軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

218 駄々ヒヨコのおねだり

幸福な契りをもって、黒ネズミは白い鷹に攫われることとなった。

が、攫ってもらうにしても、まずは手負いの鷹の療養が先である。

しばらくの入院、安静を言い渡されていたところを、無理やり脱走してきたらしく、ファルクはずいぶんとヨロヨロしている。

ひとまず自宅に上げて休んでもらうことにしたけれど、ソファーにたどり着いた途端に、彼はぐにゃりと崩れ落ちた。

思っていた以上に消耗しているらしい。気合いでアイス屋まで来たそうだが、目的を果たして糸が切れたようだ。

ほどなくして神殿から迎えの使者――ルーグの使いと思しきおじさん二名が迎えに来たけれど、ファルクはソファーにしがみつき、駄々をこね始めたのだった。

「ファルクさん、ほら、お迎えの方が玄関で待っていますから。お帰りの支度を」

「帰るも何も、俺の帰るべき場所はアルメさんの元です。つまり俺にとってのあるべき場所はここ! 俺の家はここ!」

「屁理屈を……」

先ほどから、このやり取りの繰り返しだ。もう気力も体力も尽きたのだ、と言い張って、一向に帰る気配がない。

ソファーに転がったまま、彼はぐちぐちと訴え続ける。

「『手を握っていてほしい』と乞うてきたのはアルメさんなのに……どうして俺を突き離そうとするのです。誓いに背いているじゃないですか……。俺は悲しいです……ぐすん」

「それはそれ、これはこれでしょう。さぁ、神殿に戻って療養を――」

「もう一歩も家から出たくない。嫌です。嫌。嫌だ~~!」

ファルクはソファーの上のクッションをかき抱いて、顔を埋めて隠れた。顔だけ隠したところで、大きな図体はまったく隠れていないが。

「白鷹様ともあろうお方が、しょうもない駄々ヒヨコになってしまったわ……」

ため息まじりに呟くと、クッションの奥から『ピィ……』と、くぐもった鳴き声が聞こえてきた。その一声をもって、アルメもいよいよ脱力する。

(戦女神様のお気持ちが、ちょっとわかった気がする)

戦場でファルクを見限ったという戦女神も、きっとこういうグズグズな姿を目の当たりにしたのだろう。

幸い、アルメはこんなヒヨコでも見限ることはない。仕方ないので、使者に交渉してみることにした。

「――と、いうわけでして……白鷹様は酷くお疲れで移動がお辛いご様子ですので、治療に障りがなければ、今晩は我が家を宿にしていただこうかと」

一階の玄関先にて。おじさんたちに事情を説明すると、彼らは思っていたよりすんなりと頷いた。

「はっはっは、そうですか。では、ルーグ様より荷を預かっておりますので、こちらを白鷹様へとお渡しください。薬等はこちらの袋に」

「ありがとうございます。お手数をおかけします……」

「どうぞ、ご無理をせずに、お大事にお過ごしくださいませ」

使者たちは、こうなることを予測していたのか、滞りなくやり取りを終えて帰っていった。

受け取った荷物は大きな布鞄と、薬類の入った紙袋。着替えなどが揃えられているようで、連泊が想定された荷物である。

(ルーグ様、ファルクさんが駄々をこねるのを見越していたのかしら)

やれやれ、と苦笑を浮かべながら二階に戻る。

どうやら一晩の宿、という位置付けに留まらず、アルメの家はファルクの療養先として、神殿側から正式に認定されてしまったようだ。

そうと決まったら、もはやヒヨコと言い合っていても仕方ない。

空いている祖母の部屋のベッドメイクをささっと済ませて、ソファーからはみ出ている図体を、そちらの部屋へと移送する。

ファルクは始終、気怠げだったが、言われるがまま寝支度を整えてベッドに転がった。即、ぐったりとまどろみ始めている様を見るに、いよいよエネルギーが切れたみたい。

夢の中に落ちる前に、急いで聞いておく。

「夜ご飯はどうされます? 食べられますか?」

「……いや……アイスを……アイスがいいです…………新作……アイス…………」

むにゃむにゃとした返事は、もう寝言に変わっていた。

乱れた前髪を払って額に触れると、じんわりと熱い。熱があるようだ。

ベッドにだらりと体を投げ出して寝落ちた姿は、まさに『溶けた白鷹ちゃんアイス』といった雰囲気である。

「ファルクさん、溶けちゃった……。ええと、食事はどうしたらいいのかしら。何も食べないっていうのも――」

ゴソゴソと薬袋を漁ると、ルーグからの言伝の紙を見つけた。ちょうど食事についての記載もある。食べやすく、栄養のあるものを――とのこと。

それほど厳密な療養食は必要ないみたいなので、とりあえず今夜は食べられるものだけでいいだろう。

「固形物はいまいちだけど、カロリーはそれなりに必要、と。――寝言だったけど、本当にアイスでいいかも」

アイス好きが寝ぼけたことを言っている、なんて思ってしまったけれど、今の彼にとっては、案外ベストな食事なのかもしれない。

キッチンに移動して、食料品棚や冷凍冷蔵庫を確認してみる。

ファルクは新作アイスを期待しているようだが……残念ながら、新作のまるごとアルラウネアイスは、今、路地奥店には用意がない。

仕入れの商馬車をブライアナの家に頼もうかと思って、連絡を入れてはいるのだけれど、交渉が滞っている。何やら立て込んでいるらしく、少し待って欲しいとのことで返事待ちの状態だ。

「他に何か作れないかしら。家にある材料で――」

食材をキョロキョロと見回して、ふと、丸っこい緑の野菜が目に留まった。手のひらサイズの小さなカボチャだ。

瑞々しくてやわらかく、うんと甘いカボチャ。これはアイスとの相性も抜群のはず。

「まるごとアルラウネアイスならぬ、『まるごとカボチャアイス』なんてどうかしら。――うん、いけそう。作ってみよう」

アイス好きを楽しませるような、面白い新作を思いついた。と言っても、何てことはない、カボチャをくり貫いて器にするというシンプルなものだけれど。

それでも、きっと彼なら喜んでくれるだろう。

ついでに自分の夜ご飯の献立も、カボチャスープにするとしよう。手のひらカボチャを三つ抱え上げて、アルメは調理台にゴロッと転がした。

エプロンをして、早速調理に取り掛かる。

鍋にたっぷり水を入れてコンロの火にかけ、沸騰するのを待つ間にカボチャを洗い、切り分ける。

側面から包丁を入れて、上下で真っ二つになるように切り、種とわたを取り除いた。

湯が沸いたら、鍋にザル状の蒸し器をセットして、カボチャの下半分を蒸す。

蒸し上がりを待ちながら、同時進行で自分の夕食用のカボチャも切っていく。

カボチャをメインにして、他にも適当に野菜を切っていく。そうやって、いつも通りに炊事をしているうちに、良くも悪くも大忙しだった心の中がようやく凪いできた。

改めて、今の自分たちの状況を考えてみたけれど――……これからは互いを『婚約者』と呼び合うのが正しいのだろうか。

(いや、書類を作っていないから、まだ婚約内定と呼ぶべき? でもまぁ、どちらにせよ、婚約、婚約かぁ)

まだ実感はわかないけれど、胸の奥がムズムズするような、走り出したくなるような、そんな例えられない心地がする。

一年前、とんでもない形であっけなく婚約が消し飛んだ自分に、また結婚の予定ができるとは。人生とは本当に、どう転ぶかわからないものだ。

そんなことを考えてしみじみしながら、天の国にいる祖母へと小声で報告をしておく。

「おばあちゃん、私、新しい家族を迎えるわ。とても立派な鷹みたいな人で、とてもおかしなヒヨコみたいな人。きっと、仲良く手を繋いで歩いていけると思う。どうか天の上から、私たちに祝福のご加護を――」

そう呟きながら切ったキュウリの断面は、にこやかな笑顔模様になっていた。早速、素敵なお祝いをもらえたみたいだ。

切る度に出てくる気の抜けた笑顔模様につられて、アルメまで笑ってしまった。