作品タイトル不明
212 森の戦場にて
ルオーリオ郊外の谷地にて――。
黒い魔霧の立ち込める森の戦場で、従軍神官たちは走りまわる剣兵に目を凝らしていた。
霧から湧き出た真っ黒な魔物は、馬の形――とも言い難い、奇妙なキメラ型だ。馬の姿をベースにしているが、部分部分に人間のパーツが生えている、と表現するのが正しいか。
胴体から人の手足が生えていたり、首から上が人の上体に挿げ替わっていたり……という、不気味な魔物。これが今回の戦の相手である。
キメラの馬たちは森の中を奔放に駆けまわっていて、掃討する剣兵たちがヒィヒィ言いながら追い回していた。
茂る木々と霧で視界が効かない上に、知のない下等な魔物たちは暴れ放題で、めちゃくちゃに跳ね走っている。
見た目こそ馬と人を合わせた姿をしているが、動き方は歪な異形そのもの。さして攻撃力のない魔物であっても、これでは掃討も一苦労だ。
今回の従軍ではファルクを含めて、神官の人数は五人ほど。神官一人につき、守りの大盾持ちが一人、剣兵が二人付いている。
あたりを広く見渡すことができないので、神官隊には単独行動の命を出し、手分けして戦地を広くカバーするようにと伝え、現在その務めの最中である。
そうして戦況を見守っていると、視界の先で一頭の魔物がドッと倒れた。上体は人型で、馬の胴体と四肢を持った姿をしている。泥水のような黒い体液を散らして、動かなくなった。
その脇でアイデンとチャリコットも地面に転がっていた。
「痛ってぇ~! クソッ、こいつ最後に思いっきり蹴りやがった……!」
「あーあー、鎧が凹んじまった! この前直したばっかなのに!」
文句を言いながら呻いている彼らに向けて、ファルクは魔法杖から治癒の光を飛ばした。
魔物には爪も牙もないようで、軍人たちは打撲傷ばかりを負っている。頭部へのダメージには気を付けないといけないところだが、彼らも心得ているようで、今のところは皆、軽症に留まっている。
蹴られたり、体当たりをくらったり、と翻弄されている軍人たちをサポートしつつ時を過ごして――。
徐々に、跳ねまわっている魔物の数が少なくなってきた。そしてほどなくして、すっかり見なくなったところで、森の奥から指令の大声が届いた。
『一隊、二隊、三隊、戦闘やめ! 下がって二陣の出現に備えよ! 四隊、討ち損ないの始末にかかれ!』
どうやら一陣の魔物たちは始末し終えたらしい。まだ魔霧は晴れないので、この後二陣が出てくることだろう。
戦闘に出ていた剣兵たちは待機場所へと下がり、しばしの休憩を取る。神官たちも戻り、彼らの治療を始めた。
休みなく手を動かしながら、ファルクは周囲の様子をうかがう。
近くで同じように手当てにあたっているカイルと、若い戦闘員たちとの会話が聞こえてきた。
「おい神官様よー! 早くこっち来てくれや! 痛くてかなわねぇ!」
「順番です、順番。すぐに参りますから」
「痛ぇ……これ絶対ぇ折れてる……スゲー腫れてんだけど! 神官様の魔法が遅ぇから、こんなに酷くなっちまったんじゃねぇか!? どうしてくれるんだよ……!」
「お詫び申し上げます。ですが、神官の魔法のみをあてにせず、ご自身で身を守るような立ち回りも、どうかお願いをしたく。先ほどチラと見ましたが、あなたは状況を見ずに、勢いだけで魔物に突っ込んでいっているようにお見受けしました。もう少し、優れた先輩方の動きをご参考になさってはいかがでしょう」
「……っ」
あれこれと文句を吹っ掛けてくる、喧嘩腰の戦闘員たちをあしらいながら、カイルは手をさっさと動かして治療を済ませていく。
つい一年ほど前までは、こうした軍人たちの凄みに怯むばかりだったのに。澄ました顔で言葉を返せるようになったか――。
やり取りを聞いて、こっそりと笑みをこぼしてしまった。
(カイルさん、頼もしくなりましたね)
彼だけでなく、ルオーリオ従軍神官隊は素晴らしい成長を遂げている。
以前までは、殺気だった軍人たちに気圧されたり、慣れない戦場でオロオロする場面も多いように見受けられた神官たちだが、今では現場での動きも随分とよくなった。
感慨深さにしみじみとしつつ――。
ファルクはひとしきり仕事をさばくと、手当てを他の神官たちに任せて場を後にした。
隊長たちのミーティングへと顔を出して、次の動きをうかがう。総隊長はファルクを迎え入れて、二陣の魔物に関して予測を口にした。
「始末に出ている四隊からの報告待ちですが、霧の状態から、次も一陣と同じく中型の魔物でありましょう。数は多少減るかと」
「では、我ら神官隊も先ほどと同じく、個々に散るようにして――……」
「――総隊長、魔霧に動きがありましたので、報告いたします!」
ファルクが神官たちの動きを伝えようとしたところで、森の中から四隊の隊長が馬を駆って下がってきた。
側に寄って飛び降りると、口早に報告がなされる。
「霧の固定化が始まりました。先ほど同様、馬と人間のキメラのように見えます。数は同等、もしくは少ない程度かと。しかしながら、少し妙といいますか……」
四隊の隊長は困惑した表情を浮かべながら、続きを口にした。
「人型の上体に、馬の胴体と四肢を持つキメラですが、何やら手に『武器』のようなものを握っているように見えまして。我らの得物とよく似た、長剣かと」
「……魔物が武器を手にするだと? 奴らは生き物を模倣した姿をとるはずだ。樹木の枝か何かではないのか?」
「いえ、あの形状は間違いなく人工物かと」
もたらされた報告に、隊長たちは怪訝な顔をした。
魔霧が人工物の形をとるなんて、前例があっただろうか。魔物を作り出している悪魔が、何か変な――新しい趣向にでも目覚めたのかもしれない……。
総隊長は険しい顔をして、髭を揺らして低い声で言う。
「さながら魔物の剣兵だな。下半身が馬ならば、騎馬剣兵といったところか。猿真似もいいところだ……まったく、薄気味悪い奴らめ」
皆、嫌悪感を露わにして、口々に気味が悪いと吐き捨てた。
魔物が真似ようとしている姿は、馬を駆る剣兵――。
胸に嫌な感じを覚えた。つい先日、旅行中にティダが口にした言葉が、ポツポツと脳裏をよぎる。
『魔物の兵隊』『黒い剣』『血がいっぱい出る』――彼は夢に見たというその光景に怯えて、取り乱していたのだった。
(……いや、子供の見た夢だ。こういう悪夢の類は、別段珍しいものではない。……だが……)
たまたまだろう、と流してしまってもいいのだろうけれど……何となく、胸のざわつきが拭いきれない。
ファルクは思い直して、改めて総隊長へと告げた。
「……――神官隊は戦場に個々に散ると申し上げましたが……構えを変えて、数人で固まって動くことにいたします。大盾持ちを増やしてもよろしいでしょうか。万が一に備えて、守りに比重を置きたく存じます」
「こちらとしては、先ほど同様五手に分かれて、戦場を広くカバーしていただけるほうが具合が良いのですが……。神官が散っていれば、戦闘員たちもより自由に動ける」
「恐れながら、神官が魔物兵とやらに巻かれて負傷することを案じております。交戦状況を見て、我らの安全が確保されるまでは、守りに徹したく」
「ううむ……わかりました。では戦況を見て、また」
了承を得て、ファルクは敬礼を返した。
こういう、守りに比重を置く従軍神官の慎重さは、最前線で戦う戦闘員たちに嫌われる所以なのだけれど。どんな憎まれ口を吐かれようとも構わない。
神官隊の長として、次の交戦に向けての動きを決めた。