、目立つこと」
ドンと設置された看板は、否応なく目に留まる。村の方向に三角印が描かれていて、『美味しいよ!』の宣伝文句もばっちりだ。
馬車の一団はその方向へと進み、ほどなくして村に到着した。
村の玄関口となる広場に進むと、村長のルドが出迎えてくれた。彼は馬車から降りようとしたアルメとファルクを制して、声量を抑えた挨拶をする。
「こんにちは、再びのご来訪に心から感謝申し上げます。お忍びでございましたら、このままプライベートテラスへご案内いたしますので、そちらでお寛ぎを。何分、今、村内には他にもルオーリオからのお客様がおいでになっているもので」
「こんにちは。ご配慮に感謝いたします。変姿の魔法を使いますので、お気遣いなく」
ファルクはルドに応えて、ポケットから変姿の首飾りを取り出して身に着けた。
彼曰く、ルオーリオの街を離れたら、この先はもう素の姿で過ごすつもり、とのこと。魔法を受けた彼の姿は、この村で一旦見納めだ。
馬車から降りて、体を伸ばしながら広場を見渡してみる。なるほど、身なりの良い富裕層と思しき夫婦がベンチで寛いでいたり、散策と思しき一団がいたり、と、人の姿が多い。
(前に来た時は、村の人たちとしか会わなかったけれど。観光客が戻ってきてるのかしら)
前回は、魔物の風評被害によって観光客が途絶えている最中での来訪となり、村の中はずいぶんと静かだった。の、だが、今日は広場にも賑わいがある。
周囲を見回していると、ルドが明るい面持ちで村の近況を話してくれた。
「途中の道で広告の大看板をご覧になりましたか? あれがなかなか効いていましてね、旅の道中に、アイスを食べに寄ってくださる方が増えまして」
「それはそれは!」
「あれほど大きく宣伝されると、魅了されるのが人の心というものですね。恥ずかしながら、俺も今、アルラウネアイスの口になっています」
「はっはっは、是非、お召し上がりください」
ルドに案内されて、まずはアイス休憩を取ることになった。
以前、果実狩りでお世話になったアルラウネ園の近くにある、プライベートテラスへと移動する。
園にも観光客がいるようで、深い緑の中から時折笑い声が漏れ聞こえてきた。
「あの大看板は、通りがかりの旅人や商人を捉まえるのに役立てていますが、それとは別に、ルオーリオの街からの宿泊客もじわじわと取り戻しつつありましてねぇ。いやはや、おかげさまで、果実狩りとアイス工房の見学と、実食――それらをまるっと含めた宿泊プランが人気でして」
「アイス工房!? 村にそのような施設が?」
「大層なものではありませんが、アルラウネ園の隣の小屋を改装して、アイス作りの場所を設けたんです。観光客が増えてきたので、たくさん製造する必要が出てきたこともあり」
村にはアルラウネアイス成形用の三角型と、レシピを納めてある。果実の仕入れ額の割引で都合をつけての取引だ。
中に仕込む種を模したチョコについては、アイス屋を通さずに村が直接仕入れを行う形を取っている。
が、まさか工房を作って大々的な取り組みを始めていたとは、初耳だ。
彼の話によると、まだまだこれからとはいえ、少しずつ『エルト・マルトーデルのご当地アイス』に、人の目が向き始めているとのこと。
被った風評被害がさっぱり消え去るのも、きっとすぐだろう、と、ルドは晴れやかに笑っていた。
そんな話をしながらテラスの席につくと、ティダが顔を出して、アイスを運んできてくれた。
皿の上に載せられた三角形のアイスは、赤い果肉と種子、緑の皮まで見事に再現されていて、加工品とは思えない、カットフルーツそのものの見た目をしている。
まるごと模された面白い見た目に、ファルクは感動していた。
「ははっ、再現が見事ですね!」
「そういえば、まだファルクさんに完成形をお見せしていませんでしたね。戦の諸々があって忘れていました」
「えぇ、死にかけていましたからね。それどころではなかっ――……」
ペラッと喋りかけて、二人でハッとして口を押えた。こういう話をすると、またティダが不安になってしまうかも……。
不自然に会話を止めた二人を見て、ティダはキョトンとしていた。
そんな彼の胸元には、『アイス工房スタッフ』の字が刻まれた、真新しいバッジが輝いている。
子供ながら、アイス工房を切り盛りしているそうだ。なんと、街道の大看板の案も彼が考えたものらしい。
『そのうち王都まで広告を出して、さらに客を呼び込む予定を立ててる!』と、眼鏡をキラリと光らせて、得意げな顔で語っていた。
兄のカイルは気高く勇敢な従軍神官の道を歩んでいるそうだが、弟のティダは抜け目なく逞しい商売人の道を歩んでいきそうだ。