軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

234 御遊会の元気な主役

週末にかけて城との数度のやり取りを経て、 御遊(ぎょゆう) 会の内容が固まった。

週明けにはアイス作り教室の準備がすっかり整えられて、材料として申請しておいた『妖精花の粉末』のお裾分けも、早々に受け取ることが叶った。

諸々のスピード感に驚きつつ……城の人々の奔走を思って、苦笑をこぼさざるを得ない。

アイス屋で使わせてもらう分をありがたく頂戴し、知恵を借りたお礼にリトのケーキ屋にもお裾分けさせてもらった。

親指大の小さな瓶に入れられた粉末は、ピンク、オレンジ、黄色、緑、水色の五色。サラサラとした質感は妖精光粉と似ているが、輝きに特化された光粉とは違って『色素が凝縮された粉』という印象だ。

カラースプレーは既に城での大量仕込みを済ませて、事前準備はばっちり。この五色に加えてプレーンの白色を混ぜて、六色とした。

そうして週の後半に、いよいよ、『第一回、ルオーリオ城、製菓御遊会』なるものが開催されたのだった。

城の広い厨房を貸し切ってのアイス作り教室――というと、とんでもなく規模が大きいように思えるが、実際はこぢんまりとしたものである。

真ん中の作業テーブル一つを使って、聖女ルーミラとミシェリア、そして王子アーダルベルトの三人を相手に、簡単なデコレーション作業を体験してもらう、という内容である。

――の、だが。

こういう、貴人のお菓子作り体験イベントなんてものは初めてだし、主催が四歳のルーミラということもあって、見学者や視察の人々がワラワラと詰め寄せているのだった。

城のお偉方と思しき人々が、厨房の壁際で談笑している。テーブルの周囲に用意された椅子に座っているのは、聖女や王族と近しい身分のご婦人方だろうか。

アルメは今、そんな人垣の中心に立たされている。作業服としてメイド衣装を借りて、白いエプロンを身にまとった姿だ。準備は万端だが……始まる前からもう、緊張で肩が凝ってしまっている。

補佐として城のシェフが三人ついているけれど、彼らもどこか遠い目をしていた。心境は同じらしい。

交わした視線だけで、『頑張りましょうね』と励まし合いつつ……御遊会が始まった。

まず企画の責任者のおじ様が軽く挨拶をして、アルメの紹介をする。

その後は聖女たちと王子から一言をもらって――という、儀礼的なことはあっという間に終わり、さっさとアイス作りがスタートしたのだった。

うずうずと心浮き立たせている幼いルーミラを 慮(おもんぱか) って、長く堅苦しいやり取りがごっそりと短縮されたことが察せられる。これはアルメとしても大変ありがたい配慮だ。

本当は事の発端となったファルクの挨拶も入る予定だったそうだが、あいにく、彼は神殿側で外せない仕事が入ったとのことで、後から顔を出すとのこと。

ルーミラは残念がっていたけれど、それも一瞬のことで、アイス作りスタートと同時にサクッと気持ちを切り替えていた。

アルメは改めて、ルーミラに挨拶をする。

「改めまして、本日ルーミラ様のお手伝いをさせていただきます、アルメ・ティティーと申します。何かご要望がございましたら、なんなりとお申し付けください」

「ん、よろしく」

ルーミラはクリッとした大きな目で、アルメをまじまじと見つめて返事をした。

高価な人形のように綺麗で愛らしい子だが、やはり聖女ともあって、庶民の子とはまったく違う、どこかつかみどころのない雰囲気をまとっている。

挨拶を交わしている間に、補佐のシェフが冷凍庫からアイスを出してきた。アイスは既にデコレーションベースとして成形されている。

大皿の上に半球型のドーム状に盛り付けて、ホワイトチョコで全面をコーティングしたもの。これをキャンバスとして自由にデコレーションを楽しんでもらう、というのが本日のイベントだ。

それぞれ中のアイスは違っていて、ルーミラはミルクアイス、ミシェリアは苺アイス、アーダルベルトはチョコミントアイスとなっている。皿で見分けがつくように、用意しておいた。

シェフがそれぞれのアイスをテーブルに置いて、保冷のための氷魔石を添えていく。

アルメはテーブル中央に置かれた大きなクローシュ――金属の被せ蓋をパカッと開けて、デコレーション素材を披露した。

「こちらの材料をお使いいただき、自由に盛り付けをお楽しみくださいませ。端のお皿は食用花の砂糖漬け。この小瓶は宝石粉でございます。お隣は妖精光粉、金粉、銀粉。それから色付きのクリーム類に、ハーブの葉と飴細工。あと、こちらのボウルの粉は、ルーミラ様がデザインされましたカラースプレーでございます」

妖精花の粉末を混ぜ込んで作ったカラースプレーは、ジャムの色付けとは比べ物にならないほど、鮮やかな色をしている。ばっちりの仕上がりである。

それに加えて、妖精の魔力を帯びた素材であるため、魔法の煌めき付きだ。

ガラスボウルいっぱいのカラースプレーを見て、ルーミラがテーブルに乗り出して目を輝かせた。

「これこれ! こういうの欲しかった! わたしのアイスこれいるから、いっぱい使っていい?」

「もちろんでございます。たくさんありますから、お好きなだけ、お好きなようにお使いください」

ルーミラは幼児用の高い椅子に座っている。乗り出した瞬間、アルメと周囲のシェフ、そして待機している側仕えたちの間に緊張が走ったが……彼女はどこ吹く風で、カラースプレーに見入っていた。

ミシェリアとアーダルベルトも身を乗り出して、いそいそと使いたい素材を選び始める。

「わたくしは天の国をイメージした装飾を施してみようと思う。青の宝石粉で空を作って、クリームの雲を浮かべて、カラースプレーなるもので虹を表現しよう。光の女神の加護は金箔がよいだろうか」

「ミシェリアが天を作るなら、私は地をテーマにしよう。緑のクリームで山を作って、ハーブの森と花畑と、あとは銀粉で川原を作って――」

必要な材料を手元の小皿に移しながら、二人は早速、作業に取り掛かる。

接着用のチョコを付けて花を飾ったり、金粉を散らしたり、色付きクリームで山を作ってみたり――と、それぞれ思い思いに楽しみ始めた。

ルオーリオの守護聖女と王子、という高く尊い身分だが、まだ子供の歳だ。デコレーション遊びに夢中になって、二人であれこれとお喋りをしながら盛り上がっている。

始まったアイスデコレーションをよくよく見ようと、周囲の見物人たちも距離を詰めてきた。テーブルに並べられた製菓材料に見入ったり、聖女と王子の作業を微笑ましく見守ったり――。

皆、興味深そうな面持ちだ。この様子だと、そのうち第二回の開催も検討されそう――。

アルメはルーミラ用にカラースプレーをどっさりと取り分けて、彼女と一緒に作業を開始した。

「これ、全体にくっ付けて、そのあとお花とか飾りたい!」

「それでは、私は接着用のチョコを塗りますから、ルーミラ様はカラースプレーをまぶしてくださいませ」

「よし、頑張ってこう!」

聖女の気合いの声に頬を緩めながら、アルメは 刷毛(はけ) を使ってドームアイスの下のほうに接着用チョコを塗る。

「下のほうから上に向かって、コーティングしていきましょう」

「もうまぶしていい? いくよ!」

ルーミラがカラースプレーをわしゃわしゃと摘んで、パラパラと散らし始めた。

アルメがせっせとチョコを塗布して、ルーミラがどんどん散らし飾る。息を合わせた連携作業でカラースプレーコーティングを進めていく。

ルーミラは集中しているようで、始めのうちは黙々と作業をしていたが――……段々コツを掴んできたのか、そのうちにお喋りをする余裕が出てきたよう。

パラパラと振り掛けながら、アルメに笑みを向けてきた。

「いい感じだね。アルメさん、お手伝いありがとう」

「どういたしまして。ええと、ルーミラ様、どうか敬称は外してお呼びくださいませ」

まさか敬称を付けて呼ばれるとは思っておらず、目をパチクリさせてしまった。ルーミラは何やら迷った様子で言う。

「そう? じゃあ、アルメって呼ぼうかな。でも、う~ん、どうしよう。なんか『アルメさん』って呼ばないと、変な感じする」

「変な感じ、ですか? 私の名前が短いからでしょうか。敬称を付けたほうが音の収まりがいいとか、そういう感じでしょうかね?」

「や、違う。たぶん、ファルクがい~っつも『アルメさんアルメさん』って話してるからだよ。なんかねー、耳に音が残ってる」

アルメはガクリと体を傾けて、声の音量を下げた。

「……あのお方は……ルーミラ様に何かお話しになっているのですか……?」

「うん、何でも話すよ。アルメさんとデートしました~、とか、アルメさんとご飯を食べました~、とか。アルメさんにギュ~ってしてもらうと、す~っごく幸せ~、とか言ってる。何て言うんだっけ、こういうの。えっと――」

調子が出てきたルーミラの口は思っていた以上に良く動き、声は元気いっぱいで良く通る。

周囲の見物の人々の間に、どことなくぬるい笑みと空気が満ちていくのを感じる……。

言葉を探してキョロッと目を泳がせたルーミラに代わり、ミシェリアが会話に入ってきた。

「惚気、というものか? 本で読んだことがある。好い人とのイチャイチャを自慢げに語る行為であろう?」

「そう、それ! ファルクねー、のろけ、すごいよ。もうねー、聞いてないのに喋ってくる。長いし」

「……それは……注意を、しておきますね…………」

込み上げてくる恥ずかしさを押し殺すべく、アルメはギュッと顔面に力を入れて、表情を渋くした。

周囲のご婦人方は好奇を露わにしたニコニコ顔で耳を澄まし、おじ様方は真顔を保ちながらも、若者の青春を見守るかのように、ゆるく目を細めている。

ファルク曰く、城や神殿で関わりのある方々には、ぼちぼち婚約の報告をしている、とのこと。

場に流れている雰囲気から察するに、もう白鷹とアルメが婚約しているということは周知のことなのだろう。少なくとも、城の上層に属する人々が集まっているこの場においては。

変に騒がれる心配がない、というのはありがたいが……面白がられている雰囲気は、それはそれで耐え難いものがある。

(……話題を……誰か、話題を変えてくださいませ……)

恥ずかしさにのぼせる前に、別の話題を――と願ってしまったが、アルメの切望はバッサリと切り捨てられた。

ルーミラはカラースプレーをわしゃっと掴みながら、無邪気に問いかけてきた。

「ねぇ、アルメはファルクのこと、どれくらい好き?」

「……え、ええと……どう表現したらよいものか、思いつかず……どうかご容赦を……」

「『好き』『大好き』『大大大好き』だったら、どれ? 選んで!」

「…………だ…………大大、大好き……でしょうかね…………」

「そっかぁ、大大大好きなんだぁ。へぇ~!」

周囲の空気がまた一段階、生温さを増した。

アルメは渋い顔を極めて、体を小さく縮こめる。今、自分はもしかして、新手の拷問にでもかけられているのだろうか……。

そんな筆舌に尽くしがたい空気の中――……間の悪い男が、ヒョイと顔を出したのだった。

用を終えたらしい白鷹が、意気揚々と厨房に現れた。

「お邪魔いたします、ルーミラ様、ミシェリア様、アーダルベルト殿下。そしてお集まりの皆様方も、ご機嫌麗しく存じま――……。……? あの、皆様、どうされました? 俺の顔に何か付いているでしょうか?」

人々のニンマリとした笑みと、生温い視線を一身に浴びたファルクは、面食らって挨拶の言葉を止めた。

あまりのタイミングの悪さに、アルメは危うく婚約者を呪いかけたが……思いがけず、直後に空気が切り替わることになった。

ファルクは男女のゲストを連れていた。姿を見るなり、ルーミラがパッと満面の笑みを浮かべて、はしゃいだ声を上げる。

「お父様、お母様!」

どうやら、現れたゲストはルーミラの両親のよう。彼らは周囲に挨拶をすると、ルーミラの元に寄ってきた。

アルメは身を低くして礼の姿勢を取り、さっと控えて背景に同化する。……上手いこと逃げられてホッとしたのは内緒だ。

ルーミラは作りかけのアイスを見せて、得意げに言う。

「見て! あともうちょっとこの粉まぶして、お花とか付けたら完成!」

「おぉ、これはこれは。上手に作ったものだなぁ」

「カラフルでとっても素敵ですね。虹をまぶしたみたいだわ」

「これねー、わたしが考えたんだよ! ファルクがじんりょくしてくれてねー、アルメが作ってくれたの」

テーブルの脇に立つファルクとアルメを交互に見て、ルーミラはウキウキと説明する。椅子から転げ落ちそうな四歳児を支えて、父親は落ち着かせるように、穏やかに声をかけた。

「ご助力いただいたのなら、お二人にお礼を言わなければいけないね」

「うん! ファルク、アルメ、ありがとう! お礼に良いこと教えてあげる。アルメがねぇ、さっきファルクのこと大大大好きって言ってたよ。ファルクも前にアルメのこと大大大好きって答えたから、ばっちり両想いだよ。よかったね!」

背景に徹していたはずのアルメだが、思い切りむせて、人目を集めてしまった。

ファルクは公の場用の澄ました顔を崩すまいと耐えているようだが、耳の赤みは誤魔化せていない。

ルーミラはキラキラと輝く目を向けて、二人の反応を待っている。

例えようのない気恥ずかしさを、どうにか取り繕おうとギクシャクしながら、二人で言葉を交わした。

「……ええと……両想い、大変ありがたいことでございますね……」

「……えぇ、恐縮です……」

お互い視線を逸らしながら短い言葉をやり取りするに留めたが、周囲の笑みと何とも言えない空気は、さらに深まってしまったのだった。

そうしてぬるい空気に包まれながら、アイスのデコレーションが完成した。

ミシェリアはドームアイスの上に天上の世界を表現して、アーダルベルトは地上の自然を作り上げた。

食べてしまうのがもったいないほどの力作で、人々からは感嘆の声が上がっている。

二人のデコレーションも見事だったが、ルーミラのアイスも負けてはいない。あの元気いっぱいのデザインをそっくり作り上げてみせた。

ドームアイス全体にカラースプレーを施して、頂点はクリームと花の砂糖漬けで飾ってある。

『四歳の御手でこれほどの御作を生み出すとは……!』と、こちらも人々の称賛を集めた。

最後に、このアイスが両親へのプレゼントなのだと明かすと、父と母は顔を笑みでくしゃくしゃにして、言葉の限りを尽くして褒めちぎっていた。

ご機嫌を極めたルーミラが、『わたしも転職しよっかな。聖女やめてアイスデザイナーになる!』と言い放ち、周囲が大慌てで止めに入ったところで、この度の御遊会は仕舞いとなったのだった。